第7話

「美和さーんこっちだよー。」


 慎太郎君は周りを気にせず私に手を振る。


「え?私そっちに行っていいの?」


 撮影しているのに、そちらに行くのはありなのだろうか。躊躇していると、慎太郎君が駆け寄ってくる。


「そんなとこに立って、どうしたの?こっち。こっち。」


「え?私も行っていいの?」


「もうすぐ終わるから大丈夫だよ。」


 慎太郎君は私の手を引っ張って店の奥へ入って行く。


「ここに座って待ってて。」


 慎太郎君は私を店の隅に座らせると撮影に戻った。慎太郎君はイスに寄りかかり、次々と表情を変えてみせる。


「いいよー。次は窓辺で撮ってみようか。」


 カメラマンから指示が出る。


 慎太郎君は窓辺に寄りかかると、外を見る仕草をしたり、無造作に寄りかかったり、次々とポーズをきめる。

 一つ一つの仕草や表情がとても美しく、まるで恋愛シュミレーションゲームから飛び出してきたキャラクターのようだった。


「いいよー。じゃあ最後に壁に寄りかかって、恋人を思うような表情して。」


「?!」


 慎太郎君は壁に寄りかかると、私のことを真っ直ぐに見つめ優しく微笑んだ。一瞬、時間が止まったようだった。とろけるような笑顔に胸がドキンと大きく鳴った。


「オッケーです。お疲れ様でした。」


 カメラマンの声にハッと我にかえる。慎太郎君は周りのスタッフに声を掛けた後、私のところへ歩いてきた。


「美和さんこっちに来て。」


「え?」


 慎太郎君は私の手を引いて、撮影していた場所に戻るとイスに座り、自分の隣に私を座らせた。


「え?」


 状況が全く飲み込めない。


「峰さーん。写真撮ってー。」


 先程、慎太郎君を撮影していたカメラマンがこちらに近づいてきた。


「なになにー?慎ちゃんの彼女?」


 峰さんはそういいながらシャッターをきる。


「そうだよー。」


 慎太郎君が笑いながら答える。その間もシャッター音は止まらない。


「え?何撮ってるの?って彼女じゃないし…。」


 驚いていると、慎太郎君は私に肩を回してポーズをきめる。


「いいから。いいから。美和さんいつもみたいに笑って。」


「2人ともいいよ〜。」


 カメラマンはシャッターを切り続ける。私は慎太郎君に言われるがままポーズを取り写真を撮られる。もはや自分の身に何が起こっているのか分からなかった。


「峰さーん。たくさん撮ってくれてありがとー。今度、データーちょうだいね。」


 慎太郎君がカメラマンの元へ駆け寄る。


「結構いいの撮れたよ。さすが慎ちゃんの彼女だね。今度データー渡すわ。」


「でしょー。よろしくね。」


 どうやら撮影は終わったようだった。カメラマンや、撮影スタッフ達は機材を片付けると店を出て行った。それと同時に店の外にいた見物人達も徐々に離れていった。


「驚かせちゃってごめんね。待ってる間にここのカフェで、撮影してたんだ。美和さんが来る前に終わると思ったんだけど、長引いちゃって。」


 慎太郎君が屈託のない笑顔でニコリと笑う。


「し、慎太郎君はモデルさんなの?」


 さっきからずっと気になっていたことをやっと聴くことができた。


「あれ?言ってなかったっけ?もともと働いてる美容院でイメージモデルやってたんだけど、それを見たモデル事務所からも声がかかってモデルの仕事もしてるんだ。」


「へぇー。そうなの…っていうかモデルさんの顔に裏拳しちゃって、大変!跡残ってない?大丈夫?」


 今更だが、慎太郎君の顔に近づいて頬を確認する。赤みは全く気にならなかった。


「あー良かった。ひどくなってなくて。モデルさんって知ってたらあんなことしなかったのに。」


 ブツブツ一人で呟いていると慎太郎君がさらに顔を近づけてくる。


「美和さんそんなに近づいてきて、積極的だなー。キスしちゃうよ。」


 慎太郎君はニヤニヤ笑い、口を突き出してくる。


「もぉ。違うから。ほっぺ見てただけ!大丈夫そうでよかった。」


 ホッとする私を見て慎太郎君は楽しそうにクスクス笑う。


「はい。どうぞ。」


 慎太郎君が紙袋を差し出す。袋の中を覗くと、髪飾りが入っていた。


「あ、ありがとう。もう見つからないと思ってたから良かった。これ気に入ってるんだ。あれ?他にも何か入ってる。」


 髪飾りの他に、ピンクのボトルが入っていた。


「こないだびっくりさせちゃったお詫び。新作のトリートメントだよ。いい匂いだから髪乾かす時に使ってみてね。」


「可愛いボトル。ありがとう。」


 嬉しそうにボトルを眺めていると、慎太郎君はメニューを差し出す。


「ここの食事美味しいらしいから、一緒に夕食食べない?」


「私、髪飾り取りに来ただけだから。」


 カバンを持って席を立とうとすると、慎太郎君に肩に手を置かれる。


「まぁまぁ、固いこと言わないで。すみませーん。」


 慎太郎君は店員を呼んでしまう。私はしぶしぶ席に座る。


