第8話
次の日、大君は10時すぎに家の近くまで迎えに来てくれた。
「美和さん。おはよう。」
大君が車から降りて、助手席を開けてくれる。
「大君…おはよう。」
昨日会社で見かけたばかりなのに、大君を見ると胸がドキドキと鳴り始める。
「今日は時間があるから、水族館に行こうと思うんだけど、どうかな?」
大君が優しく微笑んで私を見つめる。
「う、うん。大丈夫。」
大君に見つめられ、恥ずかしくて下を向いていると、大君に手を引かれ車の前に連れて行かれる。
「良かった。じゃあ乗って。」
大君が助手席を開けてくれ、静かにドアを閉めた。大君はゆっくりと車を発車させた。すぐにでも、大君と昨日の話の続きをしたかったが、自分から切り出すことができず、私は俯き、自分の手を見つめていた。
「美和さん…」
大君が運転しながら片手私の手を握る。
「うん。」
ドキドキしながら、大君の手を握り返す。
「昨日は、驚かせてごめんね。こんな形で伝えることになるなら、本当に花火大会の日に話せば良かったよ。」
大君の顔を見上げると、大君は困ったように笑う。
「すごくびっくりした…。」
大君はそっと私の頭を撫でる。
「そうだよね。ごめんね。」
大君に頭を撫でられ、思わず顔が熱くなる。
「あのね…。昨日、他にも慎太郎君から大君のこと聞いたんだ。」
「えっ?何?慎太郎のやつ余計なこと言ったんじゃないだろうな。」
大君が慌てて言う。
「大君がね、イケメンコンテストで1位だって聞いたよ。」
「うわー。まいったなー。慎太郎そんなことまで言ってたのか。」
大君は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「でも、周りが決めたことで、俺には関係ないことだから。」
大君は慌てて弁解する。
「うん。慎太郎君もそう言ってた。」
「慎太郎もねか…」
「うん?それに、大君が女嫌いで寄せ付けないってことも聞いたよ。私そんなこと全然知らなかった。」
「美和さんいつのまに慎太郎と仲良くなったの?」
「え?そんな仲良くないよ。昨日、忘れ物受け取に行ってたまたま会っただけだし。あっ。慎太郎君ってモデルさんなんだね。私、ファッション雑誌とか読まないからびっくりしたよ。」
「…。」
「大君?」
大君から返事がない。大君を見ると少しムッとした顔をしていた。
「忘れ物なら、俺が代わりに受け取りに行ったのに。」
大君は独り言のようにボソッと呟く。
「え?大君?」
大君はそっぽを向いてこちらを見てくれない。
「あっ。もしかして…ヤキモチ妬いてる?」
「あーもう。」
大君は頭をクシャクシャとしながら顔を赤らめる。
「慎太郎に嫉妬してるよ。こんな気持ち始めてだよ。」
「大君…。」
大君は車を停める。話しているうちに水族館に到着したようだった。大君は私の方を向き、私の頬にそっと触れる。
「美和さんは俺にとって特別なんだ。初めて会った時にそう思った。人に頼らず自分を守る術を持ってて、自分の考えをしっかり持ってる。俺の周りには、頼って何もしない女性ばかりで、そんな人はいなかったよ。」
胸が大きくドクドクと音を立て、大君に聞こえてしまいそうだった。大君の見つめられ、恥ずかしくて思わず顔を伏せる。さっきまでは、大君が顔を赤くしていたのに、たちまち立場が逆転してしまう。大君はクスリと笑うと、私の頭をやさしく撫でた。
「水族館着いたよ。行こうか。」
「うん。」
私たちは車を降りると水族館に向かって歩き始めた。チケットを買い、園内に入ると、ちょうどペンギンのお散歩タイムの時間だった。
「わぁ。ペンギンがいっぱい歩いてるよ。可愛い。」
思わずペンギンの近くに駆け寄る。
「美和さんそんなにペンギンに近づいたら突っつかれちゃうよ。」
大君は慌てて私の手を握って引き寄せる。大君の爽やかな香水の香りがして、胸がドキンとなる。
「だ、大丈夫よ。私、動物の中でペンギンが1番好きなんだ。」
「じゃあ、ペンギンのお散歩に間に合って良かった。」
大君は嬉しそう笑い、私の手を握ったままお散歩しているペンギンの後を追う。
「大君は水族館で何が1番好き?」
「うーん。久しぶりだからあんまり思いつかないけど、イルカが好きかなぁ。」
「そうなんだ。じゃあ、次はイルカショー見に行こ。」
「そうだね。イルカショー見たいな。」
入り口で貰ったパンフレットを見ると、イルカショーはもうすぐ始まる時間だった。2人で慌ててショーのある会場へ向かった。空いているイスに腰掛けると、タイミングよくショーが始まった。イルカが次々とジャンプを決め、水しぶきが席の近くまで飛んでくる。近くで見るイルカショーが迫力満点で素晴らしかった。ショーが終わり、席を立とうとした時、大君の髪に水滴が付いていることに気がつく。
「大君、髪に水滴がついてる。」
持っていたハンカチでサッと水滴を拭き取る。
「あっ。肩にも水滴が。」
