紅色 ~傷~ 7
「へぇ〜
僕は今″紅い彼女″──
″紅い彼女″──神愛さんは螺旋階段をコツコツと一定のリズムで下りていく。
その足音はバクンバクンと弾む僕の心臓の鼓動とデュエットするかの如く静かな螺旋階段の中を反響しいるように聞こえた。
ガラスが
それは何処か神がかっているような、現実感のない現象のような気がしてとても怖い、と無意識に思った──が、その無意識を僕が意識することは最後までなかった。
「僕は炭酸飲料ではなく、炭酸系が好きなんですが……」
「なるほど……!炭酸飲料だと飲み物限定になってしまうけど、炭酸系は例えば、フルーツポンチみたいな炭酸を使用した料理のことを指す。つまり、神無月君が好きなのは『炭酸を使った食べ物』って訳だ!」
僕より上の階段にいた彼女は人差し指を立てて振り返った僕に自分の見解を告げた。
「えぇ、そうですけど」
「当たった当たった!」
こんな当たり前のことに正解して喜ぶ彼女の見て僕は、「子供っぽい人なのかな」と自分が想ってい彼女の理想像に目の前の姿をそっと目を閉じて上書きした。
「今更だけど、どうして神無月君は遅刻してきたの?私的には神無月君は遅刻とかしそうにないと思うんだけど」
「……それを言うなら神愛さんこそどうして遅刻したんですか?僕的には神愛さんこそ遅刻といったものに縁遠い人と思うんですけど」
──神愛乙女が遅刻した
そんな不思議でもない、よくある日常の中の光景にどうしてこんなにも胃が痛いのだろうか。
しかし、僕にとってはそれがとても重要なことに繋がるのでは、と思えた。
「確かに私はこの学校に入学して遅刻や欠席をしたことはないよ……」
「……今日までは、ね」と彼女は小声で呟いたのだ。まるで、ひとごと……ではなく、きっちりとした感情の上にのせられた言葉だ。
ここまでほんの数秒。
時間の流れが遅く、彼女の周りだけ通常の5倍は遅くなっていたような、この世ならざる現実を見た瞬間だった。
「私だって遅刻ぐらいはするよ」
彼女は僕に向かって、言った。
僕の顔を見て、言った。
僕の目を見て、言った。
僕の心を見て、言った。
錯覚かもしれない。
見当違いかもしれない。
自意識過剰なのかもしれない。
そういう事実にしたいがために自分自身についた嘘だったのかもしれない。
はたまた、己が願望を叶えてその余韻に浸りたいがための汚い欲望だっのかもしれない。
どれが真実かは今の僕にはわからない。
だが、『〜かもしれない』なら自分自身が満足できる光景に塗り替えたいと思うのは本当に『悪いこと』なんだろうか?
「僕は怖い夢を見たんだと、思います」
いつの間にか僕の口は勝手に動いていた。
「怖い夢?」
「ええ。とても怖い、底があってドロっとした足下とぐちゃぐちゃに塗りたくった絵の具ような川の水。その他の何かと合わさって作り出された結末が僕の嫌悪感と恐怖心を駆りたげるそんな怖い夢を見たんだと、思います」
自分でも驚くべきことに今朝までは全く思い出せなかった夢の内容を口が勝手に動くようにすらすらと話していた。
僕は今朝恐らく見ただろう夢の一部を彼女に話し後様子をうかがった。
こんな抽象的な言葉でしか説明できない自分の語彙力のなさとそれを彼女に流れに乗って話してしまった自分の軽さ加減に嘆く。
「…………運命」
と、彼女の口から零れ落ちた。
「──ッ!?」
そのとき、僕は背筋が猛烈に凍る現実に見舞われた。人でも動物でも風でも気のせいでもない。確かに存在する何かに左肩をぐっと掴まれた得体の知れない恐怖心に心臓を貫かれた幻覚に身を震わした。
「(な、何だ、今の。全身の鳥肌が逆立つ感覚……いつか、感じたことがあるような)」
表面上では平静の仮面を覆えたが、内心では恐怖、嫌悪、悲哀、憤怒、絶望、驚嘆といった色々な色の感情がミキサーにかけられたかのようにぐちゃぐちゃにドロドロに混ぜ合わされた状態だった。
彼女の答えが正解だったのか不正解だったのかは問題ではないのだ。
重要なのは彼に──神無月夜空にきっかけを与えてしまったことが重要なのだ。
彼女の一言が神無月夜空の人生が侵食されていく糧になったことを神無月夜空自身は気付かない。いや、気付かない方が幸せなのかもしれない。
「ふふ」と誰かの笑った、と絶対に完全にありえない言葉が脳をよぎったことを僕は完璧に否定した。
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