第9話「再会……おねにーさま!?」

 フレスヴェルグ城の城門が、重々しく開く。

 その奥でアルス・マグナスを待っていたのは、奇妙な静寂せいじゃくだった。

 籠城ろうじょうする友軍の将兵は皆、目をしばたかせながら視線を送ってくる。それは戸惑いと困惑、そして畏敬いけいの念だ。百倍もの兵力差に包囲された、ここはまさに死地……そこへ突然、皇族の専用騎と思しきスチームメイデンが現れたのだ。

 すぐにアルスはコクピットのハッチを開け放つ。

 外気がひんやりと気持ちいい。

 そして、すぐ横の騎体からも、流麗なる所作で少女が立ち上がった。


「ヴィザンツ帝國第三皇女ていこくだいさんこうじょ、リフィータ・ティル・リ・メルダ・ヴィザンツ! 貴官等きかんら帝國の将兵、および軍属、家族、あらゆる関係者の安全な脱出を支援します。入城許可を」


 以前とは違って、リフィータに消耗しきった様子は見られない。

 だが、高揚に上気したほおはほんのりと赤みがさして、ひたいにも汗が光っていた。スチームメイデンはこの世界では、瞬間最大戦力しゅんかんさいだいせんりょくと呼ばれる絶対的な兵器だ。乗り手たる騎士の意思の力を浄気スチームに変えて、あらゆる敵を粉砕、殲滅せんめつする。

 勿論もちろん、乗り手にして動力源である騎士は、激しい消耗を強いられるのだ。

 周囲がざわつく中で、リフィータは愛騎あいきクロトゥピアに片膝を突かせた。

 優雅に大地へ降り立つと、彼女は透き通るような白い髪をかきあげる。


「籠城指揮官はオランデルはくウォーケンでありましょう? 取り次ぎを……娘のリフィータが会いに来たと伝えてください」


 ささやきがつぶやきを連鎖させて、誰もが顔を見合わせていた。

 そして、アルスの耳に不敬な言葉が漏れ聴こえてくる。

 兵達の動揺も、無理からぬだろう……しかたがない。リフィータは誰の知識にも、白痴はくちの無能で無害な皇女として記憶されているのだから。

 ここにいるリフィータは、凛冽りんれつたる覇気に満ちあふれている。


「おいおい、第三皇女……リフィータ殿下だって? だってお前、第三皇女つったら」

「ああ、頭のからっぽな第三皇女だよな? 役立たずの」

「俺は以前、帝都の王宮で見たぞ……庭でメイド達に子守されながら、ずっと土いじりをしていた娘だ」

「シッ! 不敬だろ、流石さすがに。……なんか、まるで別人みたいなんだが」


 すぐにアルスも騎体を降りて、リフィータに駆け寄る。

 だが、振り向く彼女のうなずきが全てを無言で語っていた。

 どうやらとがめめるつもりもなく、否定しがたい程に事実だ。

 真実を覆って隠すための、現実だったのだ。

 リフィータはずっと、頭と心の壊れたお姫様を演じてきたのである。自らの命を守るため、そして……いつの日か、帝國に降りかかる災禍さいかと戦うために。

 それでも、アルスには我慢ならない。

 思いっきり息を吸うと、大きな声を気取って作った。


「お控えください! こちらにおわすお方は、自ら進んで殿しんがりに立ち、皆の救出のために尽力してくれています! 先程、武装娼船ぶそうしょうせんが一隻降下したはず! 脱出のためにも、今はリフィータ殿下に――お、あ、あれ? ちょ、ちょっと!」


