逆撃のしんがり姫

ながやん

第1話「白紙の未来に朱を灯せ」

 その日、戦線は崩壊した。

 大陸の六割を支配するヴィザンツ帝國ていこくは、大神征だいしんせいと称して南侵なんしん……後の世にアヴァランチ戦役せんえきと呼ばれる戦いにいどんで、敗北したのだ。

 南方の小国は円卓同盟ジ・アライアンスを結成、強固な抵抗の後に侵略者を撃退した。

 皇帝は自らが率いる第一軍もろとも、戦場につゆと消えた。

 そして、勝者と敗者が入れ替わる中で……伝説は産声うぶごえをあげる。


「待ってくれ! 乗せてくれ、まだ乗れるはずだ!」

「頼む、故郷に帰りたいんだ!」

「こんな蛮族ばんぞくの地で死にたくはないっ!」

「俺は、俺達は……ただ生きて、ふるさとに帰りたいだけなんだ!」


 アルス・マグナスは怒号どごうと絶叫の中にいた。

 巨大な空中戦艦が浄気スチームに包まれ、今にも離陸しよいうとしている。

 近衛騎士団第六大隊このえきしだんだいろくだいたいしめす、白い縁取りのマント。その生地きじ自体が白なので、エングレービングとしては意味をなさないばかりか、文字通り白ける滑稽こっけいさだ。

 第六大隊のシンボルカラーは、白……白痴はくちの白なのだ。

 アルスは多くの歩兵や砲兵、馬を連れた騎兵の中で叫ぶ。


「あの、みなさん! 落ち着いて下さい! 大丈夫です、全員乗れます! 帝國兵たるもの、押さず、走らず、! この『おはしの基本』を、ンゴッ!」


 思いっきりライフルの銃床ストックでブン殴られた。

 騎士に対してなんて無礼な、などとは思わないが、いささか手荒てあらい。

 それでも、周囲に冷静を呼びかけるアルスに暴言が飛んだ。


「おい、近衛のお坊ちゃん! あんたんとこの白痴姫は、俺達を置いて逃げる気だぜ!」

「あのアマァ、許せねえ! 三姉妹の落ちこぼれが、逃げ足だけは一丁前だってのかよ!」

「あっ、ふねいかりを! 抜錨ばつびょうしやがった、俺達を置いてくつもりだぜ!」


 ガラガラと音を立てて、巨大な錨がくさりに巻き上げられる。

 徐々に、この第六軍の将兵を乗せてきた空中戦艦は浮上しつつあった。

 だが、次の瞬間、轟音が響く。

 グラリと揺れた空中戦艦は、カーゴハッチが内側から突き破られた。まるで紙屑かみくずのように、鋭利な断面で切り裂かれて鉄板が風に舞う。

 そして、何かが大地へと飛び降りた。

 激震の中で誰もが、舞い上がる浄気と土煙から目をかばう。


「っ! な、何だっ!? ま、まさかあれは……!」


 アルスは初めて目撃した。

 そこには……全高10mの巨躯きょくが身を起こしていた。


 ――


 騎士や貴族等、限られた人間だけが搭乗を許される瞬間最大戦力しゅんかんさいだいせんりょく。戦場の徒花あだばな、あらゆる兵科へいか駆逐くちくする鋼鉄こうてつ乙女おとめである。

 その中でも、白地しろじ朱色しゅいろの騎体はアルスも初めて見る。

 多くのスチームメイデンがそうであるように、ひじから先の両腕、ひざから下の両脚は太くいかつい。それなのに、ボディはほっそりと腰がくびれて、まるで水晶細工クリスタルの女神だ。精緻せいち流麗りゅうれいな表情は、まさに夢見る少女……頭部に輝くティアラをいだいている。

 あまりに突然のことで、誰もが言葉を失い静寂せいじゃくを呼んだ。


「これは……皇女専用こうじょせんようスチームメイデン! その、参號騎さんごうき……! な、何で……」


 クロトゥピア、それが美しき虐殺装置キルマシーンの名。

 その片手が、無造作に錨のぶら下がった鎖をつかんだ。

 上空でガクン! と、空中戦艦が停止する。

 周囲は驚きの声を連鎖させた。


「かっ、かか、片手で戦艦を!?」

「なんて浄気量じょうきりょうだ……並のタービンじゃないぜ!」

「はっ、はは、初めて見る……参號騎は動かない……動かせないんじゃないのか!?」


 ただ静かに、鋼の剣姫けんきは片手で巨艦きょかんを止めた。

 そう、背に身の丈よりも巨大な両手剣グレートソードを背負っている。

 恐らく、先程カーゴハッチを破壊したのは、この狂刃によるものだろう。そう、狂刃……そして狂気の沙汰さただ。

 アルスが駆け寄ると、首のすぐ下のハッチが開く。

 中から、りんとした声と共に少女が姿を表した。


「第六軍旗艦きかん、及び周囲の全艦艇ぜんかんていげます! 今すぐ荷を捨て、残された将兵全てを乗せなさい! ヴィザンツ帝國第三皇女、リフィータ・ティル・リ・メルダ・ヴィザンツの名において命じます!」


 その空気を震わす美声ハイトーンを、誰もが初めて聴いただろう。

 真っ白な肌に真っ白な髪、そして純白の戦衣せんいに身を包んだ白妙しろたえ姫君ひめぎみ数多あまた武勲ぶくんを誇る第一皇女、知略ちりゃく戦略眼せんりゃくがんけた第二皇女と比べて、誰もが白痴とわらっていた少女……それが、リフィータだ。

