第12話

 1ヶ月間だけお試しの彼女…


 A.彼女になる

 B.1ヶ月間だけ彼女になる

 C.彼女にならない


「えっと…私…」


「フゥーッ」


 膝の上に乗って寝ていた、しんのすけ君が、起きたようだ。私を抱きしめている慎太郎君を威嚇する。


「もぉー。いいところだったのに。しんのすけー。」


 慎太郎君がしんのすけ君を抱き上げる。


「美和さん。今すぐじゃなくていいから。考えてみて。」


 慎太郎君はしんのすけ君に引っ掻かれそうになりながら言った。


「う、うん。」


「せっかく巻いたのに、髪ぐちゃぐちゃになっちゃったね。」


 慎太郎君は私の髪に指を巻きつける。


「って抱きしめてた俺のせいか…。ちょっと待ってて。」


 慎太郎君はそう言うと、洗面所に消えて行った。しばらくすると、ピンクのボトルを持って戻ってきた。


「洗い流さないトリートメント。髪に塗ってあげるよ。そしたら、髪もまとまると思うし。座って。」


 慎太郎君は絨毯に私を座らせると、後ろに周り、トリートメントをつけ始めた。慎太郎君は優しく私の髪手で包み込む。美容院で髪を触ってもらう時とは違う感覚がして、なぜかドキドキと鼓動が早くなる。


「よし。こんな感じで良いかな。いい匂いだよ。」


 髪の匂いを嗅いでみると、お風呂上がりの慎太郎君と同じ匂いがして、思わずドキッとした。


「ありがとう。いつもこうやって女の子口説いてるんでしょ。」


 動揺していることを悟られないよう、わざと慎太郎君をちゃかす。


「あー。正直言うと、そういう時もあったけど、今は違うから。」


「え?」


「俺は美和さんがそばにいてくれれば、それでいいから。」


 慎太郎君は私の頭をそっと撫でる。恥ずかしくて俯いていると、慎太郎君が後ろでクスリと笑う声が聞こえた。


「なんか飲む?暖かい飲み物もあるし、カクテルもあるし。」


 慎太郎君は優しく微笑みかける。


「じゃあ暖かい飲み物もらおうかな。」


「オッケー。」


 慎太郎君はキッチンに入っていった。テレビをみると、いつのまにかDVDは終わってしまっていた。巻き戻して続きを再生する。


「まだ見ててくれたんだ。」


 慎太郎君がカップを持って戻ってくる。


「だって結構面白いよ?慎太郎君も全然ちょい役じゃないし。」


 慎太郎君からカップを受け取る。


「そう?たまたまうちの事務所の子が出れなくなって、代役として出たんだ。」


 慎太郎君は照れ臭そうに自分の演技を見つめた。


「俺、大学卒業したら美容師になりたいと思ってるんだ。」


「そうなんだ。てっきりモデルさんやるのかと思ってた。」


 慎太郎君の言葉に驚く。


「もともとは、あの美容院にいたらまた美和さんに会えるかもと思って、最初は美容院のカットモデルとして通ってたんだ。気がついたらイメージモデルになってて、今の事務所に目つけてもらってモデルの仕事をするようになったんだけど…。」


「そうだったんだ。」


「そう。だけど、美容師の仕事を少しやらせてもらったらすごい楽しくてさ。モデルとかやってる時より自分らしくいられるんだ。だから、いずれは美容師一本にしたいんだ。」


「そっかぁ。美容院で働いてる慎太郎君はなんかいつもよりキリッとしてるっていうか、真面目に頑張ってるもんね。」


「そう?髪型を変えてあげるだけで、みんなが笑顔になってくれるから、嬉しいんだ。」


「そっか。私も今日は慎太郎君のお陰で気持ちがスッキリしたよ。ありがとう。」


 慎太郎君は嬉しそうに笑った。そして、しばらく2人でDVDに見入っていた。気がつくと、慎太郎君は隣でウトウトとしていた。ベッドにひいてあったタオルケットを慎太郎君にかけてあげる。スヤスヤと眠る慎太郎君の顔を見ていると私もなんだか眠たくなってきてしまった。

 ふと眼が覚めるとベッドで横になっていた。


(あれ?いつの間に帰ってきたんだろう。)


