第13話

「美和、一緒に学校祭行こうよ。」


「何回言われても私は行かないから。」


「でも、茂が絶対、美和にも来て欲しいって言ってたよ。大君も美和に会いたいんじゃないかな?」


「そんなことないよ。私達もう終わったんだから。っていうか始まってもいなかったけど…。だから行かないから。」


 そう言って麻友の電話を切る。あれから1ヶ月が過ぎ、大君とは一度も連絡を取ることはなかった。慎太郎君からも学校祭に誘われたが、大君と顔を合わせる所に、わざわざ行く気なんてしなかった。


「俺出かけるわ。」


 櫂がギターのような楽器を担いで家を出ようとしていた。


「そんな物持ってどこ行くの?ってかあんた楽器弾けたのね。」


「一応ね。友達に頼まれて、ライブに出るんだ。美和も来る?気晴らしになるかもよ。」


「そうなんだ。せっかくだから行ってみようかな。」


 櫂はここのところ元気のない私を心配してくれているようだった。2人で電車に乗り、ライブ会場へ向かった。


「遠いの?」


 久しぶりのライブに少しワクワクしていた。


「いや。すぐそこだから。」


 櫂は電車を降りると、改札を出てスタスタと歩いて行く。


「え?ここ?」


「そうだけど?」


 櫂が立ち止まって振り返る。櫂が入って行こうとしている建物は、大君の通っている大学だった。


「やべ。もうすぐリハーサルの時間だ。真っ直ぐ行ったらライブ会場だから。俺行くわ。」


 櫂は慌てて走って行ってしまった。


「あのーすみません。」


 急に背後から声を掛けられる。


「はい?」


 驚いて振り向くと、5.6人の大学生ぐらいの女性達に囲まれいた。


「やっぱり!美和さんだ!写真撮ってもらえませんか?」


「え?なんで名前を?」


 全く知らない人達に名前を呼ばれてギョッとした。


「モデルのShintaroの彼女さんですよね?雑誌見ました。美和さんもモデルさんなんですか?」


「えぇ?」


 驚いているうちに、あっという間に囲まれ、写真を撮られてしまう。


「ありがとうございます!それじゃあ。」


 写真を撮り終わると、笑顔でみんな去って行ってしまった。どういうことなのか全く状況が掴めなかった。


「美和!来てくれたの?」


 茫然としていると麻友が駆け寄って来た。


「っていうか、慎太郎君と付き合ってるなら教えてくれればよかったのに!水臭いなー!」


 麻友に背中を思いっきり叩かれる。


「え?さっきからどういうこと?付き合ってないんだけど?」


「え?そうなの?だって見てこの雑誌…。」


 麻友がカバンからファッション雑誌を取り出す。慌てて受け取り、パラパラとめくると慎太郎君と私の2ショットの写真がいくつも載っていた。


「え?理想の恋人?リアルなデートショット?」


 タイトルを読み上げて、ますます驚く。写真の中の慎太郎君と私はまるで恋人同士に見えた。


「違うの?ものすごくラブラブな写真だから。」


 麻友も私と慎太郎君が付き合い始めたと本気で思っていたらしい。


「違うの。本当に付き合ってないから。これ、前にカフェで待ち合わせた時に、記念に撮ってもらってた写真だ…。なんで…?。」


 慌てて慎太郎君に電話をする。


「あっ。もしもし美和さん?もしかして学校祭来てくれたの?」


 嬉しそうな声で慎太郎君が電話に出る。


「う、うん。っていうか雑誌に私達の写真が載ってるんだけど、どういうこと?みんなに彼女って勘違いされてるみたい。」


「あー。美和さんごめんね。峰さんが写真気に入っちゃったみたいで、勝手に載せられちゃったんだ。またみんなには俺から説明しとくからさ。おっとリハーサル始まっちゃうから、後でねー。」


 慎太郎君はそう言うと、電話を切ってしまった。


「えぇ?」


 驚いて電話を落としそうになる。


「慎太郎君なんだって?」


 麻友が恐る恐る私の顔を覗き込む。


「なんかカメラマンが勝手に雑誌に載せちゃったって…俺からみんなに説明するって言ってた…。」


「あちゃー。みんな完全に誤解してるみたいだね。ほら、みんながチラチラこっち見てるよ。移動しよっか。」


 麻友に言われて周りを見渡すと、周りから興味津々にこちらを見られていた。


「本当だ。もぉ最悪…。」


 麻友に背中を押されながらライブ会場に向かって歩き始めた。会場にはたくさんの人が集まっていた。前方はイスが用意してあったが、席は殆どうまってしまっているようだった。後方は立ち見する人達で溢れてかえっていた。


