05/12

 昔の夢を見ていた。

 俺がまだ小学生で、まだ将来に希望を持っていた頃の夢だ。


 ――わたしが貸した漫画、おもしろかった?

 ――えっ、そうでもなかった?

 ――面白いと思うのになぁ……優しいドッペルゲンガーの恋物語


 夢のなかで、幼なじみの彼女が寂しそうに笑っていた。


 ――あじさい君って、サッカー上手だよね

 ――将来はサッカー選手?

 ――あはは、テレビで活躍するの楽しみだね


 夢のなかで、幼なじみの彼女が嬉しそうに笑っていた。


 ――わたしのガンなんてすぐ治るって

 ――心配することないよ

 ――病気が治ったら、また一緒にサッカーやろうよ

 ――嘘じゃないよ。約束するよ

 ――あじさい君がサッカー選手になるまで死なないよ


 夢のなかで、幼なじみの彼女が元気いっぱいに笑っていた。


 ――長いこと入院していた  が、遠くの病院で亡くなりました。

 ――皆さん、お葬式には参列しましょう


 夢のなかで、神妙な顔つきの担任が訃報を告げていた。

 そこで、俺は夢から覚めた。


「……くそっ」


 自然と悪態が口から出てくる。

 寝汗がびっしょりで、パジャマが肌に張り付いている。


「思い出したぜ。ドッペルゲンガーの出てくる漫画、あいつに借りたんだ……」


 それは、昔の夢だった。

 小学生の頃、同じサッカークラブに通う女の子がいた。

 すぐ泣く弱虫で、おとなしい性格の子だった。


 その女の子には残酷な運命が待っていた。

 小児ガンの発症という辛い運命が。

 彼女は遠くのがん治療の専門院に転院して、最後まで病気と闘って亡くなった。


 ――待ちに待ったワールドカップが開催されました!

 ――今年の優勝国はどこですかね?


 女の子が死んだ年、ワールドカップが開催された。

 当時の俺は、幼なじみが死んだ現実を受け入れられるほど大人ではなかった。


 毎日を死んだように生きていたある日。

 つけっぱなしのテレビから、ワールドカップのテレビCMが流れてきた。


『この試合は地球から遠く離れた、国際宇宙ステーションでもリアルタイムで見られています』


 宇宙ステーションのテレビ事情なんて、どうでもいいと思った。


『ワールドカップ中継は専用の衛星電波で飛ばしています』


 画面の隅には衛星放送会社のロゴ。

 どうやらワールドカップの大口スポンサーらしい。

 テレビ画面の中で、宇宙飛行士がコメントを求められていた。


『宇宙でワールドカップが見れるなんてイイ時代ですね。これも世界的な通信会社トマトネットのおかげです』

『宇宙飛行士の皆さんが楽しめるなら、きっと宇宙人も我々の電波を盗み見しているでしょうね』

『はい。彼らが地球を侵略しないのは地球にワールドカップがあるからに違いありません』

『人類が滅んだらワールドカップもなくなりますからね』

『私の爺さんは遺言を残してますよ。天国でブラジル戦の衛星中継を見たいから棺桶にアンテナとテレビを入れて欲しいと』

『それで棺桶にアンテナは入れましたか?』

『爺さんは、まだピンピンしてます』


 面白くもない三文芝居だった。

 だけどまだ小さく純粋だった俺は、外人のコントCMを見てふと考えた。


 ――もし天国があるなら

 ――天国の人達もテレビでワールドカップを見ているかもしれない


 ――だから

 ――俺がワールドカップに出場してゴールを決めたら

 ――天国のあいつにも届くかな?


 その日から俺は、サッカーだけに生きてきた。

 それなりに素質があり、それなりに才能があって、誰よりも努力してきたつもりだた。


 でも、現実リアルで実際マジな本当にイエス誰にも平等なクソッタレ。

 世の中は広くて、自分は特別ではなくて、誰もが主人公キャラにはなれない。

 俺より素質があって、俺より才能があって、俺と同じくらい努力している奴なんて、いくらでもいた。


 それでも現実を直視できない俺は、名門といわれるサッカーの強豪校に入った。

 そこで何かが変わるかと思えば、より厳しい現実が待ち受けていた。

 精鋭揃いの部員の中で、俺は練習熱心なだけのモブキャラにすぎなかった。


 レギュラーにすらなれない俺は、やがて自分の限界を悟った。

 あの日に誓ったサクセス・ストーリーは、素質と才能という壁の前に瓦解した。


 平凡なモブキャラの俺は、物語の主人公になるのを諦めた。


 そして――

 生きる目的を見失ったまま、いまに至る。

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