第14話

 週末、私と櫂は空港にいた。


「海外って私たち張り切っちゃったわね。」


 電光掲示板を見ながら呟く。


「まぁね。グアムなら近いし、海も綺麗だし。気分転換になるだろ?」


 櫂が嬉しそうに笑う。


「って、お金出すの私だけどね。でもまぁたまにはいっか。」


 久しぶりの海外旅行に私も櫂もテンションが上がっていた。一緒に旅行するなんて、両親がまだこちらに住んでいた時以来だった。週末のせいか、飛行機を利用する人は多く手続きするカウンターは混み合っていた。搭乗手続きを済ませ、飛行機に乗り込むと、櫂は離陸する前に寝てしまった。昨日は、夜遅くまで、旅行の計画を立ててくれていたようだった。私は、行き先を決めただけで、ホテルや飛行機の予約は全て櫂がやってくれた。スヤスヤと眠る櫂の横顔を見て私はクスリと笑った。櫂は、私がピンチの時は必ず助けに来てくれた。やっぱり血が繋がらなくても兄弟なのだと実感した。

 3時間半のフライトであっという間に現地に到着した。


「櫂、着いたわよ。起きなさい。」


 まだスヤスヤと眠る櫂を揺すり起こす。


「ん…。もう着いたの?」


 櫂は大きなあくびをしながら、飛行機を降りる。空港から送迎バスに乗り10分程でホテルに着いた。


「櫂ってば、いいホテル予約したね。」


 私たちが泊まるホテルは1番ビーチに近い好立地のホテルだった。


「たまたまキャンセルが出て空いてたんだ。早く荷物置いて海に行こうぜ。」


 櫂は早く海に入りたくて仕方ない様子だった。ホテルで水着に着替えると、さっそくビーチへ向かった。ホテルを出ると、透明感ある真っ青なビーチと真っ白な砂浜が目の前に広がっていた。


「綺麗。気持ち〜。」


 開放感あふれる空間に思わず笑顔になる。


「良かった。やっといつもの美和になったな。」


 そんな私を見て、櫂が嬉しそうに笑った。


「ここのところ、なんか元気なかっただろ?今日は何もかも忘れてゆっくりしようぜ。」


「そうね。」


 私たちは、食事以外はほとんどビーチで過ごした。ビーチベッドに横たわり、カクテルを飲みながら、海を眺める時間はとても贅沢だった。


「そういえば、櫂って就職先決まったの?」


 隣でカクテルを飲む櫂を見る。


「あー。言ってなかったっけ?とりあえず、第1希望のとこ決まったよ。」


 櫂は面倒くさそうに答える。


「そうだったんだ!良かったわ〜!どこ決まったの?」


「好きなブランドのデザイナーとして決まったよ。」


「えぇ?それってすごくない?コンペとかあったの?」


「まぁね。自分でデザインした服が気に入ってもらえたんだ。」


 櫂が少し照れ臭そうに言った。


「すごいじゃない。全然知らなかった。」


 櫂は服飾学科のある大学に通っていて、バイトもアパレルメーカーで働くほどファッションのことが大好きだった。そんな櫂がデザイナーとして働くことが決まり、自分のことのように嬉しかった。


「美和見て、日が沈むよ。」


 櫂が地平線を指差す。


「本当だ。」


 ビーチにはサンセットを見にきた人達でいっぱいだった。カップル達は身を寄せ合い、地平線を見つめていた。いつのまにか太陽が地平線へと消えようとしていた。地平線へと沈む瞬間、一瞬太陽が緑色の光を放った。わぁっと歓声が上がる。


「グリーンフラッシュだ。」


 櫂が呟く。


「綺麗…。初めて見た。」


 私たちは余韻に浸り、しばらくビーチを眺めていた。


「グリーンフラッシュを見た恋人同士は幸せになれるんだって。」


 櫂がビーチを眺めながら呟く。


「ロマンチックね。恋人とじゃなくて残念だったね。」


 笑いながら櫂に言う。


「俺は美和と見えてよかったけど。」


「え?」


 驚いて櫂を見ると、櫂は私をじっと見つめていた。


「なーんてね。よし。夕飯でも食べに行くか。」


 櫂がいつもの表情に戻ると、元気よく立ち上がる。


「そ、そうね。」


 私も立ち上がり砂を払い落とす。今までに見たことのない、櫂の表情に違和感を感じながら、ホテルに戻った。夕食は、ホテルの中にあるレストランで食べることにした。


「もう明日の昼には帰る準備しないとな。」


 櫂は名残惜しそうに、窓から見えるビーチを眺める。


「そうね。短い滞在期間だったけど、楽しかった。すごく気分転換になったわ。ありがとね。」


「どういたしまして。」


 櫂は照れ臭そうに笑うと、ステーキにかぶりついた。


「うめー。こんな美味しいステーキ食べれて幸せだよ。」


「うふふ。旅行計画してくれたお礼ね。いっぱい食べて。」


「うん。うめー。」


 櫂は嬉しそうにステーキを口に詰め込んだ。


「あーもう食えねー。」


 櫂は部屋に戻ってくるとベッドに倒れこんだ。


「私、シャワー先に浴びてくるね。」


 ベッドでゴロゴロとしている櫂を残し、シャワールームへ向かう。グアムの日差しは強く、日焼け止めを塗っていても日焼けをしてしまったようだった。シャワーのお湯が肌に当たるとヒリヒリとした。シャワールームから出てくると、櫂はベッドの上でお腹を出して、スヤスヤと眠っていた。


