第4話
「このお姉ちゃん達が一緒に探してくれたんだよ。」
あさひ君が翔を引っ張りながら私たちの元へ歩いて来た。
「美和があさひを…驚いたな…お陰で助かったよ。ありがとう。」
「ひ、久しぶり。こっちに帰ってたんだ。」
気不味い空気が流れる。
「パパとお姉ちゃん知り合いだったんだ!すごい!じゃあ、また会えるね!」
あさひ君が無邪気に笑い、私に抱きつく。
「あさひは美和が気に入ったみたいだな。」
困ったように翔が笑う。その笑い方は5年前と全く変わっていなかった。翔がチラリと大君に目をやると、あさひ君を私から引き離した。
「邪魔して悪かったね。今日は、本当にありがとう。あさひ、ちゃんとお礼を言って。」
「お兄ちゃん。お姉ちゃんありがとうございました。」
翔は、大君と私に頭を下げるとあさひ君としっかり手を繋いで歩いて行った。あさひ君はたまに振り返りながら。私たちに手を振ってくれた。
「パパ?もう行っちゃうの?お友達じゃないの?」
あさひ君が翔に不思議そうに聞いているのが聞こえた。翔があさひ君に何か言っているようだったが、何て言っているのかは聞こえなかった。
「俺たちも行こうか。」
大君が私の手を取り歩き出した。大君を横目でチラリと見る。きっと、大君は私と翔が友達同士ではないことに気がついただろう。私は大君になんて声をかけたら良いのか分からなかった。
A.元彼だと言う
B.友達だと言う
C.何も言わない
無表情で黙っている大君の横顔を見ると、私は何も言えなかった。私達はそのまま黙って歩き、元の河辺に戻ってきた。
「美和!どこ行ってたの〜。探したよ!花火始まっちゃったし。」
麻友は私たちの姿に気がつくと慌てて駆け寄ってきた。
「心配かけて、ごめん。迷子の子がいて、その子の親を探していたんだ…。」
「そうだったんだ。戻ってきたらいないから心配しちゃった。花火始まっちゃったし、とりあえず早く座ってみよ。」
麻友に促され、私たちは腰を下ろした。間近でみる花火は大きくてとても綺麗だった。花火が次々と打ち上げられる。
スラリとした背格好、落ち着いた低い声。5年前に別れた時と、翔は全く変わっていなかった。でも、中身は全く知らない翔だった。結婚して、子供がいたなんて全く知らなかった。
花火が打ち上げられる度に思いが溢れ出す。
5年間ずっと立ち止まっていたのは私だけだった。私が立ち止まっている間も、翔は前に進んできたんだ。
花火がいくつも打ち上げられる。
毎年、翔と欠かさずに見にきていたこの花火大会。翔は花火が大好きだった。私は花火を見る翔の横顔を見るのが大好きだった。
花火が打ち上がる度に、翔のことを思い出し、もう忘れようとしていた思い出が後から後から溢れ出した。
「美和さん?」
いつのまにか私の頬に涙が伝っていた。大君は驚いた顔をして私を見ていた。
「ごめん。何でもないから。」
慌てて涙を拭っても、涙は後から後から溢れ出し、止まらなかった。
「ごめん!私、帰る。」
私は急いで立ち上がると、急いで河辺を登って行った。何で涙が出てくるんだろう。もう終わったことなのに。
「美和さん。待って。」
「美和?どうしたの?」
驚いたみんなの声が聞こえてくるが、振り返らずに走り続ける。大君が後を追ってくるのが見えたが、人混みに邪魔され、思うようにこちらに来れないようだった。私は涙を拭いながら小走りで駅へ向かう。こんな姿の私を大君に見られたくなかった。
「何でまた泣いてるんだよ。」
急に腕を引っ張られ誰かに引き止められる。
「キャッ。何するのよ。」
振り向くと、私は顔も確認せずに、素早く裏拳を相手の顔に叩き込んだ。
「うわぁっ。イテー。」
相手は左頬に手を当ててうずくまった。
「美和さん俺だよ。慎太郎…。」
「えぇ?慎太郎君?」
慎太郎君は悶絶して地面に転がっている。
「ごめん。私、混乱してて、思わずやっちゃった…大丈夫?」
慌てて慎太郎君に駆け寄る。気がつかないうちに慎太郎君の働く美容院まで走ってきたようだった。痛さでうめく慎太郎君を支え、店の中に入った。店は閉店時間のようで誰もいなかった。
「ごめんね。これ、顔に当てて。」
