第9話

「あーもうなんで、慎太郎も来るんだよ。人数が半端だろ。」


 珍しく、茂君が声を荒げている。


「俺だけ仲間外れとかおかしいだろ。美和さんが来るなら俺も来ないと。」


 慎太郎君が私の腕を取り、自分の腕に絡める。


「ちょっと。ひっつかないでよ。」


 私は慌てて慎太郎君を引き離そうとする。


「あー。大君こっち来たよ。怒ってるみたい。」


 麻友がすかさず慎太郎君に言う。大君が荷物を担いでこちらに歩いて来るのが見えた。


「うわっ。大怒ってるわ。すごい睨んでる。」


 慎太郎君が私からぱっと手を離す。


「慎太郎何やってるんだよ。」


 大君が慎太郎君を捕まえて頭をグリグリやっている。


「元はと言えば、大がキャンプのこと調べてるところを慎太郎に見られたのがいけないんだろ。」


 茂君は2人を見てため息をつく。


「僕が運転するから、助手席は麻友で…。後ろは美和さんと大と慎太郎か…。大丈夫か?」


 茂君は心配そうに私達を見つめる。食材やバーベキューのコンロなどを車に詰め込むと、私達は車に乗り込んだ。予定通り、麻友は助手席、後部座席の真ん中に私、両隣に大君と慎太郎君が座った。


「美和。両手に花ね。」


 麻友がニヤニヤ笑って振り返る。


「じゃーん。これ持って来たんだ。携帯と連動して使えるんだよ。」


 麻友がカラオケマイクをカバンから出した。


「おぉ。いいねー。俺歌いまーす。」


 慎太郎君が麻友からマイクを受け取る。慎太郎君の携帯からリズミカルな音楽が流れ始め、慎太郎君はラップを歌い出した。


「うまーい。歌手にもなれるかもよ。」


 麻友が慎太郎君を褒める。


「いやいや。それほどでもないよ。ここにもっと歌のうまいやつがいるから。」


 慎太郎君が大君を指差す。


「え?大君が?」


 私は驚いて大君を見る。大君は恥ずかしそうにそっぽを向く。


「あー。まだ美和さんに言ってないんだな。」


 慎太郎君はニヤニヤ笑う。


「え?何が?」


 私はキョトンとする。どうやら知らないのは私だけで、麻友も知っている様子だった。


「そんなこと、なかなか自分から言えないだろ。」


「え?なになに?私だけ知らないみたいだけど。」


 慌ててみんなの顔を見渡す。


「えーっと…俺達、バンドやってて、俺ボーカルなんだ。」


 大君は恥ずかしそうに私に言った。


「え?バンド?大君達が?」


 大君がボーカルなんてイメージがかけ離れていて驚いてしまう。


「じゃあ、慎太郎君と茂君は何やってるの?」


 興味津々に2人に聞く。


「俺はたまにラップも歌うけど、メインはギターだよ。茂はドラム。あと、大学違うけど、もう1人いて、そいつはエレキだよ。」


 慎太郎君は得意げに話す。


「そうなんだぁ。全然知らなかった。」


 聞いたことない曲が慎太郎君の携帯から流れ出す。


「美和さんだけ知らなかったお詫びに少しだけ歌ってあげれば?」


 慎太郎君がニヤニヤ笑う。


「聴きたい!」


 私と麻友が同時に叫ぶ。


「弱ったなぁ…」


 大君は困った顔をして頭をかくと、慎太郎君からマイクを受け取る。


「?!」


 大君は、穏やかで、優しい見た目からは想像できない力強い声で歌い出した。私と麻友はしばらく大君の歌声に酔いしれた。


 パチパチパチパチ


 大君が歌い終わると私達は拍手した。


「大君すごい。うまいね。感動した。」


「てっきりバラード調だと思ったら、結構激しい感じなんだね。」


 私達は口々に感想を言う。


「バラードもあるんだけど、それはまた今度で…。」


 大君は照れ臭そうに笑った。


「ちぇー。なんか大だけ良いとこ見せた感じじゃん。俺の自作の曲にすれば良かった。」


 慎太郎君が頬を膨らませる。


「今度、大学祭で歌うことになってるから、来てもらえばいいじゃないか。」


 茂君が慎太郎君の様子を見かねて言う。


「そうだね。ぜひ来てね。」


 慎太郎君は子犬のような大きな瞳をうるうるさせて、私をじっと見る。


「わ、わかった。大君が良ければ、麻友と見に行くね。」


 大君をチラリと見上げる。


「大丈夫だよ。麻友さんと遊びに来て。」


 大君は優しく微笑んだ。


「じゃあ、行こうかな。」


「やったー。がんばるぞー。」


 慎太郎君は満面の笑みで笑った。


「一回休憩しようか。」


 茂君はサービスエリアに入り、車を停めた。


「あー疲れた。」


 茂君が車から降りて伸びをする。


「次、俺運転するわ。」


 大君が茂君に声をかける。


「助かるわ。俺飲み物買ってくる。」


 茂君は麻友とサービスエリアに入っていった。


「私トイレに行ってくるね。」


 私達は思い思いに休憩をとった。車に戻って来ると大君が運転席に座っていた。他のみんなはまだ戻って来てないようだった。どこに座ろうかと迷っていると大君が車から降りて来た。


