04/12
「このビルからね、飛び降りて死のうとしたの」
スイーツを貪ったあかりちゃんは、俺の疑問に答えてくれた。
「いざ飛び降りようとしたら、あたしの前にヤツは現れたの。ひと目で察したわ。ヤツはあたしの敵で、あたしはヤツを殺さないと死ねないって」
「自殺志願なら、そのまま殺されれば良くないか?」
「それじゃあダメなの。ヤツに殺されたら……ヤツがあたしになるから」
「なんだそりゃ?」
「本能というか……なんとなく分かるのよ。ヤツはあたしを殺す為に現れて、あたしはヤツを殺さないと自殺できない。それがあたしとあたしのルールみたいな?」
自分で話しながら、ひとりで首を傾げるあかりちゃん。
本人もそこら辺のルールは曖昧らしい。
ただヤツが自分を殺して、自分に入れ替わることを恐れている。
それだけは察する事ができた。
「もう、何度もヤツを倒したわ。でも、トドメを刺す前にヤツは必ず逃げるの」
「そして、何度も復活すると?」
「そうなのよ。ヤツを倒すたびにあたしは強くなって、あいつは相対的に弱くなっていた……けどねっ!」
話しながらあかりちゃんは、俺をビシっと指さして言うのだ。
「あんたが来たせいで、あたしは弱くなったのよ!」
「……今でも十分強いだろ」
「もっと強かったの! 1ターンに2回攻撃出来るぐらいっ!」
「どこのラスボスだよ」
「聞きたい?」
「興味ないから別の質問をしよう」
「むむっ!!」
不機嫌そうに表情を歪めるあかりちゃんが、はたしてどんなボケを用意してたのか?
気にならんわけでもないが、俺は話題を別の質問に誘導した。
「あかりちゃんは、どうして自殺したがるんだ?」
「死にたいからだし、止めても無駄よ。あたしの気分はライフ・イズ・ノービューティフル――人生ってクソ素晴らしい、だわ」
「人生さんを褒めてるじゃねぇか。そこは生きとけよ」
「皮肉に気づきなさいよ」
さらに聞いてみると、あかりちゃんは自殺を改めるつもりはないらしい。
「自殺したら両親が悲しむぞ」
我ながら白々しいアドバイスをするが、あかりちゃんの返事は、
「よけーなお世話よ」
蔑んだジト目で鎧袖一触されてしまった。
「人って普通は生きたいと思わないでしょ?」
「……そうか?」
「そうよ。人は呼吸しないと死ぬけど、普段から呼吸したいとは思わないじゃない? そう、人間は死ぬことは恐れるけど生きることには無意識で無自覚で無関心なのよ。死にそうな時や死にたくなった時、人間は初めて生きたいと思うの」
いきなり語りだした。
ちょっと興味が湧いたので、俺はうんうん頷いてみる。
「けどね、本当は生きたいんじゃないと思う。ようはみんな死にたくないのよ。怖いのは生きることじゃなくて死ぬこと。それが本能ってヤツで、あたしはその本能に打ち勝つほど死にたいと思っている。これまで自殺した人は生存本能が何かの理由で弱くなったチャンスに成し遂げたか、本能を上回る死の渇望があったに違いないわ」
独特の死生観だった。
けれど、どこか説得力のある話に思えた。
「あたしも同じ。死ぬのは怖い……眠ったら二度と目覚めない……二度と目覚めないなら人間はどうなるか……想像だけで震えてくる。だけどあたしは死なないとダメなの」
「だいぶ病んでるな」
「あはは、否定できないかも?」
「なら、今のあかりちゃんに必要なのは心の休息じゃないか? ひとりで思い詰めないで、いちど精神科にでも通ってみたらどうだ?」
「イヤよ。万が一、心変わりしたら自殺できなくなっちゃうし」
「結果オーライじゃないか」
「あたしにとってはバッドエンド。自殺に成功ハッピーエンド。だけど……ヤツを殺さないと、あたしにハッピーエンドは訪れないの」
自分に言い聞かせるように、あかりちゃんは言った。
どうやら俺ごときが説得できるほど、彼女の決意はヤワじゃないらしい。
さて、どうする斉藤安志?
無駄と知りながらあかりちゃんの説得を続けるか?
それとも、力ずくで自殺を阻止すべきか?
悩んだ答えはどれも正解で、どれも不正解な矛盾不問アンサー。
「さて。今日も一戦交えましょうか」
あかりちゃんは、耐震偽装ビルの屋上にある塔屋へと目をやる。
制服のスカートをめくり、ガーターベルトのホルスターから特殊警棒を取り出す。
同じ顔の少女がいつの間にか来ていた。
あかりちゃんと同じ姿のヤツは、金属バットを床に当ててコツンと音を立てる。
ため息混じりに、死にたがりのあかりちゃんに質問してみた。
「今日、ヤツを倒したら?」
「決まってんでしょ。そこから飛び降りて死ぬのよ」
「ヤツを仕留め損なったら?」
「その時は……」
「教えてくれよ。あかりちゃんが死にたいと思う理由を」
「……いいわよ」
そして今日も、二人の殺し合いが始まった。
ローファーが床を蹴る音に、硬く澄んだ衝突音が混ざる。
二人の美少女が、同じ顔で、同じ体で、同じ自分を殺しあう。
不謹慎だが「最後までこの戦いを見届けたい」と思った。
なお、その日も決着は付かなかった。
あかりちゃんは、俺との約束を守ってくれるらしい。
「……明日の昼間、時間ある?」
自慢できないが、暇人レベルには自信あり。
俺は彼女の申し出を快く受け入れて、自宅に帰って就寝した。
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