慎太郎君を椅子に座らせ、氷水で冷やしてきたタオルを渡す。
「美和さんひどいよー。イタタ。」
慎太郎君は恨めしそうに私を見る。
「本当にごめんね。綺麗な顔がお岩さんみたいになっちゃったらどうしよう…」
しゃがんで慎太郎君の顔を覗き込む。
「痛いけど、冷やせば大丈夫だよ。美和さんこんなこと出来るなんて驚いたよ。」
慎太郎君は顔を冷やしながらニヤッと笑う。
「昔、空手やってたら、ついね。」
「へぇー。空手やってたんだ。美和さんかっこいい。ますます惚れるよ。」
「え?」
驚いてポカンとしていると、慎太郎君はクスクス笑う。
「それより、大と一緒じゃなかったの。何でまた1人で泣いてたんだよ。」
慎太郎君は思い出したように言った。
「違う違う。私が勝手に泣いていただけで、大君は関係ないから。」
慌てて否定する。1人で泣きながら走ってくるなんて、子供染みたことをしてしまった。今更ながら、恥ずかしさがこみ上げ、下を向く。
「また1人で泣くなよ。何があったんだよ。」
慎太郎君が心配そうに私の顔を覗き込む。
「花火大会で、たまたま元彼と再会したんだ。知らないうちに、結婚して、子供もいたからびっくりして…」
「え?元彼って…もしかして、5年前の?」
黙って頷くと、慎太郎君は驚いた様子だった。
「またなんで美和さんの前に現れるんだよ。しかもこの花火大会の日に。」
「会ったのは偶然だと思う。向こうも驚いてたから…」
「大、何やってるんだろうな。美和さんが泣いてたら側にいてやらないといけないのに。」
やれやれと慎太郎君が呆れた顔をする。裏拳を打ち込んでしまった顔は赤くなっていたが、腫れてはなさそうだった。
そうだ。大君追いかけてきてくれたんだった。みんな私のこと探してるかもしれない。また迷惑かけてしまう。気持ちが落ち着いてくると、自分が軽率な行動をしたことに気がつき、慌てて立ち上がる。
「私、やっぱり戻るね。慎太郎君ありがとう。」
急いで店を出ようとした時、急に後ろから抱きしめられた。
「え?慎太郎君?」
「大のところに行くの?あいつなんてやめて俺にしなよ。俺だったら1人で美和さんを泣かすことなんて絶対にしないから。」
「え?」
急に抱きしめられ体が強張る。
「俺さ、ずっと美和さんのこと忘れられなかったんだ。この店にいたらまた店の前を通るんじゃないかと思って、ここで働いてたんだ。」
急に抱きしめられ、思いもよらないことを言われ、頭の中が混乱してしまう。
A.抱きしめられたままでいる
B.怒って裏拳をする
C.からかうのはやめてと言う
「や、やだ。何行ってるの。からかうのはやめて。」
「からかってなんかいないから。俺、ヘラヘラしてるけど、美和さんがそばにいてくれるなら、周りの女なんかいらないから。」
抱きしめる腕に力が入りもっと引き寄せられる。
「慎太郎君、急にそんなこと言われても困るから。また裏拳するよ。」
手を振り上げる真似をする。
「そんなこと言ったって離さないよ。じゃあ、これはさっきのお詫びって事で抱きしめさせて。」
慎太郎君は私を抱きしめて離そうとはしなかった。
「う…それを言われると抵抗できないわ。」
慎太郎君は嬉しそうにクスクス笑う。その時、店の扉が勢いよく開いき、大君が飛び込んできた。
「慎太郎!何やってるんだよ。」
大君が大きな声を出し、駆け寄ってくる。
「おっと。やっと王子様の登場だよ。」
慎太郎君はさっと手を離す。
「美和さん行こう。」
大君が私の手を取り店を出る。
「慎太郎君、顔ごめんね。ありがとう。」
慌てて振り返ると、慎太郎君は今朝店で見たような可愛らしい表情に戻り、笑顔で手を振っていた。
大君は険しい表情のまま、私の手を握り、どんどん歩いて行く。
「大君。待って。」
大君が私の手を握ったまま、立ち止まる。
「大君、ごめんなさい。私…」
言い終わらないうちに大君に抱きしめらる。
「美和さん。急に居なくなって心配したよ。」
大君が今にも消えてしまいそうな小さな声で呟く。すごく心配してくれていたことが痛いほど伝わる。
「ごめんなさい。」
「じゃなくて、あーもう。」
大君が急に大きな声を出し、驚いて大君を見上げる。
