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 さっそくお仕事にかかろうと思うのですが、天使といえども万能ではありません。

 むしろ、不便なんですっ!(涙)

 わたしの姿は、みんなには見えませんし、声を伝えることもできません。

 モノに触れるなどある程度なら物質世界に干渉することができますが、恋する心を射ぬくハート型の弓矢みたいな便利アイテムもありません。

 こんな縛りプレイなわたしですが、どうやって恋の奇跡を起こすのでしょうか?


 そうですねぇー。どうしましょうかねぇー。

 腕の見せ所ですねぇーとか思ってたら、パパっと名案が思いつきましたよ。


 注目すべきは、女の子の手にあるスマートフォン。

 ダメダメですよね。こんなものを弄ってるから素敵な出会いが起きないんですよ。

 若いんですから、自分の世界に閉じこもっちゃだめですよ。

 携帯ゲームで、恋なんて生まれませんよ。

 まあいまの時代、ネトゲーでリアルカップル誕生とか珍しくないので異論はバリバリ認めますけど。


 そんなこんなで、恋の天敵なスマートフォンなんて、

 ――バコンッ!

 ある程度なら物質世界に干渉できる「エンジェル☆空手チョップ」で、叩き落とします!


「あっ」


 女の子から、キュートな声がポツリ。

 スマホが手から離れて、電車の床にヒューと落下します。

 ――カツン!

 ある程度なら物質世界に干渉できる「エンジェル☆ローキック」で、床に落ちたケリ飛ばしますっ!


 スマートフォンは、床を滑って移動します。

 そして、たまたま同じ電車に乗っていた男子高校生の足元で止まります。

 彼は、女の子が中学の頃からずっと片想いだった男の子でした。


「すいません……あっ」

「ひさしぶりじゃん。どうしたんだ?」

「いやっ……スマホ落として」

「なにテンパッてるんだよ? そういえば会うの卒業以来か?」


 差し出されたスマホを、女の子は赤面しながら受け取ります。

 これが天使の演出する「偶然の再会」というやつです。

 久しぶりの再会とはいえ、お互い知った仲です。

 同じ中学出身のふたりは、自然な流れで会話を交わします。


「そういえば、しばらく会わなかったわよね……でも、なんか変なカンジ」

「変な感じ?」

「あたし、中学時代の制服を着てるあんたしか知らないじゃん。だから高校の制服着てると違和感あるのよ」

「あーそれ分かる。卒業してから放課後集まって遊ぶとき、全員がバラバラの制服で――お前らドコ中だよ!って」

「モト中じゃないの? まあその制服も似合ってるとコメントしてみたり?」


 ひと駅、ふた駅、さん駅、よん駅。

 久しぶりに再開した、ふたりの会話は懐かしくも楽しいもの。


 会話の話題はポンポン変わって、笑顔がパンパン弾けます。

 楽しい時間は、いつもより早く進みます。


 ふたりが乗る電車は、やがて目的の駅に到着します。

 同じ中学出身のふたりは、仲良く同じホームに降ります。

 どうでもいい会話を続けながら、改札口を抜けて駅の階段を登り、ピコーンとカードをかざして、改札口を抜けたところで、


「Suicaって、どうしてSuicaって名前なんだろうな?」

「スイスイカードとかそんなカンジ? ぶっちゃけ知らない」

「果物のスイカは?」

「カラーリングはそれっぽいけど無関係。根拠はないけど断言してあげる。ついでにスイカは果物じゃなくて野菜ってテレビでやってた」

「ああ、それは聞いたことがある」


 そこで、会話が途切れて。

 たった数秒間、ふたりの間に沈黙が訪れます。

 会話の話題がなくなったふたり。唐突に会話が途切れたふたり。


 そんな二人の自宅は、駅から見ると別方向です。

 女の子の家は駅の東口側です。男の子の家は駅の西口側です。

 なので、普通はここでお別れですね。


 二人はたまたま帰り道で再会して、おしゃべりする程度の友達同士ですから。

 きっと、改札口を抜けたところでお別れですよ。

 帰宅途中に出会って、同じ帰り道だったので、何となくペチャクチャおしゃべりしていた。

 それだけの関係ですもの、普通ならここでお別れですよ。


 ――でも

 ――ふたりの間に、友達以上の恋愛感情があったとしたら?


