01/12


「おはよ。あじさい君、気分はどう?」

「心臓がバクバクしてる……」


 机に突っ伏して寝てた俺は、何かトンでもない方法で起こされたらしい。


「眠気、飛んだっしょ?」


 ニヤニヤ笑顔で、同じクラスの女子が顔を覗きこんでくる。

 その手には冷え冷えクリーム。

 背中はベトベト&爽快クール……コイツが原因か。

 冷え冷えクリームを塗った手を、俺の背中に突っ込んだ……と。


「おかげでどっかに飛んでいったよ……」

「でしょ。気持ちよさそうに寝てたからクリーム増量で張り切っちゃったわ」

「数学と英語は耐えたんだ……でも古文には勝てなかった」

「あれは催眠電波の一種だもん。人には耐えられないっしょ?」

「いつも死屍累々だもんな……」

「古文の時間って精神力が試されるわよね。まだ眠そうだけど昨晩は夜更かし?」


 昨日ですか?

 廃ビルの屋上で、夜遅くまで美少女のバトルを観戦していました。


 ……

 …………言えるわけねぇよ。

 ……


 言いづらそうな雰囲気に何かを察したのか、やらしい顔つきで尋ねてくる。


「で、昨晩は何回ほどお楽しみ?」

「その回数が何を意味するのかは知らんが、棒状のモノを握って上下運動する下品な仕草はやめろ」

「にひひ。男の子は毎晩ヤってるって博識なゆっぴー知ってるのよ?」

「ハイテンション柚崎の異名は健在だな……知ってても黙っててくれ。おまえに優しさがあるなら」


 俺の反応に満足したのか。

 同じクラスの女子生徒――柚崎友里ゆざき ゆりは笑った。


 柚崎は変わり者だ。

 明るい性格で、誰にでも馴れ馴れしくて、落ち着きは皆無で、シモネタを好み、うるさいボリューム下げろでお馴染み、クラスのムードメーカー的なポジションに収まっている。

 ちなみに、片想いの男子と失恋した事件で有名。

 俺が連絡網で電話したら、失恋直後の柚崎に失恋もしくは初恋の怪談話を長電話でされたときは反応に困ったのを覚えている。


「男の子の性事情に無関心を貫く女子の優しさを! あたしは――!」

「ブチ壊すんじゃねぇよ」


 我ながらつまらない人間と自負してる俺は、どうも柚崎のテンションが苦手。

 むしろ拒んでいるというか。

 自分はそういう空気に飲まれたらいけないと、まだ無意識に思っているのかもしれない。


「オッケー分かった。あじさい君が教えてくれないなら、あたしが交換条件で女の子の性事情を教えてあげる。シモ方面にどぎづいネタを中心に」

「ンなのいらん……」

「いい判断ね。男の知らない女の子の性事情は文字通り不潔よ。全体的に汚い話が多いわけでね――」

「巧妙に俺の知的好奇心をくすぐってるつもりだろうが、その話題は終わらせろ」

「ほんとあじさい君は、付き合いが悪いわね」


 柚崎は不満そうに唇を尖らせる。

 ぷくーと頬を膨らませる仕草が、とても可愛かったのは秘密。


 なお、俺のアダ名の『あじさい』は、本名の斉藤安志さいとう あんじ安志=斉あじさい藤という流れで付いた。

 小学生から続く由緒あるアダ名で、呼びやすく覚えやすいせいか評判はいい。


「あじさい君、はい」

「ん?」


 無意識に受け取ったソレは、カラフルなサインペンで描かれた用紙。


「夏休み前の打ち上げ参加リスト。クラスで参加しないの、あじさい君だけだよ?」


 打ち上げ幹事の柚崎が、参加の是非を問いかけてくる。

 夏休みが始まる前日、教室のメンバーで打ち上げをするらしい。

 同じクラスの俺も、当然誘われていたが、


「それなら、前も言ったけど不参加で」

「不参加はッッ! 幹事のおばちゃんが許しまへんでぇ!」

「おっおう。なら会費だけ払う……」

「ちっちっ! そうじゃねぇ! そうじゃねぇんだよ! あじさいの旦那ぁ!」


 ズザーッ、ドカーッと。

 柚崎は手近のイスを足で引き寄せて、俺の隣のベストポジションに腰を据える。

 舌を「チッチッチ」と鳴らしながら、俺の肩に腕を回して抱き寄せてくる。

 過剰なスキンシップは、恥じらい皆無な柚崎の特徴。

 女子の体温に、俺はドキッとしてしまう。

 かすかに赤面する耳元で、うるさい小悪魔系の柚崎は語りだした。


「あじさいの旦那よぉ。打ち上げはクラスの結束を強める大事な儀式なんですタイ。つまり打ち上げに参加して女の子と、あんなことや、こんなことを、キャっキャっでウフフするのは男子諸君の大事な義務なんですバイ。それを不参加だなんて悲しいアルねぇ-! 幹事のあたしは、あじさい君をそんな江戸っ子に育てたつもりはギザねぇんでヤンス!」

「出身地が謎すぎる語尾はよく分からんが、柚崎の言いたいことは分かる。あと俺の肩に手を回して乳を揉むのはやめろ」

「あらごめん。女子のつもりで抱きついてた」

「セクハラで苦情が来ても知らねぇぞ……男からも女からも」

「にひひ。男の乳は揉まれても減るもんじゃないでしょ。あ、女の乳は価値が減るからお触り厳禁だよ。ちなみに乳を揉むと大きくなるのは迷信。だから「ぐへへ、俺のモミモミで大きくしてやるぜ」とか言いながら」

「お前がわざと当ててる乳なんぞ、揉まないから安心してくれ」

「いよっ! ヘ・タ・レ・男子!」

「ほんと、お前との会話はメダパニだぜ……」

「ベホイミして欲しい? ちなみにBカップだからBホイミね」

「いらない。俺はアンデット属性なんだ」

「ふーん。だからあじさい君って、死体みたいに無気力に生きてるんだ」


 悪気のない口調で、自称Bカップの柚崎は言った。


「あじさい君。サッカー部やめる前はもっと生き生きとしてたのにね」

「……うるせー」

「打ち上げ、当日参加もオッケーだから検討をよろしくね」


 言い終わると、柚崎は別の輪に紛れていった。

 教室にひとり残された俺は、二度寝するか弁当を食うか悩んで――

 眠気に負けて、二度寝を選択。

 ドサッと机に突っ伏して、おやすみモードに突入すると、


「あじさい。弁当食わないならくれ」


 ずんっと重圧を感じて、机に突っ伏した顔を上げる。


 身長200cm、体重200kgのデブが。

 ぷるぷる震える二重あごを揺らして、俺の机を見下ろしていた。

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