第3話「獣姫咆哮」

 アルス・マグナスは目を疑った。

 夕闇迫ゆうやみせま真紅しんくの太陽を背に、異形のスチームメイデンがやってきた。それは、一言で言うならば……正気の沙汰さたではない。


「な、何だ……リフィータ殿下でんか、お下がりを! この気配……尋常じんじょうじゃないっ!」


 アルスはスチームメイデンでの実戦は初めてだ。

 だが、母がスチームメイデンの設計技師せっけいぎしだったため、少しは詳しい。訓練も欠かしたことはないし、近衛騎士このえきしとして多くの勉学をおさめてきた。

 その知識が、警鐘けいしょうを鳴らしている。

 正体不明の騎体は、居並ぶ円卓同盟ジ・アライアンスのスチームメイデンよりも危険だと。


「落ち着きなさい、アルス・マグナス。相手が何であれ、やることは変わりません」

「リフィータ殿下……は、はいっ! しかし、あの姿は」


 それは、毒々どくどくしい紫色パープル薄紅色ピンクの装甲をまとっている。

 いな、装甲というよりは舞踏会ぶとうかいのドレスだ。細身のボディは腰が引き絞られ、細腕が日傘ひがさのように長柄ながえ大鎌デスサイズかついでいる。頭部の装甲は、羽飾はねかざりをいただ帽子ぼうしのようだ。異様なのは下半身で、脚部が見えぬほどに腰の装甲がスカートとなっておおっているのだ。

 言うなれば、戦場に舞い降りた貴婦人フェアレディ

 だが、乙女というよりは妖艶ようえん毒婦どくふ……まるで黄昏たそがれに咲く徒花あだばなだ。

 その異常な騎体には、円卓同盟の騎士達も色めきだった。


「なんとかいな……あれでは足捌あしさばきが使えぬ。何を考えているのやら!」

「ええい、け! 恐らく掃討戦に繰り出された傭兵風情ようへいふぜいだろう。そこの! はじの近衛らしき敵騎士をくれてやる。手出しは無用! さぁて!」


 敵の隊長らしき騎士が、騎体を押し出し前に出てくる。

 他の敵と同じスチームメイデンで、名はドルルーヴァ。一般的な騎士達が使う汎用性はんようせいの高い騎体で、あつかやすくパワフルだ。隊長騎はカスタム騎らしく、両肩に二本の赤いラインが走る。

 アルスは自分のシルフィスを盾に、背にリフィータのクロトゥピアをかばう。

 意気軒昂いきけんこうの気迫で、敵の隊長が叫んだ。


「我こそは円卓同盟が一国、パルツィル王国王立騎士団おうこくおうりつきしだん! 第三支隊隊長だいさんしたいたいちょうの――」


 名乗りを上げた男の野太のぶとい声。

 それが突如とつじょ、飲み込まれる。

 同時に、アルスも目を疑った。

 背後にたたずむリフィータだけが、動じず緊張感を維持している。

 そんな中、激しい轟音が鳴り響いた。

 金切かなきこえは、重金属が切り裂かれる音だ。

 敵が足並みを乱す。


「なっ、何ぃ!? きっ、貴様、どこの傭兵団だ!」

「我等の陣営の者ではないのか!?」


 あっという間に、二騎のドルルーヴァが沈んだ。

 わずか一撃で。

 そう、くだんの奇異なスチームメイデンが、大鎌を振るったのだ。

 

 片方はコクピットが開いて、中から騎士が転げ出していた。運良く、スチームメイデンへとそそいでいた意志イシ咄嗟とっさに切ったのだろう。もう片方はそれができなかったようで、スチームメイデンのダメージをそのまま中で身に受け死んだようだった。

 乗り手の意志をボイラーへとくべて、浄気スチームでタービンを回す最強の瞬間最大戦力しゅんかんさいだいせんりょく……スチームメイデン。戦場のはな、騎士達の誇りと矜持きょうじを乗せた鋼鉄こうてつ戦乙女ヴァルキュリアは、そのままおのれのダメージを搭乗者へと貫通させるのだ。

