第5話 対立、そして、思いがけない推理


 「私は、梨花にやられた『第一世代』のタナカ軍曹とグエン伍長を治療すべき立場なんだけど」カレンに不満を告げる慧子は、「第一世代」を強調し、1号、2号を個人名で呼んだ。

 意識不明の重態にある二人を、もはや兵器のようにナンバーで呼ぶ気にはなれなかった。二人は、「国家のために身命を尽くす」という突拍子もない信念からANCに改造されることを志願した。その心境は、私には理解不能だ。それでも、タナカ軍曹とグエン伍長は、私と同じ人間だ。

 慧子は、DCIS(国防犯罪捜査局)のマスムラ捜査官と二人で、3列シート7人乗りミニバンの最後部席に押し込められていた。ミニバンは、強烈な陽光に照らされた郊外の道を、小刻みに揺れながら走っていく。同モデルのミニバンが1台、後に続いていて、「第二世代」ANCのフークワ中尉とリン中尉が乗っている。

 そこで初めて気づいた。カレン・ブラックマンでさえ、自らがANCに改造した兵士を個人名で呼んでいる!

 「私には、あなたの橘梨花ハントなんかに付き合っていないで、タナカ軍曹とグエン伍長を助けに行く義務があるのだけど」慧子は、クルマに押し込まれてから十数回目の抗議をする。

 二列目を一人で占拠していたカレン・ブラックマンが背もたれに片腕をかけて振り返った。「さっきから、シツコイわね。今回の敗戦で、『第一世代』の退役は決まったようなものよ。もう使わない兵器に手間かけても意味がないでしょう」と、冷たく言い放つ。

「退役するかどうかは、私の知ったことではない。私が、タナカ軍曹とグエン伍長をANCに改造し、訓練した。私は、あの人たちに責任がある」

 「フン」とカレンが鼻先で笑った。「責任、責任と言うなら、あなたが『ニューロ・クラッシュ』力を封印し損ねた橘梨花を、責任を持って始末して欲しいわね」

「橘梨花は、あなたが手塩にかけて育てた『第二世代』が抹殺するのでしょ。今さら、私が出る幕はない」

「『手塩にかけて育てた』ですって?そういう生ぬるい事を言っているから、あなたは、梨花を使いそこない、『第一世代』を創り損ねた」カレンは、軽蔑を隠そうとしなかった。

 反論しようとした慧子の肩に、マスムラが手を置いた。

「ブラックマン博士、あなたのチームだけで処理できる事案に私たちが立ち会うのは、マンパワーの浪費ではないかな?また、『第一世代』が退役すると正式に書面で通知されたわけではないし、まして、現場で廃棄処分と決めつけることは、許されない。機能復旧を目指して修理するのがスジだ」

 「あら、誰かさんと違って、おじ様は、ペンタゴンの理屈で攻めてくるのね。でも、言いたいことは、結局、二人とも同じ。あなたたち、いつの間にそんなに仲良くなったの?何か、特別なことでもあった?」カレンが獲物を狙うトカゲのような目つきで慧子とマスムラを見渡した。 

 気が付いた時には、手が出ていた。慧子は、平手でカレンの額を打った。カレンが首を振って髪の乱れを整え、「やっぱり、あるのね。親子みたいな歳して、汚らわしい」と言い捨てた。

 もう一度カレンに向った慧子の右手をマスムラが右手で抑えた。

「ブラックマン博士、あなたが何を想像しようと勝手だが、私の任務は『第一世代』の機密保持だ。『第一世代』の2機が危機的状況にある時に、私は、その傍らを離れるわけにいかない。そして、危機を打開するために、私は、レノックス博士の援助を要請する。これは、感情の問題ではなく、DCISの服務規程の問題だ」

 マスムラとカレンの視線がぶつかって火花が散るのを慧子は見た。そう、本当に、視線と視線は、火花を散らすのだ。

 「なるほど、歳をとると、くたびれるだけでなく、悪知恵も身につくものね」カレンは、自分は加齢とは無関係と言わんばかりの口調だ。本気で今の34歳の女ざかりが一生続くと思っていたら、世界遺産級の阿呆だ。

「いいでしょう。とっても残念なことだけど、ペンタゴンの特殊兵器管理局は『第一世代』の退役をまだ正式決定していない。したがって、マスムラ捜査官が、どうしても1号と2号を修理したいと言うなら、止める理由はない」

「レノックス博士への応援要請も了解いただけたと考えていいかな?」

「ええ、どうぞ。考えてみれば、この人を連れて行っても、何の役にも立たないどころか、むしろ、邪魔されかねない」

 「カレン、あなたは、あなたが梨花を殺す所を、私に見せつけたかった。ただ、それだけでしょう」熱くなりかけた慧子の肩に、また、マスムラが手を置いた。

「ほら、ケイコちゃん、年上の彼氏が『あんまり興奮するな』って、たしなめてくれてるわよ」カレンが唇の端をゆがめて言う。クソっ!私が、今、拳銃を持っていたら、こいつの頭を吹き飛ばしてやるのに。慧子は、はらわたが煮えくり返っていた。

