第1話
「やっぱり私には若すぎない?ドタキャンしてもいい?」
残り少ないアイスティーをストローでかき混ぜながら、目の前に座っている
「大丈夫だって。茂が歳のわりに落ち着いてるって言ってたよ。なにより今日のこと楽しみにしてるって言ってたし。」
「そりゃあ、茂君は落ち着いた雰囲気だったけど、その友達はわからないじゃない。」
先月、私達の行きつけの店に麻友が茂君を連れてきた時は、年下とは思えない落ち着いた雰囲気に心底驚いた。
「そもそも、麻友が茂君に今度は友達連れてきてって頼んだんじゃん。私、そんなことしてもらわなくても大丈夫だったのに。」
「まぁまぁそんなこと言わずに。5年も彼氏いないじゃない。そろそろ恋愛したら?」
麻友が心配そうに私を見つめる。
私達は今夜、茂君と、その友達と食事をすることになっている。茂君の友達ともなれば、おそらく茂君と同じくらいの年齢の男性が来るだろう。男性と食事すること自体が久しぶりなのに、8歳も年下の男性と食事をするなんて想像もつかない。そんな食事会直前に怖気付いた私は、待ち合わせ場所近くのカフェにて、一先ず話し合うことにしたのだ。
「美和は黙って座ってると女らしいんだけどね。しゃべるとねー。」
「はいはい。よく言われるので自覚してます。」
私、
「ほら時間になっちゃった。行くよー。」
麻友はお会計を済ませてさっさと歩いていく。
「ちょっと麻友ー。私の話聞いてた?」
私は慌てて麻友の後を追う。麻友はカフェから出て少し歩くと、ビルに入って行った。エレベーターに乗ろうとしたその時、麻友の携帯が鳴った。
「もしもし〜。わかったぁ。今から行くねぇ。」
甘ったるい声を出して電話している様子から、おそらく電話の相手は茂君だろう。
「茂達、もう店にいるって。」
麻友は携帯を切ると、ニコリと笑ってエレベーターのボタンを押す。私は観念してエレベーターに乗り込んだ。もうここまできたら、行くしかなさそうだ。エレベーターの鏡の前で必死に身なりを整えた。
目的の階に着き、扉が開いた。煉瓦造りのカウンターに、至る所に観葉植物が置いてあるナチュラルで可愛らしい雰囲気のお店に到着した。
「この店だよ。くれぐれも言っておくけど、今日ぐらいは女らしくしてなさいね。」
麻友に念を押される。
「はいはーい。」
私は肩をすくめて返事をした。言わなくても今日は大人しくしているつもりだ。黙ってニコニコしていると女らしく見られるのだが、どうも喋ると男勝りな性格なせいか、恋愛対象に見られないことが多い。
麻友がカウンターで、連れ合いがいることを話し、席に案内してもらう。
麻友はベージュのワンピースを翻し、スタスタと歩いて行く。黒のストールを腕にかけ、エナメル質の黒いヒールを履いて颯爽と歩く姿は、フェミニンで麻友によく似合っていた。私もスカートにすれば良かったと後悔しながら、パンツ姿の足元を見下ろす。
「茂。お待たせぇ。」
麻友の声ではっと顔をあげると、そこには見ているだけで、こちらが恥ずかしくなるくらいの端正な顔立ちの男性が座っていた。
「麻友ちゃん待ってたよ。」
茂君がスッと立ち上がり、麻友に微笑んだ。黒のジャケットを羽織り、麻友をエスコートする姿はとても22歳には見えない。麻友は茂君の隣に座り、私は彼の隣にドキドキしながら座った。
「美和さん、お久しぶりです。こちらは友人の
まだ打ち解けない微妙な空気を茂君がふわりと緩めてくれる。
「高御堂大です。茂と同じ大学に通ってます。美和さんよろしくね。」
彼は優しく微笑んだ。二重で少しつり上がった目元の彼は、鼻筋がすっと通っていてとても綺麗な顔立ちをしていた。
「み、美和です。よろしく。」
急に名前を呼ばれて、顔が熱くなる。彼は、夢中になっている恋愛シュミレーションゲームのキャラクターにそっくりな顔立ちだった。なんて綺麗な顔なんだろう。
「飲み物何にしますか?」
