第03話 同じアイドルの同じCDを120枚も買ったひと夏の思い出


 ――男子高校生の方ですか?

 ――突然ですが、アンケートにご協力ください。

 ――あなたは、今年の夏休みをどう過ごされましたか?


 街で暇そうな男子高校生を捕まえて↑みたいなアンケートを取ったとしよう。

 それも夏休みの最終日が望ましい。


 夏休みを甘受していた学生は、自分が過ごしたひと夏の思い出を答えるはずだ。


 受験に備えて勉強に打ち込んだ。

 たった一度の夏をスポーツに捧げた。

 遊びや恋愛にうつつを抜かすリア充も少なくないと思われ、スマホゲーにのめり込んだ奴もいるはずで――えっ? 俺の夏ですか?


 バイト一筋で、給料は人気アイドルのCDを120枚買うのに使いました。

 サーセンwww


 残念系に属する、同じアイドルが歌う同じCDを120枚も買った俺の夏休み。

 それがいかに愚かで、いかにキモいかは、自分でもよく分かっている。


 だけど俺は、同じCDを120枚も買った。

 夏の始めにアイドルになっちまった、幼馴染のアイツを応援するために。


 ――あたしアイドルになる!


 トチ狂ったことを幼馴染の明美あけみが宣言したのは、桜の花が散る頃だったと思う。


 幼稚園からの付き合いで、あいつが妙なことを言い出すのには慣れっこ。

 はいはい頑張れと、明美と同じ高校に進学したばかりの俺は、適当に聞き流してたんだが、


「一次審査通ったよ」

    ↓

「歌唱力抜群だってさ」

    ↓

「最終審査受かったよー」

    ↓

  嘘だろオイッ!?


 そんなスピードで、夏のはじめにデビューが決定。

 明美は、人気アイドルグループの新人としてデビューした。


 ルックスだけなら文句なしの明美は、すぐさま人気アイドルになるかと思えば甘くない。

 オーディションに合格した国民的アイドルグループは、CDに同封される「投票券」の順位で天と地ほど待遇の差があることで有名だった。


 ――まだ無名の明美を応援してやりたい


 そんな想いが、何かを掻き立てて。

 俺の貴重なひと夏は、駆け出しアイドルの明美を応援することに捧げられた。


 ……うん、酷い夏休みだった。

 バイトのシフトはほぼ毎日で、給料はCDの購入に全力投下。

 暇な時間はネットで工作員になり、狂信的な信者と熱い不毛なレスバトルに明け暮れ、アンケートハガキを120枚連続で書いて指の感触がなくなったりと、ほんとロクな思い出がない。