「ところで、さっき私と撮ってた写真って何?」


「あれね。せっかくプロのカメラマンが来てるから、美和さんと記念撮影しようと思って。写真どんなか楽しみだなー。」


 慎太郎君は悪戯っぽく笑いながら私を見る。


「プロのモデルさんと撮った写真なんて、月とスッポンよ。変な顔ばっかだと思うから気が重いわ。」


 考えるだけで頭が痛くなりそうだ。


「美和さん綺麗だよ。いっそのことモデルになればいいのに。」


 慎太郎君はあっけらかんと言った。


「え?慎太郎君何言ってるの?冗談きつすぎ。」


「冗談じゃないよ。まぁ写真できたら分かるよ。見せてあげるから楽しみにしてしてて。」


 慎太郎は悪戯っぽく笑う。


「おまたせしました。」


 食事が運ばれて来た。卵とチーズ、野菜が入ったガレットとサラダ、スープのワンプレートはとても美味しそうだった。


「美味しそー。」


「パフェも美味しいらしいから、後で食べようね。」


 慎太郎君は嬉しそうに言った。


「慎太郎君ってモデルやってるなんてすごいね。大学でもモテるでしょ。」


 改めて慎太郎君をまじまじと見つめる。


「あはは。まぁね。自分でいうのもアレだけど、人気はあるかもね。でも、大や茂だって大学で人気あるよ。」


「え?」


 やっぱりそうなんだ。慎太郎君の言葉にドキリとする。


「俺たちの通ってる大学でイケメンコンテストがあるんだけど、1位は同票で俺と大なんだよ。そんで3位は茂。知らなかった?」


 慎太郎君はさらりと言ったが、私はかなりの衝撃を受ける事実だった。


「え?そうなの?誰もそんなこと言ってなかったから知らなかった…。」


 初めて知る事実に驚きが隠せない。


「そんな大したことじゃないから、みんな言わなかったんだね。」


「大したことじゃないって…私にとったらものすごく大したことなんだけど!」


 慎太郎君は考える仕草をして上を向く。


「うーん。茂は麻友さんがいるから、周りが騒いでることはどうでも良いんじゃない?」


「まぁそうかもしれないけど…。」


 慎太郎君の言葉に少し納得する。たしかに、2人はラブラブで周りのことは気にしてないようだった。


「それに、俺と大には美和さんがいるしね!」


 慎太郎は弾けるような笑顔で言った。


「えぇ?また困らすようなこと言って…。」


 慎太郎君はいつもあっけらかんと凄いことを言って私を面食らわす。


「そう?あっパフェきたよ。」


 食後に頼んだパフェが運ばれて来た。美味しそうなモモのパフェとチョコのパフェだ。


「美和さんが桃のパフェで、俺がチョコのパフェね。いただきまーす。」


 慎太郎君は嬉しそうにパフェを食べ始めた。


「美味しそー。私も食べよう。」


 可愛くて美味しそうなパフェにテンションが上がる。


「わぁ。美味しい。」


 ジューシーな桃がふんだんに使われた贅沢なパフェで、驚くほど美味しかった。


「でしょ。美容院のお客さんが、美味しいって言ってたからさー。俺のチョコのパフェも食べてみて。すごく美味しいよ。」


 慎太郎君が自分のスプーンですくって私の口元に近づける。


「じ、自分で取るから大丈夫?」


 年下の男の子に食べさせてもらうなんて、恥ずかしすぎる。


「いいから。いいから。ほら溶けちゃう。」


 慎太郎君がスプーンをさらに口元に近づけてくる。


 A.食べさせてもらう

 B.自分で取る

 C.食べない


「えー。もう。」


 慎太郎君のスプーンから今にも落ちそうなパフェをパクリと食べる。


「美味しいでしょ?」


 慎太郎君が満足そうに笑う。


「わぁ。こっちも美味しいね。けど…」


「けどってどうかした?」


 慎太郎君はパフェを口いっぱいに頬張りながら首をかしげる。


「慎太郎君さ、私とこんなことしてて恥ずかしくないの?」


「え?どういうこと?」


 慎太郎君は、意味が分からない様子でキョトンとする。


「だから、こんなに歳の離れた私とパフェ食べてること。」


「え?」


 慎太郎君はすごく驚いた様子だった。


「美和さん本気でそんなこと言ってる?」


「うん…だって、周りから見たら、見た目的におかしいでしょ。」


 慎太郎君から可愛らしい雰囲気が消え、急に真面目な表情になる。


「俺は年齢とか気にしないから。」


 慎太郎君が冗談ではなく、本気で言ってくれているのが分かった。


「う、うん。でも慎太郎君はモデルさんだし、やっぱり私なんかといたらおかしいよ。」


 納得してない私を見て慎太郎君は頬を膨らませる。


「もぉ。こんなことなら、美和さんにモデルやってるって言わなきゃ良かったよ。周りが騒いでるだけで、大したことじゃないから。」


「うん…」


「ほらほら。パフェ溶けちゃうよ。食べよ。」


 慎太郎君は無理やりパフェを私の口に突っ込む。


「んー美味しい。」


 パフェが美味しくて思わず笑顔になる。


