第10話「朝の魔王の謁見」

 包囲網の中にあるとはいえ、フレスヴェルグ城は堅牢堅固けんろうけんごな要塞である。

 長らくヴィザンツ帝國ていこくを守護し、難攻不落なんこうふらくの名城としてのほまれも高い。

 アルスは久々に、まくらを高くして眠れた気がした。

 心なしか、我が君リフィータもくつろいでいたように見える。


「んっ、んーん! ああ、よく寝た。それに、ようやくまともな整備が受けられる」


 今、早朝の格納庫ハンガーにアルスは来ていた。

 朝飯もまだなのに、ここでは整備士たちが忙しく働いている。鉄と火薬、オイルの臭いが充満していた。スチームメイデンの手入れに皆、キビキビと動いていた。

 一番奥のケイジに、アルスのシルフィスが固定されている。

 だが、駆け寄って彼は唖然あぜんとして固まった。


「あ、あれ……え? ちょっと……これ、僕の……僕のっ、シルフィスが!」


 そこいは、シルフィスはなかった。

 いて言えば、が残されている。それは全て、完全にバラされていた。その残ったパーツだけが、丁寧ていねいに区分分けして並べられている。

 分解整備を頼んだ覚えはない。

 また戦闘になるのだから、そんな余裕はないのだ。

 スチームメイデンとは、この時代の瞬間最大戦力しゅんかんさいだいせんりょくである。戦争の趨勢すうせいは全て、スチームメイデン同士の戦いで決まるのだ。砲兵や歩兵は、その前後のコストを下げる存在でしかない。


「おっ、えっと……アルス、だっけか。おはよ、アルス。よく眠れた?」


 振り向くと、そこには小さな少女が立っていた。ツナギの上半身を脱いで腰に結び、へそ出しのシャツを着て笑っている。

 確か、リフィータをおねにーさまと慕う妹分、チェイカだ。

 思わずアルスは、彼女に詰め寄ってしまった。


「あっ、あの! 僕のシルフィス!」

「ああ、この子。えっと……ごめん! バラした! ありがとう!」

「いや、ごめんじゃなくて!」


 だが、一歩下がるとチェイカは深々と頭を下げた。

 それは、アルスの言葉を封じるには十分な厳粛げんしゅくさがあった。


「本当にごめんなさいっ! でも、パーツが足りないの! ここの騎士団も型落ちのシルフィスで持ちこたえてる、けど……損耗率が低くて、もう可動騎の定数が揃えられなくて」

「……事情は察します。けど」

「あなたのシルフィス、損傷らしい損傷がなくて、助かった。この子をバラしてパーツを割り当てれば、あと五騎……ううん、七騎は前線に送り出せるの」

「共食い整備、か」


 ――

 戦闘状態にある限り、スチームメイデンといえども、損傷騎や擱座騎かくざきがどうしても生まれてしまう。そして、予備パーツでの修理と補修が追いつかなくなることもある。戦闘が激化すれば、予備のパーツなどあっという間に底をついてしまうのだ。

 そこで、苦肉の策として用いられるのが共食い整備である。

 要するに、同型騎や系列騎から必要なパーツを引っこ抜くのだ。

 修理不可能なまでに破壊された騎体から、まだ生きてるパーツを外して、修理可能な騎体に移植するのだ。


「僕のシルフィスは、でも」

「あなたの子より、修理を待ってる子たちの方を優先したわ。……許してなんて言えない。きっと、おねにーさまも怒ると思う。でも……今は数が必要なの」

「……リフィータ殿下、怒らないと思うよ。むしろ、こういうんじゃないかな」


 ゴホン、と咳払せきばらいを一つ。

 まだ少し、怒りはあるし、同時に理屈もわかる。

 また、自分のような未熟な騎士の一騎より、ベテラン騎士の数が一定数揃うほうが戦力になる。

 なにより、チェイカの真剣な瞳には、彼女なりの技師としての挟持きょうじが感じられた。


「そなたの判断は間違ってはおらぬ。英断であろう、よく決断しました! ……ってね!」

「プッ! フフ、全然似てない!」

「僕もそう思う。でも、きっと同じことを言うはずさ」

「ありがと、アルス。本当は一度声をかけようと思ったんだけど、あんましよく寝てたから」


 確かに、昨夜は爆睡してしまった。

 危機的状況は変わらず、このフレスヴェルグ城は今にも陥落寸前だ。本来、籠城戦ろうじょうせんとは援軍を待つための時間稼ぎである。だが、今のヴィザンツ帝國に援軍を出す余裕はないだろう。

