第4話「武装娼艦アガルタ」
その
アルス・マグナスは、大きな戦役にはこうした
アルスのシルフィスは、アガルタの後部デッキへと収容された。
そして、二人を
「よぉ、お坊ちゃんよぉ。確か、アルスつったか?」
「は、はい。ええと、リフィータ殿下に代わって、回収に感謝します。日が落ちれば、敵の追撃も弱まるかと……」
「だな。にしてもよ、
「
「殿、だあ? たった二人でか?」
「僕自身も驚いています。けど……このままでは、逃げ遅れた将兵が掃討戦で沢山死にます。それは、戦死と言うにはあまりにも
ゴシックロリータのエプロンドレスで、女装の
長い黒髪に、透けるような白い肌。そして、黒い瞳。
そうこうしていると、整備の人間がやってくる。
他にも、このアガルタの者達が大勢出迎えてくれた。
「……みんな女性だ。この艦っ、女の子ばかりですよっ!?」
「当たり前だろ、武装娼艦なんだからよ」
「と、言うことは」
「みんな
フィオナの年齢はどう見ても、アルスと同じ位だ。
まだ十代後半で、異様に細くて
あっという間にフィオナは、艦の女達に囲まれてしまった。
「ちょいと、フィオナ! 派手に汚してきたねえ……どうだい、連中は見つけたかい?」
「スキュレイドに
「
「今回はついた客が悪かったからねえ……けど、この商売は
「そうさ。例え相手が騎士だろうと、落とし前は付けさせてもらわないとね」
気付けば、隣のクロトゥピアからリフィータも降りてきた。
だが、様子が変だ。
汗ばんだ表情は
先程まで、圧倒的な力で戦っていた少女と同一人物とは思えなかった。
デッキへ降りる彼女の下へ走って、アルスは
「立ちなさい、アルス・マグナス。今日は本当に御苦労でした。……何故、残ったのです。このような戦いに命を懸ける者など、わたくし一人で十分でしょうに」
「僕は
「……では、決して死なぬことを……約束、なさい」
「は、はいっ! ……殿下? あの、気分がすぐれないようですが」
「大丈夫です。少し、クロトゥピアで戦い過ぎました」
スチームメイデン、それは戦場の
スチームメイデンを倒せるのは、スチームメイデンのみ。
そして、騎士達は己の意志をボイラーへと注ぎ込み、タービンを
アルス自身、初めての戦闘で身体がけだるさに重い。
意志を浄気へ替えてスチームメイデンを駆るとは、こういうことなのだ。
「殿下、お疲れなのでしょう。今、誰か人を呼んで部屋を手配させます」
「いえ、アルス……わたくし達は招かれざる客。そしてここは、武装娼艦と聞いています。まずは挨拶をして、乗艦の許可をもらわねばなりません、が……」
少しよろけたリフィータを、思わず立ち上がってアルスは支えた。
本当に細い、抱き締めれば潰れてしまいそうに華奢な女の子だ。汗の臭いに入り交じる、甘やかな
呼吸を
思わずドキリとして、なるべく直視せぬように目を逸らす。そのまま彼女の腰を支えて、アルスは娼婦達を見やった。フィオナは年上の女達に囲まれ、まるで妹のように可愛がられている。
だが、そんな中で一人の少女がフィオナの前に歩み出た。
「フィオナお兄ちゃん……あの、大丈夫、だった?」
「お? なんだ、メル! 起きても大丈夫か?」
「うん……お姉ちゃん達が
「いや、しばらく休みな? お前を
メルと呼ばれた少女は、全身包帯だらけだ。今も、なんとかやっと立っているようで、歩く足元がふらついている。そんな彼女を抱き締め、フィオナはそっと髪を
アルスの視線に気付いて、彼は振り向くなり寂しげに笑った。
「オレも
「フィオナさんも?」
「おうよ。男じゃねえと
聞けば、まだ十二かそこらのメルは
そして、連中は
首を絞めると
そのことを語るフィオナの瞳に、憎悪の暗い炎が
「さっきの連中、大の大人がとっかえひっかえ……メルのやつは今朝まで、血の小便が止まらなかった。けど、金だけ払って奴等はいっちまった」
「だから、スチームメイデンで? 君は」
「オレはこの艦で唯一の
女達は皆、大きく
そしてフィオナは抱き締めるメルごと、もみくちゃにされる。
人種も年齢もまちまちの女達は、皆がフィオナが言うように家族のようだ。
そして、メルはじっとアルスを見詰め、こちらへ歩いてくる。
「騎士さんは、お客さん? それと、こっちの綺麗な人は……あ、もしかして!」
「えっと、メルさん、だよね? ゴメン、話を聞いてしまったんだ。あと、この方は――」
包帯姿で
「新しい家族ね! いつもそう……フィオナお兄ちゃんは、困ってるお姉ちゃんを見ると連れてきちゃうの」
女達の視線がアルスに、そしてアルスが肩を貸すリフィータへと集中する。
中には、リフィータの顔を見て
彼女はヴィザンツ
だが、実際は違う。
誰よりも
そのリフィータが、そっとアルスから離れる。
小さな女の子を前に、皇女は片膝を突いて目線の高さを合わせて話しかけた。
「わたくしはリフィータ・ティル・リ・メルダ・ヴィザンツです」
「リフィータ……どこかで、聞いたことが、ある? ような?」
「この艦の責任者にお会いできないでしょうか。今、
「そなんだ……えっと、女将さんがブリッジにいるよ! 新入りさんなのね、うん、わかったわ! わたしが色々と教えてあげる。まずは行儀見習、娼婦も教養が大事なの! あと、病気とかも怖いからね、色々勉強しなきゃ。いーい?」
「ありがとうございます。皆様の大変なお仕事、我が帝國の将兵達もどれだけの勇気をもらったことでしょう。全軍に代わって感謝を」
アルスは意外に思った。
皇女殿下から見て娼婦は、
不思議そうな顔をしていたからだろうか? リフィータは肩越しに振り返って笑う。
「アルス、異性を抱いたことはありますか?」
「えっ? い、いや、それは、えっと……まだ、です」
「わたくしもです。ただ、戦場という名の非日常で生き残るためには……一時の快楽を
そこまで言って、リフィータは苦しげに
再度駆け寄ったアルスだが、フィオナがそっと手で制した。
ゴシックロリータの少年は、リフィータを姫君のように抱き上げる。
「こりゃ、あれか……スチームメイデンに
「それは……」
「なんだ? お前、騎士の
「そういえば! 確かに
「お姫さんのありゃ、クロトゥピアつったか? 人のことは言えねえが、とんでもねえスチームメイデンだ。あれだけのパワーだ、乗り手も相当消耗するだろうよ」
フィオナは「ついてきな」とだけ言って、リフィータを抱えたまま歩き出す。
周囲では
訳がわからぬまま、アルスはフィオナの背を追って艦内を進むのだった。
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