紅色 ~傷~ 4


僕は基本的に『不運ふうん』な事が良く起きる。

偶然か必然か。

それは唐突に通常の流れの中に打たれる。



シャーペンを失くす。テストの時間割を間違える。どこかへ出掛けようかと天気を観ると雨だったり。観たいアニメの最終回が正月と丸かぶりだったり。好きなキーホルダーを付けて出て行った当日にどこか行方不明になったり。クラスの女子にラノベ系を見られ引かれれたり。妹と出掛けていたらクラスメートに見られ、後日、彼女かと疑われ、妹だと正直言うと「休日の日に妹と出掛けるなんてシスコンじゃん!」と言われたり。


中には僕の不注意と見れることも沢山ある。

でも、そこは重要ではない。

重要なのは、『不運』が起こりすぎて、何が必然で何が偶然なのかわからない、という点だ。軽く、多く、重ね続けた『不運』は一つの山となって僕を押し潰す。


コレは僕の不注意が導いた出来事なのか?

コレは『不運ふうん』が導いた出来事なのか?

コレは必然なのか?

コレは偶然なのか?

僕は自信を持ってハッキリとこの口でコレが僕の決断だと言い切れるのか。


何度も何度も繰り返し繰り返し考え考えて──僕は遂に、誰にこの行方知れずの行き場を探し求める感情を押し付けるのか完全に見失ってしまったのだ。


見えていた、感じていた、確かに存在したモノが、薄ら薄らと消えて陽炎となる。ユラユラと揺れ動く陽炎を僕は捕まえようと手を伸ばす──が、そこには何も存在しない、掴めない。

あるのは自然現象が引き起こす、錯覚という抗いようのない事実だけだった。


──本当にどこへ行ったんだろう。


つぶやいた言葉は風に乗って消え去った。

誰も聞こえない。

誰も答えない。

誰も居ない。

居るのは僕と────

……

…………

………………誰だお前は?


に居た彼女はニコッと笑顔で答えた。







紅い彼女──神愛乙女かみあいおとめ

彼女との出逢いは、7月のとても暑い日の僕の高校の螺旋階段でだった。

その日、僕はとても不安に駆られる夢を見ていた……らしい。

「らしい」というのは、僕は夢の内容をこれっぽっちも真っ白な白紙並に何も憶えていなかったからだ。

朝の出来事は長いので割愛かつあいさせてもらうが、簡潔にまとめると──夢を見て汗びっしょりのまま、制服に着替え、歯も磨かず、髪もボサボサで、クッキーをかじって、大急ぎで自転車を漕いだ。

まぁ、こんなところだ。

色々と一般的に男子的にやっちゃいけないことも沢山あったけれど、『不運』が人よりもほんの少し多い僕にとってはなんてことのない、いつも通りのごく普通の出来事でごく普通の流れだ。

……今回はほんの少しだけ『不運』が連発したけれど、それを今更、不思議に思ったり、嘆いたりする感情は僕にはとっくに薄れ去っていた。

妹に勧められ嫌々食べ続けたコンニャク料理のおかげかな。コンニャクが吸収してくれたのかもしれない。

そんな『不運』の中、紅い紅い。どこまでもいつまでも『赤い』より『紅い』彼女との出逢いはまさに僕が心の奥底で願って、夢見て想った出逢いなのかもしれない、と確信に近い正解より遠い感じが全身の隅々まで伝達した。


──コレは『不運』なのか?


何度目かもわからない僕の決まり文句を自分へ問いかける。

いつもの僕なら一瞬で、また厄介な出来事に巻き込まれる、とその事実に身体が触れないように受け流していただろう。

でも、僕の脳は身体はそれを拒絶し、彼女と出逢ったという事実を現実化し、身体全身に精神に魂に深く深く、心臓を木の棒でえぐるように、忘れられないように刻み込んだ。


「君も遅刻?」


「──ッ!?」


魂まで響く彼女(何て呼んだら良いのかわからないから)の声が僕を現実に引き戻す。


「その反応からすると、君もかな。私も遅刻しちゃってこれから遅刻報告書を取りに行くところなんだ。……君もそうかな?」


「え、あ……はい、そうです……ッ!」


不意の事で丁寧口調になってしまったのにふと気付き、顔を逸らす。

その事が彼女にとっては可笑しな事だったのか、「ハハ」と微笑を浮かべた。


「…………」


暫しの時間、彼女が浮かべた天高く輝く太陽に似た眩しいばかりのその笑顔に、僕は見惚れていた。


──時間よ止まれ。


僕はそう思った。

初めてかもしれない、他人を女の子を強く想うことは僕にとっては新鮮なことだった。


「ハハハ。ごめんね、急に話しかけちゃってビックリさせちゃったかな?けど、もっとフランクな口調で友好的にいこうよ!君と私は同学年なんだしさ!」


と、彼女は優しく、裏などなく自分の本心で言っているのが僕にはわかった。

まったく、女の子って奴のお日様笑顔を直に目に入れるのは堪える。眩しすぎて一体僕は神愛乙女さんのどこの部分に視線を向けたらいいのか……。

彼女は純粋に上下関係などなく、対等の関係になろう、と言っているように僕には聞こえた。

……どうしよ。神愛乙女さんは想像以上に素晴らしく、聖人より聖人らしいかもしれない人だった。


『自分の人生に変更点が打たれるのはいつも唐突だ』


その時、そんなフレーズが電光掲示板に表示される文字のように、僕の脳から足の爪先まで流れ、通り過ぎていった。

一瞬より短い刹那せつなの出来事に僕の脳は記憶することを忘れた。






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