 そんな残念系のひと夏を終えようとしていた、俺のスマホに。

 ある日、アイドルになった明美から突然連絡が来たのだ。


『今から、どうしても会いたいの』


 8月もそろそろ終わる頃。

 同じアイドルの同じCDを120枚も買った、俺の夏休みは――まだ終わないらしい。



「やっほー、元気してた?」

「よっ、ひさしぶり。やたらお早い到着だな」

「こっちも来たばかりだよ、イエーイ」


 待ち合わせ場所に、パタパタと手を振る明美の姿があった。

 晴れ渡った夏空の元、子供っぽく手を振る明美は……悔しいけどカワイイ。


 天は二物を与えないと言うけれど、完璧変人の明美は5物ぐらいブン捕って来た感がある。

 黙っていれば清楚なフェイスに、動くと揺れる抜群スタイル。

 特技はスカートを履いたままバク宙できることで、凄い運動神経とヤバい恥じらいのなさを併せ持つ天然系。


 こんな個性バリバリなヒロイン体質の明美は、勉強している気配皆無なクセして成績もトップ側なんだから、あまりに完璧すぎて嫌味の一つも言いたくなる。

 凡人に言えるのは「足りないのは常識だけだな」という、負け惜しみだけど。


 俺は、明美の耳元にヒソヒソと語りかけた。


「目立ってるけど、いいのかよ。サングラスもなしに外出して」

「いいよ。だってわたし、もうアイドルやめるから」

「ちょっと待て」


 きょうも暑いね。

 そんなノリで飛び出た、明美の爆弾発言。

 それは――


「ジョーク?」

「マジ。そろそろ夏休み終わるし、アイドルを続けたまま学校なんて通えないでしょ?」

「いやいや、待て待て、ちょっと待てっ!? おまえの場合は学校より仕事の方が大事だろっ!?」

「えー? 学生はバイトより学業優先。これ基本じゃん?」

「正論だけど間違ってる! たかがバイトとアイドル業、同じ視点で語るなっ!」

「でもでもー、お給料はバイト並だし、将来性とかゼロでしょ? オマケに握手会のオタク気持ち悪いし……」

「オタクをキモいとか、プロ意識ゼロだな、てめぇっ!?」

「だって、臭い人もいるんだよ?」

「……」

「それでね、握手会で手を握ると、ぬるっ~て」

「アイドルって大変なんだな……」

「うん。そういうわけで、あたしはアイドルをやめることにしましたぁー☆」

「明るく笑顔で職務放棄すんじゃねぇーよ!」

「わたし……アイドル……やめま…す……」

「暗いノリで職務放棄も禁止!」

「みゅみゅっ! だったら、どーゆーテンションでアイドル辞めればいいのっ!」

「辞めるな! 逃げるな! つーか、最終オーディションでおまえに負けて泣いてた女に謝れ! 人気アイドルになるチャンス、自分から捨てちまうのかよ、おぃ!?」

「あははー、欲しかったらあげるよ☆」

「いらねぇし! 人のハナシ聞いてないし! そもそもどうやって譲る気だ、テメぇ!」

「わたしの代役でテレビ出るとか? 笑いながらクイズに答えるだけの誰にでもできる簡単なお仕事ですっ♪」

「普通にできそうだけど、ほんと出ていいの!? 平凡な男子高校生の俺がっ!?」

「やってみる? 収録開始まで15分だけど」

「あと15分……だと?」


 シレッと笑顔でニコやかに。

 本日の爆弾発言、パート7ぐらいを、ほざいた明美。

 俺がお口をあんぐり→言葉を失っていると。

 二へへと笑う明美は、照れくさそうに頬を弄りながら言うのだ。


「番組の収録、ドタキャンしちゃったの。てへ☆」


 ペロっとキュートに舌を出す――って、


「テヘペロ☆してる場合かよ!? 余裕ぶっこいてるけど収録間に合わねぇぞ!?」

「間に合わなくていいの」


 街の雑踏、ざわめきの中で。

 否定を許さない強い意志が感じられる明美の声だけが、クリアに聞こえた。

 ひと呼吸置いて、明美はいつもテンションで言った。


「じゃじゃーん☆ 突然の告白だけど、わたしには悪い魔法が掛けられているのです♪」


 電波な発言に、街のざわめきが遠のいてゆく。

 止まるはずのない時の流れが、一時停止したかのような錯覚。

 明美の言った「悪い魔法を掛けられている」という、メルヘンな発言は、


「新手のギャグか?」

「あはは、いきなり魔法とか言われても信じられないよね。でもこれはマジ。わたしはね、魔法の力でのし上がって来れたんだよ。魔法っていうのは業界用語でね、魔力で無から炎を生み出すように、権力や圧力で人気アイドルをでっち上げる方法なの。よくあるでしょ? なんでこんなブッサイクなアイドルが人気なんだろうとか、大して上手くない歌手がやたらテレビに出演してるとか。前に放送していたラノベ原作ドラマの主役に抜擢された変な女優とか、なんて名前だっけ? ほらポケモンのワンリキーが進化した感じの?」


 明美が語るゴーリ……じゃなくて魔法とは、いわゆる芸能界の暗部なんだろう。


 この業界に興味を持っていれば、イヤでも聞く話だ。

 ○○は誰々と寝て主演女優をGETしたとか、声優の××は枕営業でのし上がったとか。


 嫌な予感を隠せないでいると、明美は真顔で言葉を続けてくる。


「わたしはアイドルになるために、悪い魔法使いと契約しちゃったの。心も身体も捧げるから人気アイドルにして欲しいってね。これはアイドルになれる魔法の代償なんだって。アイドルになるには心をファンに捧げないといけない。体は悪い魔法使いへの貢物にしなければいけない。これが業界のルールで、魔法なくしてこの業界で生きていくのは難しいって」