サッサッと水滴を拭き取っていると、大君の視線を感じ手を止める。大君が優しい眼差しでこちらを見ていた。
「美和さん。ありがとう。」
「あっ。うん…。」
慌てて手を引っ込めようとすると、大君はハンカチを手から抜き取り、そのまま私の手を握って歩き始める。
「次は中の魚見に行こうか。」
「うん。」
大君と出会ってから、何回も手を繋いでるいるが、繋ぐ度に胸がドキドキしてしまう。
館内に入ると、中は薄暗く、水槽の光が足元を照らしていた。
「綺麗…。」
色とりどりの魚が水槽を泳ぎ周りとても綺麗だった。私たちはしばらく黙ったまま、館内を周った。
「良かったら、お写真いかがですか?すぐに現像してお渡しできますよ。」
水族館のスタッフさんに声を掛けられた。どうやら、ペンギンのオブジェと記念撮影をしてくれるようだった。
「せっかくだから撮ってもらおう。」
大君が私の手を引き、ペンギンの前に立つ。
「お二人とももっと近づいてくださーい。」
スタッフさんがカメラ越しに笑顔で声をかける。大君は私の腰に手を回し引き寄せる。 大君の爽やかな香水の香りがし、胸がドキドキと鳴る。
「撮りまーす。ハイチーズ。」
ものの数分で写真が出来上がった。大君は2枚購入すると、1枚私に渡してくれた。
「ありがとう。」
写真の中の私は、大君に引き寄せられ、少し赤い顔をしていた。
「嬉しい。ありがとう。」
「俺も。部屋に飾るね。」
大君が優しく微笑んだ。館内の奥へ来ると、上でイルカショーやっている大型水槽の前に来た。自然光が入り、水槽はキラキラと光っていた。ショーをやっている時間のせいか、水槽前には私たち以外誰もいなかった。
大君は私の手を優しく引き寄せ、抱きしめる。
「大君?」
大君は私の肩に顔を埋める。
「美和さん。」
「うん。」
しばらく2人で抱き合う。
「俺…美和さんのことすごく大切に想ってるし、これからも大切にしたいと思ってるんだ。」
「う、うん。」
胸が高まりドグドクと音を立てる。
「美和さんは俺のことどう思ってる?」
大君は不安そうな顔で私の顔を覗き込む。
「私は…」
A.私も大切に思っている
B.恋愛対象に思えない
C.黙っている
「私は…。」
急に自分の気持ちを聞かれて、何て答えれば良いのか分からなかった。しばらく俯いていると、大君は、私をさらに引き寄せ、強く抱きしめた。
「大君?」
「ごめん。無理に答えなくて良いから。ゆっくり考えてみて。」
「う、うん。」
しばらく抱き合っていると、大君は私を離し、真剣な表情で私を見つめた。
「俺、これから、どうしてもやらないといけないことがあるんだ。」
「え?やらなきゃいけないこと?」
「そう。父の会社に関係することなんだ…でも何があっても、美和さんに対する気持ちは変わらないから、それだけは覚えていてほしい。」
「え?どういう意味?」
大君の顔を見上げると、これまでにないほどの真剣な表情だった。これ以上は聞いてはいけない気がしてしまった。
「分かった。」
「ありがとう。」
そう言うと大君は私のおでこにキスをした。
「だ、大君?」
驚いて大君の顔を見上げると、大君は優しく微笑んだ。
「美和さんにきちんと返事もらえるまで、キスはお預けにするよ。」
大君はそう言うと私を抱きしめていた腕を解き、手を握る。
「下のお土産屋寄ってから、どこかに食事に行こうか。」
いつのまにか時間は過ぎ、あっという間に夕方になっていた。
「うん。そうだね。お腹空いた。」
2人でお土産屋を周っていると、ふわふわペンギンのぬいぐるみに目が止まった。
「ふわふわで可愛い。」
指先でチョンチョンとペンギンの頭を触る。
「じゃあ、今日の記念に。」
大君はそういうとぬいぐるみを持ってレジに行ってしまった。
「え?そんないいのに。」
慌てて大君を止めようとする。
「いいから。いいから。今日の水族館デートぬいぐるみ見て思い出してほしいから。」
「ありがとう…。」
ぬいぐるみがなくても、今日のことはきっと忘れたりはしない。でも、大君との思い出の品がまた一つ増えて嬉しかった。
「はい。どうぞ。」
大君がぬいぐるみの入った袋を渡してくれる。
「ありがとう。大事にするね。」
袋を抱きしめると、大君は嬉しそうに笑った。私たちは、お土産屋を後にし、駐車場へ向かった。車に乗り込むと、大君は静かに車を発車させた。
「今日はどこに行こうか?何系が食べたいとかある?」
「うーん。今日は和食が良いかな。」
「和食ね。お気に入りの和食の店があるからそこに行こう。」
大君は優しく微笑む。
「大君、美味しいお店たくさん知ってるね。」
「まぁね…知り合いがやってる店も多いし、仕事関係で使ったりするから。」
「仕事関係かぁ。まだ大学生だけど、すっかり社会人だね。」
若いのに学業と仕事を両立していて感心してしまう。
「父は、一代で会社をここまで大きくして、尊敬してるんだ。だから、父の力になりたいと思ってるんだ…」
