第6話「新たな朝、改めての覚悟」
波乱の一夜が明けた。
朝日が照らす空は、雲の
甲板の上に出て、洗濯物が
ヴィザンツ
運命を感じた。
同時に、
「はぁ……これからどうすれば。いや、僕のやるべきことは決まっている」
そう、それだけは今も揺るがない。
リフィータを守ると
大敗の中で敗走する帝國軍を、一人でも多く救うとリフィータは宣言した。そのため自ら、撤退を支援する
そんな彼女に、アルスは命を授かり直した。
リフィータが
そのことを改めて胸中に確かめていると、背後で突然声がする。
「いい朝さね……どうだい? 坊や。少しは眠れたかい?」
振り向くとそこには、ネグリジェ姿の美女が立っていた。
思わずガン見してしまって、慌ててアルスは背を向ける。とても
年の頃は三十代の半ばだろうか?
「おやおや、ここは武装娼船、
「かっ、かか、からかわないでください!」
「アタシはこのアガルタを仕切ってるモンさ。ライザ・ライラだ。よろしくしとくれよ?」
「ぼっ、僕はアルス・マグナスです! あ……その、御婦人を前に失礼を」
背を向けたままで名乗るなど、礼儀知らずだ。
リフィータの近衛騎士として、恥ずかしい態度である。
アルスは顔が真っ赤に
「リフィータ殿下の
「おやおや、商売女にそんなことして……かわいいねえ」
「騎士とは常に、主君と御婦人のために戦う者。僕は父からそう教わった以上に、そうでありたいと思っています!」
「……ふふ、気に入ったよ。とりあえず立っとくれ、話もできゃしない」
愉快そうに
どうやらお互い、不快な気分ではないらしい。
おずおず立ち上がりながらも、やっぱりアルスはライザから目を
「さて、アルス……お前さん、今の帝國がどうなってるか知ってるかい?」
「それは……」
「戦線は崩壊、
「リフィータ殿下は、将兵を救いたい一心で戦場に残られました。僕は、そんな殿下をお支えするつもりです」
「……馬鹿だねえ、坊やのお姫様は」
「なっ!
思わず身を乗り出したアルスの顔に、ふーっとライザは煙を吹きかけた。
「第一皇女、第二皇女は
「そ、それは」
「皇位継承権をそれぞれ行使し、次の時代の
ライザはどこから、そんな情報を仕入れてくるのだろう? この世界の主な通信手段は、訓練された
そのことを素直にアルスが口にすると、再度ライザは笑った。
「
「そんな技術が……」
「軍隊じゃまだ、実験中とか言ってたねえ? そんなの、実際に使ってみりゃすぐわかんだよ。便利なもんさ。さて」
もう一度煙管の煙草を吸い込み、ライザは遠くの空へと目を細めた。
「あのお姫様は馬鹿さね。第三皇女、それも白痴の
「……それでは、誰も救えません。なによりっ、リフィータ殿下が救われません!」
「ハッ! 言うね、坊や。じゃあ、
「リフィータ殿下は今、
じっとアルスをライザは見詰めてくる。
真っ直ぐ見詰め返すアルスを前に、彼女はぷっ! と笑った。
「アンタ、アタシが密告すりゃギロチン行きだよ?
「ラ、ライザさん?」
「面白い子だよ、坊や! 気に入った! お前さんごとお姫様を、望む場所で運んでやろうじゃないか。どこがいい? それとも……お姫様とこの船でアタシの家族になるかい?」
女だてらに船を取り仕切る
だが、アルスの決意は決まっていた。
そして、それは
そう思っていると、凛とした声が響き渡る。
「おはようございます、アルス・マグナス。そちらは……この船の
振り向くと、普段通りのリフィータが歩み寄ってくる。
王宮での無邪気であどけない、中身が赤子のような姿ではない。
ライザも
「ごきげんよう、殿下。ふふ……大したタマだねえ」
「回収に感謝を……
やはりリフィータは、まだ戦うつもりだ。
そして、アルスも聞くまでもなく知っている。
まだ前線には、多くの帝國軍将兵が取り残されている。統制を欠いたまま、情報が錯綜する中で混乱に沈められているのだ。
今必要なのは、組織だった指揮系統だ。
だが、皇帝の戦死でそれは失われ、引き継ぐべきだった二人の皇女は逃げてしまった。その上、将軍達はこれを好機と野望を膨らます者まで現れる始末。
だが、その全てがリフィータの思考の
そんな主を、アルスは誇らしく思った。
「なら、とっておきの情報があるねえ……買ってくれるかい?」
「言い値で買わせていただきます。どうか、無知なわたくしになんでも」
「ふふ、高く付くよ……それより」
煙管を吹かしながら、面白そうにライザは笑みを浮かべた。
「殿下、昨夜は誰も抱かなかったそうだねえ? ……これでもアガルタは、
「そのことでしたら、ご心配には及びません。昨夜、この船の女達の世話になったことは事実です。……そ、その……わたくしは、自分を
「サッパリしたろう?」
「……戦場での
「ついでに女も知っときゃよかったんだよ、ったく……妙なお姫様だねえ」
だが、赤面しつつもチラリとアルスを見てから、リフィータはハッキリと宣言した。
そして、気付けば甲板の奥では、ドアに隠れながら女達が好奇心で見守っている。フィオナの顔もあって、彼はまだ女装する前で眠そうな目をこすっている。
皆の前で、おずおずとリフィータは明言した。
「わたくしはこの戦いが終わるまで、純潔を守ります! いつか
アルスは素直に立派だと思った。
自分も同じ気持ちだからだ。
違うのは、アルスは女性のなんたるかを知らないし、その機会もなかったこと。加えて言えば異性に好かれたこともない。
そのリフィータの
彼女と
そういった意味では、昨夜の娼婦達の親切はアルスも嬉しかった。
そんなことを考えていると、ライザはフムと唸る。
「……お覚悟は頂戴しました、殿下。今までの無礼、許しとくれ。お前さんは、王冠よりも玉座よりも、兵の命を求め欲するんだね? そのための戦いを望むというんだね」
「ええ」
「面白い……なら、真っ先にお教えしましょう。
その城の名は、フレスヴェルグ城。
城下の町並みごと
そして、アルスは驚く。
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