第2話
「おはよー。」
会社の更衣室で制服に着替えていると、麻友が入ってきた。
「おはよう。昨日はありがとね。」
「あれから、大君と進展あった?」
麻友がニヤニヤしながら聞いてくる。
「えっと…連絡先交換した。」
「やっぱりねー。大君、美和のこと気に入ったみたいだったもんね。」
「そ、そうかなー。あんな王子様みたいな、かっこよくて、優しい人なんているんだね。大君ワールドに入ると。もう私のキャラ崩壊だわ。どんどん大君のペースになっちゃう。」
大君ワールドに入り込まないように、首をぶんぶん振る。
「何わけわかんないこと言ってるの。興味なかったら連絡先なんて交換しないし、あれはどう見ても美和に気がある感じでしょ。」
麻友は呆れた顔をしてこちらを見る。
「そういえば、昨日、食事に誘われた。」
「展開早いー。良いじゃん。食事行って来なよ。」
麻友が自分のことのようにはしゃぐ。
「そうなんだけど、久しぶりすぎて。また墓穴掘りそうだわ。」
話し込んでいるうちに、受付に立つ時間が来てしまった。話も早々に私たちは更衣室を後にした。今日は来客が絶えず、昼休みは麻友と別々になってしまい、話の続きをする時間がなかった。1人で昼食を食べていると、メールが届いてるのに気がついた。
"今夜、予定がなければ食事でもどうかな?"
メールは大君からだった。ゲームのような急展開に驚き、戸惑ってしまう。いつもだったら麻友に相談するのだが、こんな時に限って、麻友はまだ仕事中だ。どうしよう。昨日の今日だけど、食事に行くのはありだろうか。そうだ。ゲームの中ではどうしていただろう。5年も恋愛していない私には、頼れるのは、恋愛シュミレーションゲームだけだった。ゲームの中でなら、いつも意中の相手とハッピーエンドになっている。さっそく頭の中でゲームに置き換えてみる。
A.もちろん行く
B.友達も一緒に行く
C.もう少し日にちを空ける
うーん。展開が早すぎるけど、Aかな。
"お誘いありがとう。
今夜大丈夫だよ。"
さっそく、大君に返事をすると、すぐに返信がきた。
"良かった。
6時に駅に迎えに行くね。"
ゲームのような展開に胸が高鳴る。このままゲームのようにうまくいけば恋愛なんて苦労はしないのだが、いつも途中で男勝りな私が出てきてしまい、うまくいかない。今夜は女らしくしてみよう。何の話をしてみよう。頭の中は、今夜のことで頭がいっぱいで、仕事に全く身が入らなかった。
「え?今夜、会うことになった?」
更衣室で急いで着替えながら、大君と今夜食事に行くことを麻友に報告する。
「そうなの。麻友どうしよう。デートなんて久しぶりすぎて、緊張する。」
慌てていてうまく服が着れない。
「美和はだまってニコニコしてれば大事よ
。」
麻友が絡まっている服を直しながら背中を叩いた。
「それができれば苦労しないよ。」
「そうよね。とりあえず今夜は楽しんでおいで。」
麻友に背中を押され、手早く着替えを済ませると、急いで駅へ向かう。駅に着くと大君の姿はなかった。辺りをキョロキョロと見渡していると、ロータリーに停まっていた車から、大君が降りてきた。
「美和さん。こっち。」
大君が手を挙げて微笑む。大君のもとへ駆け寄ると、助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
まるで、自分がゲームのヒロインになったようだった。ゲームのワンシーンのような状況にドキドキしてしまう。
「今日は車で来たんだね。」
「帰り家までちゃんと送り届けないと、心配で眠れないから。」
大君が優しく微笑みながら言った。こちらが恥ずかしくなるようなキザなセリフでも、大君が言うと、全く違和感がないから不思議だ。カーッと顔が熱くなるのを感じながらも、平常心を装う。
「今日はどこに食べに行く?」
「知り合いがやってるイタリアンがあるんだけど、どうかな?」
「イタリアン大好き。行ってみたいな。」
「じゃあ、そこにしようか。」
大君は落ち着いたハンドルさばきで、車を発車させた。運転している横顔は、真剣な表情をしているせいか、昨日よりさらに大人びて見えた。車内のBGMが心地よく、仕事の疲れもあって、いつのまにかウトウトとしてしまった。
「美和さん。着いたよ。」
耳元で優しく大君の声がした。フワッと爽やかな香水の香りがした。ハッと目を開けると、優しく微笑む大君の顔が近くにあった。
「あっ。私寝てた?ごめん。」
