07/12
「早瀬よ。どこに行く?」
「ごめんね。わたし家に帰るから」
「怯えるな。涙目になるな。オレから逃げるな」
「うぅぅ……捕まったぁ」
城崎君@女装に呼び止められて、教室から逃走失敗のわたしは涙目になる。
いまは放課後、ホームルームが終わった直後。
がやがやと騒がしい教室の一角で、女装男は高らかに宣言するわけで。
「早瀬よ。今日の放課後はオレ様に付き合ってもらうぞ」
「ひぃぃ!? な、なにに付き合わせるの……?」
「クククッ。早瀬よ。貴様にオレ様と放課後デートする権利をくれてやろう」
どーーーーん!
そんな効果音が聞こえそうな発言だった。
クラスメイトは、
「あのバカ! 誰かヤツを止めろ!」
「パターン女装ッ! 制御不能です!」
「俺が許可する! 変態から早瀬を逃がせ!」
と、口々に……うん。
クラスのみんな、明らかに楽しんでるよね?
城崎君を信頼してるから笑い話で済むんだろうけど……
当事者のわたしには、とても笑えない非常事態なわけでして。
「ムリだよッ! デートなんて無理だよ!」
「これを見ろ。チケットの入手が困難なことで有名な『世界寄虫博覧会』の入場券が――」
「それ欲しいッ!」
わたしは叫んだ!
あのチケット、どうやって手に入れたの!?
わたしが230回ぐらい電話をかけてもゲットできなかったのに!
いまカップルに大人気!とか、デートスポットに最適!とか、テレビや週刊誌を始めとしたあらゆる媒体が特集を組みやがったせいで、去年の開催で会場キャパシティーをはるかに上回る客が殺到→スイーツ色彩でキモ可愛い系なサンヨウベニホタルの幼虫がストレスで繭化した伝説がある、超々入手困難なプレミアチケットは何がなんでも奪わないと!
城崎君に土下座する勢いで、わたしは言った。
「城崎君! そのチケット欲しい!」
「クククっ、コイツが欲しいか? コレはオレ樣が弱みを握っている教師を脅して手に入れた至高の逸品だ。タダでくれてやるつもりはないぞ」
「欲しいです……わたしはどうしても『ウデムシ触れ合いハウス』に入りたいんです……」
「ウデムシというのは、コイツか……」
城崎君@女装が、奇虫博のパンフレットを眺めて言った。
サソリっぽいハサミ付きの腕と、カマドウマっぽい胴体と、クモっぽい足を持つ、奇妙な生物の写真があった。
「うん。キモ可愛いよね?」
「…………」
城崎君の返事はないけど、そんなの気にならないわたしは写真に見惚れてしまう。
ウデムシすごい。ちょーすごい。
まず装甲が分厚い。サソリみたいな甲殻に覆われてるの。
つぎに足がエグい。キモい。可愛い。カッコイイ。
クモみたいにワサワサの多脚。しかもトゲトゲも付いてる。
この背筋がゾゾッとする足で壁や天井に張り付いて三次元機動するとかマジでクール。
まるで人間を怖がらせることに特化したとしか思えないデザインの節足動物――それがウデムシ。
それで満たされた小屋……
「ステキ……」
ウデムシだらけの小屋。ウデムシハウス。
右にウデムシ、左にウデムシ、上下にウデムシ、前後にウデムシ、ウデムシウデムシウデムシ天国……妄想だけで興奮してきたぁぁ!
鼻息荒く、わたしは叫んだ。
「そう! これがウデムシ! 最高にグロキュートだよね!」
「キュートかどうかの明言は避けるがグロいことは確かだな……まるでサソリとクモとカマドウマを合体させたかのような生物ではないか。早瀬は数百匹のコイツで満たされた小屋に入りたいと申すか……」
「うんっ! だってウデムシだよ! あらゆる動物のいやぁ~なパーツを組み合わせたようなウデムシで満たされた小屋なんだよ! 手の上でカサカサさせたい! 髪の毛に引っ付けて写真撮りたい!」
「変態だ……奇虫マニアの変態がいるぞ……」
「早瀬の病気が始まったな……」
「だれか止めろ! 早瀬がウデムシの生態について語りだしたぞ!」
「でね! 子育て中のウデムシは背中にいっぱい小さなウデムシを背負ってね!」
「早瀬よ。ウデムシの話は後ほど聞こう……うぷっ」
女装姿の城崎君は、口元を押さえながら言った。
大きなウデムシの背中に小さなウデムシがいっぱい乗っかってる映像を想像して吐き気をこらえているみたい?
どうしてだろう?
育児中のウデムシって凄くキモカワなのに?
それとウデムシの背中にオレンジ色の卵がいっぱい付いてるのもグロカワだよ?
テンション上がるわたしを見据えて、女装姿の城崎君は言った。
「早瀬よ。放課後はオレと一緒に奇虫博を見に行くぞ」
「えっ?」
「なにを驚く? 当然ではないか。これはペアチケットだ」
「……目的は?」
「早瀬の男性恐怖症☆克服計画その3『男とデートして男性に慣れよう』のレッスンだ」
「…………」
わたしは言葉を失った。
ウデムシ見たい。男は怖い。
相反する要素がある疑問に答えは出てこないわけで。
「無理だよ……でもチケットは欲しぃ」
「ククク、ならば女装したオレ様とデートするのだな」
「怖い……怖い! けどっ……びくんびくん」
「ふん。口では拒絶しても体は正直だな。腕がチケットに伸びているぞ」
「ひっ卑怯だよ! チケットを餌にするなんて!」
「早瀬に男性恐怖症を克服してもらうためなら、鬼にでも卑怯にでもなってやろう」
「ひぐぅ……でも、男の人と二人っきりだと怖いから」
「ダメだ。この計画は男に慣れることを目的としている。他の女がメンバーに加わっては意味がないのだ。何もしないから怖がるな。オレ様を信じろ」
「嗚呼っ、ウデムシ様……わたしはどうすればよいのでしょうか?」
「そこは神にでも祈っておけ。節足動物なんぞを崇めるな」
「ウデムシに会いたい……ヒヨケムシと触れ合いたい……巨大コオロギのリオックに餌やりたい……生きたネズミとか捕食させたい……えっぐ」
「ならば諦めて、オレ様と放課後デートをするんだな」
「うぅぅ……」
涙目のわたしは、無意識にチケットへと腕を伸ばしてしまう。
女装した城崎君は、懐にチケットを隠してしまう。
男の人は……怖い。
二人っきりで放課後デートなんて考えたくもない。
でもウデムシ、だけどヒヨケムシ、そしてサソリモドキ、大好きローランドダンゴムシ。
奇虫博には、魅力的なエンジェルが目白押しで……
「……本当に何もしない?」
「ウデムシの神に誓ってやろう。オレ様は早瀬に何もしない」
「……ひっぐ」
こうして、わたしは堕ちた。
女装した城崎君と放課後デートする展開。
……不安です。
……むしろ不安しかありません。
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