 不意に、小さな女の子が飛び出してきた。

 狼狽うろたえる兵士達をかき分け、真っ直ぐに此方へと走ってくる。

 思わず反射的に、アルスは腰の剣に手をかけてしまった。


「よい、アルス。あれは……まあ!」

「え? あの、殿下? あっ!」


 見た目は14か15か、酷く華奢きゃしゃ矮躯わいくに童顔で、それがまたよりいっそうあどけない印象をアルスにもたらした。

 オレンジ色のツナギ姿で、上は脱いで腰に結んでシャツだけだ。

 全力疾走の彼女は、そこだけ年頃に不相応な胸をゆらしながら……なんと、リフィータに抱きついた。


!」

「久しぶりですね、チェイカ。父上は……ウォーケンは息災そくさいですか?」

「ええ、元気過ぎて困ってたとこ! でも、リフィータおねにーさまがたしなめてくれれば、少しは頭を冷やすと思うわ。でも、凄い無茶を……城壁の上から見てて、ハラハラしちゃったわ! きっと寿命、二時間は縮んだ!」


 快活で闊達かったつな声だ。

 アルスが目を白黒させていると、リフィータが笑顔で彼女を紹介してくれる。

 心なしか、明るく柔らかい笑みだ。

 それで、この小さな少女が親しい者だと自然と知れた。


「アルス、紹介します。この娘は、我が養父ウォーケン・オランデルの娘、チェイカ・オランデルです。スチームメイデン技師見習い、でしたよね?」

「もう、おねにーさままであたしを半人前扱いする! ……ま、まあ、見習いというか、行儀見習ぎょうぎみならい? でも、不幸なことにあたしが徹夜で働かなきゃいけないくらい、大変なの」

「まあ……徹夜はよくありませんね。作業の能率がいちじるしく低下します」

「美容と健康にもよくないわ!」


 自然と、周囲の緊張感が和らいでゆく。

 チェイカに見せた笑顔の、そのぬくもりが伝わったのだろう。

 アルスは内心、ホッと胸を撫で下ろす。

 落雷のような声が響いたのは、そんな時だった。

 数人の騎士を連れた鎧姿の男が、此方こちらへと歩いてきた。


「ハッハッハ! まさかリフィータ、お前に助けられるとはなあ! どうだ、花の王宮生活は。よく生きてたもんだ。ワシならば三日で退屈死たいくつししているさ!」


 恰幅かっぷくのいい大柄な男で、豪胆ごうたんという言葉をそのまま人の姿にした印象だ。

 そして、その傷だらけの髭面ひげづらを見て、慌ててアルスは下がって控える。

 オルランド伯ウォーケン……かつて、帝國最強騎士と呼ばれた男だ。幼少の頃から先帝の従騎士じゅうきしとして仕え、無数の武勲ぶくんを打ち立てた武人である。兵の信頼も厚く、騎士ならば敵味方を問わず彼をたたえて尊敬した。

