第6話 埋められる空白、そして、銃声
梨花たちのクルマは、明け方の森の中、車が行き交うのがやっとの狭い道を、砂利を跳ね上げながら突っ走っていた。助手席のヘレンが心細そうな声を出す。
「ねえ、『教授』を、本当に信じていいのかしら?」
もうすぐ、『教授』に言われた新しい隠れ家に着くのに、これだよ。ヘレンは、いつも、こうだ。ここぞという大事な所でビビッて、グジャグジャ言い出す。
ケンは、ゆうべ、ペンタゴンの連中が襲ってくる前に、『教授』に連絡したんだぞ。ヘレン、あんたも、そこにいたんだ。あん時、『教授』が信じられないとか、言ったか?言ってねぇだろう。ここに来て、グチャグチャ言うんじゃねぇよ。
ハンドルを握るケンは、あたしと違って、落ち着いてた。朝日に目を細めながら、静かな声で「この2年間、『教授』のおかげで生き延びてきた。『教授』を信用しない積極的な理由が、ボクには見当たらない」と答えた。
「『教授』が裏切ったから、ペンタゴンの連中が襲ってきたんじゃないの?ネットで梨花の映像を見つけて追ってくるより、『教授』から情報を得て追ってくる方が、ずっとありそうだわ。そうよ、そうに違いない。私たちは、裏切られたのよ!」
ヘレンがヒステリックな声を出してケンの肩を揺すった。森の中の狭い砂利道でクルマが横滑りする。
「いい加減にしてよ!」あたしは後部座席から手を伸ばして、ケンの肩からヘレンの手を引き離そうとした。ケンの手元が狂ってクルマが森に飛び込みかけ、木の枝が、ピシピシと窓を打つ。
「二人とも、止めないか」ケンが珍しく大声を出し、砂利を弾き飛ばしてクルマが停まった。
ケンがハンドルに手を置いたまま、ヘレンを見つめる。「ヘレン、いや、ドクター・アトキンソン、ご懸念は理解します。ですが、私は、『教授』と一度、会っています。この人間は、信じてよいと直観しました。私は、私の直観を信じます」
「人間は、根拠もなく、自分が信じたいことを信じて、道を誤る」ヘレンは、涙声になっている。
クソ、人をイライラさせる女だ。
「ヘレン、あたしは、屁理屈と泣き言ばかり言ってるあんたよか、弾の雨をくぐってきたケンを信じるよ」と、あたしは、言ってやる。
「それに、万にひとつ、ケンの直観が外れても、このあたしが、あたしたち全員を助けてみせる。あたしには、その力がある」
ヘレンの顔から見る見る血の気が引き始めた。なに、それ、あんた、あたしの事、怖がってんの?ところが、ヘレンだけじゃなくて、ケンまでが、シートの背もたれごしに振り返って、あたしを見た。
「なによ、二人とも。あたしが助けてやるって言ってんのに、文句があんの?だったら、自分たちだけで、何とかしなよ!」
ケンとヘレンが顔を見合わせた。つい、さっきまで言い合ってたのがウソみたいに、二人の間で、なにかが通じ合ってるのが、わかる。
あたしは、気がついた。あたしの頭の中でポコッと抜けてるなにかが、この二人を怖がらせてるんだ!
「ねぇ、夕べ、あたしに、何があったの?」思い切って、二人に訊いてみる。
「梨花、あなた、何も覚えていないの?」ヘレンがおずおずと訊き返す。
「覚えてたら、訊いてないよ。バカじゃないの」と言いながら、あたしの腹の底で、いや~な感じがふくらんでくる。
「いいから、何があったか、言いなよ。あんたたち、見てたんでしょ」
ヘレンが息を飲んでから話し出そうとすると、ケンが「ドクター、ここは、私から」と言って止めた。
「梨花、ゆうべ、君は、一度に10人以上にニューロ・クラッシュしたんだ。ボクが見た感じでは、その中には、人工ニューロ・クラッシャーも、2人いた」
「ウソ!だって、最後に覚えてるあたしは、まだ、家の中にいた。襲われてるって感じたけど、襲ってきた奴の姿は、全然、見えてなかった」
「そうなんだ。君は、君からは見えていないはずの敵にニューロ・クラッシュした。君を殺そうとする殺気みたいなものに反応したのだと思う。その証拠に、君は、レノックス博士とマスムラ捜査官は、攻撃していない」
レノックスですって!あのヤマネコ女、大馬鹿博士が、あそこに来ていた。
「じゃあ、誰が、レノックス大馬鹿博士とマスムラのクソジジイをやっけたの?ケンが撃ち殺したの?」
「ボクも、ヘレンも、何もしていない。する必要はないからね」
「攻撃する必要はないって?だって、あいつら、ペンタゴンの連中と一緒に、あたしたちを殺しにきたんでしょ。ほっといちゃ、ダメじゃない」
また、ケンとヘレンが顔を見合わせた。
「なによ、あんたたち、あたしに、まだ、何か、隠してんの?」あたしの全身の神経がザワついてくる。
ケンがヘレンに「イイね」と尋ねる。ヘレンが黙ってうなずく。なんだよ、あんたたち、夫婦みたいに。あんたたち、いつの間に、デキてたんだよ。あのちっちゃな家で、あたしの目を盗んで、いつ、〇〇〇してたんだよ!
「このことは、レノックス博士とマスムラ捜査官から、君には話すなと言われていたのだが、実は」
その時、ターンと乾いた音が響いてケンが後ろにのけぞり、フロントグラスに紅いしぶきが飛んだ。
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