 目をこすりながら起き上がろうとすると、隣にスヤスヤと眠る慎太郎君がいた。


「え?慎太郎君?」


 慎太郎君は私の腰に手を回し、気持ち良さそうに眠っていた。


「ど、どういうこと?ってもう朝?」


 窓を見ると外は明るかった。慌てて時計を見る。時計の針は朝の6時を指していた。


「ん?美和さん?起きたの?」


 慎太郎君は眠そうに目を擦りながら起き上がる。慎太郎君は上半身裸だった。


「え?なんで服着てないの?え?なんで一緒に寝てるの?」


 慌てて自分の体を確認する。かろうじて服はちゃんと着ていた。


「美和さん覚えてないの?夕べはすごかったよ。最高だった。」


 慎太郎君は優しく微笑み、私のおでこにキスをした。


「えー?私慎太郎君と?」


 驚き固まっていると、慎太郎君がクスクス笑いだした。


「冗談だって。何もしてないよ。気がついたら俺たちソファで寝てたからさ、ベッドに運んだんだ。」


 慎太郎君は悪戯っぽく笑う。


「なんだ…。びっくりした。」


 ホッと胸を撫で下ろす。


「俺はしても良かったんだけどね。」


 慎太郎君はニヤニヤと笑って私の顔を覗き込む。


「もぉ!すぐそう言う事言うんだから!って

 私そろそろ帰らなきゃ。仕事に行かないと。」


「そっかぁ。名残惜しいけど、車で家まで送っていくよ。」


 マンションに停めてあった車に乗り込むと、慎太郎君は車を発車させた。携帯を確認すると、大君から何件も着信とメールが来ていた。メールを確認すると、"会って話しがしたい。"と入っていた。


「大から連絡あったの?」


「うん。何件も電話が来てた。あとで掛け直してみる。」


「そっか…。大丈夫?もう1人で泣いたりしない?」


 慎太郎君が心配そうに私の顔をチラッと見る。


「大丈夫だよ。ありがとう。あっ車はこのあたりで大丈夫だから。見れるとまずいから。」


 慌てて慎太郎君に車を停めてもらう。朝帰りなんかして、櫂に慎太郎君を見られたら、面倒なことになりそうだ。


「え?美和さん誰かと住んでるの?男?」


 慎太郎君が慌てる。


「言ってなかったけ?男っていうか、弟と一緒に住んでるの。正確には元弟だけど…。」


「元弟?」


 慎太郎君が首をかしげる。


「簡単に言うと、親が離婚して、連れ子だったから、兄弟じゃなくなったっていうか…。」


「なるほどね。まぁ。そんな感じの男ならまぁいっか。」


 慎太郎君は安心したように笑う。


「弟にじゃなかった。櫂に見つかるとめんどくさいから。じゃあ、昨日からありがとね。」


「美和さんのためならいつでも大丈夫だよ。また連絡する。」


「う、うん。じゃあね。」


 車から降りてドアを閉めると、助手席の窓が空いた。


「美和さん。」


「何?どうかした?」


 まどから慎太郎君を覗き込む。


「あの話ちゃんと考えといてね。」


「あっ。うん…。」


 慎太郎君はニコリと笑うと手を振り車を発車させた。

 家に帰ると櫂はまだ眠っているようだった。慌ててシャワーを浴び、着替えると家を出た。


「おはよー。美和、珍しく遅かったね。」


 更衣室に慌てて入ると麻友が着替え終わっていた。


「寝坊しちゃって。急いで着替えるから先に行ってて。」


 麻友に慎太郎君の家に泊まったなんて、口が裂けても言えない。


「わかったー。先に行ってるね。」


 麻友は手をひらひらと振り、更衣室から出て行った。私は急いで制服に着替える。出社の時間が迫っていて、大君に折り返し電話をする時間がなかった。なんとか時間に間に合い、麻友と受付に立つ。今日の午前中は来客も少なく、早めに昼休みに入ることができた。私と麻友は行きつけの店にランチをしに行った。


「なんかあった?」


 麻友が心配そうに私の顔を見つめる。


「え?何で?」


 私は慌てて返事をする。


「なんか午前中ぼーっとしてたからさ。」


「うん…。まぁね。」


「大君と何かあった?キャンプの時、大君が先に帰っちゃってから、美和の様子おかしかったからさ。気になっちゃって…。」


「麻友…。」


 何も言わなかったけど、麻友は気がついていたようだった。


「あのね…。言っていいのかわからないけど、大君に婚約者がいたの…。」


 耐え切れず、麻友に話を切り出す。


「えぇ?」


 麻友が驚きのあまりにコップを倒してしまう。


「うわっ。ごめん。こぼしちゃった。」


 慌てて2人でテーブルを拭く。


「どういうこと?それがキャンプの時に先に帰ったのとどういう関係があるの?」


 麻友がテーブルを急いで拭きながら言った。


「私も立ち聞きしただけで、詳しくは分からないんだけど、どうやら大君は婚約破棄をしようとしてるみたいなんだけど、相手が拒んでるみたいで、自殺するってキャンプの日に電話してきたみたいなの…。」