 ハスキーな声が再び、場違いな貴婦人の姿からほとばしる。


「よぉ、騎士様……無視すんなよ。ええ? パルツィル王国の騎士団だろ? 手前てめ

「いっ、いかにも! 無礼な、名乗れ下郎げろう! この狼藉ろうぜき、許しておかぬ!」

「るせぇ! 許さねえのはオレだ……オレはぁ! オレ自身すら、許せ、ねえっ!」


 アルスは息をむ。

 場違いな外観とは裏腹に、毒々しいスチームメイデンは速い。

 再び巨大な刃が風斬かぜきり振るわれ、また一騎の敵が袈裟斬けさぎりに崩れ落ちる。

 悲鳴がさっきよりはっきりと聴こえた。

 中の騎士はまだ、生きている。

 だが、その残骸を片足で踏みしめ、その異常なスチームメイデンはえた。

 わずかにあらわになる足は、ハイヒールのようにかかとが高い。


「こちとらとっくにキレてんだよ、騎士様よぉ! ……皆殺しだ。くさ外道共げどうどもっ、オレが、このっ、スキュレイドで! ブッ殺してやらあ!」


 ――

 それが恐るべきスチームメイデンの名か。

 パルツィルの騎士達は、混乱の中ですぐに統制を取り戻した。


「ぬう、侮辱ぶじょくを! 此奴こやつめ、生かして帰さぬ!」

「誰か! 帝國の二騎を押さえよ! 先に彼奴きゃつめを……!」


 だが、単騎の不利をスキュレイドの乗り手は全く見せない。

 四騎目をって、そのまま返す刀で五騎目をさばく。

 あれだけ不安定かつ自由度のない下半身で、驚くべき身のこなし……まるで踊るように立ち回る。そしてそれは、見るものを死へ誘う怒りの剣舞けんぶだ。


「その程度かよ、騎士様は! ……覚えてるか、おい。忘れたとは言わせねえ……手前ぇ等、昨日の夜っ、何をした! オレの、家族にッ! 店のに何をしたぁ!」


 激昂げきこうの声でゆらりと歩む、異形の獣姫じゅうき……その前に、副長と思しき騎体がおどりかかる。

 恐らく、隊長に次ぐ手練の騎士だ。

 手にしたバトルアックスを振り上げ、そのままつむじを巻く斬撃をかいくぐる。


大振おおぶりよなあ! そのような得物えもの、かわしてふところに踏み込めば!」

「ああ、そうかい! じゃあ……喰われちまいな! 買った女も満足に抱けねえ! そればかりか、弱いと知れば殴る! なぶる! そうして暴力的に陵辱りょうじょくしてくれてよお……」

「な、何っ!? これは――!」

「サド野郎、冥王めいおうのケツにキスしてきな! おっね、ド畜生ちくしょうッ!」


 スキュレイドのスカートが、

 それぞれ斜めに、まるで花が咲くように広がる。そして……鋼鉄の狂花きょうかは、その奥に凶悪な牙と爪を隠し持っていた。

 アルスにはそれが、四方に広がるケダモノのように見えた。

 そう、獣……スカート自体が変形し、巨大な顎門アギトを持つ獣がえてきたのだ。それはいとも容易たやすく、敵のドルルーヴァを千切ちぎった。まるで竜……太古の昔に大地を疾駆しっくした、蜥蜴トカゲ暴王タイラントを思わせる獰猛どうもうさだった。