 まだまだ、おしゃべりしていたいと思います。

 このままお別れなんて、ぜったい嫌だと思います。

 もっともっと、二人だけの時間を過ごしたいと思うハズです。


 ですが、思春期の少年少女のあまいコイゴコロは、ピュアになれない、好きと言えない、本音を言えない、告白できない、大好きだけど想い伝えられない、非常にジレったいものです。


(もっと彼と話をしてたい……)

(まだ彼女と別れたくない……)


 恋愛プロフェッショナルな天使さんには、二人の気持ちが痛いほど伝わってきます。


 ええ、二人は両想いです。

 互いに、相手のことが大好きです。

 でも、二人とも自分は片想いだと思い込んでいます。

 実は両想いなんですから、どちらかが告白さえすればハッピーエンドです。

 ですが、二人は知りません。

 自分は片想いだと思い込んでいます。

 もし自分の告白が空振りに終わったら……怖くて告白なんて出来ません。

 もし告白で今の関係が崩れたら……

 そんな疑問が、カミングアウトを踏み留まらせます。

 大好きなひとに告白したい。

 でも、気恥ずかしくて、自信がなくて、勇気が足りなくて、結果が怖くて、

 自分の告白が、いまの関係が壊すかもしれなくて。


「じゃあね」

「またな」


 違う「じゃあね」

 嘘な「またね」

 好き――と言えず、


「帰り道、気を付けろよ」

「うん、バイバイ」


 口では「バイバイ」――心がチクリと痛いです。


 最初にポツリと言いましたけど、天使の声って皆さんには聞こえないんです。

 モノに触れて現実世界に干渉することはできても、文章や音で意思を伝えることは天使の就業規則で禁止されてるんです。

 けど……それでもわたしは、声のボリュームを大にして言いたいです。


 ――ここで別れていいんですか、と

 ――中学時代みたいに逃げるんですか、と

 ――どうして自分に素直になれないんですか、と


 恋する男女の味方な天使さんは、ピュアな二人を見ていると手助けしたくなります。

 蹴りでもアッパーでもエルボーでもいいんですけど、なにかイベントを発生させれば、二人の別れは一時中断するハズ……とか、考えちゃいます。

 わたしの心のこもったクロスチョップでぶっ倒れた男の子に、女の子が手を貸したりとか、じつは両想いなんですから、ほんの小さなきっかけで、ふたりの関係が一歩前進することが期待できるとか、ストレス解消も兼ねて考えちゃいます。


 でも、わたしはソレをしません。

 わたしがプロデュースする奇跡は――幸せな奇跡ではないのですから。


 ちょっと語りますね。

 天使が起こす奇跡で、すべての人が幸せになるとは限らないんです。

 勝者にとって奇跡の逆転勝利が、敗者にとって悪夢の逆転敗北であるように、わたしたちが起こす奇跡は、人間にとって幸せなものとは限らないのです。


 わたしが帰り道の電車で、二人を再開させて起こした奇跡は失恋の奇跡・・・・・です。


 とある少年少女が、帰り道の電車で偶然再会しました。

 楽しくドキドキしたひとときを過ごしました。


 だけど何も起きませんでした。

 キスもしませんでした。告白もできませんでした。

 ライトノベルみたいに甘くない。少女漫画な展開なんて無関係。

 そして気づくんです。

 やっぱり、初恋は実らなかったって。


 出会わなければ自覚しなかった失恋、自覚しなければ終わらなかった初恋。

 これは、はたして不幸な奇跡なのでしょうか?

