第11話「絶望からの脱出路」

 朝食を終えた佐官さかんクラスの将兵しょうへいたちが、集まり出す。

 彼らの顔にはもう、先日までの絶望はない。アルスの目にもわかるほどに、兵士たちは覇気を取り戻していた。そして、騎士たちのひとみには逆転を信じる光がともっている。

 たった一人の少女が、死兵のむれに希望をもたらしたのだった。

 そのリフィータが、会議室の中で全員を見渡し立ち上がる。


「皆さん、ご苦労さまです。では、軍議を始めましょう」


 側に控えて立つアルスは、室内を見渡す。

 ここはフレスヴェルグ城の中央に位置し、最も堅牢な城塞じょうさいの最上階だ。

 だが、テーブルの中に空席がある。

 この城で苦しい籠城戦ろうじょうせんを耐えてきた、歴戦の勇姿の姿がなかった。


「殿下、オランデル伯が……ウォーケン殿がおりません」

「ええ、知っています」

「い、いいんですか?」

「父はよく寝過ごすたちで、朝が弱いのです。寝床での夜は強いので、バランスは取れているのだと、いつも笑っていました」


 剛毅ごうきな話だが、今は非常時だ。

 リフィータは、戦場に取り残された全軍の撤退のため、殿しんがりに立つと決意した。そのため、この城に取り残されてしまった市民や将兵を救うつもりでいる。

 こうしている今も、周囲の包囲網は完成されつつあり、こちらの物資は底が見え始めていた。


「この状況で寝れるかなあ」

「アルス、貴方あなたも昨夜はよく寝ていました」

「えっ? どうしてそれを」

「……部屋を訪ねましたが、またの機会にと思いました」

「なにを」

「いえ、それはまたいずれ。さて」


 リフィータは再び椅子に座ると、広げられた地図に目を落とした。

 中央には、フレスヴェルグ城がある。

 正門を中心に、周囲に敵軍の戦力を示すこまが散らばっていた。さらにその後ろに、無数の攻城砲こうじょうほうが置いてある。

 だが、その約半数をリフィータは、白い手を伸ばして地図の上からどけた。


「先日、わたくしとアルスで城攻砲を少し排除しました。また少し、時間は稼げましょう」


 おお! と声があがった。

 そう、アルス自身も信じられない。

 スチームメイデンに乗れば、リフィータはまるで戦場をせる一陣の風だ。あらぶる暴風となって、触れる全てを切り裂き吹き抜ける。

 アルスなどは、彼女のクロトゥピアが通った道を走っていたに過ぎないのだ。

 白痴はくち第三皇女だいさんこうじょなどと笑われていた少女こそが今、この戦場に咲き誇る至高のはなだった。

 そうこうしていると、騎士の一人が立ち上がる。


「殿下、意見具申いけんぐしん!」

「どうぞ、話して下さい」


 リフィータの声は落ち着いていて、まるで午後のお茶会を楽しむかのような優雅さすらあった。その余裕と威厳が、追い込まれた者たちにも安心感を与えているのだった。

 若い騎士は手を伸べ、正門付近に自軍の駒を置く。

 この世界で最強の瞬間最大戦力、スチームメイデンの駒だ。


工廠こうしょうのチェイカ殿から今朝、擱座かくざしたシルフィスが新たに九騎、修理完了との報告がありました。定数までは程遠いですが、なに! これで正面は持ちこたえられましょう!」

「……わたくしは七騎と聞いておりますが、ふむ。チェイカは頑張り過ぎですね」


 シルフィスは、ヴィザンツ帝國ていこくの騎士団ではすでに退役しつつある、旧型のスチームメイデンである。必定、パーツの中には生産を終えたものも多く、大量のストックは帝都や要衝の地に保管されているものがおもだ。

 ここはシルフィスを主力に編成されているため、それでも予備パーツはあったはずである。

 それが底を尽きるほどの激戦を、騎士たちは戦ってきた。

 その結果が、共食い整備である。

 だから、アルスは多少の不満があっても飲み込むしかなかった。

 アルスのシルフィスはほぼ完調状態だったが、腕を取られ、脚を取られ、バラバラに全身を他の騎体に提供したのだ。一騎士のシルフィスを潰すことで、七騎……否、九騎のシルフィスが蘇ったのである。

 若い騎士は毅然きぜんとした声で、自分の考えを伸べた。


「裏門より、城内の非戦闘員をまず脱出させます。殿下とウォーケン殿で、これの護衛をお願いしたいのです」

「なるほど。しかし、貴方たちはどうするのです」

「……正面より打って出て、陽動に回ります。なに、派手に暴れてやりますよ!」


 そうだそうだと声があがる。

 騎士たちは誰もが意気軒昂いきけんこう裂帛れっぱくの意思をみなぎらせている。

 そこには、悲壮なまでの気高さが満ちていた。

 騎士の誇りにかけて、民のために時間を稼ぐつもりだ。

 だが、ふむとうなってリフィータは首を横に振った。


「なりません。貴方たちは帝國騎士、国の宝です。あたら死地へと送るために、私はやってきたのではないのですから」

「しかし、すぐに兵糧ひょうろうが尽きます! もう、三日と持ちません。殿下はウォーケン殿と脱出して、中央へ! ……今こそ、帝都に戻って殿下御自身の戦いを始めるべきです」