思わず見惚れていると、大君がさっとメニューを開いて渡してくれた。
「ありがとう。何にしようかな。」
ドキドキと鳴り止まない胸に手を置き、平常心を装いながら、なんとかドリンクを決める。
「お疲れ様。乾杯。」
お酒を身体に注入すると、少しづつ気持ちが落ち着いてきた。麻友を見ると茂君と楽しそうに話している。大君に何か話しかけないと…女らしく。女らしく。
「大君は何かスポーツしてる?」
スポーツの話題なら男性も話しやすいだろう。
「えっと、フットサルをたまにやってます。美和さんは何かスポーツするんですか?」
大君の見た目を裏切らない受け答えに感心する。見た目も爽やかだけど、フットサルなんて中身も爽やかだ。
「私は、今はやってないけど、空手やってたよ。」
「か、空手?」
女らしくするつもりが墓穴をほってしまった。麻友をチラッと見ると、茂君に気がつかれないように、私の足を蹴っ飛ばしてきた。
「う、うん。今はやってないんだけどね。」
慌ててもう辞めたことを強調する。
「そうなんですね。すごいなぁー。」
大君はそう言うと、私の方を向いて優しく微笑む。甘い笑顔を向けられ、頭がクラクラしてしまう。
「美和さん達は同期って茂から聞きましたけど、何のお仕事してるんですか?」
「ハウスメーカーの受付やってるの。」
こう見えても職業は女らしいとよく言われる。
「ハウスメーカーなんですね。僕、来年から建築事務所で働くので、もしかしたら、会社に行くことあるかもしれないですね。」
グラス片手に微笑む姿は、それだけで絵になり、ゲームのキャラクターそのものだった。ゲームだったら、次の展開は、彼と急接近する。なんて有り得ない妄想をしながら食事を堪能する。
お酒も進み、会話が弾んでいった。茂君はよく気がつき、新しい食事が運ばれてくると、麻友や私の食事を取り分けてくれた。若い男性、しかもイケメン2人にチヤホヤされて、ここ最近は、ゲーム上の架空の男性としかデートをしていなかった私には少し刺激が強すぎたようだ。
「ちょっと失礼。」
酔いが回ってきたのか、はたまたイケメン達に酔ったのか、少しフラフラしながら私はトイレに行くために席を立った。鏡の前で化粧を直しながら、高鳴る鼓動を落ち着かせようと深く深呼吸した。あの手の男性は、女性みんなに優しく接しているに違いない。ゲームみたいなハッピーエンドが待っているはずかない。そう自分に言い聞かせる。
トイレから出ると、前から男性が歩いてきた。すれ違い際に男性にぶつからないよう避けて通り過ぎようとした時、前を遮るように男性が立ち止まった。
「彼女1人?俺たちと飲まない?」
目の前に立ちはだかる男性は、イヤラしく笑いながら、上から下まで舐めるように視線を這わせる。
「あいにくなんですけど、無理なんです。」
急なことに驚きながらも毅然と断ると、男性がどんどん近づいてくる。
「あの、困ります。」
「固いこと言わないで。ほら行こう。」
男性に腕を掴まれそうになった。裏拳でも叩き込んでやろうかと思ったけれど、気絶されてしまうと、後々面倒だ。すると、立ちはだかる男性の脇から、すっと別の手が伸びてきて、力強く引き寄せられた。
「僕の彼女に何か用ですか?」
驚いて顔を上げると、険しい表情をした大君に抱き寄せられていた。フワッと爽やかな香水の香りがした。
「なんだ。連れがいたのかよ。」
男性は慌てた表情でトイレに逃げ込んで行った。
「大丈夫?」
大君は私を引き寄せたまま顔を覗き込む。
「だ、大丈夫。大君ありがとう。裏拳叩き込もうとしてたところ。」
まるで、ゲームのワンシーンの様な甘いシチュエーションに驚きが隠せなかった。鼻と鼻が触れるくらいの至近距離に、険しい表情をした大君の顔があり、恥ずかしくて思わず顔を伏せてしまった。
「裏拳?あはは。」
大君が私を抱き寄せたまま笑い出した。
「空手やってたから、それぐらいはできるの。」
