01/11
思い返せば、ほんの数時間前のことだった。
病室に飾られた自分ソックリな絵を怪しむも、それほど気にすることはなく。
やることもないので、消灯前のベッドにバタンキュー。
あたしは、夢の世界に旅立って。
「すぴー、すかー、Zzzzz.... ( ゚д゚)ハッ!?」
夜中に、ハッと目が覚めた。
寝起きの頭でベットでモゾモゾしてると、手足が何かに当たる感触。
なんなの、誰なの、まぶたをパチクリ。
ふと気づけば、あたしの鼻先数センチに顔があった。
それは、かわいい男の子の顔でした。
――なに?
――顔?
――男の子?
――どうして?
脳裏にクエッションマークが浮かぶけど、暗がりに浮かんだ男の子の顔はリアル。
瞳はまんまる(°Δ°)←こんな感じ。
寝起きのクセして、やたらと視界はクリア。
汗はダラダラ、心臓バクバク、なにが起こった、落ち着けアタシ。
これ系の時はパターンが色々あるけど、
あたしは女の子らしく、
「キャァァァァァ――ッッッ!」
慌てて騒いで反射的に、大声+平手打ちをプレゼントした。
「ぃっ!」
ほっぺをストライクされて、のけぞる男の子。
あたしは乙女の本能でとどめを刺してやろうと、みやびに掴んだ枕で殴ろうとして、女の子らしくふとんを蹴飛ばそうとして、大和撫子の振る舞いで花瓶を掴んでどアタマかち割ろうとしても、
なぜか、お手てが――スルり、
なぜか、おみ足が――フッ、
足で蹴飛ばそうとした布団を、腕で掴もうとした花瓶を。
あたしの体は、まるで霧に触れたみたいに通り抜けてしまい。
「ハァハァ……いきなりなんなのよッ!」
「わわっ! ごっごめんなさっ!」
花瓶がダメなら、すかさず肉弾攻撃!
必死で謝る男の子のお腹に、スイーツなパンチを喰らわす。
「ふぐっ」
男の子は魚みたいに呻いて、ベットから転がり落ちて……
そのまま床にうつぶせ、男の子は倒れてしまった。
……少しヤりすぎたかしら?
ちょびり冷静になったあたしが、小さな小さなそれはとっても小さな罪悪感を感じ始めたとき、
「んっ?」
あたしが「なんかおかしいぞ?」と首を傾げるのと。
床にうつぶせ状態の男の子が「ウゥゥ……」と、うめき始めたのは同時だった。
「ちょっと大丈夫?」
さすがに心配になって声をかけてみるけど、床に倒れた男の子は、
「だいじょう……ぶ。クスリを飲む、から」
胸元を押さえながら言うけど、なんか全然大丈夫そうじゃない。
男の子の血の気が失せた紫っぽい顔色は、普通に生死の境をさまよっている感じ。
あわてて駆け寄ると、彼は胸元のケースから小さな錠剤を取り出す。
それを、お口の中にポイ。
「今のがクスリ?」
男の子は胸を押さえたまま、苦しげに首をコクコク。
「ほんとに大丈夫?」
あたしの問いかけに、男の子は首をコクコクコク。
「誰か、人を呼んでくるから――」
そう言って、看護師さんでも呼ぼうとしたら――キュッ。
男の子に、パジャマの裾を掴まれた。
そこで初めて気づいたけど、目の前の男の子は高校生のあたしより年下みたいで、裾をつかんだ手も、あたしと同じぐらいのサイズ。
すこしヤリすぎたと後悔してるし、おまけに年下だし、あれは貞操を守るための自己防衛反応だったとしても、さすがに罪悪感的なものを感じているわけで。
「……まっいいか」
あたしも床に座り込んで、男の子にお付き添い。
さすがに膝枕は抵抗があったけど、床に倒れる男の子を抱き起こして、背中をポンポンさすったりしてると、やがて彼の様態も落ち着いて、
「もう……平気。びっくりして、心臓が発作を起こしたみたい」
「ふぅ、驚かせないでよ」
「これくらいの発作なら丸薬ですぐ良くなるし、僕は慣れてるから大丈夫」
にへへと、男の子は照れた笑顔を浮かべた。
心臓、発作、丸薬、慣れてる、ふむふむ。
会話に出てきたいくつかの単語から導き出されるのは、男の子が何か心臓の病気で入院生活を送ってるっぽいということ。
それも、慣れてるという表現からわりと長い期間。
つまり、暇で退屈でとにかく暇な入院生活を長く続けている。
それは、かわいそうだけど、
「ところで君ィ、どうして君はあたしのベッドに侵入したのかなぁ?」
「えっ」
うら若き乙女のベッドに、大胆にも潜入取材を試みた罪とは関係ない。
「えっ、じゃないでしょ。ったく、何をしようとしたんだか知らないけど、あたしは病人だからって容赦しないわよ」
「いや……でも」
「言い訳しな」
「ここ僕のベッドだよ?」
「え゛っ?」
――ワッツボーイ?