「……その言葉、聞かなかったことにしましょう。軽々けいけいに過ぎます」

御無礼ごぶれいを! しかし、二人の姉君は既に!」

「それで国が立て直せるなら、構いません。帰る場所を誰が治めるか、今はそれより先に考えることがあります」


 リフィータは、地図の上からシルフィスの駒を全部どけてしまった。

 すると、別の騎士がバン! とテーブルを叩いて椅子いする。

 先程の騎士より若く、アルスと同年代に見えた。


「リフィータ殿下! お命じ下さい! 既に我ら、命などしくは! 全軍に見捨てられたこの地に、殿下は来てくださった。これで民は救われます! 今こそ我ら騎士は、命を捨てて戦う時が来たのです!」


 血気盛んな少年騎士の言葉に、リフィータはまゆ一つ動かさない。

 しかし、静かに微笑ほほえみながらも言葉は厳しかった。


「なりません」

「しかし、殿下!」

「帝國騎士たるもの、軽々かるがるしく死を選ぶなど許しません。捨てる命あらば、このわたくしが預かりましょう。その命を、国と民のために使うのです」

「そ、それは……」

「わたくしが殿に立ちましょう。民も騎士も、将兵たちも皆、国の宝。国そのものなのです。誰一人として見捨てず、連れ帰ります。いいですね?」


 そう言って、リフィータが白い駒を手に取る。

 正門前に置いた、それは彼女が乗る皇女専用騎クロトゥピアだ。


「先程の作戦、発想は悪くありません。わたくしが一人で正門の守りを固めましょう。陽動であれば、目立つにこしたことはありませんので」

「しかし!」

「お話は最後まで聞くものです。まず……。わたくしがこの城を攻めるならば、そうします。大勢の民を逃がすのは難しいかもしれません」


 少年騎士は、先程の騎士と顔を見合わせ黙ってしまった。

 アルスは改めて、リフィータの将としてのうつわに驚かされる。一流の騎士である以上に、優れた軍略を持っているのだ。これが、大英雄オルランドはくウォーケンに育てられ、その武と智とを与えられた者なのだろうか。


「わたくしが正面で陽動し、騎士団は父上の指揮で裏門を守る……フリをしてください。消耗を避けつつ、最終的には裏門を放棄、敵を城内に入れます」

「それでは民が!」

「その前段階で、西、ここからならば最短距離で街道に出られます。前線との間に森があって、砲撃は無理でしょう」


 全員が言葉を失った。

 アルスも耳を疑う。

 リフィータは、自分たちの城を内側から爆破すると言ったのだ。


「工兵、爆薬の貯蔵量はどうですか?」

「ハッ、殿下! 備蓄は充分です。一日、いえ、半日あれば」

「お願いします。憲兵、城下の様子はどうでしょう」

「どうにか治安は維持されていますが、既に限界です。籠城が長過ぎました」

兵站へいたんの部隊と協力して、食料庫を解放してください。持っては帰れぬ量でしょうから、今日で食べてしまいましょう。あと、民に荷物をまとめるように。一人につき、革袋一つ分までの貴重品の携帯を許します」


 てきぱきと話を纏めて、具体的な指示を矢継やつばやに飛ばしてゆく。

 こうして、前代未聞の脱出作戦が始まった。

 正面でリフィータが単騎陽動し、それをあえて陽動とさとらせる。そこで裏門に回る部隊も出て、敵軍は二分されることになる。そのド真ん中の城壁を爆破して、できた穴から民を逃がそうというのだ。

 貴族たちで構成された参謀本部が見たら、仰天ぎょうてんして失神しそうな程に破天荒はてんこうな作戦である。だが、自信に満ちたリフィータの声に、誰もが希望を感じているようだった。

 だが、突然声が走った。


「俺はゴメンだね! 悪いがそんな大博打おおばくちには乗れねえ……ここで降ろさせてもらう」


 誰もが振り向く先、会議室のドアの前に男が立っている。

 酷くせてはいるが、眼光の鋭い優男やさおとこだ。長く伸ばした赤毛に白い肌、眼帯で覆った隻眼せきがんの青年。騎士には見えないが、アルスにはすぐにわかった。

 先程見た、奇妙な大砲を持つスチームメイデンの持ち主だろう。

 彼は、血気盛んな騎士たちを見て、肩をすくめるや大げさな溜息ためいきこぼす。


「裏門からの敵も、正門を迂回うかいする敵も、民を狙えば背中を見せる。違うか? お姫さん」

「ええ」

「……、そういう算段さんだんだろうがよ。俺ぁやらねえぜ?」

何故なぜです? 報告書は読ませてもらいました。貴方の力を貸してほしいのです。狙撃手……いえ、魔弾まだん射手しゃしゅグロウ・バイツ」


 ――グロウ・バイツ。

 それが男の名か。

 そして、アルスは思い出す。魔弾の射手とは歌劇オペラの演目で、魔王に必殺必中の魔弾を授けられた猟師の物語、悲劇だ。その名を背負うグロウは、やれやれと頭を片手できむしるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る