第2話「夕日は血の色、汚れた緋色」
絶体絶命の中で、アルス・マグナスは
だが、周囲の混乱の声が遠ざかる。
耳の奥にはまだ、
「僕に、僕の命を与えると! 形見だと、あの人は言った!
ヴィザンツ帝國第三皇女、リフィータ・ティル・リ・メルダ・ヴィザンツの言葉が、兵達の
敵が迫る中、誰もが空に浮く
そんな彼等のためにも、時間を稼ぐ必要があった。
アルスは投下されたスチームメイデン、シルフィスへと駆け寄る。
だから、アルスのシルフィスは装飾もエングレービングも真っ白だ。
まるで下書きで放置された
「さあ、行こう……お前だって、もう一花咲かせたいだろ! 相棒っ!」
コクピットを開放し、その中へと己を投げ込む。
直径2mに満たぬ、球形の密閉空間。中央の座席は、騎士達にとっての戦場そのものだ。そして、この場を
すぐに座って全身を固定する。
「ボイラー点火、ヨシッ! さあ、
周囲の
それが立ち上がったシルフィスの
アルスは目を
走り去ったリフィータのクロトゥピアは、
それを確認して、アルスはすぐに騎体を
任官してまだ二ヶ月だが、訓練を欠かしたことはない。
「
激震に揺れるコクピットは、周囲の音が
スチームメイデンとは、単純な兵器だ。
乗る者の拡張された人体であり、その五感で戦う。目で見て、耳で聴き、オイルや火薬、血と汗の臭いの中で戦う。敵味方の位置を把握する魔法などない。魔法や
加速するシルフィスはすぐに、
皇女専用騎の
「先程の少年ですか? そなた……わたくしの言葉をもう忘れてしまったのですか!」
肉声だ。
初めて聴く、彼女の怒りの声だ。
王宮では、いつも
だが、今は違う。
違うからこそ、アルスは
「リフィータ殿下、
撤退中の味方から、まだ500mほどしか走っていない。
もうすぐそこまで、
そして、クロトゥピアの足元には、斬り伏せられた敵のスチームメイデンが数騎横たわっていた。どれも、圧倒的な力で一刀のもとに
なんたる
「なりません! お戻りなさい。そなたが命を
「殿下は
迷わずアルスはシルフィスを前に出す。
シルフィスも大きさは10m程だが、近衛騎士用に重装化され鎧で着膨れしている。加えて、ハルバードと巨大なシールドで完全武装していた。防御を主眼においた、
守られる形になって、何か言いかけた言葉をリフィータは飲み込んだ。
「殿下、
「
「犬死だなどと!」
「わたくしのクロトゥピアは
「初陣は僕も同じです。でも、戸惑ってるというのは――!?」
その時だった。
不意にアルスの乗るシルフィスが装甲を歌わせた。
カン、と乾いた音が響く。
騎体の首を巡らせれば、足元にまだ歩兵達がいる。円卓同盟の軍服を着た兵士達は、大半が逃げ惑っているが……その中に、暗い情念を瞳に燃やした少年がライフルを向けていた。
その絶叫が、アルスの耳にも届く。
「侵略者め! 憎き帝國め! 父さんを、兄さんを返せ! 俺の家族を、返せっ!」
少年兵は、
一発撃っては、火薬と弾を込めて、震える手で銃口へと
その銃声は、当然リフィータのクロトゥピアにも向けられた。
この世で唯一スチームメイデンを倒せるのは、同じスチームメイデンだけ。
戦場の
「リフィータ殿下、あの」
「構いません。手出しは不要です……スチームメイデンを見れば、あらゆる兵を退かせるが
「はっ! スチームメイデンを駆る騎士たる者、同じスチームメイデンのみを敵と思え、ですね」
「そういうことです」
アルスも幼い頃に、騎士だった父によく聞かされたものだ。
帝國にその人ありと言われた父は、家柄は
そんな父が、帝國と教会に
そこからは、まるで全てが
だが、そんな幼少期を乗り越えアルスはここに立っている。
自分の意志で立って、その意志を燃料にくべてスチームメイデンのタービンを回しているのだ。彼の心の強さ、
「……来ましたね。アルス・マグナス! わたくしを守ると言ったからには、死ぬことは許しません。わたくしごと自分を守って、生き延びてみせなさい」
「イエス、マイロード! この命に
「ふふ、その命はわたくしが
リフィータが小さく笑った。
この極限の緊張感の中、笑ったのだ。
それは、演じ続けてきた
だが、再び彼女は
同時に、敗走する円卓同盟の兵を蹴散らすように、向こうから多くのスチームメイデンが殺到してきた。その数、ざっと見ても十騎以上。
「おお! これはこれは……皇族専用騎と見た!」
「データにないタイプだが、第一皇女のアトロギア、第二皇女のラキシドゥの同型騎であるな!」
「なんと! 追撃を命じられて運が良かった……さあ! いざいざ、
アルスは、ひりつく空気を装甲越しに感じて身構える。
背にリフィータのクロトゥピアを守って、
数の不利は承知だが、身を
そう
不意に、ハスキーな少女の声が響き渡る。
「待ちな、騎士様よぉ……悪いが、そいつはオレの
敵が一斉に振り向く先へと、身を乗り出してアルスも目を凝らす。
そこには、沈み始めた太陽の、その真っ赤な夕日を背負って……見慣れぬスチームメイデンが近付いてくる。ゆっくりと、静々と、あくまで
アルスは、その異様な騎体を見て絶句した。
「な、何だ……? あんなスチームメイデン、帝國の記録にはないぞ!?」
「落ち着きなさい、アルス・マグナス。相手が何であれ、わたくし達の戦いは変わりません。そして、いまだ味方は撤退中……
リフィータの声音は落ち着いて、それ自体が音楽のように耳に心地よい。
だが、
人の姿を
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