――――君は何を言い出すの?
ここはあたしの病室で、寝ていたのはあたしのベッド。
その証拠に病室の壁には、あたしソックリな絵が飾って――――ない。
「……嘘でしょ」
ない、飾ってない。
寝る前は壁にあった、あたしソックリなアノ絵がない。
つまり、考えられるのは、
1.寝ぼけて別の部屋のベッドに侵入した
2.周到に用意されたドッキリ企画だ
3.宇宙人の超科学力でry
以上の3つで、
2は、誰がンなことやるのかという理由で除外、
3は、捨てがたいけど除外、
残るは1であるがゆえに、
「アッ……アハハハ! ごめんねっ! これってきっとアレな出来事なのよ!」
恥もプライドも捨てて、年下相手に謝るしかない。
「ここ何号室かなー? あたしは603号室に戻りたいんだけど」
「ここ603号室……」
「オヲッ! それは奇遇じゃない! あたしと君は同じ病室――って、ちょっとなによソレ意味わかんない!」
「肩を掴んで、ガクガク揺すられると痛い……」
男の子の肩を掴んで、前後にガクンガクンゆすりながら。
あたしが、ちょっと意味わかんないんだけどねぇ!と叫ぼうとしたら。
――ガチャリ、
と、病室のドアが開いて。
「なに騒いでるのかなー? もう消灯時間は過ぎてるんだけどなー」
看護婦さんが騒ぎを聞きつけたのか、廊下から病室を覗き込んでくる。
えぇ、この状況はヤバイわ。
あたしは、夜中に男の個室へ侵入中のうら若き美少女。
その状況は、夜這いか、それとも逢いびきか。
とにかく、このままだと勘違いされる!
「これは……あたしが夜中に寝ぼけてベッドに侵入したのが、この子の……ッ!」
「誰かとお話している気配だったけど、ひとり喋りは程々にね」
男の子がそれは違う的なことを言うけれど、看護婦さんは「早く寝なさい」。
冷たく言い放って、ドアをバタンっ。
ぽかーんとする、あたしと男の子は顔を見合わせて。
「あの看護婦さん、あたしのこと無視するとか酷くない?」
「たぶん、見えなかったんだと思う」
「視力が悪いとか?」
「そうじゃなくて、お姉ちゃんの姿が見えないんだと思うよ」
どうも、会話のキャッチボールが成立しない。
怪訝なあたしに、男の子は青ざめた顔で問いかけてくるのだ。
「お姉ちゃんって……幽霊だよね?」
それはねぇよ、ということを。
すごく真顔で。
「いや、普通に違うけど……」
「でも、看護婦さんには見えなかったよね?」
「コンタクトを忘れたとかじゃないの?」
「あとあと、僕を殴ろうとしたとき、花瓶が手をすり抜けてたよね?」
「う゛っ……それは殺意はあったけど、悪気はなかったから許して」
「殺そうとしたんだ!? 僕のこと!?」
「まあね。若気の迷いってやつからしら? 目が覚めていきなりベッドの中に男の子がいたら仕方ないじゃない――手がすり抜けた?」
「コレ持ってみて」
男の子が、あたしに絵筆を差し出してくる。
あたしは、使い込まれた絵筆を掴んでみようとするけれど。
「嘘でしょ……」
てのひらに置かれた絵筆は、手の甲をスルリ通り抜ける。
リノリウムの床に落下して、カツンッと硬い音を立ててしまう。
「フフフ、まさかねぇ……」
こんな現実認めたくないと、あたしは床に落ちた絵筆を拾おうとするけれど、床に落ちたソレは拾えず、無力な指先が床のリノリウムを撫で回すばかり。
「ほらね。やっぱり幽霊なんでしょ?」
「あはは……そうかもしれない」
布団をつかもうとしても指がすり抜ける。
花瓶をつかもうとしても指がすり抜ける。
ということは……
「あたしは……もう死んでいる?」
そんな北斗神拳の伝承者なハズがない。
あたしがふと思い立って、窓ガラスを見てみれば。
病室を反射して映すそこに、あたしの姿は映っていませんでしたとさ。
――なんてこったい!