「美和さん?」


 後ろからまた声を掛けられる。


「はい?」


 振り返り相手を確認すると、思わず言葉を失ってしまった。


「前にお店で少しお会いしましたよね。」


 綾芽さんが微笑んで立っていた。


「綾芽さん…。」


 思わず名前を呟いてしまった。


「あっ。もしかして大さんから話聞いてます?大さんの婚約者の綾芽と申します。」


 麻友がハッとして私の顔を見る。


「美和さん、Shintaroさんの彼女さんだったんですね。お店でお会いした時、大さんが、美和さんのこと紹介して下さらなかったから、密かに焼いてましたのよ。」


 綾芽さんは口元に手を当て上品に笑った。何が答えないといけなかったが、声がかすれて上手くでなかった。


「では、御機嫌よう。」


 綾芽さんはにっこりと微笑むと歩いて行ってしまった。


「美和?大丈夫?」


 麻友が心配そうに顔を覗き込む。


「う、うん。綾芽さんまだ婚約者って言ってたね。やっぱりまだ婚約破棄成立してないんだ…。」


「うん。そうみたいだね…。最近、茂から大君の話聞かないから知らなかった。」


「私やっぱり帰ろうかな。綾芽さんも来てるし、大君と合わせる顔がないよ。」


 もと来た道を引き返そうとすると、麻友が慌てて私の腕を取る。


「せっかく来たんだから。行こう。席取ってあるから。」


 麻友は私の腕を引っ張りながら、人混みをかき分け、席に連れてきた。席は最前列の真ん中だった。イスに腰掛けると、大きなため息が出てしまった。


「もう勝手に慎太郎君の彼女にされてるし、綾芽さんには会うし、櫂がなぜかここでライブやるみたいだし…。何がなんだかわからないよ。頭の中ぐちゃぐちゃ。」


 頭を抱えて座り込んでいると、突然、会場から歓声が湧き上がる。


「キャー」


 驚いて顔を上げると、ステージに大君達が歩いてきた。


「あれ?櫂くんじゃない?」


 麻友が慌ててステージを指差す。麻友の指差す方向を見ると、エレキギターを持った櫂が立っていた。


「え?櫂?ライブって大君達のライブのことだったの?みんな知り合いってこと?」


 度重なる衝撃に私は思わずよろける。


「美和大丈夫?あっ。慎太郎がこっちを見て投げキッスしてるよ…。」


 慎太郎君が私を見つけ、満面の笑み投げキッスをしていた。


「また誤解されるようなことを…。」


 もう頭が痛い。慎太郎君から目をそらすと大君が慎太郎君の横に立っていた。


「大君…。」


 大君は私を見つけると、少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。久しぶりに見る大君の笑顔に胸がドキンと鳴った。

 アップテンポの曲が流れ始める。一斉に歓声が上がる。


「キャー大君!」


「Shintaro〜!」


 あちらこちらから、悲鳴が上がる。


「なんか学校祭のライブの規模じゃないね…。」


 麻友が引きつった顔をしていた。


「たしかに…もうどうなってるのか全然状況が掴めないんだけど…。」


 アイドルのコンサートのように、手作りのうちわを持った女性達が悲鳴を上げている。

 あっという間に1曲目が終わると、慎太郎君がマイクを握った。


「今日は来てくれて、みんなありがとうー!」


 慎太郎君が笑顔で叫ぶと、ライブ会場は歓声で溢れかえった。


「今日は楽しんで行ってね〜。」


 2曲目が流れ始める。慎太郎君達が笑顔で、楽器を弾き鳴らす。大君はスタンドマイクを両手で握り、力強い声で歌い始めた。みんないつもの爽やかな雰囲気は消え、エネルギッシュでワイルドだった。櫂がエレキギターを弾けることに驚きだったが、意外と様になっていた。大君達は、次々と曲を披露し、ライブ会場は熱気に包まれた。


「次の曲で最後になります。」


「えー!」


 観客から落胆の声が響く。


「新曲です。聴いてください。」


 慎太郎君はニコリと笑うとギターを弾き始めた。今までの曲とは打って変わり、バラード調の曲が流れ始める。大君は静かに歌い始めた。


「?!」


 大君は歌いながら、私の方を見つめていた。大君の真っ直ぐな瞳から目を話すことができず、私たちはしばらく見つめあっていた。大君が歌い終わると、慎太郎が静かにラップを歌い始める。


「?!」


 慎太郎君に目を向けると、慎太郎君もまた私をしっかりと見つめて歌っていた。まるで大君と慎太郎君の心の内を歌っているかのように、2人は私から視線を逸らさず歌い続けた。切なく悲しい片思いの歌詞だった。なぜか、涙が頬を伝って落ちていった。


