06/12


「パンパカパーン☆ 彼氏がいて良かったことランキングの時間だよ!」

「おー」

「なのなの」

「……」


 わいわい、がやがや、ランチタイム。

 お昼休みに机を合体。お弁当のおかずを交換。

 会話が弾む、陰口NG、男の目線がここにはあるから。


 クラスの女子と、お弁当を食べながら言うの。


「気持ちは嬉しいけど……」

「うふふっ☆ 気にしないでノープロブレム♪ これはいわゆる女子会だから☆」

「そうそう。あたし達は蒼ちゃんの男性恐怖症を治すために」

「カツオブシみたいに身を削って協力するの」


 戸惑うわたしを見て、☆で♪な元アイドルの変人クラスメイトは笑った。


 わたしは非常に困ってたり。

 いくらなんでも、


 男性恐怖症☆克服計画 番外編その2

『ラブラブ体験談で男性恐怖症を克服しよう』


 は、意味不明すぎるわけで……。

 ノリノリな彼氏持ちの彼女たちが言うにはね、男性恐怖症は「彼氏とのラブラブ体験談を聞けば治る!」らしいけど……不安しかありません。


 ドン引きのわたしは、アウトオブ眼中。

 盛り上がる彼氏持ちのリア充たちは、楽しげな女子会トークするわけで。


「まずは明美ちゃんの発表♪ 彼氏がいて良かったこと――買い物やお出かけ☆」

「うんうん」

「なのなの」


 一番手は、キュートな変人でお馴染みの如月明美さん。

 元アイドルという異色の経歴と写真週刊誌にファーストキスを全国公開されて彼氏が死ぬほど苦労した伝説がある、遠くから見ているだけなら愉快だけど巻き込まれると非常に疲れるクラスメイト。


 とりあえずコメントだけしてみる。


「買い物やお出かけ? 彼氏を荷物持ちにするとか?」

「ちっちっ、それもあるけどぉ☆」

「買い物にかぎらず、気軽な話し相手が便利なのよ」

「そうなの。便利な彼氏がいると日曜の昼間に突然『麻雀煉鬼』を読みたくなった時、一緒にブックオフに行ってくれる相手を探すのに困らなくて済むの」

「あー、それ分かるっ☆」

「映画館とか服屋とか、なんか一人で行きづらい時があるものね」

「そうなの。好きなときに呼び出せる男は非常に便利なの」

「女にとって彼氏って……」

「便利だね☆」

「便利よ」

「便利なの」

「………………うん」


 彼氏という生物は、女の子にとって都合のいい存在らしくて……まあいいや。

 なにかを言おうとしたけど、男性恐怖症を治すどころか女の子まで怖くなりそうなのでやめた。高度な政治判断の元に沈黙を貫くわたしを尻目に、彼氏持ちの三人は盛り上がるわけで。


「ほんと彼氏っていいよね♪ 暇なときにからかって遊べるし☆ ほらほらー、上目遣いで『そろそろいい? あたしはいいよ、興味もあるし?』とか言ったりね☆」

「あんたって、見た目はキュートなのに悪女キャラよね……」

「明美はビッチデーモンなの。ちなみにあたしは彼氏なしなの。あの男は彼氏じゃないの。家が隣同士の幼なじみで、一緒に登下校するだけで、たまに手とか握るだけで、それだけの関係で、最近はあの男のお弁当も作り始めたけど、別に好きとかそういうのじゃないの」


「へー」

「ふーん」

「そうなんだー」


「その目はなんなの! まさか!? あたしとあの男がカップルと言うつもりなの!? それはありえないの! あの男はただのクラスメイトなの! 付き合うとか告白とか結婚を前提としたキキキキスっスススとかわわわ……ままっまだ、はや早いいいいぃぃぃ」

「あはは☆ 落ち着こうよー♪」

「変な妄想してるせいで、鼻血がドバドバ出てるわよ?」

「まっまだそういうことはダメなのぉぉぉ! いやっ、でもっ、そのっ、なのっ、初めては夜景が見えるホテルの一室でででっ……せめてゴムはっ」

「この子もう手遅れっぽいわね……それじゃ、あたしのターンよ」

「いよっ! 夏美ちゃん☆」

「保健の教科書で予習はバッチリ……ハァハァ、待ってたの」


 呆れた表情の大空さんが、次は自分のターンと宣言する。

 大空さんは屋上で彼氏が仕掛けた誘い受けをキスで迎撃した伝説を持つ、クラスの風紀員を務める真面目ちゃん。正義感が強くて空回りすることが多いけど、何かと面倒見が良いから人望も厚かったり、おっせかい過ぎてウザがられたり、なんだかんだで愛されキャラだ。