「美和さんはそうやって笑ってれば良いんだよ。美和さんが思ってるほど気にすることじゃないから。」


 慎太郎君が優しく微笑んだ。


「わかった…。」


「っていうか、大とはどうなってるの?」


 慎太郎君は身を乗り出して、顔を近づけてくる。


「え?えっと…慎太郎君近いから…それがね。今日、大君が社長の息子として会社に来たんだ。私、大君が社長の息子だとは知らなくて、驚いちゃって…」


 慎太郎君がイスにもたれ、ふーっとため息をつく。


「大、言ってなかったのか。まぁ無理もないか…」


 独り言のように慎太郎君は呟く。


「え?どう言うこと?」


「大のことはあんまり言いたくないんだけどさ…」


 慎太郎は頭に手をやりながら、困った顔をする。


「大と俺さ、実は幼馴染なんだ。だから昔からよく知ってるんだけど。大は昔からすごいモテてる奴で。ルックスのせいでモテるっていうのが大半だけど、中にはお金目当てで寄ってくる女も多くて。大学に入ってからは、周りには社長の息子って言うのは言わないようにしてるみたいなんだ。」


「そうだったんだ、…」


 大君が教えてくれなかった理由がなんとなくわかる気がした。


「だから、大は昔から女嫌いで全然寄せ付けないんだよ。でも、美和さんは違ったみたいだね。」


 慎太郎君が悪戯っぽく笑う。


「え?それはどういう意味?」


 慎太郎君の言っている意味が分からず、首をかしげる。


「なんで、俺が大のフォローしないといけないんだよ。あとは美和さんが大に聞いてよ。ったく。」


 慎太郎君はそっぽを向いて、少しふてくされた顔をする。


「あはは。なんか慎太郎君の話聞いてたら、少し安心した。ありがとう。自分で聞いてみるね。」


「ちぇー。俺が2人の仲を取り持ったみたいじゃん。」


 慎太郎君はますますふくれっ面にになる。2人でパフェを食べ終わると、店を後にした。


「慎太郎君、髪飾りわざわざありがとう。」


「別にー。美和さんに会いたかっただけだし。」


 慎太郎君はさっきのことで、まだ少し拗ねているようだった。


「あはは。じゃあ、私こっちだから。」


 慎太郎君と反対方向に歩き出そうとすると、慎太郎君は慌てて私を呼びとめた。


「美和さん待って。」


「どうしたの?」


「俺、今カットとカラーの練習してて、カットモデル探してるんだ。美和さん良かったら今度モデルになってよ。タダでやってあげるから。だめ?」


 慎太郎君は、子犬のようにウルウルとした瞳でじっと私の顔を見つめる。


「えっと…」


 また慎太郎君と会っても良いのだろうか…。


 A.断る

 B.OKする

 C.保留にする


「えっと…。前に裏拳しちゃったし…タダならいいよ。」


 慎太郎君のウルウルした目を邪険にすることができなかった。


「やった。じゃあ、また連絡するね。」


 慎太郎君は嬉しそうに笑う。


「うん。じゃあね。」


 気がつくと、まんまと慎太郎君のペースに乗せられている自分がいた。でも、ちゃんと話してみると憎めない良い子なのかもしれない。嬉しそうにスキップしながら帰っていく慎太郎君の背中を見送る。

 大君は社長の息子で、慎太郎君はモデルで、その上、2人はイケメンコンテストで1位で…今日は知らなかった2人のことを知って、頭がパンクしてしまいそうだった。

 家に帰ると櫂は出掛けたようでいなかった。お風呂に入ろうとすると電話が鳴った。確認すると大君からの着信だった。慌てて電話に出る。


「もしもし。」


「もしもし?美和さん?」


「うん。」


 お互いしばらく沈黙する。


「あのさ、こんな形で伝えることになるなら、花火大会の日に伝えれば良かったんだけど…今日、会社で会ったから分かったと思うけど、俺、KO建築会社の跡取りなんだ。」


「うん。」


「黙ってるつもりはなかったんだ。美和さんは肩書きで人を判断する人じゃないって分かってるけど、何も肩書きのない俺を美和さんに知ってほしくて言えなかったんだ。ごめん。」


「うん。あのね、今日忘れ物を受け取るために慎太郎君に会ったんたわ。その時に、慎太郎君が今までの大君のこと教えてくれたの。社長の息子だから、それで女性関係が大変だったって。」


「慎太郎がそんなことを?そっか…。」


 慎太郎君はおどろいていようだった。


「美和さん。明日会社休みだよね?明日会えないかな?会ってちゃんと話したいんだ。」


「うん。私も。明日大丈夫だよ。」


「分かった。明日、家の近くまで迎えに行くよ。」


「うん。分かった。」


「じゃあ、おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 電話を切ると、大きなため息が出る。やっぱり、大君はKO建築会社の息子だったんだ。なんだか、大君が遠くの存在に感じてしまう自分がいた。
















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