旧友? 戦友? ……腐れ縁だろ

 クリーク達を軽く揉んでやった夜から、三週間が過ぎた。


 あれ以来、彼等が俺の前に現れる様な事は無かった。

 今思えば、少しやり過ぎたかもしれない。

 大人気なかったか?

 流石に彼等は俺の勧誘を諦めたのかもしれないが、だがそれで良い。

 その方が、俺に取っては都合が良かった。

 それは彼等にとっても同様だ。

 身の丈に合った冒険を行う事が、彼等にとっても望ましい筈だ。


 そもそも、彼等の考えや理由はどうあれ、冒険とは自分達の手で少しずつ行動範囲を広げて行くものだ。

 俺と言う“保険”を手にした冒険など、本当の冒険では無い。

 今まで自分達が把握していた世界。

 知りたくても躊躇していた世界を、自身の成長に合わせて広げていく。

 たった一歩、自分が認識している世界を拡大する為に踏み出すだけでもドキドキする。

 それが冒険の醍醐味ってやつだ。


 勿論、危険は付き纏う。

 それは生命の危険ではないと言い切れない。

 俺はなにも、命を張ってまで進む事が冒険だとは言わない。

 時には退く事も、耐える事も必要になるだろう。

 だが、それらを含めて冒険なのだ。


 でもまー……彼等が来なくなって、少しは寂しかったり……。


 クリーク達の様に、面と向かって真面目に話しかけてきた者は随分と久しぶりだった。

 若いとは言え、必死な彼等とのやり取りは久しく高揚感を覚えたな。

 何よりも、誰かに頼られると言うのは悪い気分では無い。

 あえて突き放す事が彼等の為と言う考えと、頼ってくれて嬉しく思う気持ち、相反する考えを巡らせながら、俺は出発の準備を整えた。


 出発と言うのは勿論、魔王城攻略へ……だ。


 必要な道具やアイテム、装備一式は“あの場所”へ預けてある。

 ここから持ち出す物と言えば下着の替えやタオル、簡単な医療装備一式と水に携行保存食糧くらいだ。

 数日間の遠出に必要最低限な物をいつもの様に用意して、いつものリュックサックへと詰め込む。

 前回の戦闘から三週間と言う期間は、俺の傷や疲れをすっかりと癒し、しっかりとリフレッシュする時間を与えてくれた。

 その間に問題らしい問題も無かったしな。

 体力、気力、用意、全て万全だ。


「……さて……と……行くか」


 俺は大きく息を吐いて、意を決すると共に精神を集中させた。

 頭の中に“あの場所”の詳細なイメージが浮かび上がる。

 これから行う魔法にとって、目的地を明確に思い出す事は大事な事なのだ。

「……転移魔法シフト

 俺の呟きと共に魔法は発動し、光の中へと俺の体を掻き消した。





 次の瞬間には、俺の体は木々の鬱蒼と茂った、薄暗い森の中にあった。

「シフト」は勇者か、高位魔法使いのみが使用可能な瞬間転移魔法だ。

 世界各地にある「転移石」が埋め込まれた建造物オブジェクトへ触れるか、俺が魔力を込めて印した聖刻のある場所なら、瞬時に空間転移出来る特別な魔法だ。

 ただ、無条件で過去に訪れた場所へ瞬間移動出来る訳では無い。

 その場所を明確に思い出せなければならない。

 まーそれも当然の話で、転移石が埋め込まれている所は兎も角、自分で至る所に印をつけておいて何処に印したか覚えていない……何て言うのは無駄以外の何物でもない。

 事実、今の俺が専ら移動する所は数か所のみ。

 過去に行った事のある場所の殆どには、恐らくもう行く事も無い。


 ―――ギャーッ! ギャーッ!