 「シュルツ軍曹、どこか、鉄道の駅の近くで、一度クルマを停めなさい」カレンが平服でハンドルを握っている兵士に命じると、兵士が「近場の駅に寄りますか?」と訊き返してきた。

「No way ! 私たちはターゲットを追尾中なのよ。余計な道草なんかできない。  10キロ圏内に駅があったら、クルマを停めて、この二人を下ろす。いいわね」

「アイ、マーム」と、ドライバーが上官に対する礼をとった。


 慧子とマスムラは、駅まで8キロの地点で下ろされた。真夏の午後2時の激しい陽光が頭上から照り付け、足元から照り返し、今朝がた日焼け止めクリームを塗る時間がなかった慧子は、たちまち顔がチリチリと灼けてきた。

 「タクシーがつかまるといいのだが」とマスムラが通りの前後を見渡すが、クルマの姿も人影も完全に絶え、まるで、忘れられた世界のような光景が広がっていた。

 全身を焙られながらトボトボと歩くうちに、慧子は、なんとも気詰まりになってきた。マスムラといること自体が気詰まりなわけではない。マスムラと自分の間に、カレン・ブラックマンのゲスの勘繰りが漂っている気がすることに耐えがたくなってきたのだ。

 「マスムラ捜査官」と慧子が声をかけると、ハンカチで額の汗を拭いていたマスムラが「うん?」と言って、立ち止まった。慧子も歩みを止める。

 しまった。自分から持ち出したものの、どうにも、後を続けにくい。普段の私は、こういう感情的な事柄を話すことなどないからだ。

 「何か、気になることでも?」とマスムラが穏やかに尋ねた。始めたことは、最後までやり通さねば。慧子は、大きく息をついて、口を開いた。

「クルマの中ではカッとして、申し訳ありませんでした。私が熱くなったばかりに、ますますカレンに卑しい妄想をさせてしまい、完全に逆効果でした。私は、あの女が、私のことをどう思おうと、そんなことは、どうでも良かった。私は、ただ、あの女が、あなたの事を貶めることが許せなくて」思い切って口を開くと、何かに憑かれたように、一気に話してしまった。

 ところが、ここで、急に、胸の奥からこみあげてくるものがあって、慧子は、言葉に詰まってしまった。うわ、私は、一体、どうしてしまったのだ?困った。

 「レノックス博士、気にすることはない。男女が息の合ったところを見せると、周りは、たいてい、あの手の勘繰りをするものだ。それよりも、あなたが私の名誉をおもんぱかってくれたことに心から感謝する」マスムラが優しく微笑みながら言った。

 マスムラが少し首をかしげて、続けた。「うーん、しかし、あのブラックマン博士が、あなたと私の間に男女関係があるのではと疑った上に、あれほどしつこく、意地悪くつついてくるのは、なんか、変だと思わなかったかい?」

「どういうことですか?」

「自分が、男性を虜にする美女だと信じて疑わないブラックマン博士が、あなたと私の関係なんかを重大視するのが変だと思うんだよ」

「それは」と答えようとして、言いよどんだ。しかし、切り出したことは言い切らないと・・・

「それは、彼女が、カレンが、マスムラ捜査官に気があるからではないでしょうか?その、私に嫉妬しているというか・・・」言うんじゃなかったと思った。こと、男女関係においてカレンが私に嫉妬するなどということは、地球が反対回りしだしとしても、あり得ない。

 「ははは、ブラックマン博士が私に異性としての関心を抱いていることは、あり得ないな。彼女から見たら、私は、引退間近のトロいオヤジさ」マスムラが面白くてたまらないという顔で笑った。

 笑いやんだマスムラが急に真顔になって慧子を見つめてきた。

「ブラックマン博士は、あなたに恋愛感情を抱いているのではないか?そう思うと、彼女の様々な言動が理解しやすいのだが」

 えっ、カレンが私に恋しているですって!あの、自分は世界中の男性を虜にする女神だと確信している女が、同性に、それも、ヤマネコ女の私に恋をする?それだけは、あり得ないと慧子は思った。

 「マスムラ捜査官、失礼なことを申し上げますが、捜査官のその推理は、宇宙の彼方を向いていると思います」

「おや、そうか。これは、私の見立て違いか。30年も捜査官をやってきて、未だに、勘が外れるとは。やはり、ブラックマン博士の見立てどおり、私は引退間近のトロいオヤジということか」マスムラが楽しそうに声を立てて笑った。

 慧子がどう反応して良いかわからず立ちすくんでいると、マスムラが「大事な話がひとつ終わった。もうひと頑張りして歩くか」と声をかけてきた。慧子は小声で「ええ」と答えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る