大君に抱き寄せられたままで胸の高鳴りが収まらない。
「美和さん綺麗なんだから、気をつけないと。」
頭の上でボソッと大君が呟いた。
「え?」
驚いた顔をしていると、大君は優しく微笑むと、私の手を取って席に向かって歩き始めた。
「あら、手なんか繋いじゃってどうしたの?」
手を繋いで席に戻ると、麻友が驚いて私達を見上げる。
「さっき、変な奴がいて、美和さんに声かけていたんですよ。」
大君はさっきの出来事を怒ってるようだった。
「ふーん。なるほどね。」
麻友はニヤニヤしてこちらを見ている。顔が熱くなってきて、急いで繋いでいた手を離して席に戻る。
「何か飲む?」
何事もなかっなかのように、大君が、さりげなくメニューを開いてくれる。
「これなんかどうかな?」
メニューを見せてくれようとした時、肩同士がトンっと当たり、フワッとまた爽やかな香水の香りがした。香りと共に、大君の腕の中にいた自分を思い出し、体が熱くなる。大君は肩が触れたままメニューを見せてくれる。
「さっきフラフラしてたし、今度はさっぱりしてそうな、このノンアルコールとかどう?」
心配そうな表情で大君が私の顔を覗き込む。また至近距離で覗き込まれ、恥ずかしくてまともに顔を見られない。大君の香水の香りに酔いしれてしまいそうだった。
「そ、そうだね。じゃあこれにしような。」
大君はニコリと笑って頷くと、ドリンクをオーダーをしてくれた。そういえば、フラフラしていたって、さっきトイレに行く姿を大君は見ていたんだ。さりげない優しさを感じ嬉しさが込み上げた。
「あれ?茂と大じゃん!」
不意に声を掛けられ、茂君と大君が驚いた表情をして振り向く。
「慎太郎?」
「なになに?俺抜きで食事会?」
嬉しそうに駆け寄ってきた彼は、人懐っこい笑顔で私達に笑いかける。
「彼女の麻友と、美和さんだよ。」
茂君がやれやれといった表情で私達を紹介する。
「こんにちはー。
パーマをかけた明るい髪色の彼は、ウルウルとした大きな目で、まるで子犬のようだった。なんて可愛らしい男の子なんだろう。ゲームの中だったら弟系のポジションだろう。なんて妄想を膨らませていると、サッと紙を手渡される。
「一緒に食事したいところなんだけど、待たせてるから俺行くわ。美容院でアルバイトしてるから良かったら遊びに来てね。割引きするよー。」
名刺を私と麻友に渡すと、彼は小走りで去って行った。
「2人ともごめんね。慎太郎も同じ大学なんだ。いい奴なんだけど、あいつには気をつけて。」
大君はそう言うと、私と麻友が受け取った名刺を取り上げて、クシャクシャと丸めてしまった。オーダーしたドリンクを飲みながら、4人でたわいも無い話題で盛り上がる。気がつけばあっという間に数時間が過ぎていた。
「最後に変なのが来たけど、そろそろお開きにしようか。」
そう言って、茂君が席を立つ。本当に楽しい時間だった。こんな歳の離れた私を相手に、大君はどう思ったんだろうと、チラッと大君の方を見る。大君は、こちらをジッと見つめていた。お互いの目が合いドキンと胸が鳴る。
「あれ?お会計は?」
麻友の声にハッとし、慌てて大君から目をそらす。レジを素通りして店を出て行こうとする茂君を麻友が引き止めていた。
「お会計は済ませてあるから大丈夫だよ。」
大君がニコリと微笑む。
「え?大丈夫?気を遣わせちゃったね。ありがとう。」
私と麻友は、慌てて2人に御礼を言う。2人は意味ありげに目配せすると、そのまま店を出て行く。
「じゃあ、私は茂と少しぶらぶらして帰るから。大君、美和をよろしくねー。」
「それでは、美和さん失礼します。」
麻友と茂君は仲良く寄り添い、私たちとは反対方向に歩いて行った。
「美和さん、駅まで送るよ。」