「お腹出してると風邪ひいちゃうよ。」


 服を引っ張りお腹をしまってやる。


「もぉ。グアム最後の夜に一緒にお酒でも飲もうと思ったのに。」


 眠る櫂の隣に座り、独り言を言う。急に後ろから抱き締められる。


「か、櫂?起きてたの?」


 慌てて振り向く。


「今起きた。」


 でもまだ眠そうにして、目をつぶっている。


「あんたは昔からよく寝るわね。いっつも私が布団かけて…?!」


 気がつくと、ベッド押し倒され、櫂が覆い被さっていた。


「か、櫂?」


「そろそろ兄弟ごっこやめにしないか?」


 櫂が悲しそうな目で私を見つめる。そのまま顔が近づいてきて、唇を奪われた。熱く長いキスだった。鼓動が早くなる。


「ん…。櫂?」


 驚いて目を見張る。


「俺は一度も姉だと思ったことはないから。」


「え?」


 櫂は驚く私を強く抱きしめる。


「ずっと美和のこと好きだったんだ。」


「櫂?」


「旅行中は気持ちを抑えようと思ってたんだけど、グリーンフラッシュ見ちゃったからかな。抑えられなくなった。」


 櫂が自分のおでこを私のおでこにコツンと当てる。


 A.私も好き

 B.好きじゃない

 C.からかっているのか聞く


「櫂?どうしたの?いつもみたいにからかってるの?」


 状況がうまく飲み込めない。櫂はそっと私を引き離すと私のことを見つめた。


「だまって、弟の振りをしてようと思ったんだ。それならずっと美和のそばにいられるかもしれないから。でも、もう我慢できない。他の男に泣かされてる美和を放っておくことなんかできない。俺は、ずっと美和のそばにいたから、美和のこと全部知ってるから、絶対泣かせたりしないよ。」


「櫂…。」


 櫂にまっすぐ見つめられ、いつもだったらなんでもない視線のはずなのに、視線をそらすことができなかった。


「私、そんなこと急に言われても…弟だと思ったし…」


 顔が熱くなりどんどん自分の顔が赤くなっているのを感じた。


「そうだよな。だからもう弟のふりはやめる。1人の男として、これから美和に見て欲しいんだ。」


 そういうと櫂は優しく微笑んで私を引き寄せた。


「今は何も言わないでほしい。1人の男として俺のこと見てから返事してくれないか?」


「え?えっと…。」


 驚き固まる私を見て櫂はクスリと笑う。


「まぁいいや。ゆっくり考えてみて。」


 私の頭をクシャクシャにすると櫂は立ち上がった。


「俺シャワー浴びてくるわ。」


 櫂はスタスタとシャワールームへ歩いて行ってしまった。櫂の姿が見えなくなると、体の力が抜けベッドに倒れ込んでしまった。20歳の時に櫂と出会い、それから11年間、まったく櫂の気持ちに気づいていなかった。たしかに1度もお姉ちゃんと呼んでくれたことはなかった。ここ最近、色々なことがありすぎて頭がパンクしてしまいそうだった。冷蔵庫からカクテルを取り出すと、一気に飲み干す。それが引き金になり、冷蔵庫にあるカクテルを片っ端から飲み始めた。


「美和?何やってるんだよ。飲み過ぎだって。」


 お酒が回り、テーブルに突っ伏している私を櫂は慌てて抱き起す。お水を飲ませてもらい、ベッドへお姫様抱っこで運ばれる。そこで私の記憶は途絶えてしまった。


「ん…。頭痛い。飲み過ぎた。」


 気がつくと私はベッドの中にいた。隣を見ると同じベッドで櫂がスヤスヤと眠っていた。私の肩に頭を乗せ気持ち良さそうに眠っていた。櫂に告白されたことは夢だったのだろうか。ズキズキする頭を押さえ必至に記憶を辿る。