「そ、そうか……あの機動力! 。二本の後ろ足でそれぞれ独自に動く四体の猛獣。それは八本の副脚ふくきゃくであると同時に、八本の腕! そして四対のギロチン」

「そういうこった! どいてな、甘ちゃん騎士さんよぉ! 奴等は全部、まるっとオレの獲物なんだ!」

「甘ちゃん!? ……確かに!」

「おいおい、納得すんな。ったく、坊っちゃん騎士かよ」


 そこから先は、一方的な鏖殺おうさつだった。

 本性を現したスキュレイドの動きは、人間の姿をした通常のスチームメイデンとは全く異なる。そのトリッキーな機動が、次々と鉄屑てつくずの山を築いていった。

 そして、気付けばアルスの背中からリフィータが歩み出ていた。


「見事……アルス・マグナス。彼をお願いします」

「え? あの、リフィータ殿下!?」

「パルツィル王国の騎士よ……わたくしがお相手します! わたくしは、ヴィザンツ帝國第三皇女だいさんこうじょリフィータ・ティル・リ・メルダ・ヴィザンツ! 逃げも隠れもしません。そして、これより先へは行かせません!」


 ハイトーンのタービン音を響かせ、クロトゥピアが巨大な剣を構える。それはクロトゥピア本体にも匹敵する巨大な鉄塊てっかいだ。墓標ぼひょうのように長く太く、そして厚い刃。

 それを軽々と向けられ、隊長騎のドルルーヴァがたじろいだ。


「なっ……第三皇女!? ば、馬鹿な……帝國の第三皇女は、あのうつけの」

「信じませんか……ならば、わたくしの掲げるはたをその目にきざみなさい!」


 汽笛きてきが甲高く鳴る。

 同時に、クロトゥピアの背から吹き出した浄気が、空中に紋章をえがいた。ボイラー内の余剰熱量を利用した、自身の所属を示す白煙の戦旗スチームフラッグである。

 汽笛の音色ねいろと紋章の意匠いしょうは、皇族や貴族で一人一人全て異なる。

 そして、この音でこの紋章をかかげることができる人間など、一人しかいない。

 逆さに天から地へとちる魔龍ファヴニール……否、

 夕刻の冷たい風にさらわれ、それはうたかたの夢のように消えた。


「な……で、では、本当に……何故なぜだ! 第三皇女は白痴はくちの姫、呪われた子ゆえに頭も身体も溶けて生まれたと」

「ご自身で確かめられよ。では……参るっ!」

「どういう、これは……どういうことなんだっ! 俺は!」

「参るといいました! お覚悟かくごっ!」


 それは、勝負ですらなかった。

 大上段に剣を振り上げ、神速の踏み込みでクロトゥピアが切り込む。皇族用のスチームメイデンは、主に式典への参列が目的のため、戦闘は想定していない。はず、である。だが、かなりのパワーを感じるタービンの駆動音は、クロトゥピアを閃光せんこう女神ネメシスへと変えた。

 紅白に彩られた水晶の剣姫けんきが、剣を振り下ろす。

 その一撃は、防御に振り上げられたたてを叩き割る。

 そのまま、敵の左腕を斬り落とし、脳天から真っ二つに両断した。

 それだけでは終わらず、大地を深々と突き抜け土砂を吹き上げさせる。

 気付けば、全てのドルルーヴァを片付けたスキュレイドも黙っていた。


「おいおい……なんて浄気量じょうきりょうだよ。ありゃ、並のスチームメイデンじゃねえぜ。しかも、帝國の第三皇女といやぁ、脳味噌のうみそを親の腹に忘れてきたって話じゃねえのか?」

「ふ、不敬ふけいですよ、君! ええと……でも、助かりました。あの、僕はアルス・マグナス。近衛騎士団第六大隊このえきしだんだいろくだいたいの騎士です」

「へえ……やっぱお坊ちゃんじゃねえかよ。ま、いいさ」


 スキュレイドの胸部が開いて、乗り手が顔を出す。

 その姿を見て、アルスは絶句した。

 そこには……フリルとレースで完全武装した、ゴシックロリータ姿が立っている。リフィータに勝るとも劣らぬ、中性的な顔立ちが魅力の美少女だ。真っ黒な長い髪を風に遊ばせ、挑発的な笑みで彼女は……は空を見上げる。

 見知らぬ船が徐々に、高度を落としてくるのが見える。

 勝敗が決した戦場に、誰にも等しく夜がおとずれようとしていた。

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