第11話
美容院に着くと、慎太郎君は手を繋いだまま店に入って行く。
「いらっしゃいませ…あれ?慎太郎じゃん。今日休みなのにどうした?」
受付にいたスタッフが驚いて私達を見る。
「早く帰ってきたからさぁ、ちょっと店かしてー。」
慎太郎君はニコニコしながら私を店の奥に連れて行く。
「へぇー。慎太郎の彼女?」
「店に連れてくるなんてやるな〜。」
慎太郎君は次々に周りのスタッフに声をかけられる。
「まぁね。いいでしょ。」
慎太郎君は否定することなく、私の手を握っている。
「彼女じゃないです…。」
みんなに声を掛けられて恥ずかしくなり、小さな声で答える。
「いいから。いいから。」
慎太郎君は私を席に座らせる。
「どんな感じにする?」
慎太郎君が鏡越しに私を見つめる。
「だいぶ伸びてきたからセミロングくらいまで切っちゃおうかな。」
胸あたりまで伸びた髪を触りながら答える。
「いいね。そうしよっか。後は俺に任せて。汗かいたでしょ。ついでにシャンプーするよ。」
慎太郎君はシャンプー台まで案内すると、シャンプーをし始めた。優しい手つきで、手際よく洗ってくれる。
「慎太郎。お客さんから電話。休みの日なのに悪いな。」
スタッフに声を掛けられる。
「美和さんごめんね。」
慎太郎君はシャンプーの途中で電話を取りに行ってしまった。電話が立て込んでるのか、慎太郎君はなかなか戻って来なかった。
「慎太郎。長引いてるみたいなんで、僕変わりますね。店長の宮田です。」
「お願いします。」
宮田さんは慣れた手つきで心地よい力加減で洗ってくれる。
「慎太郎のやつ。こんな綺麗な彼女さんがいるなんて知らなかったよ。」
「私、彼女じゃないんです。今日はカットモデル頼まれて。」
慌てて否定をする。
「へぇ。そうなの?でも慎太郎が女の人連れてくるの初めてだからさ。」
宮田さんは少し驚いた声で言った。
「そうなんですか?いつもいろんな女の人連れてきてるのかと思いました。」
「取り巻きは多いみたいだけど、仕事場に連れてきたのは見たことないかな…。あいつさ、大学では適当にやってるみたいだけど、美容師の仕事は結構真面目にやってるからさ。」
「そうなんですか…。」
慎太郎君の意外な一面を知り驚く。
「チャラチャラして見えるだろうけど、根は優しくていい奴なんだ。だからよろしくな。」
「え?あ、はい。」
宮田さんに急によろしくと言われ、つい返事をしてしまう。
「ちょっと店長!美和さんに変なこと言ってないですよね!」
慎太郎君が慌てて戻ってきた。
「おっと。こんな慎太郎見るの初めてだわ。っじゃ、変わりまーす。」
宮田さんは笑いながら行ってしまった。
「美和さんなんか言われた?」
慎太郎君がムスッとして私を見る。
「べ、別に。特に何も言ってなかったよ。」
「ふーん。」
怪しそうな目つきで私の顔を覗き込み、髪を洗い流し始めた。髪を洗い終わると、鏡の前に移動し、慎太郎君は、髪を乾かし始めた。作業する慎太郎君の様子をまじまじと見ていると、確かにいつものヘラヘラした様子とは違い、一生懸命仕事に打ち込んでいた。
「あのー。美和さんにそんなに見られると、照れるんですけど…。」
慎太郎君がデレっとした表情になる。
「あっ。ごめんごめん。なんかいつもと雰囲気違うなと思って。雑誌でも見ようかな。」
慌てて、ファッション誌に目を向ける。
「あー。なんでこの雑誌持ってくるかな。」
慎太郎君が慌てて雑誌を取り上げる。
「え?なんで?これ読みたい。」
慎太郎君から雑誌を奪い返す。
「店長だな。わざとこの雑誌置いてきやがって。美和さんが見たいならいいけど…。」
慎太郎君がボソリと呟く。慎太郎君の言葉を聞き流しながら、雑誌をパラパラとめくる。
「あっ。慎太郎君だ。ってちょっとやだ。」
たまたま開いたページには、大きく写し出された慎太郎君がいた。上半身裸で、布団に寝転がり、セクシーな顔つきでこちらを見ていた。慌てて雑誌を閉じる。
「ほらー。だから言ったのに。」
そういえば、この雑誌は、女性向けに今人気のモデルさんや俳優さんのセクシーな写真を載せてるので有名だった。あまり雑誌を読まない私でも知っていた。
「し、慎太郎君すごいね。この雑誌にも載ってるんだ。」
「まぁね。美和さんならプライベートでいつでも見せてあげるけどね。」
慎太郎君は悪戯っぽく笑った。先程のセクシーな表情の慎太郎君を思い出して思わず赤面してしまう。
「あっ美和さん赤くなってる。エッチだなー。」
「もぉ慎太郎君のばかっ。」
慌てて違う雑誌を手に取る。そんな私を見ながら、慎太郎君はニヤニヤしていた。
「カットこんな感じでどう?」
しばらくすると慎太郎君が声をかける。