「俺、運転するから、良かったら隣に座って。」


「うん。」


 大君は助手席を開けてくれた。助手席に座ると大君はいつものように、優しくドアを閉めてくれた。


「あー!美和さん前に座っちゃってる。」


 慎太郎君が戻ってきて、しぶしぶ後部座席に座る。続いて、麻友と茂君も戻ってきて、慎太郎君の隣に座った。心配していた渋滞はなく、車はスイスイと目的地へ向かって走って行く。


「あれ?みんな寝ちゃったみたい。」


 車内が静かだと思い後ろを見ると、真ん中に座る茂君に、麻友と慎太郎君は寄りかかりスヤスヤ眠っていた。


「うふふ。はしゃぎすぎたんだね。」


 みんなを見て笑っていると、大君がハンドルを握っていない方の手で、私の手を握った。


「大君?みんながいるのに。」


 驚いて大君を見上げると、大君は優しく微笑んだ。


「少しだけ。」


 そう言うと、握りしめる手に力を入れギュッと握った。大君と会うのは3週間ぶりくらいだった。連絡は取っていたものの、大君が青白い顔して帰った日以来、会っていなかった。大君はあの日のことは何も言ってこなかった。いつもと違う様子で、その原因はきっと"綾芽さん"であることは、なんとなく気がついていたが、彼女が大君にとってどんな存在なのか、怖くて自分から聞くことがどうしてもできなかった。


