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 ――いらっしゃいませー、店内でお召し上がりでしょうか?

 ――店内で期間限定のタピオカミルクティーを3つですね。

 ――スモール3つですね。

 ――タピオカミルクティー(S)3つで1050円になります。


「にゅるん。面白い、のど越しだな」

「そうそうっ! タピオカって面白いでしょ! タピオカを飲むときって、なぜか笑みがこぼれちゃうでしょでしょっ!」

「むむっ。この面妖な食い物は、文明開化の喉越しがするでゴザルなっ!」


 そんなワケで、ここは駅前の喫茶店です。

 はい、めっちゃ盛り上がってます。

 このまま、カップルの1つぐらい出来そうなぐらい。

 ついさっきまで、あと一歩で綺麗に失恋が成就する雰囲気でしたのに……


「タピオカはね、喉にスルリと滑りこむ、のど越しが最高なのよ。」

「あぁ、確かに液体と一緒にツルツル入ってきて気持ちいい……のかコレ? むしろキモく」

「そのキモさがいいのよ! タピオカは、舌じゃなくて喉で味わうものなの! タピオカが喉を通過する時に内側からくすぐられる官能的な刺激! 極太のストローからツルリとお口に滑りこんでくる甘い感触っ! この不思議な食感なくして、タピオカはタピオカとして成り立たないわけでね」

「ヘイ旦那、妖怪ガールの人の反応を無視してひたすら一人で語り続けるところ、迷惑なオタクに通じるものがあると思わないかい?」

「ああ女将。この調子で続きそうだし、俺はちょっとトイレ休憩に行ってくる」

「そもそもタピオカって……あっ、行ってらっしゃい」

「ラージとスモール、どちらでおトイレをご利用ですかい?」

「ノーコメント」

「ククク、当店のトイレはラージがオススメですぜ」

「あんた……相変わらず女を捨ててるのはいいんだけど、高校生になったんだから少しは恥じらいってものを覚えなさいよ……」

「俺はこいつとの会話に慣れてるからいいよ。ゆっくりおトイレ行ってくるぜ」


 そう言い残して、男の子は席を離れます。

 喫茶店のテーブルには、女の子がふたり残りました。


「……ったく。日常会話を強引にシモ方向に誘導するあんたのクセ、相変わらずね」

「さっき『ヘイ旦那』って、あたし言ったじゃない」

「……?」

「あれって、実は暗号なのよねー」

「えっ」


 喫茶店のテーブル、女の子が二人になると。

 ハイテンションな女の子の顔から、スッと笑みが消えていきます。

 スイッチを切り替えたかのように、明るくてノリノリな雰囲気が変わります。

 タピオカマニアの女の子が、戸惑いながら問いかけるのです。


「……いきなり、何を言い出すの?」

「暗号。あらかじめ打ち合わせしておいた秘密の合言葉って意味よ。ちなみにヘイ旦那って暗号は「場所を離れろ」で、会話の流れでしばらく戻ってくんなと釘をさしておいたから、あと三分ぐらいは戻ってこないんじゃないかしら? ラージorスモールは打ち合わせしてないけど、アレは意外とアタマが切れるヤツだから、裏の意味に気づいて空気読むでしょうね」


 ハイテンションな女の子は、事態がいまいち飲み込めないタピオカちゃんに面倒くさそうな表情で、淡々と事実を伝えていきます。

 暗号。二人は裏で組んでいる。なぜ?

 それは――


「めんどくさくなったから正直に告白するけど、実はアイツから頼まれてるんだわ」

「なにを?」

「アイツとあんたが、くっつく手助けよ」

「えっ!?」


 あぁ……ついにカミングアウトしちゃいましたね。

 恋愛のプロフェッショナルな天使さんは、すべてを知っていました。

 学校帰りのタピオカちゃんが、昼下がりの電車で、偶然男の子と再会した奇跡。


 これは、わたしだけで仕組んだものではありません。

 ハイテンションな女の子と男の子が、裏で仕組んで実現したものなんです。


 学校帰りのタピオカちゃんが、どの電車に乗るか調査して突き止めたことも。

 偶然の再会を装って、男の子がタピオカちゃんと同じ電車に乗り込んだのも。

 駅のホームで、伝えられなかった想いを告白してやろうと企んでいたことも。


 なので、先ほどわたしが電車内で起こした再会の奇跡はアシストです。

 ビビリの根性なしで同じ電車に乗り込んでも声を掛けられないでいた男の子の足元に、スマートフォンを蹴り飛ばしただけの、いわゆる計画の手助けですね。

 わたしの描いたプランでは、二人はそうやって再開して、楽しく懐かしく短い時間を過ごして、中学時代と同じで、二人とも告白できず、同時に失恋を自覚して、ダラダラと引きずっていた初恋はそこで終わり、失恋の自覚は二人の意識に変化を与えて、結果として二人は新たな恋を求めるはずでした。


「もう話しちゃうけど、アイツ惚れてんのよ。中学時代から、ずっとあんたにね」


 ハイテンションな女の子は、ことの真相をバンバン披露します。

 それが何を意味するのか。どんな結果をもたらすのか。

 どんな痛みを伴うのか、知っているのに。


「それでアイツったら、さっさと告って玉砕するなり成功するなりすればいいのに、あろうことかあたしに『告白したいけど一人じゃ自信がない、裏で協力してくれ』とかお願いされちゃってね。本当にいい迷惑だわ。あたしに頼まれても困るっつーの。なんであたしが恋のキューピット演じなきゃいけないのって。むしろあたしの恋のキューピットやってくれってハナシ。あたし彼氏いないんだし、仮にあんたら二人が目の前でラブラブ☆カポーになっても、溢れるハッピーオーラにイラつくだけっつーの……つーわけで、あんたどうするの?」

