第4話「武装娼艦アガルタ」

 そのふねの名は、武装娼艦ぶそうしょうかんアガルタ。

 アルス・マグナスは、大きな戦役にはこうした従軍慰安艦じゅうぐんいあんかんが敵味方の間を行き来すると聞いていた。だが、本当に空飛ぶ娼館しょうかんに脚を踏み入れると、おどろくことばかりである。

 アルスのシルフィスは、アガルタの後部デッキへと収容された。

 勿論もちろん、リフィータのクロトゥピアも一緒である。

 そして、二人をいざなった人物が、固定されたスキュレイドの胸部ハッチで笑っている。粗野で豪胆な言葉とは裏腹に、はかなげで妖艶ようえんで、どこか野性的な美少女だ。

 いな……美少女にしか見えない、


「よぉ、お坊ちゃんよぉ。確か、アルスつったか?」

「は、はい。ええと、リフィータ殿下に代わって、回収に感謝します。日が落ちれば、敵の追撃も弱まるかと……」

「だな。にしてもよ、いくさは終わってんだろ? なにしてんだよ、お前のお姫さんは」

殿しんがりです」

「殿、だあ? たった二人でか?」

「僕自身も驚いています。けど……このままでは、逃げ遅れた将兵が掃討戦で沢山死にます。それは、戦死と言うにはあまりにもむごい」


 ゴシックロリータのエプロンドレスで、女装の麗人れいじん見詰みつめてくる。

 長い黒髪に、透けるような白い肌。そして、黒い瞳。くちびるだけが真っ赤な、モノクロームの艶姿あですがただ。何故なぜか直視ができなくて、アルスは目を背けた。

 そうこうしていると、整備の人間がやってくる。

 他にも、このアガルタの者達が大勢出迎えてくれた。


「……みんな女性だ。この艦っ、女の子ばかりですよっ!?」

「当たり前だろ、武装娼艦なんだからよ」

「と、言うことは」

「みんな娼婦しょうふだ。男はオレだけだぜ? まだ名乗ってなかったよな……俺の名はフィオナ、フィオナ・フィロソルだ。ちなみにここで男は、お前とオレだけさ」


 フィオナの年齢はどう見ても、アルスと同じ位だ。

 まだ十代後半で、異様に細くて華奢きゃしゃな姿は少女そのものである。だが、騎体を固定させると、彼は器用に愛騎スキュレイドの手からひざへと、飛び降りてゆく。

 あっという間にフィオナは、艦の女達に囲まれてしまった。


「ちょいと、フィオナ! 派手に汚してきたねえ……どうだい、連中は見つけたかい?」

「スキュレイドに撃墜キルマーク、足しといてやろうかしら。まずは洗浄、みんな急ぎなよ!」

女将おかみさんもハラハラしてたから、早くブリッジへ行っておやり」

「今回はついた客が悪かったからねえ……けど、この商売はめられたら終わりだよ」

「そうさ。例え相手が騎士だろうと、落とし前は付けさせてもらわないとね」


 気付けば、隣のクロトゥピアからリフィータも降りてきた。

 だが、様子が変だ。

 汗ばんだ表情はほおが赤く上気して、心なしか呼吸を荒げて肩を上下させている。

 先程まで、圧倒的な力で戦っていた少女と同一人物とは思えなかった。

 デッキへ降りる彼女の下へ走って、アルスはうやうやしくこうべれる。


「立ちなさい、アルス・マグナス。今日は本当に御苦労でした。……何故、残ったのです。このような戦いに命を懸ける者など、わたくし一人で十分でしょうに」

「僕は近衛騎士このえきしです。リフィータ殿下を守るための騎士……そして、殿下より形見かたみとしてこの命を頂戴ちょうだいしました。国と民のために使えと言われた、その意味を理解するからこそ、残りました!」

