02/12

「……太るぞ。デブ」

「脂肪の多さは人生の豊かさ。オレは生きている限り食い続ける」


 デブはギシッとイスに腰掛け、俺の机に馬鹿でかい弁当箱を3つも並べながら言うのだ。


「寝ている暇などない。食うぞ」

「どうして言い方がストイックなんだよ……」

「食うことは自分との戦いだからだ。満腹を見極め残さず限界まで喰らう。それがオレのジャスティス。ふざけて喰らうことなどできぬ」

太田おおたはブレないよな……」

「デブの安定性を見くびるなよ」


 太田デブは「頂きます」の合図で喰い始める。

 俺も釣られるように、母親謹製の弁当を食べ始める。


「ところで――むぐっ、貴君は何か悩んでい――もぐっ」

「食うか喋るかひとつにしろよ」

「時間は有限だ。食事と会話はむぐぐっ両立可能だむぐっ」

「俺が悪かった……食ってくれ」

「なら食べながら悩み相談に乗ろもごっ」

「大きなお世話だ」


 そっぽを向くが、俺はこのデブ――||太田《おおた》普久男ふぐおが嫌いではなかった。

 デブだけど俊敏だし、デブだけど頭は切れるし、デブだけど臭くないし、デブだけど人の悪口を言わないし、デブだけど正義感が強いナイスガイだし。

 唯一ムカつくのは、コイツにかわいい彼女がいることぐらい。


 歌って、踊れて、モテるデブ。

 それがフグ男というデブで、人望があるのでクラスを束ねるリーダー的な存在デブだった。


「なら、お言葉に甘えて相談というか質問していいか?」

「むぐっうごっ」

「フグ男は、ドッペルゲンガーって知ってるか?」

「むぐっ?」


 博識なデブの解説をまとめると。


 ドッペルゲンガーとは、同じ人物が複数の場所に同時に出現する現象らしい。

 世界の各地で報告される現象で、日本でも「影わずらい」という現象が文献に残っている。

 分身が出現するとオリジナルがしばらく後に死ぬのも世界に共通することで、共通設定の怪奇現象が世界各地で同時報告されるのは珍しい。


 ドッペルゲンガーは「自己像幻視」で科学的に説明ができる。

 脳に腫瘍ができた人間が、その障害で自分の幻を知覚するケースがドッペルゲンガーという説で、これは「ドッペルゲンガーが出現した人は近いうちに死ぬ」を、脳腫瘍が原因の病死という形で補完している。


 一方で、自分のドッペルゲンガーを他人が目撃するケースも多々ある。

 これは科学や医学で説明不可能な現象でオカルト理論では「肉体から魂が分離した状態=やがて肉体は死ぬ」という説がある。


 古橋あかりは、科学では説明できないケースだった。





「お手上げだな」


 自宅に戻った俺は、本棚を漁りながら万歳のポーズ。

 昔に読んだ記憶がある、ドッペルゲンガーが登場する漫画はタイトルすら思い出せない。


 ――ドッペルゲンガーが出現すると、オリジナルはしばらく後に死ぬ。


 自殺志願者のあかりちゃんに教えたら喜ぶかなと、不謹慎なことを考えてしまった。


 しかし、


 ――あいつを殺して、あたしも死ぬ?

 ――どちらにせよ、自分は死ぬんじゃないか?

 ――あいつを殺さないと死ねないのか?

 ――死にたいけど、あいつには殺されたくない?

 ――矛盾しまくりだろ?


 物思いに耽っていると、外は薄暗くなっていた。

 深まる謎と疑問が好奇心に変わって、無気力な俺の行動力に転嫁されていく。


「……今日も行ってみるか」


 念のため、動きやすい服装を意識してみる。

 玄関で走りやすい靴を選んでいたら、くたびれたサッカーシューズが目に入った。

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