 今の皇帝はその影響力を嫌って遠ざけたが、崩御ほうぎょした今は胸中を知るよしもない。

 辺境の領地に追いやられたウォーケンは、密かにリフィータを育てた男でもあった。


「お久しゅうございます、父上。……それとも、オルランド閣下とお呼びすれば?」

「おいおい、リフィータ! よせよ、そんなことしたら、ワシはお前さんをリフィータ殿下とお呼びしなくちゃならん。そいつは勘弁だ!」

「わたくしもです、父上。無事で安心しました」

「なに、お前さんとチェイカの嫁入よめいりをみるまでは、ワシは死んでも死にきれん。特にお前さんは、婿むことは別によめも見つけてやらねばならんからな!」


 生ける伝説が顔をクシャクシャにして笑う。

 そのままウォーケンは、片手で軽々とリフィータを肩に乗せてしまった。

 恐るべき膂力りょりょくだが、こうして見ると実の親子のようである。

 珍しくリフィータは、無邪気な笑顔を見せていた。

 アルスも不思議と、心があたたまる。

 我がきみ、守るべきあるじは……この世界に愛してくれる者がいるのだ。アルスの母が、そしてウォーケンが彼女を守ってくれたのだ。

 そんなことを考えていると、背後で城門が重々しく閉じる。


「ふーっ、参った参った……円卓同盟ジ・アライアンスの連中、しつこいったらありゃしないぜ!」


 遅れて城に入ったスチームメイデンは、フィオナ・フィロソルのスキュレイドだ。かなりの数の敵騎てっきを撃破したらしく、戦闘直後の熱気にボディが汚れている。

 そして、コクピットから這い出したフィオナは、流石さすがにバテた顔をしていた。

 だが、彼はゴシックロリータのスカートをひるがえしてアルスに駆け寄ってくる。


「おう、アルス! いい気迫だったぜ……やるじゃねーかよ、ハッ!」

「い、いえ、僕は殿下を守るのに必死で」

「さっきのありゃ、ボルグ・ダンケルク……円卓の騎士ラウンズの一人だ」

「えっ!? あ、あの、円卓の騎士……円卓同盟の十三人の」


 ――

 それは、各国の代表からなる円卓同盟の最高評議会さいこうひょうぎかいとは別に、あらゆる権限が約束された超法規的騎士ちょうほうきてききしである。円卓同盟に参集せし国々の騎士団とは別に、独自の行動が許されている。

 その力は一騎当千いっきとうせん、一人で千個師団に匹敵すると言わしめる剛の者ばかりだ。

 アルスは、そんな恐ろしい相手に剣を抜いたのである。


「僕は、なんて恐れ知らずな……で、でも、必死で。そう、死ぬ気で、その……え? がっ!」


 突然フィオナは、アルスの股間を握ってきた。

 男児の命にも等しい場所を、同性とは思えぬ手が包んでくる。


「縮こまってんじゃねえぞ、アルス。それとな……死ぬ気だなんて言うなよ」

「あ、あの、フィオナ、手を! ちょっと!」

「まあ聞けよ。お姫様を守るんだろ? だったら、死ぬ気でなんて言うんじゃねえ。むしろ、。お姫様の敵は全部、お前がブッ殺すんだよ」


 そう言って、ようやくフィオナは手を離した。

 文字通り命を握られたかのようで、気付けばアルスは妙な汗に濡れていた。


「ところでアルス、さっき……撤退するとき、妙な援護射撃があったろ。ありゃなんだ?」

「あ、はい。僕も見ました。この城からですが、妙ですよね」

「ったりめーだろ。普通、


 そう、スチームメイデンを倒せるのは、スチームメイデンだけだ。

 どれだけ強力な砲を持ってしても、スチームメイデンには当てることができない。屈強な騎士の肉体を拡張し、鋭敏な感覚を何倍にも増幅させるのがスチームメイデンだ。浄気をまとって疾駆しっくする鋼鉄の乙女おとめは、あらゆる遠距離攻撃を完全に回避する。

 ゆえに、同じスピードのスチームメイデンによる近接戦闘でしか、倒すことはできない。

 だが、先程見た……強力な射撃が、敵のスチームメイデンを一発で大破させたのだ。

 そのことは、騎士のアルスから見れば奇跡に近い。

 いな、教会に祈って神に奇跡を願う方が、現実的にさえ思えてくるのだ。

 フィオナも同感のようだが、二人の話はここまでだった。


「整備班、このシルフィスは使えるわ! 急いで格納庫へと!」

「あ、ちょっと! えっと、チェイカさん、でしたよね! 僕のシルフィス!」

「クロトゥピアは、これ、右膝みぎひざの発熱が異音を出してる。一度あたしがバラすわ! それと、この白いエングレービング、これは駄目ね。リフィータおねにーさまを馬鹿にしてるもの。塗装の準備も!」

「ですから、チェイカさん! 俺のシルフィス……」

「で、これは? 見たことのないスチームメイデンね。興味あるわ、場合によってはバラすし、これも運んで!」


 フィオナまでもが、アルスと並んであんぐり口を開けたまま固まる。

 元気のかたまりといった感じのチェイカは、テキパキと大人達に指示を出していた。そして、あっという間にスチームメイデンは台車に乗せられ、奥の格納庫へと運ばれてゆくのだった。

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