「うん。ありがとう。スッキリした。」
胸まであった長い髪は鎖骨辺りまで短くなっていた。
「じゃあ、少し巻いとくね。」
慎太郎はコテを温め、髪を巻き始める。
「美和さん少し髪にウェーブがあった方がもっと可愛いと思うよ。」
慎太郎君は巻きながら鏡の私を見る。
「そう?コテ持ってないし、なかなか上手くできなそうで…。」
「こうやって、巻くと簡単だよ。家に使ってないコテあるからあげるよ。家近くだから後で取ってくる。」
「そう?じゃあ、やってみようかな…。」
慎太郎君は嬉しそうに頷いた。
「よし。できた。いかがでしょうか?」
鏡の中の私は髪を少し巻き、いつもと違う印象だった。
「おっいいじゃん。髪巻いてたほうが似合うね。」
店長の宮田さんも鏡越しに私を見て微笑む。
「あ、ありがとうございます。」
いつもと違う自分に照れながら、席を立つ。
「店長。俺、美和さん送りがてら帰ります。店貸してもらってありがとうございました。」
慌てて、私もみんなに挨拶をすると、慎太郎君は私の手を引いて店を出て行った。
「慎太郎君。ありがとう。イメチェンしたらちょっとスッキリしたよ。」
「本当?良かった。そういうのって気持ちの切り替えに大事だよね。」
慎太郎君が優しく微笑む。
「あっ。ここ俺の家なんだ。コテ取ってくるよ。」
美容院から少し歩いた所にある、お洒落なデザイナーズマンションの前で慎太郎君が立ち止まる。
「お洒落なところだね。」
思わずマンションを見上げる。
「そうかな?美容院の近くだから、最近ここに引っ越したんだけどね。下で1人で待たせてるの心配だから玄関まで来て。」
慎太郎君は私の手を握ったまま、マンションのエントランスへ入って行く。エレベーターで最上階まで行くと、1番奥のドアまで歩いて行く。
「どうぞ。玄関の中にいて。」
慎太郎君が扉を開けてくれる。
「ちょっと待っててね〜。」
慎太郎君は部屋の奥に入って行った。しばらくすると慎太郎君が戻ってきた。
「あったよ。」
慎太郎君がコテを持って出てくる。玄関を開けて外に出ようとすると、白いフサフサのネコが飛び出してきた。
「あっコラ。美和さん玄関しめて。」
慌てて玄関を閉める。外に出そびれたネコは、私の足元でしょんぼりして、ニャーと小さく鳴いた。
「可愛い。慎太郎君ネコ飼ってるんだ。何て名前?」
しゃがみこんでネコを撫でる。
「しんのすけって言うんだ。俺の弟みたいなもん。」
「へぇー。しんのすけ君かぁ。」
ノドを触るとゴロゴロと気持ち良さそうに、ノドを鳴らした。しんのすけ君は、私の膝にちょんっと乗るとそのまま丸くなってしまった。
「あー。しんのすけのやつ美和さんのこと独り占めする気だな。」
慎太郎君は慌てて私の膝から引き離そうとする。
「フゥー。」
しんのすけ君は慎太郎君を威嚇した。
「うわっ。こんなしんのすけ初めて見たよ。こいつー。」
慎太郎君は悔しそうにしんのすけを睨む。
「美和さんごめんね。なんか懐いちゃったみたいで。」
慎太郎君は困った顔をして頭をかく。
「ううん。可愛くて癒される。」
しばらく玄関でしんのすけ君を撫でていると、ぐぅーっと慎太郎君のお腹が鳴った。
「慎太郎君お腹すいた?」
思わず慎太郎君を見上げる。
「聞こえた?なんかお腹空いちゃった。どっか食べに行く?」
慎太郎君が恥ずかしそうに言った。
「良かったら、今日のお礼に何か作ろうか?」
「え?本当?マジで嬉しい!」
慎太郎君が満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、そんなとこにいないで上がって。」
慎太郎君がスリッパを出してくれる。しんのすけ君はどうしても私から離れたくないようで私に引っ付いたままだった。抱き上げて一緒に部屋に入る。
「部屋広いね。」
「ワンルームなんだけどね。結構広くて気に入ってるんだ。適当に座って。」
私はしんのすけ君を抱いたままソファに座った。
「もーいつまでくっついてるんだよ。ほら、餌やるから離れろよ。」
慎太郎君はしんのすけ君に餌をチラつかせる。餌を目にしたしんのすけ君は一目散に慎太郎君の所へ走って行った。
「薄情な奴だなー。」
慎太郎君と私は、そんなしんのすけ君を笑った。
「さて、何作ろう?何があるかな?」
「俺あんまり料理できないから、何にもないかも…。冷蔵庫見てみて。」
私は冷蔵庫の中を覗く。自炊してないのがすぐにわかるぐらい冷蔵庫の中はガランとしていた。
「うーん。玉ねぎないけど、簡単なオムライスかチャーハンくらいなら作れるかな。」
「オムライス!食べたい!」
慎太郎君が子供の様に目をキラキラさせる。慎太郎君のリクエストに応えて、オムライスを作ることにした。