大君が歩き出す。二重で少しつり上がった目元。スッと通った鼻筋。無造作にセットされた黒髪。月夜に照らされた大君の横顔は神秘的で魅力的だった。こんな人が私の彼氏だったらと考えてみるものの、ゲームの中ではあり得る話でも、現実世界ではあり得ないことだ。早く家に帰ってゲームの続きでもしよう。
「美和さん」
「美和さん」
「美和さん。あれ?もしかして、僕に見とれてる?」
大君の声に我にかえる。
「え? そ、そんなことないから。」
「冗談だよ。何度呼んでも、ぼーっとして、返事してくれないから。酔いが回ってきた?大丈夫?」
大君はそう言うと、私の手を取り歩き出した。まるでゲームのワンシーンのようだった。自分がヒロインになったようで、恥ずかしく、俯いて歩いていると、大君が独り言のようにボソリと呟いた。
「このまま電車で帰すの心配だな。」
繋いでいる手に力が入り、ギュッと握られる。
「え?大君?」
驚いた顔をして大君を見上げると、大君が立ち止まった。
「タクシーで家まで送って行こうか?」
大君が心配そうな表情で、顔を覗き込む。
「2駅だし、大丈夫。変な人いたら裏拳でも、回し蹴りでもなんでもやっちゃうから心配しないで。」
そんなに見つめられると、心臓が鳴りすぎて壊れてしまいそうだった。心臓がバクバクと音を立てる。
「あはは。じゃあ、ちゃんと家に着いたら連絡して。だから連絡先交換しよう。」
大君がポケットから携帯を取り出す。
「そ、そうやって周りの女性みんなを口説いてるんでしょ?私はだまされないわよ。」
「え?」
大君がキョトンとして私の顔を見る。
「あははは。」
大君は笑い出した。おかしくておかしくて笑いが止まらない様子だった。
「何がそんなにおかしいのよ。」
あんまりにも笑われて、言った自分が恥ずかしくなってきた。本当は番号を聞かれて少し嬉しかったのに、照れ隠しに変なことを言ってしまった。
「ごめんごめん。そんな騙すつもりなんてないから。ただ美和さんが心配で。」
大君は笑いすぎて出てしまった涙を拭いながら言った。
「ほら、番号交換しよ。家に着いたらちゃんと連絡してね。」
大君は強引に番号を交換してしまった。
「わ、わかった。じゃあね。」
大君の行動に一々翻弄されて、その度に顔を赤くして、こんな自分が恥ずかしくて、一刻も早くこの場を離れたかった別れも早々に駅へと向かって歩き出した。
「ただいまー。」
家に着くと、弟の櫂がまだ起きていた。
「美和おかえりー。」
「だから、お姉さんと呼びなさいって言ってるでしょ。」
櫂といつものやり取りをし、自分の部屋に入る。ベッドに倒れこむと、一気に眠気が襲ってきた。このまま寝てしまいたい。でも、大君に無事に着いたことを連絡しなければいけない。もしかしたら、本当に連絡を待っているかもしれない。眠たい目をこすりながら、携帯に文章を打ち込む。
"さっきは変なことを言ってごめんなさい。
無事に着きました。"
なんとも捻りのない文章になってしまった。ただでさえ、ほとんどメールはしないタイプなのに、久しぶりの男性とのメールとなると、気の利いた文章が思いつかなかった。躊躇いながらも、送信するとすぐに携帯が鳴った。驚いて携帯を落としそうになりながらも、画面を確認すると、大君からの電話だった。慌ててベッドから起き上がる。
「も、もしもし?」
「美和さん。無事に着いてよかった。心配してた。」
大君の声は本当に心配してくれていたようだった。
「あ、ありがとう。何事も無かったよ。さっきはごめんね。」
変なことを言ってしまった自分が恥ずかしかった。
「全然気にしてないよ。今度、良かったら、2人でご飯でもどうかな?」
「う、うん。」
「じゃあ、日にちはまたメールするね。おやすみ美和さん。」
「お、おやすみなさい。」
まるでゲームのストーリーのような展開に、信じられない気持ちでいっぱいだった。胸の高鳴りは暫く収まりそうにもなかった。
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