大君は照れ臭そうに笑った。大君はしばらく車を走らせると、古民家の前に車を止めた。古くからある建物のようで、風情のある佇まいだった。
「わぁ。素敵なところ。」
思わずお店に見惚れていると、大君がクスリの笑う。
「そうやって、美和さんが素直に喜んでくれる姿が素敵だよ。」
「え?」
今までそんなことを男性に言われたことがなかった。
「行こっか。」
大君がフワリと微笑むと私の手を引いて店に入っていった。
店内はリノベーションしてあり、和モダンな落ち着いた雰囲気だった。席に座ると、大君がメニューを渡してくれる。
「ここは、自家製の無農薬野菜を使ってて、サラダが美味しいよ。あと、魚の定食が人気みたいだよ。」
「そうなんだぁ。ヘルシーで美味しそうだね。じゃあ、彩り野菜のサラダと、魚の定食にしてみようかな。」
「うん。俺も同じのにしようかな。」
大君はお店の人に声をかけ、注文してくれる。お店の人と話す横顔は、初めてあった時と変わらず、まるでゲームから飛び出してきたようなキャラクターそのものだった。いつ見ても整った綺麗な顔立ちをしている。
「美和さん?」
注文を終えた大君が不思議そうな顔をして私を見る。
「ううん。ごめん。ぼーっとしてた。今日は楽しかったなって思い返してたの。」
大君を見つめてたとは言えず、慌ててごまかす。
「楽しかったね。今度はどこ行こうか。そういえば、茂がみんなで、泊まりでキャンプしようって言ってた。どうかな?ちょっとハードすぎる?」
大君が少し心配そうに聞く。
「全然ハードじゃないよ。大丈夫。行きたい。」
「じゃあ、決まりだね。茂に言っとくよ。」
「うん。楽しみだなぁ。」
2人でキャンプの行先を携帯で探していると、食事が運ばれてきた。色とりどりの野菜のサラダと、ぶりの照り焼きの定食はとても美味しそうだった。
「美味しい。櫂が、弟が和食が好きでよく作るんだけど、味付けが参考になる。」
「弟さんいいなぁ。俺も美和さんの手料理も食べてみたいな。」
大君が羨ましそうに言う。
「そんな大したもの作れないけどね。って、弟じゃなかった…。」
「ん?弟じゃなかったってどういうこと?」
大君が不思議そうにする。
「うちね、恥ずかしいんだけど、親が最近離婚して、櫂は弟じゃなくなっちゃったんだ。言ってなかったけど、もともと櫂は連れ子だから、血が繋がってないんだけどね。」
「そうだったんだ。じゃあ、櫂君とは別々に住むの?」
「急なことだったし、しばらくは一緒に住むつもり。離婚しても私にとっては弟なのは変わりないから。それで、ウザがられるんだけどね。」
「そっか…。俺にできることあったら言ってね。」
「うん。ありがとう。サラダも魚も美味しいね。」
「そうだね。美味しいね。」
私達は食事を終え、店を出ることにした。レジに向かおうと席を立つと、後ろから急に声を掛けられる。
「大さん?」
振り向くと、とても綺麗な女の人が微笑んで手を振っていた。
「綾芽さん?」
大君はかなり驚いた表情で立ち尽くしていた。
「ここに来たらお会いするかもと思って来たら、本当にお会いできたわ。お父様に急にあんな話するものだから…。」
「綾芽さん。少し待って…」
彩芽さんと呼ばれる人の話を遮ると、大君は車の鍵を私に差し出す。
「美和さん、ごめん。先に車に行ってて。」
「え?わかった。」
私は2人の邪魔にならない様、慌てて店を出た。仕事関係の人だろうか。この店に来たら会えると思ってって、大君とこの店に来たことがあるのだろうか。大君を車で待っている間、突然現れた女の人のことが頭から離れなかった。しばらく待っていると大君が戻ってきた。
「待たせてごめんね。」
大君を見ると真っ青な顔をしていた。
「大君?どうしたの?」
慌てて大君の顔を覗き込む。
「何でもないから。家まで送っていくね。」
そう言うと、大君は車を発車させる。運転している間、大君は一言も話さなかった。さっきの女の人のことが気になり、聞きたかったが、そんな大君を見るとなかなか話せなかった。
A.聞く
B.聞かない
C.違う話をする
「大君、さっきの人はお仕事関係の人?」
恐る恐る聞いてみる。
「え?あっうん。父の仕事に関係ある人なんだ。」
大君はそれ以上は話すことなく運転に集中していた。心なしか、いつもよりスピードを出している様だった。
「そうなんだ…。」
何か違和感を感じながらも、これ以上聞くことができなかった。車はあっという間に家の近くまで来てしまった。
「今日は、ありがとう。すごく楽しかった。」
「俺も。楽しかったよ。それじゃあ、おやすみ。」
大君は優しく微笑んでくれたが、無理をして笑っているように思えた。大君は窓を閉め、車を発車させた。
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