――あたしは、目が覚めたら死んでいた!
「……自分が死んでたのに、なぜかぜんぜん悲しくないのが悲しいわ……」
「結局、悲しいんだね」
淡々とコメントを述べる、見知らぬ男の子のツッコミセンスは良好だった。
「違う意味でね。それよりあの死に損ないのおじいちゃんドクター、何がクスリ飲めば治るのよ……」
「お姉ちゃん、この病院で死んだの?」
「認めたくないけどそうみたい。レイ・ボーダン症候群とかいう病気で603号室に入院して、やることないからすぐ寝たのまでは覚えてるんだけど、眠った後に様態が急変して死んだのかもね」
「――レイ・ボーダン症候群?」
自分が幽霊になったというのに、驚くほど冷静に現実が受け入れられてくる。
というか状況がわけわかめだから、常識とか色々すっ飛ばして何が起きたのか理解するしかない。
驚きの事実に感覚が研ぎ澄まされる。
アタマの回転がドンドン速くなっていく、不思議な加速感に打ち震えながら。
あたしは、淡々と現状を確認していくのだ。
「それであたしが退室した後、君が603号室に入室したのよ。あたしがなんでいまごろ化けて出たのかは分からないけど」
「たぶん、それはないと思うよ。603号室にはずっと。もう1年ぐらい僕が入室しているから」
「しかし考えてみれば、眠った状態で苦しまずに死ねたのはお得だったかも――って、もう1年も603号室で入院生活を送ってるの!?」
「うん。お姉ちゃんって何年に死んだの?」
「ん、2012年だけど?」
反射的に答えてしまった。
この子、見た目はガキっぽいクセして、けっこー頭がいいかもしれない。
手軽に分かりそうなことから、質問してくるのとか。
「えーと、それだと計算が合わない」
「計算があわない?」
「いまは2009年だから……お姉ちゃんは3年も未来に死んだことになっちゃう」
「つまり、あたしは過去にタイムスリップした幽霊ってこと?」
「お姉ちゃんの言っていることに、嘘がないならね」
「むしろ嘘だと言って欲しいわ……」
「どうやら本当みたいだけど、お姉ちゃんって本当に幽霊なのかな?」
「あはは、自分でも分からないわ……見た目は幽霊だけど」
病室に置いてあったスケッチブックをツンツンいじくるけど、物に触れない指先は、リングで閉じられた紙束をスルスル通り抜けてしまう。
「ほらね、オバケで間違いなしよ」
あたしが閉じられたスケッチブックの中を見たがっていると思ったのか?
役立たずなあたしに代わって、男の子がページを開いてくれる。
「へー。わりと上手じゃん」
そこに描かれていたのは、病室の窓から見た景色の鉛筆画だった。
「絵、描くの好きなの?」
「うん、入院生活で暇だったのもあるけど」
ペラペラめくられていくスケッチブックには、殴ろうとして未遂に終わった例の花瓶を模写した絵や、部屋の風景をスケッチ書きしたものがあった。そのどれもが忠実に特徴を掴み取っていて、光の向きとかもしっかり考えて描かれていて、
「これは、才能あるんじゃないかしら?」
「――ほんとに?」
「絵の良し悪しなんて分からないけどね。あたしは十分上手だと思うな」
写真では感じられない、どこか引き込まれるような魅力がある絵を眺めながら。
あたしは、素直にコメントすると。
――ガシッ。
いきなり突然、男の子に腕を掴まれる感触。
「……どうしたの?」
「お姉ちゃんに……ひとつお願いがあるんだ」
緊張しているのか?