「俺、シャワー浴びてきてもいいかな?」
「う、うん。いいよ。」
何をするわけでもないのに、なぜか顔が赤くなるのを感じた。
「あっ美和さん赤くなってる。いやらしいなぁ。」
慎太郎君は私の顔を見てニヤニヤする。
「赤くなってないって。もぉ!早く入ってこれば?」
ふんっと横を向く。
「はいはい。可愛いなー。」
慎太郎君は私の頭をポンポンするとお風呂場に行ってしまった。具材を切っていると、携帯が鳴った。確認すると大君からの電話だった。どうしよう…
A.電話に出る
B.電話に出ない
C.後で掛け直す
「もしもし?」
「もしもし?美和さん。」
「うん。」
「今日、先に帰ってごめんね。大丈夫だった?」
「うん…。無事に帰ってきたよ。大君は大丈夫だった?」
「そっか。良かった。俺は…。なんとか大丈夫だったよ。」
「そう…。」
声が震えて上手く話せなかった。
「美和さん?」
「ごめん。疲れたからもう切るね。」
「え?美和さん?」
大君が何か言ってるようだったが、電話を切ってしまった。綾芽さんのことを聞きたかったが、聞けなかった。どうしたらいいのか分からず、涙が溢れそうになった。
「美和さん?」
「し、慎太郎?いつからそこに?」
驚いて振り返ると、シャワーを浴びた慎太郎君が上半身裸で、タオルを巻いた状態で立っていた。
「大から電話だったの?」
私は無言で頷く。
「綾芽さんのことなんか言ってた?」
私は首を横に振る。涙がポロポロと溢れ出す。慎太郎は私を引き寄せ抱き締める。
「もう、大のことなんて考えるなよ。俺のことだけ見てて。俺は絶対に美和さんを泣かせたりなんかしないから。」
「慎太郎君…。」
慎太郎君の背中に手を回しギュッと抱きつく。ボディソープの香りなのか甘い香りが私を包み込んだ。
「美和さん…。何か焦げ臭い。」
慎太郎君がキョロキョロする。
「あっフライパンにウインナー入れてた。」
慌てて慎太郎君から離れて火を止める。
「ふぅ。危ない危ない。丸焦げになるところだった。慎太郎君ありが…って何か着てよ。」
改めて慎太郎君の裸体を目にして、思わず顔をが赤くなる。
「はいはい。美和さんはエッチだなー。」
慎太郎君は嬉しそうに笑うと、再びお風呂場へ入り、服を来て出てきた。
「はい。どうぞ。ウインナーが少し焦げたけど。」
テーブルにオムライスののった皿を並べる。
「わーい。美味しそ〜。いただきまーす。」
慎太郎は大きな口でパクっとオムライスを口に入れる。
「卵トロトロでうまーい。」
「あはは。そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるよ。」
私も一緒にオムライスを食べ始める。ふとテレビ台に置いてあるDVDに目が止まる。
「あれ?あのDVDは?もしかして慎太郎君表紙に写ってる?」
立ってDVDの表紙を覗き込むと、慎太郎君が2人の俳優さんと一緒に写っていた。
「あーこれ?ちょい役なんだけど、出演してるんだ…。」
少し照れたように慎太郎がDVDを手に取る。
「あんまり自信ないんだけど、あとで見る?下手すぎて美和さん笑っちゃうかも…。」
「映画に出るなんてすごいじゃん。見たい!」
食器を片付けると早速DVDを見ることにした。ソファに座っているとしんのすけ君が膝の上に乗って丸くなった。
「ちぇー。俺もしんのすけになりたい。」
慎太郎君が悔しそうにしんのすけ君を横目で見ながら、DVDを再生する。私はしんのすけ君を撫でながらDVDに見入った。慎太郎君はヒロインに片思いをする青年の役だった。慎太郎君は、主役に劣らずたくさんの出番があった。演技は他の俳優さんに劣らず迫力があった。慎太郎君は、透き通る様な瞳でヒロインの女の子を見つめ、キスをし抱きしめた。思わず胸がドキンと鳴った。この顔を自分も近くで見たことがあった。慎太郎君を横目でチラリと見ると、慎太郎君は映画と同じ透き通った瞳でじっと私を見つめていた。すっと顔が近づいてきて、慎太郎君の唇が私の唇に触れた。驚いて目を見張ると、慎太郎君は優しく微笑んで私を抱きしめた。
「美和さん。俺と付き合って。」
「え?慎太郎君?」
映画の様なワンシーンに驚き、体が強張る。
「駄目?」
慎太郎がは私の顔を覗き込む。鼓動がドキドキと早くなる。
「わ、私、頭が混乱して…。」
「じゃあ、お試しで1ヶ月だけ俺の彼女になって。それで、1ヶ月たったらちゃんと返事して。それならいいでしょ?」
慎太郎君が悪戯っぽくニヤリと笑った。
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