「美和さん」


 大君の声でハッと我にかえる。


「うん。」


 慌てて大君の顔を見上げると、大君は心配そうにこちらを見ていた。


「こないだはごめん。もう大丈夫だから心配しないで。」


 私の様子でこないだの事を考えていたことがわかったのだろうか。


「うん…。大君…綾芽さんって…」


「あーっ!手繋いでる!大、離せよ。」


 慎太郎君が起きたようで、慌てて私達の手を放しにかかる。


「ん?何?」


 麻友達も慎太郎君の声で目を覚ます。結局みんなが起きてしまい、綾芽さんのことは聞けなかった。そうこうしているうちに目的地に到着した。


「いいとこだねー。山奥だから結構涼しいし。」


 慎太郎君が車を降りで大きく伸びをする。


「本当。気持ちがいいね。」


 車を降りると、目の前には、コテージが並んでいた。広めのデッキが付いていて、テラスでバーベキューできるようになっていた。


「ここが今夜泊まるコテージだね。」


「2階建てなんだー。結構広いね。素敵。」


 麻友とコテージの中を覗く。私達は車から荷物を運び込んだ。


「さっそくご飯の準備しようか。」


 茂君が荷物から食材を取り出す。


「すいか買ってきたけど、大きすぎて冷蔵庫に入らないね。」


 麻友が冷蔵庫に無理やりすいかをいれようとする。


「それはちょっと無理かも。食べる前に切りたいし、川に冷やしてみる?コテージの裏に川あったから、私置いてくるわ。」


 すいかを持ってコテージを出ようとすると、大君が後ろからすいかをひょいっと持ち上げる。


「重いし、俺が持つよ。川は、1人だと心配だから着いてくよ。」


「すぐそこだから大丈夫だよ。大君は心配性だなぁ。」


 クスクス笑いながら大君に言う。


「俺が持ってく!大、抜け駆けする気だな。」


 慎太郎君が大君が持っているすいかを取り上げる。


「いや。俺が行くから。慎太郎とだともっと心配。」


 大君も負けずとすいかを取り返す。


「大のが心配だから!」


 慎太郎君がすいかを取り戻そうとする。今にもすいかは床に落ちて割れてしまいそうだった。


「ちょっと!2人とも!私1人で大丈夫だから。火でも起こしといて。」


 私は2人からすいかを取り上げる。2人は私に怒られ、子供みたいにしょんぼりとしていた。


「あはは。美和に怒られてやんの。私が着いてくから大丈夫よ。」


 麻友が笑いながら私とコテージを出る。


「美和モテモテじゃん。」


 麻友がニヤニヤしながらすいかをネットにいれる。


「そ、そんなことないから。2人ともどうかしてるわ。」


 すいかを川に入れ、流されないように石でせきとめる。


「で、大君か慎太郎君どっちにするの?」


 麻友が私の顔を覗き込む。


「どっちって、そんな…。」


 ゲームみたいに、どちらにするなんてそんな贅沢なこと考えたこともなかった。麻友の言葉に思わず口ごもる。


「冗談。冗談。そんなに、焦って決めなくてもいいんじゃない?2人とも美和の取り合いばっかしてるけど。」


 麻友は笑いながら立ち上がる。


「うん。そんな選ぶとかじゃないけどね。」


 私達がコテージに戻ると、ちゃんと火が起こされ、お肉を焼き始めていた。


「ちゃんとやってますよー。」


 慎太郎君が焼けたお肉を皿に入れて渡してくれる。持ってきたお酒で乾杯をし、私達は焼きながら、食べ始めた。久しぶりにやるバーベキューは楽しくて、しかも美味しかった。学生ぶりのキャンプに私も麻友もテンションが上がっていった。ふと隣のコテージを見ると、大学生のグループが同じようにバーベキューをしていた。みんな同じような年齢同士で楽しそうにしていた。私達は周りから見たら、違和感があるだろうか。


「美和さん?」


 大君が心配そうこちらを見ていた。


「ううん。何でもない。お肉美味しいね。」


 悟られないように慌ててごまかす。


「うん。美味しいね。」


 大君が優しく微笑んだ。


「はいはい。そこ見つめ合わない!」


 慎太郎が私と大君の間に割り込み、茂君と麻友が笑いながらこちらを見ていた。

 バーベキューの後は、みんなで川に行くことになった。川の水は冷たくて気持ちが良かった。水は透き通っていて、小さな魚が泳いでいるのが見えた。慎太郎君が魚を捕まえようと川を走り回る。


「慎太郎滑るから気をつけろよ。」


 茂君が心配そうに声をかけた瞬間、慎太郎君は滑って転びそうになる。近くにいた私は慎太郎君の腕を転ばないように、つかもうとして、一緒に転んでしまった。


 バシャーン


「きゃっ。」


 2人で派手に転んで川の中で尻もちをついてしまった。


「イタタタ。」


「美和。大丈夫?」


 麻友が慌てて駆け寄る。


「服が透けてるから。着替えといで。」


 麻友が小声で教えてくれる。


「あっ。」


 慌ててタオルで胸元を隠していると、ふわっと服が被せられる。


「大君?」


「大丈夫?」


 大君が自分の服を脱ぎ、かけてくれた。そして、そのままお姫様抱っこをされ、川から持ち上げられた。


「ったく。慎太郎はしゃぎすぎだ。」


 大君は慎太郎君を睨むと、私を抱きかかえたままコテージへ歩きだした。


「大君。私歩けるから。」


 慌てて降りようとする。


「お尻ぶつけたんでしょ?いいから。このままでいて。」


 大君はしっかりと私を抱きかかえ降ろしてくれない。仕方なく大君の首に手を回す。上半身裸の大君と密着し、恥ずかしくて、どこに目をやればいいのか分からなかった。コテージに着くと大君がそっと私を降ろした。


「シャワー浴びてきたら?」


 大君が優しく微笑む。


「う、うん。ありがとう。」


 私は大君のシャツを羽織ったままシャワールームへ駆け込んだ。セクシーな大君の裸にむ胸の鼓動が鳴り止まなかった。大君のシャツを脱ぐと、大君の爽やかな香水の香りがして、さらに胸の鼓動が早くなった。シャワーを浴びて部屋にもどると、大君の隣に慎太郎君も座っていた。タオルで体を拭いていた。


「美和さん、ごめんね。巻き添えにしちゃったね。」


 慎太郎君が苦笑いする。


「だ、大丈夫だよ。それより…2人とも早く上の服着てもらえる?目のやり場が…」


 イケメン2人の裸体を目にし、眩しすぎて思わず下を向く。


「あぁ。ごめん。ごめん。」


 2人はクスクス笑いながら、服を着た。茂君と麻友も戻ってきて、私達は夕食の準備を始めた。カレーに入れる野菜を切っていると、慎太郎君がキッチンに入ってきた。


「美和さん手際良いね。」


 慎太郎君は手元を覗き込む。


「家でいつも作ってるから。」


「そっかぁ。今日は美和さんの手料理が食べれて幸せだなぁ。」


 慎太郎君はニコニコと嬉しそうに笑う。


「そんな手料理だなんて、大げさな…。って慎太郎君?」


 後ろから突然慎太郎君に抱きしめられる。


「さっきはごめんね。体痛いとこない?」


「大丈夫だから。包丁持ってるし、危ないよ?」


 慌てて包丁をまな板に置き、慎太郎君の腕から逃れようとする。


「さっきは、大にお姫様抱っこされてたじゃん。俺のことは嫌がるの?」


 慎太郎君が腕に力をいれる。


「そういうわけじゃないけど…みんないるし…。」


 体が熱くなり、鼓動が早くなる。


「みんな、外にいるよ。」


 慎太郎君は私の向きを変え、自分のほうに顔を向かせる。慎太郎君の顔が近づいてくる。キ、キスされる…。




































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