「美和?大丈夫?」


 麻友が涙している私に気がつき、ハンカチを渡してくれる。


「ありがとう。」


 ライブは熱気に包まれたまま終わりを告げた。


「みんなー!ありがとう!」


 慎太郎君が手を振ると、みんな笑顔でステージを後にした。


「なんかすごかったね。茂のあんな姿初めて見た。」


「本当だね。みんないつもと違ったね。」


 私と麻友はライブに圧巻され、しばらくイスから立てなかった。麻友の携帯が鳴った。


「もしもし?茂?うん。わかった。今から行くね。」


 麻友は電話切ると立ち上がった。


「今からみんなのとこに顔出すから、美和も行こう。」


「私はいいよ。大君に会ったら気まずいし。」


「いいから。いいから。」


 麻友は私の腕を引っ張りながら歩き出す。ステージ近くの校舎に入ると、慎太郎君が笑顔で走ってきた。


「美和さーん。来てくれたんだね。嬉しいー。」


 慎太郎君は私に抱きつく。


「もぉ。くっつかないでよ。」


 慌てて慎太郎君を引き離そうとする。」


「久しぶりに会ったんだからいいじゃん。美和さん全然連絡くれないんだもん。」


 慎太郎君は抱きしめる腕にますます力を入れる。


「2人ともラブラブね。私、茂のとこ行ってくるから、」


 美和がニヤニヤしながら校舎の奥へ歩いて行った。


「ちょっと。いつまでくっついてるのよ。」


 慎太郎君を引き離そうと、必死になっているとクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「お2人とも本当に仲良しなんですね。ねっ大さん。」


 綾芽さんがクスクス笑いながら、大君を見上げて言った。綾芽さんは大君の腕に自分の腕を絡めて寄り添っていた。とても仲が良さそうな姿を見て胸がズキンと鳴った。慎太郎君がハッとして私の手をギュッと握った。


「2人は本当に付き合っているのか?」


 大君が驚いた顔をして立っていた。


「そっちこそ、綾芽さんとどうなんだよ。」


 大君と慎太郎君が睨み合う。


「俺たちは…。」


「慎太郎君行こう。」


 大君が何か言いかけたが、慎太郎君の手を引っ張って歩き始めた。


「美和さんいいの?」


 慎太郎君は心配そうに私の顔を覗き込む。校舎から出ると慎太郎君の手をそっと話した。


「うん…。手握ってくれてありがとう。私、1人だったら2人の前で泣いてたかも…。」


 そう言うと堪えていた涙が溢れ出した。


「美和さん…。」


 慎太郎君は私を抱き寄せた。


「泣くなよ。俺が側にいるから。」


 慎太郎君は私をさらに強く抱きしめる。


「美和!」


 櫂の声が聞こえ、サッと慎太郎君から離れる。櫂が驚いた顔をして駆け寄ってきた。


「美和?なんで慎太郎と?って泣いてたのか?」


 私は慌てて涙を拭う。


「なんでもないから…。」


「何でも無かったら泣いてねーだろっ!慎太郎どういうことだよ!」


 櫂は慎太郎君の胸ぐらを掴む。


「ちょっと!櫂!違うから、慎太郎君は泣いていた私を慰めてくれていただけ。」


 慌てて櫂の腕を引っ張る。


「そうなのか?慎太郎?」


「あぁ。そうだよ。ってかなんで櫂が美和さんと知り合いなんだよ。」


 慎太郎君が乱れた襟元を直しながら櫂と私の顔を交互に見る。


「櫂は、ほら前に話した弟っていうか、元弟なのよ。」


「え?櫂が?」


 慎太郎君は驚いて目を見張る。


「元な!今は弟じゃないから!ほら美和帰ろうぜ。」


 櫂は私の手を取ると歩き出した。


「慎太郎君ありがとね。じゃあね。」


 振り返りながら、慌てて慎太郎君にお礼を言う。


「美和さん!また連絡するから!」


 慎太郎君はそう言うと笑顔で手を振った。


「美和、大丈夫かよ。」


 櫂が泣き腫らした私の顔を覗き込む。


「大丈夫。ちょっといろいろあってね。って言うか、あんた達が知り合いってことにびっくりしたんだけど。」


「あー。ずっと言ってなかったけど、俺、バンドやってるんだ。」


 櫂が頭をボリボリと掻く。


「でもなんで大学違うのに、知り合いなの?」


「慎太郎が美容師やってて、そこに通ってたのがきっかけ。慎太郎に頼まれてさ。」


 櫂がめんどくさそうに答える。


「そう言うことね…。」


 やっと、櫂と慎太郎君達の繋がりが分かり納得した。私と櫂は家に到着すると、ソファに座り込んだ。


「はぁ。なんだか疲れちゃった。シャワーでも浴びようかな。」


 ソファから立ち上がり、風呂場へ行こうとすると、櫂に腕を掴まれる。


「まだ美和の話聞いてないんだけど。あいつらと何で知り合いなの?」


「あっ…。まだ話してなかった。話せば長くなるんだけど、会社の同期の麻友の彼氏が茂君なの。その繋がりで紹介してもらってね。」


「茂と?そういうことか…。」


 櫂は納得した様子で私の腕を離す。


「でも、いろいろあって頭が混乱しちゃって…。」


「慎太郎が慰めてたって…。もしかして泣いてたのは大が関係してるのか?」


「うん…。まぁね。」


 櫂がため息をつく。


「最近、よく出かけてたのはあいつらとだったのか…。」


「うん…。でも私たち何もないし、もう大君とは会うことないと思うから心配しないで。」


「慎太郎とも会うなよ。」


 櫂がボソリと呟いた。


「え?」


「それよりさ、気分転換に今度の休みに久しぶりに旅行いかないか?」


 櫂が旅行会社のパンフレットをカバンから出して見せる。


「いいかも!行こ行こ!」


 私たちはパンフレットを机に広げて、行き先を決め始めた。

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