08/12
ドキドキな通知表の配布が終わり、担任から夏休みの心得プリントが配られて。
「1度しかない高校1年生の夏を――」
担任が言い終わるより先に、生徒の歓声でかき消された。
用意していた決め台詞が産廃になってため息を付く担任に、はたして夏休みがあるのかどうか不明。
風のうわさだと部活顧問の付き添い業務で、長野へ合宿に行くとのこと。
なんというか大変そうだ。頑張って欲しい。
「さて」
通知表と夏休みの心得えが入ったかばんを手に、教室を後にしようと思ったら。
「あじさい君! 夏休みの打ち上げ、もちのろんろん参加するよねっ?」
「あじさい! 飯、食いに行くぞ!」
柚崎とデブが、同時に声をかけてきた。
俺はあかりちゃんとの約束があるので、二人にピシャリと告げる。
「悪い。今日は用事があるん――どわぁ!」
「そう固いこと言うな。俺がたっぷり飯を食わせてやる」
「おいデブ! 抱きかかえるな! 動けるデブの腕力をアピールすんな!? 暑いんだよっ!?」
むわっと空気が熱を帯びたかと思うと、また空中に持ち上げられた。
丸太みたいにぶっとい腕に掴まれて、クソ暑苦しい。
ハイテンション柚崎は、ノリノリで囃し立てる。
「おぉ!! 太田君はさすがだねぇ! そのままパワーボムきぼん!」
「飢えたデブを舐めるなよ。食事を前にした俺はどんな手を使ってもあじさいを近所の食べ放題店に連れて行くと決めたんだ」
「なんだよ、そのジャイアニズムは!? あとパワーボムって死ぬだろっ!?」
「いいねぇー! 食べさせようよ! あじさい君の胃袋が宇宙になるまで食べさせようよ!」
「柚崎の冗談はスケールがでけぇんだよ! つーか、俺を助けろ!」
「パワーボムと食べ放題、どっちがお好み?」
「考えさせてくれ……」
「考えている暇などない。食べ放題に行くぞ」
「太田は飯関連になるとストイックになるのをやめようぜ!?」
「喰うことは人生と見つけたり」
「どこのサムライだよっ!?」
「食いしん坊サムライスで
「焼肉定食だ」
「ククク……太田くんの言うとおり。強ければ喰い、弱ければ喰わされる。まさに本日は修羅の時代よ!」
「そういうわけだ。あじさい、食いに行くぞ。メニューは焼肉食い放題だ」
「おいコラ」
「あら? 随分と反抗的ね? 太田くん、彼の胃袋に脂肪遊戯を教育しましょう」
「柚崎の要請を承知した。では出陣と――」
「行かねぇよ!」
「柚崎よ。あじさいのかばんを頼む」
「あいあいさー! あじさい君、予定があろうがなかろうが覚悟! ランチに強制参加からの流れる動きでクラスの打ち上げにも強制参加! あじさい君が加われば教室の全員が参加だし、今日はあたいがお家に帰さないぜぇ! 羽目をはずした年頃男女のエロイベントにも大期待だしねっ! なんせ打ち上げ! 男女でワイワイ! 王様ゲームでキスなんて当たり前! 場合によってはソレ以上も! くぅぅ! 野郎どもォォぉ! ゴムの準備はええんかぁ!」
「不埒なアクシデントを期待すんな!?」
「ククク、あじさいの旦那よぉ。既に水面下ではロックオンが始まってるんですぜ。あの子が欲しい、この人に抱かれたい。今夜は大人の階段を駆け巡る絶好の機会なんでゲソ。ロストバージン&グッバイ童貞をかけたアダルト花いちもんめ大会が」
「柚崎は落ち着けよ!? 真夏の熱気で脳みそが熱暴走でもしてんのかっ!?」
「あじさい君は、どの娘がほしい?」
「ノーコメントだよ!」
「その赤面した反応はまさかっ!? 真夏の夜の淫夢とか」
「なんのことかしらないが、柚崎が俺にホモ関連の期待をしていることだけは理解した……」
「アーッ・ユー・受け?」
「すまん、俺が悪かった……柚崎は熱暴走した脳みその電源をシャットダウンしてくれ……」