「うわぁ…。それで大君がキャンプを抜け出したってわけね。」


 麻友はテーブルを拭き終わると、腕を組んで椅子にもたれる。


「婚約破棄は美和のためにしようとしてるんでしょ?」


「わかんない…。まだ大君に直接聞いてないから。」


「そうなの?昨日、電話すればよかったじゃない。」


 麻友は呆れた様子で私を見る。


「電話くれたんだけど、なんか聞けなくて。」


 私はうなだれて下を向く。


「美和はどうしたいの?婚約者がいるから身を引くつもりなの?」


「うーん…。なんかね、婚約者がいることを隠されてたことがショックで、言って欲しかったなと思って。」


「そっか…。じゃあ、まずそのことを大君に伝えてみたら?大君はたぶん美和が傷つくと思って言わなかったんだと思うけど…。」


「うん…。」


 話はあまり解決しないまま、昼休みは終わってしまった。大君がもし婚約破棄できなかったら…。破棄できたとしても、そのことで、仕事に支障がでたら…。そのことが、頭の中をぐるぐると回り、自分がどうしたいのか分からなかった。そんなことばかり考えているとあっという間に終業時間になっていた。私服に着替え、麻友とエントランスへ降りてくると、大君がエントランス付近のソファに座っているのが見えた。


「え?大君?なんで?」


 大君は私たちに気がつくと立ち上がってこちらに歩いてきた。


「ほら、美和。ちゃんと話しておいで。」


 麻友に背中を押される。


「ごめん。待ち伏せして。電話も出てくれないし、こうでもしないと美和さん会ってくれないと思って。」


 大君は寂しそうに笑った。とても疲れているように見えた。


「少し話せる?」


「うん。」


 大君は私の手を取り会社の外へ連れ出した。


「美和さん。ごめんね。あの日途中で帰って。怒ってるよね?」


 大君は私の顔を覗き込む。


「怒ってないよ…。」


 私は、消えそうな声で呟く。


「ごめん。美和さん。」


 大君は人目も気にせず私を抱き寄せる。


「やっぱり、怒ってるよね。ごめん。もう置いて行ったりしないから。ずっの側にいるから。」


 私は大君の胸元を押し大君を突き放した。


「婚約者とはどうなったの?」


 涙が溢れて出し、ポロポロと頬を伝う。


「え?」


 慎太郎君が驚いて目を見張る。


「私、聞いちゃったの。あの日、大君と慎太郎君が話してるの。なんで、お店で綾芽さんに会った時に教えてくれなかったの?隠されていた方がよっぽど傷つくよ。」


 思っていたことを一気にまくし立てると、私は、驚いている大君を残して走り出した。


「美和さん待って。」


 大君は慌てて後を追いかけてきた。男性の足にはかなわず、すぐに腕を掴まれてしまった。


「ちゃんと話すから待って。」


 大君は私の腕を取り、道端のベンチに座らせた。


「こんなに大切に思える人は美和さんが初めてで、大切すぎてどうしたらいいのかわからなかったんだ。話さないほうが、美和さんを傷つけないと思って、黙っていたんだ。」


「…。」


 黙って俯いている私の手を取り、大君は話を続けた。


「綾芽さんは父親同士が決めた婚約者なんだ。会社同士のパイプを強くすることが目的のね。俺が大学1年の時に勝手に決められて、

 俺は女性関係に冷めてた頃だったから、急に婚約者ができたって言われても興味も湧かなかったし、何とも思わなかったんだ。当時、綾芽さんにも恋人がいて、俺たちは全く会いもせず、形上の婚約者だったんだ。それで、今まで過ごしてきたんだけど、美和さんと出会って、美和さんを特別な存在になって、このままじゃいけないと思って、正式に婚約破棄を申し出たんだ。綾芽さんも俺には興味ないみたいだったからすぐに了承してくれると思ってたら、頑なに拒まれてしまって…。どんどん行動がエスカレートするようになってしまったんだ。」


「じゃあ、まだ婚約破棄できてないってことだよね?」


「相手が了承してないから、そうなってしまうね。」


 大君は力なく答える。


「大君のお父様は了承してくれてるの?」


「父もあまり良くは思ってないみたいなんだ…。でも、俺、父親と縁切ってでも婚約破棄するから。」


 大君は私を真っ直ぐに見つめて言った。


「大君。お父様のこと尊敬してるって、会社の力になりたいって言ってたよね?」


「うん。でも美和さんが側にいないと駄目なんだ。」


 大君は握っている手に力を入れてさらにつよく握りしめる。


「簡単に親と縁なんか切れるわけないじゃい。でもね、時間が経てば私がいなくてもきっと大丈夫になるから。長い目で見たら、婚約破棄するのは得策じゃないわ。」


 私は大君の手を振りほどき立ち上がる。


「いつまでも子供っぽいこと言ってないで、大人になりなさい。」


 そう言って立ち去ろうとすると、大君に腕を引っ張られる。


「こんな時に子供扱いなんてするなよ。」


「子供扱いって私と比べたら全然子供じゃない。前からそう思ってたんだから。社長の息子ってだけで一緒にいただけ。じゃあね。」


 大君の腕を振り払うと、私は走り出した。もう、大君は追いかけてこなかった。これで良かったんだ。堪えていた涙が溢れ出す。いつの間に大君に恋していたんだろう。でも、婚約者がいる大君と付き合うわけにはいかない。涙を拭いながら、私は走り続けた。











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