「違う男の前で泣くなよ。よりにもよって慎太郎に抱きしめられるなんて…こんなに取り乱すなんて自分らしくないんだけど、美和さんのせいだから。」
大君が顔を赤くして、ふてくされた表情をしていた。今まで見たことのない大君の表情に思わず笑ってしまった。
「大君かわいい。」
「あーもう。こんなところ見せたくなかった。参ったな。」
大君が恥ずかしそうにして、私の頭に顔をうずめる。そんな大君が可愛くて、私のために一生懸命になってくれる姿が嬉しかった。
「慎太郎に裏拳してやればよかったのに。」
大君がボソリと呟く。
「えーっとね。抱きしめられる前に間違えて裏拳しちゃったんだ。」
私はバツが悪そうに答える。
「えー?本当に?」
大君は驚き思わず吹き出す。私もつられて笑いだしてしまう。
「帰ろうか。駅に車停めてあるから、送って行くよ。」
大君は優しく微笑むと私の手を握り駅へと歩きだした。車に乗り込むと、大君はいつものように、静かに車を発車させた。
「大君。何か話があるって言ってたけど、聞きそびれちゃったね。花火も途中になっちゃったし、私のせいでごめんね。」
「えっと。その話は、また今度にするよ。それより、美和さん。さっき会ったあさひ君のお父さんのことなんだけど…」
「うん…そのことなんだけどね。あの人は、5年前に別れた彼だったんだ。結婚して、子供がいるって知らなかったから驚いちゃって…。」
大君はこんな話を聞いて気分を害さないだろうか。
「やっぱり…そうだったんだ。」
大君はの横顔をチラリと見ると、大君は無表情で前を見つめていた。怒っているのかもしれない…。
「ごめんね。こんなこと大君に話すべきことじゃないのに。大君の前で取り乱しちゃって…。」
「美和さんはずっと彼のこと想っていたんだね。」
「え?」
大君のことを見ると、寂しそうに微笑む大君がこちらを見ていた。
A.そんなことないと否定する
B.ずっと後悔していたことを話す
C.黙っている
「ううん。違うから。もう忘れようと思っていたし…ただ驚いただけ…。」
大君のそんな寂しそうな顔を見たくなかった。胸がズキンと痛む。
話しているうちに家の近くまで走ってきてしまった。大君は、 車を停めると、私を優しく引き寄せ、抱きしめた。
「無理に忘れなくていいから。でも、俺から離れていかないでほしい。」
「え?う、うん。」
「今月、来月は、就職先に顔を出さないと行けないから忙しくなるけど、近いうちに連絡するね。」
「うん。今日はありがとう。」
車から降りると、大君は優しく微笑んで手を振り。車を静かに発車させた。大君は、そばに居てほしいってらいうことなんだろうか。今日は色々なことが重なり頭が混乱している。
「ただいまー。」
家に帰ると櫂はまだ起きていた。
「おかえり。花火行ってきたんだ。」
櫂が浴衣姿をじろじろ見る。
「可愛いでしょ。」
泣いて赤く腫らした目に気づかれないよう、わざとおどけてくるりと回ってみせる。
「おーおー可愛い、可愛い。ってか聞いてよ。」
櫂は私の浴衣をチラリと見ただけで、自分の話をすることのほうが重要のようだった。
「なによ。何かあったの?」
浴衣姿を軽くあしらわれた事に少し腹が立ち、櫂を睨む。
「近所のスーパーで翔さん見かけたんだよ。」
「え?翔に?」
「そうそう。子供連れて買い物しててさ。あの人海外にいるはずでしょ?見間違いだったのかな?」
櫂は不思議そうに首をかしげる。
「お、お姉ちゃんお風呂に入ってくるわ。」
「美和?」
櫂が呼ぶのを無視して、慌ててお風呂場へ駆け込む。長年付き合っていた翔は家に連れてきたこともあり、櫂も顔見知りだった。見間違えるはずがない。近所で買い物していたってことは、一時帰国ではなく、こっちに引っ越してきたってことなんだろうか。だとしたら、またばったりと、どこかで会ってしまうかもしれない。できればこのまま会わずに、忘れていくつもりだった。また翔の顔を見たら、昔のことを思い出してしまいそうな自分が嫌だった。5年間も立ち止まっていた自分にそろそろさよならして、前に進みたかった。
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