「……では、決して死なぬことを……約束、なさい」

「は、はいっ! ……殿下? あの、気分がすぐれないようですが」

「大丈夫です。少し、クロトゥピアで戦い過ぎました」


 スチームメイデン、それは戦場のはな

 瞬間最大戦力しゅんかんさいだいせんりょくの名の通り、あらゆる兵科の頂点に君臨する破壊兵器だ。歩兵や騎兵、砲兵といった者達にとって、スチームメイデンとの遭遇は死を意味する。

 

 そして、騎士達は己の意志をボイラーへと注ぎ込み、タービンを浄気スチームで回してスチームメイデンを動かす。その稼働時間は短く、長くても一時間が限界だろう。

 アルス自身、初めての戦闘で身体がけだるさに重い。

 意志を浄気へ替えてスチームメイデンを駆るとは、こういうことなのだ。


「殿下、お疲れなのでしょう。今、誰か人を呼んで部屋を手配させます」

「いえ、アルス……わたくし達は招かれざる客。そしてここは、武装娼艦と聞いています。まずは挨拶をして、乗艦の許可をもらわねばなりません、が……」


 少しよろけたリフィータを、思わず立ち上がってアルスは支えた。

 本当に細い、抱き締めれば潰れてしまいそうに華奢な女の子だ。汗の臭いに入り交じる、甘やかな芳香ほうこう鼻孔びこうをくすぐる。

 呼吸をむさぼるリフィータの、そのうるんだ瞳がすぐ間近にあった。

 思わずドキリとして、なるべく直視せぬように目を逸らす。そのまま彼女の腰を支えて、アルスは娼婦達を見やった。フィオナは年上の女達に囲まれ、まるで妹のように可愛がられている。

 だが、そんな中で一人の少女がフィオナの前に歩み出た。


「フィオナお兄ちゃん……あの、大丈夫、だった?」

「お? なんだ、メル! 起きても大丈夫か?」

「うん……お姉ちゃん達が看病かんびょうしてくれたから、平気。明日からまた、働ける、よ? お洗濯とか、わたし達でやらないと」

「いや、しばらく休みな? お前を傷物きずものにした野郎は、オレがブッ殺しといたからよ」


 メルと呼ばれた少女は、全身包帯だらけだ。今も、なんとかやっと立っているようで、歩く足元がふらついている。そんな彼女を抱き締め、フィオナはそっと髪をでていた。

 アルスの視線に気付いて、彼は振り向くなり寂しげに笑った。


「オレもふくめ、ここじゃ兵隊や騎士様達に一夜の夢を売ってる」

「フィオナさんも?」

「おうよ。男じゃねえとたねぇ奴もいっからな。だが、オレの家族を傷物にするような変態フリークスは生かしちゃおけねえ。例え騎士だろうがな」


 聞けば、まだ十二かそこらのメルは行儀見習ぎょうぎみならいだったという。本来、客の前に出て臥所ふしどを共にするには早い年頃なのだ。だが、先日の客は強引に彼女をベッドへと引きずり込んだ。どうせ遊女あそびめだと、金さえ払えばいいと思ったのだろう。

 そして、連中は幼女趣味ロリコンな上に鬼畜きちく外道げどうだった。

 首を絞めるとしまりがどうとか言って、メルに暴力を振るったのである。

 破瓜はかの瞬間からずっと、彼女は殴られ続けた。

 そのことを語るフィオナの瞳に、憎悪の暗い炎がくゆる。


「さっきの連中、大の大人がとっかえひっかえ……メルのやつは今朝まで、血の小便が止まらなかった。けど、金だけ払って奴等はいっちまった」

「だから、スチームメイデンで? 君は」

「オレはこの艦で唯一の男娼だんしょう、そして用心棒バウンサーだ。例え皇帝陛下だろうが教会の神官だろうが、店の女に手をあげる奴ぁ、生かしておかねえ。みんな、オレの家族だからな」