すこし早口で噛み気味、テンパった口調のお願いは。
――あたしに絵のモデルをしてくれ、
というもの。
男の子が曰く、長い入院生活で暇を持て余して絵の腕前だけはそこそこ上がったけど、無機質な病院は描くにはツマラナイものばかり。何か書きがいのあるモデルをずっと探していたとのこと。
モデルしてる場合じゃねぇと思いつつ、特にやることもないことに気づいて、
「うーん……とりま、朝が来るまでなら」
軽い気持ちで安請け合いしてしまったんだけど……
――シャカシャカ。
夜中の薄暗い病室に、鉛筆の擦れる音だけがシャカシャカ響き渡る。
「ポーズとか取ったほうがいい?」
「ううん。椅子に座ってるだけでいい」
それを最後に、彼との会話らしいものが途絶えた。
……おっ、重苦しい。
なにか雑談したくても、彼は真剣モード。
しゃっしゃかスケッチブックに補助線を書き込んでたりしていて、気楽に話しかけられる雰囲気じゃなかったり。
シャカシャカ……
無言のまま進む時間、徐々に描きあがるスケッチブックの絵。
熱中するのはいいけれど……モデルのあたしは、かなり居心地が悪いぞ?
少しでいいから、会話とかで和ませてプリーズ!
「描きながらでいいけど、質問していい?」
「いいよ」
彼は鉛筆を走らせる作業を中断せず、だけど会話を拒否したりせず。
「なら、まず名前を教えてくれる? お互いにあんたとかお姉ちゃんで呼び合うのもどうかと思うし」
「僕の名前なら、五十嵐いがらし 勇次郎ゆうじろう」
「みっ…見た目に反して、クソ強そうな名前じゃない。地上最強の生物っぽくて」
「僕もその漫画読んだことある。お姉ちゃんの名前は?」
「……
あたしの名前を聞いて、首をかしげる勇次郎くん……って、だぁぁぁぁ!
会話のネタに詰まったから、とりあえず自己紹介の流れだけど、これは失敗だったかもしれない。
あたしは、名前にちょっとトラウマちっくなものを持っているのだ。
「そうなの、シルクなの……絹って書いてシルクと読むの……変な名前でしょ……ぜんぶ母親が悪いのよ……意味が分からないし許せないわよね……親がおもちゃ感覚で子供に変な名前を付けるの……ほら、中学校の入学式の後、教室で初めて出席をとる時に名前を呼ばれるじゃない……そのとき先生が「ふかざわキヌさん」って呼ぶの……キヌとかおばあちゃんの名前じゃん……かと言ってシルクとかいうファンシーな名前ですって訂正するのも恥ずかしくてね、散々悩んだ挙句にシルクですって先生に伝えたんだけど……あたしのあだ名は、その日の内にキヌをわざわざババ臭くした『オキヌ』になったわ」
自嘲気味に笑うあたし、引きつった笑みの勇次郎君が気の毒でしょうがない。
「それは酷いね、シルク……さん?」
「まったく酷い話よ、勇次郎……くん?」
「……これからも、お姉ちゃんって呼んだ方がいいかな?」
「……ええ。あたしも勇次郎くんのことを、あんたって呼び捨てるから」
以心伝心とは、まさにこのこと。
あたしと勇次郎くんは、互いの意志を尊重することを決意した。
「それが一番だと思う……でも羨ましいな」
「なにが?」
「普通に学校に通って、友達からあだ名で呼ばれるのって」
「あんたも学校に戻れば、すぐ地上最強の生物って呼ばれるようになるわよ」
長い間、入院生活を送ってるんだっけ?
重苦しい気配を感じる独白に、あたしは可能な限り軽いノリでコメントすると。
――意識がふっと落ちる感覚。
――目が覚めたら、窓の外からまぶしい朝日。
病室の壁を見てみれば、そこには鉛筆で描かれたあたしソックリな絵。
勇次郎くんの姿は、どこにも見当たらない。
あたしは、2012年の603号室に戻っていた。
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