第06話 初恋の怪談


 あたしの通っていた中学校には、とある怪談が伝わっているの。


 ――どんな怪談?

 ――それって怖い話?


 はいはい。

 ちゃんと話すから、のんびり焦らず聞いて。

 どーせ暇してるんでしょ?


 怪談と言っても、怖いかどうかは聞いてのお楽しみだけどね。

 まあ、期待してなさい。


 でね、その怪談は「開かずの教室に出る幽霊」なわけ。

 ずっと昔、教室で首吊り自殺した女生徒がいたわけよ。


 それも、イジメを苦にしての自殺よ。

 加害者たちに、たっぷりトラウマを植え付ける遺書を残して死んだらしいわ。

 これだけなら、よくある実話だけどね。

 ……出るようになったのよ。


 自殺した女生徒の幽霊が、自殺現場の教室にね。


 それだけじゃ終わらなくて、祟りか呪いなのか学校内で事故が頻発したの。

 お祓いしても効果ないから、仕方なく自殺現場の教室は閉鎖。

 開かずの教室の壁一面に御札を貼って、どうにか霊障は収まったんだって。


 めでたし、めでたし。


 これであたしの怪談は終わるけど、この怪談って嘘くさくない?

 自殺した女生徒の幽霊が出るとかありきたりだし、祟りとか呪いもウソ臭いし。


 でもね、この怪談にはあるもの・・・・が存在するの。

 ふつうの怪談には、存在しないものが。


 それは、物的証拠。

 開かずの教室と、そこに貼られた大量の御札のことね。


 御札、いまも貼ってあるのよ。

 開かずの教室の壁一面に、和風のホラー映画みたいに数百枚の御札が。

 学校の怪談は珍しくないけど、証拠があるのは珍しいでしょ?

 怪談にリアリティーを出すため、教室を閉鎖したり御札を用意とは思えないし。

 だからね、女生徒の幽霊は実在したと言えるの。

 その事実に気づいて、ただの怪談が本当にあった怖い話にランクアップした時。

 あたしの背筋に、ブルッと寒気が走ったのを覚えているわ。


 ……はい。今度こそ怪談はおしまい。


 どう、怖かった?

 えっ、まあまあだった?

 ちぇ。あたしの中学に伝わるガチ話だったのに。


 それでね、さっきの怪談と別話になるんだけど、もう少しだけ語っていい?

 うん、実は話したい気分なの。どうせ暇してるんでしょ?


 嫌なら、聞き逃してプリーズ。


 ……さっきの怪談だけど。


 あの話を聞いたのは、なんだっけなぁ。

 担任主催の「夜の校舎でなんとか流星群を見よう」という、謎イベントの最中だったの。


 夜中の学校に集まって、クラスの有志で天体観測をしようってイベントよ。

 さっきの怪談は、担任教師が夜の校舎で聞かせてくれたワケ。


 まったく、意地悪い先生よね。

 これから夜の校舎に行こうという時に、生徒たちに実話系の怪談を語るなんて。


 おまけに、何の前振りもなく、


「天体観測を始める前に、夜の校舎で肝試しをしよう」

 や、


「ルールは、二人一組で開かずの教室の黒板に名前を書いてから屋上に来ること」

 や、


「ペアは必ず男女一組な」

 とか、トンデモないことを抜かしたんから……もう大変。

 男女ペアというルール説明で、全員がパニックになったのを覚えているわ。


「マジでありえない!」

「勘弁してくれよ!」


「俺と組まないか?」

「ごめんなさいってか、あんたは無理!」


「ゆっちー! 俺と組んでくれ!」

「組まないから! 絶対に組まないからね!」


 そこらかしこで交渉が進んで、行動に移れない奴らはオロオロする。

 混乱の中で、あたしはとある男子とペアを組んだの。


 ――ペア決まった? いっしょに組む?


 こんな感じで組んだと思う。


 ペアになった男子とあたしは、同じ小学校に通っていた。

 いわゆる、幼なじみとかの間柄だった。

 かと言って特別な関係じゃなくて、彼と私はよく遊ぶグループの関係。

 クラスに何人もいる、男友達の一人だった。


 彼とあたしは、なりゆきで肝試しのペアを組んだ。

 肝試しの先発隊が悲鳴を上げる中、いざあたし達の番がやってくる。


 校舎に入ると、彼とあたしの二人っきり。

 鼓動が早くなるし、呼吸は乱れるし、変な汗が止まらなかった。


 二人っきりで歩いた夜の校舎は、不気味で、静かで、違和感があった。

 通い慣れていたハズなのに、別物みたいだった。


 後ろから追いかけてくる、床を蹴る上履きの反響音。

 冷えているのにまとわり付く、蒸し暑くてどんより淀んだ空気。

 あと、本当にあった学校の怪談。

 夜の校舎は、怖くなる要素がたっぷり。


 気づけば彼との距離を縮めていた。

 自然と二人の肩が触れ合うように歩いていた。


 それは、あたしにとってドキドキのウォーキングだった。

 歩くたびに彼と肩が当たり、肩越しに彼の体温を感じる。

 近すぎる距離に吐息が気になって、浅くて早いヘンな呼吸になる。

 ピリピリとした緊張に包まれて、ドキドキが止まらなかった。


 あの時、二人っきりの廊下でどんな会話をしたか?