慌てて体勢を整える。
「美和さん寝顔も可愛かったよ。」
大君は悪戯っぽく笑うと車を降りた。顔が赤くなるのを感じながら、私も慌てて車から降りる。気をつけていたのに、初デートでやらかしてしまった。大君をチラリと見上げるとこちらを見てクスクスと笑っていた。
「わぁ。お洒落なお店。」
目の前には、外壁のほとんどがガラス張りになっているお洒落な建物が立っていた。白と木を基調とした店内は、開放的でとても素敵だった。案内された2階の席からは、夜景がとても綺麗に見えた。
「とってもお洒落なお店だね。」
「少し丘にある店だから、夜景が見えるんだ。」
大君に優しく微笑まれ、胸がドキンと鳴る。
メニューは、パスタやピザ、グラタンなど種類が豊富で、どれも美味しそうな物ばかりだった。私たちは、パスタ2種類とピザ1枚を2人でシェアすることにした。
「乾杯。お疲れ様。」
「私だけ飲んじゃって悪いね。」
「今日は、家まで送るから好きなだけ飲んでね。」
大君が悪戯っぽく笑う。ふと気がつくと、周りの女性客達が、チラチラと大君に視線を送っていた。そういえば、昨日の店でもそうだった。
「大君、大学でもモテるでしょう。みんなが大君のこと気にしてるみたい。」
「美和さんにそんなこと言われると、困っちゃうな。」
大君は困った表情で頭をかく。大君は少し考える仕草をしてから、まっすぐ私のことを見つめた。
「はっきり言えるのは、そういうのは、今の俺には関係ないかな。美和さんがいるから。」
「えっ?急に何言ってるの?あんまりからかわないで。」
思いもよらぬ返答に、思わず顔を赤らめる。
「俺、美和さんのことからかってるつもりないから。」
大君は私の手を取りギュッと握った。どうしよう。何て答えれば良いんだろう。心臓がバクバクと鳴り、頭の中が混乱する。見事に大君ワールドに入ってしまった。
「お待たせしました。」
お店の人が料理を運んで来た。お互いに手をさっと離した。
「食べようか。」
大君が元の表情に戻り、何事もなかったかのようにニコリと笑う。
「そうだね。美味しそうだね。」
私はホッとして、料理を取り分け始めた。何か違う話しをしよう。
「大君は1人暮らししてるの?」
「うん。大学の近くで1人暮らししてるよ。美和さんは?」
「私は弟と2人で住んでるんだ。両親は定年して、田舎に移住しちゃって。」
「そうなんだ。弟がいるんだ。」
「そういえば、弟は、大君と同じ歳かも。大君、今年23歳だよね?」
「23歳になるよ。同い年だね。もしかして知り合いだったりして。名前は?」
「
2人が知り合いだったらどうしよう。弟に知られたら面倒なことになりそうだ。
「かいって言う友達はいるけど、あいつは兄弟いないって言ってたから違うかな。」
大君は少し考えてから答える。
「そうだよね。知り合いだったら、びっくりしちゃう。」
2人が知り合いではないようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「弟と2人で住むなんて仲が良いんだね。俺は一人っ子だから羨ましいな。」
「最初は別々に暮らしてたんだけど、私の家に空き巣が入ってね。それから、櫂が心配して一緒に住むようになったの。犯人がいたら私が叩きのめすって言ったんだけどね。心配みたいで。」
「あはは。美和さん頼もしいね。でもやっぱり俺が弟でも心配だよ。」
「そうかなぁ。まぁ櫂も空手やってたから頼りになるけどね。」
「兄弟そろって頼もしいね。」
大君はニコニコ笑いないながら、楽しそうに話しを聞いてくれる。
「大君は私が空手の話なんかして、嫌じゃないの?」
さっきから疑問に思っていたことを聞いてみる。
「え?嫌じゃないけど、なんで?」
大君は驚いたようだった。
「男の人って、空手の話しをすると、だいたい引いちゃうから…」
「そうかな。強い女の人ってかっこいいと思うけど。」
大君はそういうと優しく微笑む。男の人にそんなことを言われるなんて初めてだった。
「あれ?俺なんか変なこと言った?」
驚いた顔をしていると大君が不思議そうな顔をした。
「ううん。あんまりそういう風に言ってくれる人いないから驚いちゃって。ありがとう。」
「お礼を言われることじゃないよ。」
そう言うと、大君は優しく微笑んだ。大君は、落ち着いていて、弟の櫂と同じ、23歳にはとても見えない。周りから見ると、姉と弟って感じに見えるかもしれない。そう考えながら、夜景を見ていると、なんだか寂しい気持ちになってきてしまった。