「ん〜美和?起きたの?」


 櫂が眠そうに目を擦りながら起きあがる。


「頭痛くない?昨日すごいお酒飲んでたけど…。」


「頭痛い…。全然記憶がないわ。」


 櫂はそんな私を見てクスクス笑う。


「俺のせいだな。ごめんな。」


 櫂はそう言うと、私のおでこにキスをした。


「ちょっと。またそうやって…。謝った意味ないから!」


 やっぱり夢ではなかったようだ。


「ごめんごめん。早く朝食食べに行こうぜ。食べたら荷造りしないと。」


「そ、そうね。」


 とりあえず、私たちは朝食を食べることにした。あまり食欲はなかったが、グアム最後の食事を済ませると、慌てて荷造りをし、送迎バスに乗り込んだ。


「なんとか間に合ったな。」


 櫂が座席に座ると、フゥーっと一息つく。


「うん。それにしても頭痛いわ。」


 私は頭を抱え込む。


「夕べあんなに飲むからだろ?俺の分まで飲んじゃってさ。」


 櫂がジロリとこちらを睨む。


「そうさせたのは、あんたでしょうが。」


 櫂の頭をグリグリする。


「イタタタ。」


 櫂は目に涙を浮かべて痛がる。こうしていると、いつもの私達に戻ったみたいだった。


「あのさ、俺まだあの家にいていいのかな?」


 櫂が私の手を止め、私の顔を覗き込む。


「い、良いに決まってるでしょ!急に1人にされても困るんだから。」


 不安そうにする櫂の顔を見ると、そう言わずにはいられなかった。


「良かった。」


 櫂は嬉しそうに笑った。帰りの機内では、私たち2人は、爆睡していた。気がつくとお互いもたれあって寝ていて、それがなんだか心地が良かった。行きと同じく3時間半くらいで、日本に到着した。飛行機から降りると、日本は少し肌寒かった。


「寒いー。上着スーツケースの中だった。」


 寒そうにしてると、櫂が自分のシャツを脱いで肩に掛けてくれた。


「あ、ありがとう。櫂寒くない?」


「俺、長袖だから。でも、なんで上着持ってこないんだよ。こっちは、秋なんだから半袖じゃ寒いに決まってるだろ。」


 櫂はバカにしたように笑った。


「頭が痛すぎて、考えつかなかったのよ。」


 まだズキズキする頭を支えて項垂れる。そんな私を無視して、櫂は携帯をいじっている。


「美和、メール見た?」


 櫂が自分の携帯を私に見せる。


「何?えっ?誕生日パーティー?」


 "誕生日パーティーのお知らせ"というタイトルが目に入る。


「大の誕生日パーティーをやるらしい…。今までやらなかったのに、なんで急に?美和にも大からメール来ただろ?」


 櫂はメールを再度確認しながら首を傾げる。


「え?私にはこないわよ。だって大君とは

 …。」


 そう言いながら、携帯をカバンから取り出し確認する。


「あっ。私にもメール来てた…。」


「ほら、美和も来るだろ?みんなで、一緒に行こうぜ。」


「わ、私はやめとく。私が行っても迷惑になるだけだから…。ほら早く帰るわよ。」


 スーツケースを引っ張りながら先に歩き出す。


「美和?急にどうしたんだよ。何怒ってるんだよ。」


 櫂は慌てて私の後を追って来る。


 ****


「はい。これお土産。大したものじゃないけど…。」


 会社の更衣室で、麻友にグアムで買ってきたお菓子を渡す。


「ありがとー。美和と櫂君って本当仲良しだよね。離婚しても、やっぱり兄弟なんだね。」


 麻友は嬉しそうにお土産を受け取る。


「ま、まぁね。」


 さすがに、麻友には櫂に告白されたとは言うのは気が引けてしまった。


「そう言えば、大君の誕生日パーティーのメール来た?お金持ちのやることはやっぱり違うね。何着て行こうね?」


 麻友は楽しみと言わんばかりに目をキラキラさせる。


「私にもメール来たんだけど、私は行かないかな。」


「え?なんで?せっかく仲直りするチャンスじゃない?」


 麻友は顔をしかめる。


「そうだけど…。だって婚約破棄できてないみたいだし、この前の学校祭で大君と綾芽さん仲良く寄り添ってたの。」


「え?綾芽さんと?」


 麻友が驚いた顔をした。


「うん。」


 麻友はアゴに手をやり黙って上を見上げる。何か思い出しているようだった。


「私が茂が戻ってきた時には、美和と櫂君は帰っちゃった後だったと思うんだけど、大君と綾芽さん、私たちの前で言い争いしてたのよ。」


「え?どういうこと?」


 私が2人を見た時は、たしかに、綾芽さんは大君と腕を組んでいた。


「なんかね。大君が綾芽さんに一方的に言ってる感じだったけど、呼んでもいないのに、なんで来たんだって。美和に誤解されたって怒ってたの。」


「そうだったの…。」


 大君がそんな風に怒るなんて想像がつかなかった。


「でしょ?それでね、綾芽さんてっきり泣いちゃうかと思ったら、全然そんなことなくてね。むしろちょっと微笑んだ感じで、全く動じてないの。なんか不気味だったわ。」


 そういうと、麻友はその時のことを思い出したようで、身震いした。


「だから、大君は美和とちゃんと話したいと思ってると思うんだ。一緒に行ってみようよ、ね。」


 麻友が私を元気づけるように肩を叩いた。


「うん…。行ってみようかな。」


 大君は婚約破棄をまだ諦めていないのかもしれない。もし、婚約破棄が成立したら私はどうしたいんだろう。もう一度大君に会って、自分の気持ちを確かめたいと思った。


「よし!そうこなくっちゃ。じゃあ、仕事終わったら、パーティーに着ていく服買いに行こうか。」


 麻友がガッツポーズをして、嬉しそうに笑った。



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