07/12
「えー、諸君らは学生である自覚を持って」
今日は終業式。夏休み前の全校集会。
体育館の舞台に上がった校長の話なんぞ、全校生徒の誰も聞いていなかった。
空調皆無でクソ暑い体育館に押し込まれて、俺たち生徒はイライラと疲労をつのらせている。
生徒だけじゃなくて教師もキツイはずなのに、だれもこの状況に文句を言わない。
この理不尽が日本社会の縮図か。
みんながアホだと気づいていても、みんなで我慢するしかないという。
真夏に汗だくのスーツ姿で電車に乗るサラリーマンを思い出しながら、俺は天井を見上げた。
生徒の汗が蒸発してるのか、霧みたいなのが出来てた。
「また近年では減ったとはいえ、いまだにオートバイの事故が――」
校長の弁舌は絶好調。頭上にはコミケ雲ならぬ生徒雲だ。
最高気温38度のトロけそうな日、体育館に全校生徒をすし詰めなんて正気の沙汰じゃない。
だから、倒れる奴の一人や二人が出てきてもおかしくない。
「……うぅ」
俺の隣で青い顔を浮かべている、心臓が強くない女子生徒みたいなやつが。
出席番号15番の
医療の進歩で高校に通えるようになったが、長く孤独な入院生活が蝕んだ心までは癒せなかったらしい。
俺たちには視えない「
深沢のカレは今では消えてしまったが、それはどうでもいい。
それより、深沢の様子がおかしい。
青ざめた表情でフラフラしてるし、呼吸もなんかおかしい気がする。
――これってヤバイ気配じゃないか?
放置するわけにもいかず、病弱なクラスメイトちゃんに小声で話しかけた。
「深沢、無理すんなよ」
「うん……でも平気だから……ぁ」
「ダメじゃねぇか!?」
フラッと倒れかけたスペランカー少女に、腕を差し出した。
俺の腕に支えられて、ぜぇぜぇ吐息の深沢は寸前のところで踏みとどまる。
危なかったぜ。
コイツのHPゲージ、常にレッドゾーンだからな。
それより、あれだ。
立ちくらみで、周りの生徒がざわめく中。
密集隊形の人間を押し寄せて迫る、暑苦しい肉の塊だ。
「シルク!」
「あはは……太田くん。わたしは大丈夫だよ……ちょっと立ちくらみ……ぁ」
「道を開けろ! シルクを保健室に連れていく!」
うん、いい判断だ。
深沢は既にダメっぽいというか、デブが近づいたせいで周囲の気温が上がって余計に体調が悪化してる感じだ。
でも、過剰な心配はいらない。
過去の経験から体調崩した深沢は、1時間ぐらい休めば元通りになる。
そんなこと、存在しない
「あじさい! でかしたぞ!」
「大事な彼女だろ。あとはデブに任せるぜ」
「すまん。いつか飯を奢ろう」
「奢りはいいからデブも付き添いで保健室に行け。太田がいると周囲の気温が上がっちまう」
俺の薄っぺらい優しさと本音が入り交じるボケに、周囲が賛同の声を上げる。
みんなも病弱なクラスメイトを心配するのと同じぐらい、辺りの湿度と気温を上げるデブを一刻も早く排斥したいらしい。
デブ……夏場はガチで暑苦しいからな。
吐息がハァハァ、うるせぇし。
「あじさい君。お手柄ね」
「おう……」
デブと深沢の熱々カップルぷりを野次る奴らに混じって、彼女を転倒から救った俺にも賞賛が飛んで来た。
校長のありがたいお言葉をガン無視のハイテンション柚崎は、汗ばんだ連中を「ニンマリ」と見回して叫んだ。
「そういうわけで、みんなであじさい君を胴上げしよう!」
「なんでだよっ!?」
壇上で「静粛に!」と叫ぶ校長は、もはやだれも相手しない。
ノリがいい連中が集まって「オウっ!」と雄っぽい掛け声で胴上げ大会の始まり。
盛大にキョドる俺は、全校生徒の前で晒し者にされた。
ほぼ全員が笑っている体育館で、ユサユサ胴上げの英雄こと俺はソレを見た。
ひとりだけ真顔で顔をしかめている女子生徒を。
こういった騒ぎで本領発揮するハズの、常に明るくハイテンションな女子生徒を。
体育館を後にするデブと深沢を、ギリっっと奥歯をかみしめて見つめる。
ひどく不安定な表情をした、柚崎友里の異常を。
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