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 結局、ぜんぶ夢の出来事だったらしい。

 不幸な境遇を他人に押し付けて、それをあたしが救済する――くだらない妄想。


 お母さんは、死の淵から生還した一人娘に涙を流して喜んでいる。


 でも、あたしは全然うれしくなかった。

 いっそのこと、手術失敗で死んでしまえば楽だったのにと思っていた。


 誰からも忘れられたあたし。誰からも必要とされなかったあたし。

 友達一人いない、やりたいことも何もない、これからどう生きていいのか分からないあたし。


 だから、お母さんが話しかけてきても上の空。

 心配を掛けたくないから返事はするけど、心配をかけまいと演技する自分にもウンザリする。

 泣きながら「良かった」を繰り返すお母さんが見苦しい。

 目のやり場に困って、視線をあさっての方向に泳がせたら――


「……えっ」


 無意識に、そんな声が出た。


「……うそでしょ?」


 震える声を漏らすあたしに「どうしたの?」と問いかける、お母さんの声はもう耳に入らない。


 あたしには見える。

 制服を着こなした男子高校生の姿が。


 開けっ放しのドアをくぐって、こちらに歩いてくる男子高校生。

 その手には、古ぼけたスケッチブック。

 ずいぶんと背が伸びたみたいで、顔つきも男らしくなっている。


 だけど、間違いない。

 あたしが、彼を見間違うはずがない。

 だってあたしは、彼と別れてから……まだ半日も経ってないんだから。


 ベッドまで歩いてきた彼は、照れくさそうにはにかみながら。


「やあ。3年ぶりかな?」

「……………………8時間ぶりよっ」


 こらえきれない涙が、ポロリとこぼれ落ちてくる。


「迎えに来るのが……遅いわよ……バカッ」


 もう涙で前も見えないのに、彼がそこにいることだけは感じられる。

 彼の息遣いも、彼の気配も、彼は間違いなく、そこにいる。

 あたしは一人ぼっちじゃないって、彼との日々は夢じゃなかったって。

 それが嬉しくて、涙が止まらなかった。


 とつぜん泣き出したあたしを見て、お母さんは首を傾げている。

 そして、不思議そうな声音で問いかけてきた。


「ねぇシルク、だれとお話してるの?」


 と。

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