 実は……よく覚えていなかったり。

 ずっと喋っていた気もするし、会話が続かなくて黙っている時間が多かった気もする。


 ただ、開かずの教室で小さな悲鳴をあげたのは覚えている。

 悲鳴の原因は、担任が仕掛けたトラップ。

 壁一面が御札だらけの開かずの教室には、名前を記入するノートが置いてあった。

 何人かの名前がすでに書かれていて、あたしと彼も名前を書き込んだ。

 その時、ふと表紙に書かれた文字に目がいったの。


『 う え を み ろ 』


 あたしは、何も考えずに開かずの教室の天井を見たわ。

 見上げた視線の先には、女子生徒の首吊り死体がぶら下がってたの。


 それは、ビニール袋に新聞紙を詰め込んだ人形に制服を着せただけの粗末で適当な首吊り模型だった。

 今になって思えば「担任の野郎ッ、なめた真似をッ」と、怒りがフツフツと沸き上がってくるけど、肝試しの最中にそんな余裕はゼロ。


 キャッと、悲鳴をあげて、

 やだぁ……と、ブルブル震えて、

 無意識に、彼の手を握りしめて……ふと気づけば、あたしの顔は真っ赤で。


 そのあと、彼と交わした会話は覚えていない。

 特にあたしを励ましたりせず、だけど握る手を振りほどいたりはせず。

 数秒たって、悲鳴と涙目のあたしが落ちついてから

「じゃあ行くか」

 そんな感じだったと思う。


 再び歩きだした頃には、だいぶ恐怖も薄れて体の震えは収まっていた。

 その代わり、心臓バクバク、てのひらが汗でヌルヌル、アタマはパニック。

 恥ずかしすぎて彼の顔なんか見れなくて、ひとことも口を開けなくて、前を見て歩くのも辛くて、床ばかりをガン見しながら歩いてて、それでも心のなかでは会話の糸口を探して「さっきの怖かったよね」「いきなり握ったりしてごめん」いくつも言葉の候補が浮かぶけど、どれもイマイチ「べ、別に怖くないんだから!」……論外だったり。


 結果として、あたしは彼に気の利いたセリフを言えなかった。

 肝試しのゴールまでの数分間、彼とは無言で手を握りあったまま廊下を歩いた。


 ゴールが近づくと、みんなのざわめきが聞こえた。

 あたしは微妙な空気が終わるのにほっと胸をなでおろして、同時にそれをちょっぴり残念に思いながら。


 浅く握った彼の手を、振りほどいたのを覚えている。


 あの日、あの時、彼と二人っきりで歩いた肝試しは、こうして終わった。

 ちょっぴりホラーな、短いデートだった。

 握りしめた手の暖かさ。

 破裂寸前だった心臓のドキドキ。

 無言で廊下を歩いた、二人っきりの気まずい雰囲気、

 一生忘れられない、思い出だけを残して。


 それでねぇー、聞いてよ。

 ついさっき、肝試しでペアになった彼と高校帰りに再会したわけ。


 うん、特に何も起きなかった。

 だって、あたしと彼はただの友達同士だもん。

 帰り道に出会って、一緒にくっちゃべったら、すぐお別れする程度の関係よ。


 だけど、あたしは別れたくない。

 もっと彼とお話していたいし、まだ彼と一緒にいたい。


 なぜ? あたしが彼に恋してるから。


 彼の表裏のない性格が好きだった。

 さりげない優しさが好きだった。

 マイペースだけど思いやりのあるところが好きだった。

 たまに見せる、照れくさそうな笑顔が好きだった。

 それを誰かに喋ることはなくても、あたしは彼のことが大好きだった。

 移動教室では同じ班になれるように裏工作したし、クラス替えで同じクラスだった時は思わずガッツポーズを極めた。

 肝試しでペアになったのも、本当はたまたまなんかじゃない。


 あたしは彼が好き。

 まだ彼と話をしていたい。

 ここで別れたくない。

 もっとずっと彼と一緒にいたい。


 頭のなかではそう思っても、心のなかでどんなに願っても。

 気恥ずかしくて、自信がなくて、想いを伝える勇気が足りなくて、無能な口は役立たず。

 見つめ合ったまま、数秒の沈黙。

「じゃあ」

 右手を掲げて、彼が別れの言葉をポツリ。

 それに反応するあたしは、本音じゃない言葉をペラペラ。


 違う「じゃあね」

 嘘な「またね」

 好き――と言えず、

 言葉では「バイバイ」

 ……バカな自分。


 彼の後ろ姿が、だんだん遠ざかっていく。

 それを眺めていると、なぜかポロリと涙がこぼれてきた。

 無意識の内に「失恋」を自覚したんだと思う。


 ……これでオシマイ。


 片想いな彼と、帰り道で再会しました。

 だけど、なにも起きませんでした。

 キスもしませんでした。告白もできませんでした。

 ライトノベルみたいに甘くない。少女漫画な展開は無関係。

 出会わなければ自覚することのなかった失恋。

 自覚しなければ終わらなかった初恋。

 そう、あたしは失恋を自覚しちゃったわけ。

 これは、それだけの話。


 ハッピーエンドなんかじゃない、だけどバッドエンドでもない。

 どこにでもあるような、少しほろ苦いオチのない恋物語。

 これがあたしの「初恋の怪談」。

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