紅色 ~傷~ 2

綺麗な夜空よぞらだ。

僕はポロッとこぼした。

上を向き、目に飛び込むのは真っ黒でどこか温かい物に包まれている気分になる夜空。夜空を彩る星々がそれぞれの個性を主張し合うように輝いて、僕にはとても眩しく見えた。


──ここはどこだ?


ふと呟いた。

あまりの綺麗な夜空に心を奪われ、自分の居場所に疑問を持つのを忘れていた。

辺りを見回す。

周りに障害物や建物は無い。

暗い暗い辺り真っ暗な空間がどこまでもどこまでも奥へ奥へと続いている。


──冷たい


不意に足元が冷たく感じた。

視線を落とすとそこには川が流れていた。

その川は……にじんでいた。よどんでいた。

さまざまな色が混じり合い、もう何を目指したのか、元々がどんな色だったのか、それすらもわからない程、よごれていた。

落ち葉が流れてきた。

大きく、または、小さく育った木々から落ちた葉っぱが混じり合った川に浸かって、侵食していく。

沈み、破れ、染まり、岸に引っ掛かって止まる。葉にはそれぞれの結末が用意していた。

同じ結末、似たような結末、違った結末。

バラバラに思える結末だが、大事なのは葉の方じゃない。

川だ。混じり合った川の色は最早、芸術とも呼べず、凡才とも言えず、下手くそだとも言えない。


──僕にはに見える


運命のようだ、と僕は思った。



皆は運命を信じるか?

僕は信じない。信じたくない。

顔も知らない誰かに自分の一生を決められていると考えると、今やっていることが薄っぺらい紙のように簡単に破けてしまう脆い物なんだと、川をただ流れる落ち葉のような死んだ存在だと認めてしまう。

それは、我慢ならない。

それは、今までの積み上げてきた過程を全部崩すことだ。

それは、今まで出逢ってきた人達を最初から居なかったことにすること、存在の消去だ。

鯨さんなら、きっと「それが人生だ」と言うのだろう。まだまだ子供の僕にはそんな風に苦笑いを浮かべて言えるほど大人ではない。

僕は嫌だ僕は嫌だ。

葉柱に京先輩、鯨さん、父さんに母さんに妹達。


そして──彼女。


僕は否定したくない。

この人達との出逢いが必然だと、薄っぺら紙なんかに劣化させたくない。

僕も皆も川で流れる落ち葉にしたくない。

太陽の元で陽の光浴びる絢爛けんらんに咲き誇る花にしたい。





と、懐かしいドロっとした、ヘドロのような声が僕の脳天を貫いた。


お前は──…………












「────っッ!!??」


目を覚ますとそこは当然の如く自分の部屋だった。


「ゆ、夢……?」


螺子が切れた人形のように頭が垂れ下がる。

少し頭痛がし、体中から大量の汗が噴き出してパジャマを滲じませる。

ポツンポツンと頬を伝い垂れ落ちる。

汗か、それとも──


「何の夢だったんだろう?」


不思議な不安感が身体と精神を震わせる。

過去、こんな不安感に襲われた記憶は無い。

それが余計にみえない存在に対する感情を暗い方へと募らせる。

は一体…………?

霞がかかったかのように鮮明にどんな夢だったのかの取っ掛かりすら思い出せない。

さて、どうしたものだろう。

ベットにもう一度横になる。久々に見た悪夢らしきものに嘆息する。こんなものを見るのは一体いつぶりだろう。

小学生の頃は怖い夢を見るとよく泣いて下の妹に「何だよ夜空、それぐらいで泣くのか?だっらしないなー。それでもあたしの兄貴かよ……」と散々罵られたっけ。

その次の言葉は大抵、

──わたしのところにおいで


「……ッ」


嫌なことを思い出したぜ、まったく。こんなにどっと疲れる朝も久しぶりだ。できるならば、もう二度と来ないでほしいものだ。

朝だと──…………?


「ん?そういえば今何時だ.....?」


時計を見ると時間は、8時15分だった。

学校の朝礼は8時30分。

この家から学校へは頑張って漕いで10分。

これから学校の準備と制服に着替えるのに1分〜2分。

学校の自転車置き場から教室まで、2分。

──ギリギリだ


「急がないと!」


僕のバカ野郎!

今日は普通に学校じゃないか!

これも久しぶりのことだが、こっちはこっちで悪夢とは異なった怖さがある。

遅刻して教室に入って来た人間を見る、あの「あ、こいつ遅刻してきやがった」と無感情無感心で見てくるあの目、想像しただけで身体が震える。

僕は大急ぎで学校に行く準備を整え、部屋を出る。

すると、リビングには驚くことに僕以外は誰も居らず、僕の荒い息遣いだけが部屋中に響いていた。

それが僕を『時間』という名の追手に 足元を掴まれる錯覚をさせる。


──不味い


僕は誰も居ないリビングから自室へ、自室から リビングへと何度も往復する。

朝飯はクッキー 一つ、髪もボサボサで歯も磨いていない。

不運だな、と自虐気味に笑う。

大方の準備を終えて、家から逃げるように扉をぶち開ける。

部屋を出る時にある疑問がぷかぷかと沈んでいた船が突然浮上するような、不思議な浮遊感に襲われる。


あの言葉の女の子って──


川から無規則な間隔で水泡が浮かび上がる。

小さいものが次へ次へと上がる。

そして、やがて──。






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