第10話「朝の魔王の謁見」
包囲網の中にあるとはいえ、フレスヴェルグ城は
長らくヴィザンツ
アルスは久々に、
心なしか、我が君リフィータもくつろいでいたように見える。
「んっ、んーん! ああ、よく寝た。それに、ようやくまともな整備が受けられる」
今、早朝の
朝飯もまだなのに、ここでは整備士たちが忙しく働いている。鉄と火薬、オイルの臭いが充満していた。スチームメイデンの手入れに皆、キビキビと動いていた。
一番奥のケイジに、アルスのシルフィスが固定されている。
だが、駆け寄って彼は
「あ、あれ……え? ちょっと……これ、僕の……僕のっ、シルフィスが!」
そこいは、シルフィスはなかった。
分解整備を頼んだ覚えはない。
また戦闘になるのだから、そんな余裕はないのだ。
スチームメイデンとは、この時代の
「おっ、えっと……アルス、だっけか。おはよ、アルス。よく眠れた?」
振り向くと、そこには小さな少女が立っていた。ツナギの上半身を脱いで腰に結び、へそ出しのシャツを着て笑っている。
確か、リフィータをおねにーさまと慕う妹分、チェイカだ。
思わずアルスは、彼女に詰め寄ってしまった。
「あっ、あの! 僕のシルフィス!」
「ああ、この子。えっと……ごめん! バラした! ありがとう!」
「いや、ごめんじゃなくて!」
だが、一歩下がるとチェイカは深々と頭を下げた。
それは、アルスの言葉を封じるには十分な
「本当にごめんなさいっ! でも、パーツが足りないの! ここの騎士団も型落ちのシルフィスで持ちこたえてる、けど……損耗率が低くて、もう可動騎の定数が揃えられなくて」
「……事情は察します。けど」
「あなたのシルフィス、損傷らしい損傷がなくて、助かった。この子をバラしてパーツを割り当てれば、あと五騎……ううん、七騎は前線に送り出せるの」
「共食い整備、か」
――共食い整備。
戦闘状態にある限り、スチームメイデンといえども、損傷騎や
そこで、苦肉の策として用いられるのが共食い整備である。
要するに、同型騎や系列騎から必要なパーツを引っこ抜くのだ。
修理不可能なまでに破壊された騎体から、まだ生きてるパーツを外して、修理可能な騎体に移植するのだ。
「僕のシルフィスは、でも」
「あなたの子より、修理を待ってる子たちの方を優先したわ。……許してなんて言えない。きっと、おねにーさまも怒ると思う。でも……今は数が必要なの」
「……リフィータ殿下、怒らないと思うよ。むしろ、こういうんじゃないかな」
ゴホン、と
まだ少し、怒りはあるし、同時に理屈もわかる。
また、自分のような未熟な騎士の一騎より、ベテラン騎士の数が一定数揃うほうが戦力になる。
なにより、チェイカの真剣な瞳には、彼女なりの技師としての
「そなたの判断は間違ってはおらぬ。英断であろう、よく決断しました! ……ってね!」
「プッ! フフ、全然似てない!」
「僕もそう思う。でも、きっと同じことを言う
「ありがと、アルス。本当は一度声をかけようと思ったんだけど、あんましよく寝てたから」
確かに、昨夜は爆睡してしまった。
危機的状況は変わらず、このフレスヴェルグ城は今にも陥落寸前だ。本来、
リフィータの父、皇帝は倒れた。
そして、二人の姉、第一皇女と第二皇女は帝都へ帰ってしまった。
これから皇帝の後釜を狙って、醜い権力闘争が始まるのだ。
全軍は浮足立って、野心を持つ者たちも
「あ、でも安心して。ちゃんとアルスのことも考えてあるから。来て!」
チェイカは軽い足取りで、アルスを誘って歩き出す。
確かに周囲には、修理中のスチームメイデンで溢れていた。そのどれもが、シルフィスである。この時代、
辺境ではまだ、最新鋭のスチームメイデンの配備が遅れているようだった。
「リフィータ殿下の二人の姉君、第二軍と第三軍にばかり新型がもってかれるからな……ん? なんだ、この騎体。妙だな」