 つかえて接するアルス自身、ずっと見てきた。

 何をやらせても駄目で、声は小さく頭はにぶく、見た目も真っ白でいかにも弱々しい。そんな彼女を守りながらも、同じ近衛騎士団第六大隊の仲間でさえあきれてさげすんだ。

 だが、それが今は過去のものになろうとしている。

 リフィータの目が、目だけが紅蓮ぐれんの太陽のように燃えていた。

 彼女の瞳があかいことを、アルスは初めて知った。

 毎日一緒でも、常に伏目ふせめがちな彼女の目を印象に残したことがなかったのだ。


すでに戦線は崩壊し、皇帝陛下は崩御ほうぎょされました! あらゆる武器を捨て、艦隊は将兵とスチームメイデンを可能な限り回収しなさい! 一兵たりとも、置き去りにすることは許しません!」


 ひつぎのように巨大な剣を背負った、まばゆい神像の上でリフィータは声を張り上げる。

 とても、嘲笑ちょうしょうを浴びてぼんやり笑っていた少女とは思えない。

 あの白痴ゆえ愚鈍ぐどんさは、それはいつわりの姿だったのだ。

 錨を鎖ごと握られ、苦しげに旗艦が巨体をきしませる。大規模な飛行船である空中戦艦の、その下部にぶら下がった艦橋ブリッジから艦長が叫び返す。


皇女殿下こうじょでんかァ! 敵が、円卓同盟の追撃が来ます! 降りて兵の収容など、とても!」


 だが、毅然きぜんと見上げてリフィータは言い放った。


「わたくしが殿しんがりに立ちます! 置いてゆくなら、わたくしとこのクロトゥピアのみを置いてゆきなさい!」

「しかし、それでは陛下に――」

「死人は誰もとがめません! 死ねば皆、心の底に去ってしまうのです。さあ、帝國の財産を……全兵力を民のために! 故国へ!」


 あまりに突然のことで、誰もが顔を見合わせるばかりだ。

 つぶやきとささやきが行き交う中、アルスははっきりと認識する。

 今まで、皇室の面汚つらよごしとさえ言われてきたリフィータ。毎日ずっと王宮で庭園にわながめて過ごし、武道も学問もからっきし、専用騎クロトゥピアは涙を流して自らびたと言われていた。

 そのリフィータが、叫ぶ。


えある帝國軍の将兵達よ! 国へ帰り、民を守りなさい! これより先は死地、あたら命を落とすことはわたくしが許しません。国へ帰り、父母ふぼを、子等こらを、一族と国を守りなさい!」


 すでに離陸しつつある全ての艦から、沢山の縄梯子なわばしごが降ろされた。

 同時に、あらゆる荷が大地へと投げ捨てられる。

 近衛騎士団第六大隊の者達は、なげかわしいことに我先にと縄梯子を奪い合っている。悲しいが、白痴姫のおりと言われている第六大隊は左遷場所させんばしょだ。

 アルスもまた、父の汚名をそそぐため、敢えて先日任官したのである。

 だが、絶望の敗北が英雄を生んだ。

 そして、気高き英雄は第六軍の全将兵二万人のために、死を選ぶつもりである。

 あわててアルスは、鎖を手放すクロトゥピアに駆け寄った。


「殿下っ! リフィータ皇女殿下っ! 近衛騎士団第六大隊所属、第六席! アルス・マグナスですっ! 殿のお供にお連れ下さいっ!」


 見下ろす表情は、不思議とおだやかだった。

 いつもおどおどとしていた、あの姫君と同一人物とは思えない。

 白亜の長髪を風に遊ばせ、リフィータは静かに言葉をつむいだ。


「そなたは新入りの……なりません。近衛と言えども、帝國騎士……撤退し、残存兵力に合流、次の戦に備えるのです」

「……ではっ、何か形見かたみを! 皇女殿下の形見をください! それを頂戴ちょうだいし、我がマグナス家の家宝とします!」


 意外そうに目を丸くしたリフィータは、腕組み小さくうなる。

 困らせてしまったと思ったが、そうしている間にアルスは頭上へと叫んだ。


「大隊長っ! 僕です、アルス・マグナスですっ! 僕のシルフィスを降ろして下さい! その分、多くの兵が乗れる筈です!」


 シルフィスは、第六大隊に配備された旧型のスチームメイデンである。皇族を守る近衛騎士用に防御特化型へと装甲が追加され、その分トルクを太くチューンしてある。だが、他の大隊が新型へと刷新さっしんされたあとも、第六大隊は旧型のシルフィスでしのいできた。

 守るべき対象に分相応ぶんそうおうであろうと、いつも冷笑れいしょうされたものだ。

 だが、ようやくリフィータは、ポン! と手を叩いた。


「では、そなたにわたくしの形見をたくします。近衛騎士として誇りに思うなら、これからも国と民のために戦いなさい」

「身に余る光栄っ! 心得こころえております!」

「よろしい。形見は、。その命を、わたくしの形見と思って持ち帰りなさい。そして、使


 それだけ言うと、リフィータはコクピットへと消えた。胸のハッチが閉まるや、身震いするクロトゥピアが動き出す。優美な曲線を描くエグゾーストから、真っ白な浄気が風に舞った。

 まるで、純白の翼を広げた熾天使セラフだ。

 そのままクロトゥピアは、敵軍迫る南へと走り去る。

 それを見送り、アルスは自分の騎体が投げ捨てられるように降下する音を聴いた。


「僕の、命……この命が、形見! あの方はおっしゃった……真に帝國のために使えと!」


 初めて、守るべき第三皇女の素顔を見た。

 その気高き魂、今までされてきた高貴な心に触れたのだ。

 急いでアルスは、転がるようにして自分のシルフィスに駆け寄る。

 彼にとって、鮮烈な印象をきざんだリフィータこそがもう……命をして守るべき帝國の未来そのものに思えていたのだった。

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