 リフィータの父、皇帝は倒れた。

 そして、二人の姉、第一皇女と第二皇女は帝都へ帰ってしまった。

 これから皇帝の後釜を狙って、醜い権力闘争が始まるのだ。

 全軍は浮足立って、野心を持つ者たちもうごめき始めるだろう。


「あ、でも安心して。ちゃんとアルスのことも考えてあるから。来て!」


 チェイカは軽い足取りで、アルスを誘って歩き出す。

 確かに周囲には、修理中のスチームメイデンで溢れていた。そのどれもが、シルフィスである。この時代、すでに帝國軍ではシルフィスは旧式のスチームメイデンだ。

 辺境ではまだ、最新鋭のスチームメイデンの配備が遅れているようだった。


「リフィータ殿下の二人の姉君、第二軍と第三軍にばかり新型がもってかれるからな……ん? なんだ、この騎体。妙だな」


 ふと、アルスは脚を止めた。

 ケイジの一つに、見慣れぬスチームメイデンが収まっている。損傷はなく、とても綺麗な状態だ。だが、奇妙である。

 左右非対称で、ところどころ装甲がなくフレームが剥き出しである。

 せっぽちが、ギブスと包帯でフル武装したような印象だ。

 なにより、側に立てかけてある武器に驚く。


「銃、だよな……銃っていうより大砲だ、こりゃ。あ! まさかあの時の援護射撃って」


 そう、目の前のスチームメイデンは、自分の身長を超えるマスケット銃と並んでいる。

 通常、スチームメイデンに射撃武器は搭載されない。

 

 過去には、スチームメイデンが運用する弓やボウガン、銃もあった。しかし、結局距離を詰めての格闘戦に持ち込まれれば、必要なくなる。なにより、動いているスチームメイデンには射撃武器は当たらない。

 浄気スチームを発してスチームメイデンの心臓部になった騎士たちは皆、優れた鋭敏な感覚を得る。特殊な興奮状態の連続が、究極の集中力を生み出すのだ。


「アルス、こっちよ! こっち! 早く来て」

「あ、はいっ! 今行きます!」


 とりあえず、アルスは再びチェイカを追う。

 次第に周囲は、殺風景になっていった。

 どうやら、残骸置き場の方へやってきたらしい。

 先程の奇妙なスチームメイデンが気になったが、そんなアルスに周囲の声無き声が囁いてくる。ここは言うなれば、スチームメイデンの墓場だ。

 擱座し、現時点で修理不可能とされた騎体がそこかしこにある。

 大地をとどろかせて疾駆しっくした、鋼鉄の騎士たち。

 今はただ、物言わぬ鉄屑ジャンクとして沈むのみ。

 だが、振り向くチェイカの奥には、作業台の上にシートを被せられたなにかがあった。


「これ、父さんにって造ってるの。この子が可動すれば、父さんのシルフィスが空いて、アルスに回せるわ。……ちょっと手こずってるけど、必ず完成させるから」


 どうやら、新造されたスチームメイデンがあるらしい。

 開発中のようで、その全容は灰色のシートに包まれて全く見えない。

 だが、アルスはすぐにシルエットだけで察した。


「かなり大型の騎体だね……Lフレーム?」

「そう。色々と試したいことがあって、全部入れようとしたら大型化しちゃったの。クロトゥピアみたいなSフレームじゃ、強度が足りてもパワーとトルクがね」

「これだけのスチームメイデンを動かせる騎士がいるのか」

「父さんは無敵よ? おねにーさまだって父さんには勝てないもの」


 チェイカの父、オランデル伯ウォーケンは、帝國にその人ありと言われた武人だ。騎士の中の騎士、百騎士ひゃっきしの王と呼ばれた男である。

 老いて尚も血気盛んで、この城が持ちこたえてこれたのもウォーケンの采配さいはいがあればこそだ。彼はチェイカの実父で、リフィータにとっても育ての親だった。

 そのことを思い出していいると、背後で優雅な声が響き渡った。


「まあ! チェイカ、凄いですね。これを一人で? ふふ、どんな子が組み上がるのでしょうか」


 振り向けばそこには、リフィータがいた。

 起き抜けの朝でも、彼女は今日もシャンとしている。瑞々みずみずしい姿に、慌ててアルスは数歩下がって跪いた。

 だが、リフィータは「よいぞ、よいよい」と、彼の頭をポンとでる。

 立ち上がると、彼女はチェイカから目の前のスチームメイデンの話を聞き始める。


「これだけの騎体、父上にしか扱えないでしょう。凄く、興味があります」

「駆動に必要は浄気は、膨大なものになるわ。でも、おねにーさまの言う通りですっ! 父さんなら……それに、一応補助機構セカンダリーって特殊な構造を持ってて」

「ふふ、昔からチェイカはスチームメイデンのことになると夢中です」

「だって、スチームメイデンと騎士こそが戦場のはなだわ! それに」


 チェイカは二人の前で、両手を広げて宣言する。

 それは、小さな女の子とは思えない程の、強い決意の言葉だった。


「あたしはいつか、スチームメイデンの必要がない時代って、来ると思うの。そうなったら、美術館や博物館に並べたいわ。だって、こんなにも美しい芸術品なんだもの!」


 同感だ。

 スチームメイデンは、最強の殺戮兵器としては美し過ぎる。

 リフィータもうんうんとうなずき、最後に一言ただした。


「この子の名は? 名前はもう決めてありますか、チェイカ」

「うんっ! この子は……ベアル・リアル。灼焔しゃくえんの魔王、ベアル・リアルよ!」


 薄い胸を大きく反らして、エッヘン! とチェイカがふんぞり返る。

 ベアル・リアル……どこか禍々まがまがしささえ感じる名前の、気付けばアルスはブルリと震えていた。そして、この時は思いもしない。このベアル・リアルが、あらゆるスチームメイデンの常識に反した、未来の自分の愛騎になることを。

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