ふと、アルスは脚を止めた。
ケイジの一つに、見慣れぬスチームメイデンが収まっている。損傷はなく、とても綺麗な状態だ。だが、奇妙である。
左右非対称で、ところどころ装甲がなくフレームが剥き出しである。
なにより、側に立てかけてある武器に驚く。
「銃、だよな……銃っていうより大砲だ、こりゃ。あ! まさかあの時の援護射撃って」
そう、目の前のスチームメイデンは、自分の身長を超えるマスケット銃と並んでいる。
通常、スチームメイデンに射撃武器は搭載されない。
当たらないからだ。
過去には、スチームメイデンが運用する弓やボウガン、銃もあった。しかし、結局距離を詰めての格闘戦に持ち込まれれば、必要なくなる。なにより、動いているスチームメイデンには射撃武器は当たらない。
「アルス、こっちよ! こっち! 早く来て」
「あ、はいっ! 今行きます!」
とりあえず、アルスは再びチェイカを追う。
次第に周囲は、殺風景になっていった。
どうやら、残骸置き場の方へやってきたらしい。
先程の奇妙なスチームメイデンが気になったが、そんなアルスに周囲の声無き声が囁いてくる。ここは言うなれば、スチームメイデンの墓場だ。
擱座し、現時点で修理不可能とされた騎体がそこかしこにある。
大地を
今はただ、物言わぬ
だが、振り向くチェイカの奥には、作業台の上にシートを被せられたなにかがあった。
「これ、父さんにって造ってるの。この子が可動すれば、父さんのシルフィスが空いて、アルスに回せるわ。……ちょっと手こずってるけど、必ず完成させるから」
どうやら、新造されたスチームメイデンがあるらしい。
開発中のようで、その全容は灰色のシートに包まれて全く見えない。
だが、アルスはすぐにシルエットだけで察した。
「かなり大型の騎体だね……Lフレーム?」
「そう。色々と試したいことがあって、全部入れようとしたら大型化しちゃったの。クロトゥピアみたいなSフレームじゃ、強度が足りてもパワーとトルクがね」
「これだけのスチームメイデンを動かせる騎士がいるのか」
「父さんは無敵よ? おねにーさまだって父さんには勝てないもの」
チェイカの父、オランデル伯ウォーケンは、帝國にその人ありと言われた武人だ。騎士の中の騎士、
老いて尚も血気盛んで、この城が持ちこたえてこれたのもウォーケンの
そのことを思い出していいると、背後で優雅な声が響き渡った。
「まあ! チェイカ、凄いですね。これを一人で? ふふ、どんな子が組み上がるのでしょうか」
振り向けばそこには、リフィータがいた。
起き抜けの朝でも、彼女は今日もシャンとしている。
だが、リフィータは「よいぞ、よいよい」と、彼の頭をポンと
立ち上がると、彼女はチェイカから目の前のスチームメイデンの話を聞き始める。
「これだけの騎体、父上にしか扱えないでしょう。凄く、興味があります」
「駆動に必要は浄気は、膨大なものになるわ。でも、おねにーさまの言う通りですっ! 父さんなら……それに、一応
「ふふ、昔からチェイカはスチームメイデンのことになると夢中です」
「だって、スチームメイデンと騎士こそが戦場の
チェイカは二人の前で、両手を広げて宣言する。
それは、小さな女の子とは思えない程の、強い決意の言葉だった。
「あたしはいつか、スチームメイデンの必要がない時代って、来ると思うの。そうなったら、美術館や博物館に並べたいわ。だって、こんなにも美しい芸術品なんだもの!」
同感だ。
スチームメイデンは、最強の殺戮兵器としては美し過ぎる。
リフィータもうんうんと
「この子の名は? 名前はもう決めてありますか、チェイカ」
「うんっ! この子は……ベアル・リアル。
薄い胸を大きく反らして、エッヘン! とチェイカがふんぞり返る。
ベアル・リアル……どこか
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