「どうするって……」

「アイツの告白を受けるかどうか」


 ハイテンションな女の子は、タピオカちゃんをガンガン攻めます。


「べつに嫌ならいいのよ? あたしの方から諦めろと伝えてあげるから。もうパッと決めちゃいましょう。告白受け入れるの? それとも拒否るの?」

「突然、そんなこと言われても」

「ああ、嫌なのね。嫌ならいいのよ。あたしには関係ないし」

「ちょっと待ってよ! まだ何も言ってないじゃっ!」

「だったら、ウジウジ先送りしないで、さっさと答えを出しなさいよ。告白を受けるのか、それとも拒否るのか。難しいことじゃないでしょ?」


 ハイテンションな女の子は口調はそのまま、タピオカちゃんに迫ります。


「ったく、ちょっと熱くなっちゃったわ。ところ彼からの告白、ホントどうするの? 受けるの、拒否るの? そうだ。あんたが断るなら、あたしがアイツに告っちゃおうかな? アイツって意外と顔は悪くないし、話も合うほうだしね。それに失恋で意気消沈している男って、とても落としやすそうじゃない。裏で内緒の頼みごとされるぐらい仲がいい関係だし、そろそろバージン捨てたい気分だし、向こうも興味あるだろうし、優しく慰めてあげたりしたらイチコロなんじゃないかしら?」

「ふざけないでっ!」

「じゃあ、さっさと覚悟を決めて答えを出しなさいよ。実はあんたもアイツのこと悪くないって思ってるんでしょ? 周りに聞き込みしまくってるからバレバレなのよ。あんたがアイツに惚れてるってこと。もう素直になればいいじゃん。実は両想いなんだから損はないでしょ? どっちにしろ、あんた次第でアイツは幸せになれるの。告白一つも満足にできないチキンハートのダメ男を幸せにできるの。両想いなのに告白をためらうとか、イージーモードすぎるあんたら二人の悩みが贅沢すぎて、あたしため息が出ちゃうわ」


 言葉を辛辣に並べますけど、それは告白に踏み切れない二人の後押しです。


 ――さっさとコクれよ、二人とも両想いなんだろ。

 口調はケンカ腰でも、言葉の中身は二人が幸せになる後押しばかりです。


 ――本当は言いたくないのに、

 ハイテンションな女の子は、両想いの二人を後押しします。


 ――もう泣きたいのに、

 ハイテンションな女の子は、両想いの二人を強烈に後押しします。


 それが、大好きな人の幸せに繋がるから。

 それが、ハイテンションな女の子の選んだことだから。

 それが、一番だと思ったから。


 タピオカちゃんと男の子が恋人同士になれば、自分が大好きな人が幸せになるから。


「でも、まだ……」

「ちっ。あの野郎ったら、意外と早く戻ってきたわね……待ってたわよ」

「おう」

「ごめん。先に謝っておくわ。あんたが席を離れてる時、あたしたちが裏で仕組んでいたこと、全部話しちゃった」

「なんのことだ?」

「あんたが、コイツに惚れてることも、あたしに告白を手伝えって裏取引を持ちかけたことも、惚れてるのにずっと告白できずウジウジしているチキン野郎だってことも、全部バラしたから」

「……サンキュー、助かった」


 男の子は諦めた口調で、ポツリと漏らします。

 そして、タピオカちゃんの顔を真っ直ぐに見つめながら言葉を連ねていきます。


「全部あいつの言うとおり。真正面から体当たりすればよかったのに、裏でコソコソ男らしくないことしてすまなかった」

「……いつから?」

「中学の時から。密かに惚れてた。きっかけは同じクラスになったことで……」

「ちょいと待った。あたしは二人の馴れ初めなんて興味ないの。ここから先は長くなりそーというわけで、あたしはここいらでエスケープさせて頂くぜ」

「いや、お前には、まだ礼が……」

「ククク、霊験あらたかなタピオカを食した汝がミスを犯すはずないと、あんなことやこんなことを享受してやった我は認識しておる。安心せよ、自分を偽らずに真実だけを語れば、姫君は汝の接吻を受け入れるであろう。汝の勝利は約束されておる。なにも恐れるでない若者よ。しかしゴムは忘れるでないぞ」

「……サンキュー。お前がいなかったら告白は無理だった」

「もぉっ、やめてよ!」

「というわけで、心置きなく師匠はここを去る。さらばだ、妖怪ラブラブ☆ツインズ。我は諸君らの幸せを……うん、とにかく素直になるのが一番だと思うわけよ。だって損じゃない。好きなのに好きって言えないの……それ、きっと一番不幸だから」


 別れ際、そう言いながら。

 ハイテンションな女の子は、クルリと二人に背を向けました。

 涙が瞳から零れそうになったのを、大好きな人に見られたくなかったから。


 ――どうして好きな人は、あたしに恋愛相談してきたんだろう?

 ――どうして好きになった人は、こんなに残酷なんだろう?

 ――どうして自分が、悲劇のヒロインを演じなきゃいけないんだろう?


 そう考えると、ハイテンションな女の子の瞳から、ポロポロと涙が流れてきます。

 それを見られまいと、泣き顔を背けたまま、ふたりに別れの挨拶を交わします。


 違う「じゃあね」

 嘘な「またね」

 好き――と言えず、

 口では、


「バイバイ、あんたらの幸せをお祈りしているわ」

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