 そこまで話し終えると、明美は「ふぅー」とため息をついて、


「本当はね、今日の収録が終わったら魔法の代償を払う予定だったの。でも、逃げちゃった」

「明美が逃げたくなる、気持ちも分かるな」

「えへへ、そうでしょ? ここだけの秘密なんだけど、わたしにかかった悪い魔法を解除する方法が一つだけあるの。興味ある?」

「まあ、それなりには……」

「なら教えてあげるね。悪い魔法を解除する方法。それは――」


 誰かにキスしてもらうこと――

 明美が言ったのは、これまたメルヘンなことだった。


「……マジで?」

「うん、ちょーマジ。魔女の呪いで眠り姫になったお姫様が王子様のキスで目覚めるとか、よくある展開じゃん?」

「俺はディニーズ映画と本当は怖いグリム童話しか、その例を知らないけどな」

「本当は怖いグリム童話版は、王子様が死体愛好家の変態なんだっけ?」


 くだらないジョークで、しばし会話が止まって。

 たっぷり5秒待ってから、半分思考停止状態の俺は明美に問いかけた。


「本当にいいのか?」


 返事は、だいたい予想済み。

 明美は、わざわざ俺を名指しで呼び出したワケで。

 その……俺と明美は幼馴染同士だ。

 なんというか、そういう下地が、あるかもしれないわけで。


 だけど、いきなりというのは、


「魔法が嫌じゃなかったら、悪い魔法使いとの約束をすっぽかすと思うかなー?」


 困惑する俺の顔を、明美はニヤニヤ見上げるように覗き込んでくる。

 いやいや、微妙に違うんだ。

 さっき俺が発言した「いいのか?」は「俺でいいのか?」という意味であって。


「あれぇ? もしかして怖いの?」


 挑発混じりでキスを催促して来た――だぁぁぁ!


「ああ、わかったよっ! もう吹っ切れたぜ! ビビリな俺のキスごときで悪い魔法が解けるなら、安っぽいアタマ空っぽにしてやってやるよ!」


 やるしかねぇと決意を固めた俺は、明美をグイッと引き寄せて。

 ――ちゅ。

 生まれて初めて、ぎこちないキスをした。

















『恋愛禁止の人気アイドルグループ、路上キスで恋人発覚か!?』

『緊急スクープ! 枕営業拒否の急上昇アイドル、本命彼氏と大胆☆路上キス!?』

『路上キスに芸能界の暗部を見た ~犯罪組織と芸能事務所の黒い癒着~』


「うふふ、アイドルの転落って早いよねー」


 明美の魔法を路上で解いた、数日後。

 騒ぎの当事者なのに楽しそうな明美は、週刊誌を片手に、ケラケラと笑っていた。


 写真週刊誌「週刊文夏」の表紙に書かれた煽りは、事実無根も甚だしかった。


 これがマスゴミか。なにひとつ正しいことが書かれてない。


 二人は恋人同士とは?

 俺がカレシで明美が彼女とは?

 相思相愛の幼馴染カップルとは?


 ソース希望、オレが全否定してやるっ!


 写真に取られたキスシーンは本物だけど……そう、全国紙でバッチリ公開された。

 平凡な高校生の俺は、今や人気アイドルの彼氏という設定で時の人になっていた。


「どうしてこうなった……」

「うふふ、わたしにキスしたからだね」


 ぷち鬱モードでひとりごとをポツリな俺に、ニヤつく明美の正論が突き刺さる。

 傷心モードで涙目の俺は、恨めしげに呟いた。


「ちゃんと責任とってくれよ……」

「それ男のセリフじゃないよ? しかし、あれだけ忙しかったのに仕事は全部キャンセル、干されてハブられ気づいたら脱退処分、アイドルってほんと面白い業界だよねー。ネットでは殺害予告までされたし、まさかキスひとつがこんなに効果的だとは思わなかったよ」

「その殺害予告では、ついでに俺まで殺害予告されたんだよな……」

「ついでどころか最優先の殺害目標だよ。なんたって国民的アイドルのファーストキスを奪ったんだから。ふふふ、アケミちゃん応援しよう同盟、アケミ殉教者集団、聖アケミ親衛騎士団、色々な組織から命を狙われて大変だね」

「全部お前の非公式ファンクラブで、これっぽっちも笑えネェよ! どの組織も狂信者集団ばかりじゃねぇか! 命の危険もそうだが、お前のせいで俺の私生活はめちゃくちゃだ! 学校では冷やかされるし、変な記者に付け回されるし、昨日だってお前の母ちゃんに『応援してるけど、学生らしい節度は守らないとダメよ』とか言われたんだぞっ!」

「いよっ、人気者はつらいねっ!」

「つらすぎて涙が出てくるぜ……コン畜生」


 狡猾な話術で、平凡無能な俺が翻弄されまくる。

 それは夏の始まりから久しく失っていた、いつもの楽しい会話だった。


 俺のそばを離れて高嶺の存在になり、一介のアイドルオタとしてひと夏を捧げた人気アイドルグループの明美は、もういない。


 人気アイドルの明美は、同じCDを120枚も買わせたひと夏の思い出を残して、花火のようにパッと散ってしまった。


 いま目の前で笑っているのは、子供の頃から変わらない幼馴染だった。


「しかしツイてねぇぜ。たった一回のキスを、タイミングよく撮られちまうなんて」

「ああ、ソレね」


 明美は、イタズラっぽく微笑ほほえんでから。

 ――まだ知らなかったの?

 という表情で、衝撃の事実パート28ぐらいを告げてくるのだ。


「大好きな人とキスするって写真週刊誌にタレコミ入れたの、わたしなんだよ?」


 と。

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