 女達は皆、大きくうなずく。

 そしてフィオナは抱き締めるメルごと、もみくちゃにされる。

 人種も年齢もまちまちの女達は、皆がフィオナが言うように家族のようだ。

 そして、メルはじっとアルスを見詰め、こちらへ歩いてくる。


「騎士さんは、お客さん? それと、こっちの綺麗な人は……あ、もしかして!」

「えっと、メルさん、だよね? ゴメン、話を聞いてしまったんだ。あと、この方は――」


 包帯姿で眼帯がんたいをした少女は、痛々しい姿で笑った。


「新しい家族ね! いつもそう……フィオナお兄ちゃんは、困ってるお姉ちゃんを見ると連れてきちゃうの」


 女達の視線がアルスに、そしてアルスが肩を貸すリフィータへと集中する。

 中には、リフィータの顔を見てつぶやきとささやきを交わす者もいた。

 彼女はヴィザンツ帝國ていこく第三皇女だいさんこうじょである。それも、生まれてよりずっと能無し、れ者のうつけで通ってきた。日がな一日庭を眺めて暮らす、白痴はくちの姫君なのだ。

 だが、実際は違う。

 誰よりも気高けだかく、鋭い爪と牙を隠して生きてきた少女なのだ。

 そのリフィータが、そっとアルスから離れる。

 小さな女の子を前に、皇女は片膝を突いて目線の高さを合わせて話しかけた。


「わたくしはリフィータ・ティル・リ・メルダ・ヴィザンツです」

「リフィータ……どこかで、聞いたことが、ある? ような?」

「この艦の責任者にお会いできないでしょうか。今、夜陰やいんに乗じて帝國軍は撤退を進めているでしょう。夜が明ければ、わたくしはまた戦いにおもむかねばなりません」

「そなんだ……えっと、女将さんがブリッジにいるよ! 新入りさんなのね、うん、わかったわ! わたしが色々と教えてあげる。まずは行儀見習、娼婦も教養が大事なの! あと、病気とかも怖いからね、色々勉強しなきゃ。いーい?」

「ありがとうございます。皆様の大変なお仕事、我が帝國の将兵達もどれだけの勇気をもらったことでしょう。全軍に代わって感謝を」


 アルスは意外に思った。

 皇女殿下から見て娼婦は、下賤げせんなものではないらしい。それどころか、小さな娼婦の卵である少女にも、彼女は最大限の敬意を払っている。

 不思議そうな顔をしていたからだろうか? リフィータは肩越しに振り返って笑う。


「アルス、異性を抱いたことはありますか?」

「えっ? い、いや、それは、えっと……まだ、です」

「わたくしもです。ただ、戦場という名の非日常で生き残るためには……一時の快楽を麻酔ますいのように身に招くしかない、そういう時があります。見知らぬ男に身を開く時、どれほど怖い思いをするか。どれほどの勇気が必要か……娼婦達は立派です」


 そこまで言って、リフィータは苦しげにうつむく。

 再度駆け寄ったアルスだが、フィオナがそっと手で制した。

 ゴシックロリータの少年は、リフィータを姫君のように抱き上げる。


「こりゃ、あれか……スチームメイデンにしぼられすぎたな」

「それは……」

「なんだ? お前、騎士のくせに知らねえのかよ。スチームメイデンは乗り手の意志を吸い上げる。だから、短時間しか動かせねえ。無理に動かせば……乗ってる側が参っちまうのさ」

「そういえば! 確かに教練きょうれんで学びました。しかし」

「お姫さんのありゃ、クロトゥピアつったか? 人のことは言えねえが、とんでもねえスチームメイデンだ。あれだけのパワーだ、乗り手も相当消耗するだろうよ」


 フィオナは「ついてきな」とだけ言って、リフィータを抱えたまま歩き出す。

 周囲ではすでに、女達がスチームメイデンの洗浄と整備を始めた。

 訳がわからぬまま、アルスはフィオナの背を追って艦内を進むのだった。

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