「アーッ、アーッ、あじさい君は受けだよ。わたしの子宮がそう囁いてるもん」
「柚崎。あじさいを連れて飯に行くぞ」
「イエーイ、ゴー!」
にひひと笑う柚崎は、身長200cmもあるデブのお腹にハイタッチ。
ハイテンションとデブのコンビは、冗談抜きで体感気温が上がってやばい。
というか、いつの間にか焼肉食べ放題の参加リストが作成されている。
夜にカラオケ店で開催予定の打ち上げまで暇な連中が、続々と参加希望に署名を……こいつら楽しんでやがる。
「城崎。久しぶりに女装しろよww」
「クククッ、愚民の分際で愉快な提案をしてくれる。よろしい! 俺こと城崎帝斗が久々に女装を解禁――」
「しないで!」
城崎の彼女――早瀬のツッコミが炸裂して、みんながどっと笑い出す。
俺も楽しくなってきた。
この空気に混ざったら、いやでも笑顔のひとつは浮かんでくる。
だけど……俺は楽しんだらダメなんだよ。
みんなみたいに、青春をエンジョイできる奴じゃないんだ。
俺が「悪い。今日は本当に予定が――」と言おうとしたら。
「あじさい。いつまでも殻に閉じこもるな」
デブが威圧感たっぷりに二重あごを揺らした。
盛り上がるクラスの雰囲気に合わせているが、愛嬌のある目は笑っていない。
威厳ある口調で、デブは言葉を続けた。
「貴様が何を考えているかは知らん。だが言わせてもらおう」
「……デブには関係ないだろ」
「参加者のまとめや店の予約にしばらく掛かりそうだな。便所でも行こう」
「…………」
それは「ついて来い」という命令だった。
俺が不満な顔つきをしていると、それまでの騒ぎを心配そうに伺っていた少女が駆け寄ってくる。
「太田君。あじさい君にも事情があるだろうし……」
「シルクは下がっていろ」
「でもぉ……」
おどおどした深沢は、やっぱり病弱系のDQNネーム美少女だ。
守ってあげたい女子生徒ナンバーワンは伊達じゃない。
だからこそ彼女は、歌って踊れて頼れるデブの太田とお似合いだ。
面倒見の良くて強いデブと虚弱な深沢はまさに理想の高校生カップルで、二人が親公認で健全なお付き合いをしているのは衆目一致。
きっと将来は、良い夫婦になるだろう。
「無理強いは良くないよ……」
「構わん。俺はシルクを助けたあじさいに飯を奢ると決めたんだ」
「でも、迷惑そうだし……」
ちらっと、深沢が俺を伺ってくる。かわいい。
本当に純粋な親切心から助け舟を出してくれたみたいで、その優しさに惚れそうになる。
だけど、俺はもう欲しがらないと決めたんだ。
小さい頃から追い求めた夢を諦めた俺は、もう人生で何も求めてはいけない。
だから、
「悪い。昼飯も打ち上げも俺抜き、みんなで楽しんでくれ」
ハッピーエンドなんて求めない。
自殺に成功ハッピーエンド、死にたがりなあかりちゃんとの約束を選ばせて貰う。
太田は、俺に何かを言おうとした。
だがそれを二重あごの奥に飲み込んで、代わりにひねり出すように言った。
「俺はあじさいのことがよく分からん」
分かるわけない。
夢に敗れてリアルにファックな俺を、リア充の太田が理解できてたまるか。
「だが、今のあじさいは生き生きとしてる」
「あん?」
「……なんでもない。強引に誘って悪かったな」
太田はおキヌちゃんの肩を引き寄せて、人だかりに混じっていく。
ペコリとショートのおさげを揺らしてお辞儀してくる深沢は、やっぱり天使かなにかの一種かもしれない。
太田に付き添って嬉しそうな深沢を、柚崎は黙して眺めていた。
「あじさい君。夜の打ち上げ、飛び入り参加も大歓迎だからね」
柚崎は、俺との別れ際に笑顔で言った。
普段の笑みとは異なる、無理して作った不穏でぎこちない笑顔だった。
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