 ノンノン、じつは違うんです。

 恋愛のプロフェッショナルなわたしは、決してそうだとは思いません。

 きっかけがなければ、失恋を自覚しなければ、二人は中学時代の想い人を忘れられず、新しい恋に積極的になれない、恋に奥手な勿体ない高校生活を送ることになったでしょう。


 恋というのは、いちど終わらないと、新しく始めようとは思わないものです。

 愛の天使が断言しちゃいます。

 二人の未来には、新たな恋が待っています。

 失恋を自覚したことによる気持ちの変化は、新たな恋に向かいます。

 失恋をきっかけに、新しい恋を探すとかよくありますよね。

 失恋の相談をして慰めてくれた異性と、気づいたらくっついてたとかはよくある話ですね。

 ふたりには、それが起きます。

 それぞれが新たな恋を求めて、やがて手に入れます。

 それは、ふたりにとって幸せな恋になるで――


 ――ザァァァァァ


「やべぇ、雨だ」

「降ってきたみたい。やだ、わたし傘持ってないんだけど」

「俺もない」

「どうしよう? コンビニで傘を買うのって悔しいし」

「そのくやしがる気持ちが理解できねぇよ」

「天気予報のチェックや折りたたみ傘の用意を怠った、自分に悔しくならない?」

「あー、それだと少し共感できる」

「あんたって、高校に進学しても、相変わらず人に流されやすい性格のままなのね」

「どうする? 通り雨だと思うから、すぐやむだろーけど」


 ……天使さんドンマイ。わたしドンマイケルです。


 予想外のアクシデント発生です。

 愛の天使といえども、たまにはこんなミスもありますね。

 天候が相手では、仕方がないですよ。

 アハハハハ☆(ガックシ)

 まあアクシデントは起きちゃいましたけど、どーせ失恋は実るでしょう。

 失恋が実るとか言葉が少しおかしいですけど、このふたりが告白するなんて、よっぽど強力な後ろ盾がない限り、むりむりですよ。

 男はヘタレですし、女は自信なしですし、


「あま……」

「ん、なによ?」

「だから……あま」


 ほら。男の子が「雨宿りしようぜ!」と誘おうとしてますけど、ヘタレ過ぎるからあま……になってますし。

 こんなヘタレは、あまあまキョドる前にAmazonで怪しい恋愛マニュアル注文して、恋愛ハウツーの項目でも斜め読みしとけばいいんですよ。

 どーせ、お金と時間をドブに捨てるだけで、有効活用できっこないですけどね。


「あま……」

「……あめ?」

「あめ! あめだよ! 雨! 雨降ってきたよな!」

「なにテンション高くしてるのよ? さてはあんたの前世、カエルか何か?」

「バレたか。実はおれ、本気を出せば卵産めるんだぜ」

「気持ち悪いことに本気を出さないでよ。最近タピオカ入りのジュースにはまってるんだから、気持ち悪さもパワーアップだわ」

「タピオカ?」


 天使さんは、会話の流れにヘタレな日本政府並みの遺憾の意を示します。

 だって、


「カエルの卵って、気持ち悪ぅ!? あんたのせいでタピオカ飲めなくなりそう!」

「俺を置いてけぼりにするな。とりあえずタピオカってなんだ?」

「そういえば、タピオカって何でできてるんだっけ?」

「知らねぇよ。もう俺の中じゃ、お前がタピオカってカエルの卵をジュースに入れて飲んでることになってる」

「なにその超絶勘違いっ!? タピオカってのは……ああ! 飲めば分かるハズなんだけど、売ってるのが微妙にレアな部類で」


 会話が弾んでいるところを悪いのですが、その話題はヤバイんで勘弁です。

 チラリと駅の広告スペースとかを見てみると、駅前にある全国展開の喫茶店が広告をだしてるので。

 それも「新食感のタピオカティー☆(350円)」というタイムリーな。


「ふーん。ここらで売ってるのか、そのカエルの卵?」

「どうだろう? よく喫茶店の季節メニューとかであるけど。あとカエルやめて」


 なんか盛り上がってます。二人とも、めっさ盛り上がってます。

 このまま「なら、タピオカ飲みに行くか!」という流れは、わたし的に非常に困ってしまう次第で……って、なに今後の展開が見え見えな会話してるんですか!


 天使さん、ぷんおこ!

 こんなものは隠蔽しちゃいます!

 ――ペタリ!

 天使さんは奇跡の為なら手段を選びません!

 不祥事を起こした官僚も真っ青な隠蔽体質なんです!