「美和さん?」
大君に声をかけられ、ハッと我に返る。
「どうかした?」
「えっと…大君は櫂と同じ年齢なんだなぁと思って…」
もじもじと答える私に大君はハッとする。
「もしかして、年齢差気にしてる?」
「そりゃあ気になるよ。周りの人から見たら変じゃない?」
大君は、はーっとため息を吐くと、私の手を取る。
「そんなこと気にしてたんだ。今は大学生で頼りない俺だけど、すぐに追いつくから。年齢差なんて気にしないで。」
大君の真剣な言葉に胸が高鳴る。どうしよう。なんて言えば良いんだろう。
A.頷く
B.否定する
C.からかうのはやめてほしいと言う
大君のまっすぐな眼差しから、私は目をそらす事が出来ず、ただ頷くことしか出来なかった。
「よかったー。美和さん今にも俺から離れて行っちゃいそうなんだもん。」
大君はクシャクシャっと目を細めて、嬉しそうに笑った。そんな大君の表情を見て、胸がドキンと鳴る。
「そんな風に大君笑うんだね。」
「え?」
大君は恥ずかしそうに顔を赤らめた。昨日とは違う表情の大君をたくさん知って、少し距離が縮まった気がして、嬉しかった。
食事を堪能すると、私達は店を後にした。
「今日もお金先に払っておいてくれたの?」
お会計をせずに店を出る大君を心配そうにみる。
「知り合いがやってる店だから、お金のことは気にしないで。」
大君は優しく微笑むと助手席のドアを開けてくれる。
「あ、ありがとう。」
慣れないエスコートに戸惑ってしまう。大君は静かに扉を閉め、ゆっくりと車を発車させた。今度は寝ないように気をつけながら、たわいも無いことを話していると、あっという間に家に到着してしまった。
「この辺りで大丈夫。弟に見つかるとうるさいから。」
大君に家の近くで車を停めてもらう。
「今日はありがとう。ご馳走さまでした。」
車から降りようとすると、急に大君に腕を引っ張られ抱き寄せらせた。
「だ、大君?」
突然のことに体が強張る。フワッと爽やかな香水の香りが私を包み込む。
「ごめん。展開が早すぎるのはわかってる。でも、美和さんが誰かに取られちゃうんじゃないかと思うと。」
大君の顔がさらに近づく。キ、キスされる。
A.キスをする
B.キスはしない
C.裏拳をする
「え?そ、それはないから。それに、弟に見つかると面倒だから。」
そう言ってごまかすと、慌てて大君から離れて車を降りる。大君は車の窓を開け、何事もなかったかのように、優しく微笑む。
「おやすみなさい。また連絡するね。」
「おやすみなさい。」
車が遠ざかるのを見ながら小さな声で呟く。なんか調子が狂ってしまう。
「ただいまー。」
「おかえり。今日は遅かったね。」
金髪の髪をわしゃわしゃ拭きながら、お風呂上がりの櫂が出迎えてくれる。
「今日は外で食事してきたから。風邪引くから髪乾かしなさいね。」
そう言って、自分の部屋に入ろうとすると、櫂に服を引っ張られた。
「美和ー。髪乾かしてよ。」
櫂が上目遣いで私をジッと見つめる。
「えー?帰ってきたばっかなのに。」
わざとやっていると分かっていても、私はこの手の櫂の表情に弱い。
「しょうがないなー。あんたは甘えん坊なんだから。」
しぶしぶ櫂の髪にドライヤーをあてる。
「ってか誰と飯行ってきたんだよ。彼氏できたの?」
「か、彼氏じゃないから。ちょっとした知り合いよ。」
まさか弟と同じ歳の人と食事をしてきたなんて言えるはずがない。
「ふーん。男と食事してきたんだ。」
しまった。麻友と食事してきたって言えば良かった。
「そういう自分はどうなのよ。ずっと彼女いないじゃない。」
「俺のことは良いんだよ。やっぱり、男と行ってきたのか。どんな人?何歳なの?」
「ほら。すぐ乾くじゃない。自分でやればいいのに。お姉ちゃんお風呂に入って寝るから。」
色々と詮索したそうにしている櫂を残し、そさくさと風呂場へ逃げ込む。湯船に入ると、はーっと大きなため息を吐く。大君といるとどうも調子が狂ってしまう。気がつくと、いつのまにか大君ワールドに入ってしまっている。大君は、私のことどう思ってるんだろう。5年も恋愛から遠ざかっていると、男の人の気持ちなんて、全く分からなかった。ゲームだったら簡単にいくはずなのに、現実はそんなに簡単にはいかないものだ。
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