 彼氏が(自称)宇宙人の偵察機な大空さんは、自信満々に言うわけで。


「彼氏がいて良かったこと。それは――何かと頼れるとこよ」

「ひゅー☆」

「なの」

「頼れる? 力仕事を任せるとかかな?」

「それもあるけど他にも頼りたくなる時があるじゃない? 落ち込んでたり、体調が悪かったり、甘えたい時なんかも。そんな時に彼氏が優しくしく気を利かせてくれると、女は「あー、コイツがいて良かった」って思うのよ。特にあたしの彼氏は性格に難ありだからね。面倒くさがりのクラゲみたいな男だけど。たまに見せてくれる何気ない優しさが……サイコーに来るのよ」

「ふーん。そうなんだ」

「蒼ちゃんも彼氏の良さがわかれば、きっと男性恐怖症も治るわよ」

「……でも」

「夏美は強引なの。早瀬さんが困ってるの。次はあたしの番なの」


 無表情に言うのは、クールなクラスメイト。

 隣の家に住む幼なじみの男子というテンプレ彼氏の存在を絶対認めない彼女は、どう見てもデレ成分が過剰すぎるツンデレです。


 常に無表情なクールフェイスはそのまま。

 ツンデレなのなのな彼女は、甘々でスイートなことをホザくわけで。


「彼氏がいて良かったこと。それは――彼との何気ない日常なの」

「ほぉ」

「キタね☆」

「彼との何気ない日常?」

「彼氏はいないけど幼なじみがいるあたしが説明するの。彼氏持ちの女の子の多くは、カレと過ごす何気ない日常が幸せなことに気付かないの。甘いモノを食べ過ぎると舌が甘味に麻痺するみたいに、カレと過ごす時間が増えれば増えるほど小さな幸せに気づきにくくなるの」


 なんか、哲学的なことを言い出したぁぁぁっ!?

 わたしたちは、無表情クールなツンデレちゃんの言葉に耳を傾ける。


「カレと楽しい休日を過ごせた? カレが守ってくれた? カレが優しくしてくれた? それらに幸せを感じるのは当たり前なの。彼氏がいて良かったこと。それはあたしたちが普段気づかない場所に眠っているの。カレとの楽しい会話が素晴らしいの。カレと一緒の通学時間が素晴らしいの。カレの何気ない笑顔が素晴らしいの。カレと一緒に過ごす今が最高に輝いているの。カレがいて良かったこと――それはイベントではなくて彼氏の存在そのもの。そこにいてくれて、同じ時間を共有できることにありがとうなの」


「……深いねっ☆」

「……これがバカップル」

「あたし男性恐怖症だけど、それでも納得しかけるパワーを感じた……」

「早瀬さんがトラウマ持ちなのは分かるの。だけど彼氏の一人でも作るといいの。そしていっぱい優しくしてもらうの。そしたら男に対する恐怖なんて消し飛ぶの。つらい思い出は消えなくても、優しさで上書きすることは可能だと思うの。だから、今は誰かに愛してもらうのが一番の特効薬だと思うの。あたしの彼氏……ごふげふ、幼馴染のあいつも」


 無表情で、淡々と語りだしたツンデレなのなの。

 それを真剣に聞くのは、わたしと明美ちゃんと大空さんだけど。


 教室の端っこから、


「あぁぁ~?」

「おキヌちゃん。アイツら、ちっとズイてねぇ?」


 ……

 …………ドスの効いた声が聞こえました。

 ……


「はんっ。カレシ持ちさんたちはよゆーですねぇ」

「けっ。幸せガールズどもが」

「あいつらさんには、大好きな彼が幻覚だったツラさなんて分からねぇんですよ」

「ったく。ピュアで純情な初恋ラブがブレイク崩壊したばっかなのによぉー」


「…………」

「…………」

「…………」

「………………コレ、そろそろお開きにしよか?」


 わたしの提案に。

 教室を嫉妬の殺意で覆い尽くした、彼氏持ちのハッピーを謳歌するガールズは。


「うん☆」

「ええ」

「なのなの」


 ダラダラと冷や汗を流しながら、首を縦に振りましたとさ。

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