 ある程度なら物質世界に干渉できる「エンジェル☆そこらへんに落ちてた濡れ新聞紙」を貼りつけて、タピオカ全面アピールの広告を隠しちゃいます。


「ま、都合よく売ってるわけないよな」

「そうよね。そういえば、もう雨上がってきた?」

「上がった。通り雨だな」


 ふう、あぶないところでした。

 どうやら、このまま終われそうです。

 愛の天使として、奇跡の成就を失敗するわけにはいけませんもんね。

 ……コホン。

 では、仕切りなおしましょう。

 わたし達が起こす奇跡は、人間にとって幸せな奇跡だけとは限りません。

 勝者にとって奇跡の勝利が――


「やっほ! お久しぶりぶり! お二人さん!」


 敗者にとって悪夢の敗戦であるように、わたしたちが起こす奇跡は――

 て、お久しぶりぶり?


「久しぶりブリ! そっちこそ元気?って、聞くまでもないわね」

「こいつは見るだけで分かる。相変わらずアクセル吹かしてるな」

「あたしはいつでもフルスロットル! サツに止められるまで突き進むぜぇ!」


 ハイテンションな新しい女の子が、突然現れました……

 どうやら、二人の共通のお知り合いのようです。

 話の感じからすると、お二人と同じ中学校に通っていた女子生徒さんみたいです。

 新登場の女の子に、二人は顔を見合わせます。


「久しぶりに会ったせいか、免疫が薄れて暑苦しさが半端ないわねぇ……」

「俺は卒業後もちょくちょく会ってたから大丈夫だけど、近くにいると体感気温が一気に上がる気はする」

「うん。冬場とか地味にありがたかったよね……」


 会話とは、二人よりも、多人数の方が盛り上がるものです。

 おかげで、三人の会話めっちゃ盛り上がっています。


「さては、あたしを馬鹿にしてるな? 高校の制服がお似合いのツインズども」

「お前も似合ってるよ」

「うん。あんたの暑苦しい雰囲気も含めて」

「あたしが熱いのは否定しない! だ・け・ど、傍から見れば、オ・ア・ツ・イ・♪ のは、おふたりでなくって? 遠目に見ても二人でキャッキャウフフと盛り上がっているように……まさか!? あたしの知らないところで、二人は付き合ってたり!?」

「あー、それはない」

「ちょっっ!? あんた、なにバカな憶測をっ!?」

「あたしの策略に引っかかったな、妖怪ラブラブツインズ! 妖怪メンズの冷静を気取って逆に怪しい態度と、妖怪ガールのテンプレで慌てる反応は、二人が新鮮ラブラブ☆カッポーなのを物語っているわ! ジッチャンの名にかけて!」

「いやっ!? ちょっと待ちなさいよ! わたしとこいつは帰り道で偶然あっただけで、さっきもこいつがカエルで、わたしがタピオカで――って、なんか喋ってよあんたも!」

「ふーん、タピオカですか。そうですか」

「こいつがタピオカのこと知らなくて、わたしが説明しようとしてたんだけど」

「あぁ、そんな感じ。こいつがタピオカって、カエルの卵の一種を」

「だーかーら! いい加減カエルから離れなさいよっ!」

「ほぉほぉボーイ。君はタピオカを知らないのかい? クゥ~! それは勿体ないネェ! タピオカを知らずにオトナになるなんて、異性を知らずにオトナになるようなものなのに。30歳になっても魔法は使えないんだぜ? アーユーリスンオッケー、タピオカチェリー? ところでラブラブ☆カッポーなお二人さんは、もう大人の階段を登ってるの?」

「黙れよ」

「殴られたい?」

「アハハ、ジョークジョーク。そうツンツンしないでよベイベー。せっかくあたしが、そこのタピオカ童貞に、オススメな提案を用意しているのに」


 そこまで言うと。

 新登場の女の子は、わたしが壁に貼りつけた、濡れ新聞紙を引き剥がして。


「実食あるのみ。オッケー?」


 ガラガラガッシャーん、と、

 遠くで雷が鳴って、わたしの失恋プランもガラガラ崩れ去りましたとさ……orz


 どうやら天使さんがプロデュースする奇跡の舞台は。

 タピオカを求めて、駅前の喫茶店に、場面が変わるようです。

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