 何やら得体の知れない、恐らくは鳥の鳴き声が周囲に響く。

 全く以て不気味な場所だ。

 そんな如何にも魔獣の跋扈ばっこする森の深遠であるにも拘らず、俺の目の前には、その場に不釣り合いな程立派な丸太小屋がたたずんでいる。

 こんな当たり前に人気のない、そして一般人など寄り付かないような場所に「ショップ」を持つなんて、店主の神経が本当に疑われる。


 目の前にある丸太小屋に、汚い字で掲げられている店名は「マルシャン道具店」。

 ここは周囲の環境で分かる通り、知る人も殆どいない隠れ家的道具屋だ。

 いや、もはや隠れ家だ。

 俺は、出入り口である正面の両開きドアを大きく広げて店内へと入った。


「ちわー……っす」


 俺の声に、店内からは何も返答が無い。

 と言うかカウンターは勿論、この店内のどこにも人影は無かった。

 まー……いつもの事だ。


 こんな辺境の僻地にある店にも拘らず、中は整然としており随分と広く感じる。

 もうそれだけで、店主の神経質具合が分かると言うものだ。

 壁際には、キッチリと隙間なく並べられた商品棚や吊戸棚が設置してあり、ショーケースの中には、等間隔で見やすく商品が陳列してある。

 ショーケース内に展示されているアイテムの数々も、壁に掛けられている道具や武器防具も、見る人が見れば、それが如何に貴重で高価な物か分かる事だろう。


「おおう。なんだ、勇者様か」


 カウンターの奥にある居住スペースから、この店の店主がノソリノソリと現れた。

 厳つい、ただひたすらに厳ついオヤジだ。

 熊の様な巨体、丸太の様な腕、分厚い胸板、恰幅の良い腹、そして禿げあがった頭と鷹の様に鋭い眼光。

 一見して、到底商店を開く様な人物には見えない。


 彼こそはマルシャン。この店のオーナーだ。


 俺に全く興味を抱いていないと分かる表情。

 如何にも不愛想で、不機嫌で気怠そうなその声は、接客に向いているとはお世辞にも言えない。

 それどころかその風体から、店頭に出てこない方が良いとさえ言える。

「何しに来たんだ」とでも言いたげな視線を俺に向けて、手にした情報誌に目を落とすマルシャン。


「相変わらずだなー……お前も……この店も……」


 本当に、彼は何時来ても相変わらずだ。

 前回ここに来たのは、ほんの三週間前。

 たった三週間で、何が大きく変わるという訳が無い。

 だが俺の言った言葉は、そんな短いスパンでの事を言ったのではない。

 初めてここに来た十数年前から、この店はその佇まいも、目の前のマルシャンでさえまるでその時のままなのだ。


 埃一つ落ちていない床に、手垢の一つも付いていないショーケース。

 キッチリと揃えられた道具の数々は常に補充されており、隙間が出来ている所は全く無い。

 そして店内には、何時来ても客がいない。

 そもそも、客がいる方が珍しい。

 それもその筈で、この「マルシャン道具店」が営業している場所は、旧魔王城の近隣に広がる森の奥深く。

 そんな場所に、“一般の”客が来る訳も無い。

 旧魔王城の近隣と言う事もあって、この森にはかなり強力な魔獣が蔓延はびこっているのだ。

 誰が好きこのんで、そんな場所へ訪れると言うのだろうか。

 多少腕に覚えのある冒険者パーティであっても、ここに来るのには骨が折れる筈だ。

 下手をすると、ここに来るまでに力尽きてしまうかもしれない。

 たかが買い物の為に命を懸けるなんて、よっぽどの実力者かバカか、もしくはバカな実力者……なんだろう。


「……ふん、まーな。そう言うお前さんも、相変わらずに見えるけどな」


 ギロリとこちらを睨む様な視線を投げつけるマルシャン。

 口元には不敵な笑みが浮かんでいるが、それが愛想笑いでない事は一目瞭然だ。

 力の無い冒険者なんかは、彼の醸し出す雰囲気だけで吹き飛ばされてしまうだろう。

 それも当然、彼はこの店を開くまで第一線級の冒険者であり、そしてそれは過去形では無い。

 今でも彼は、この周辺に蔓延る魔獣程度ならば、一人で駆逐してしまう程の実力がある。

 そもそも冒険者になった理由と言うのが、道具屋を開く為だと言うのだから驚きだった。


 俺の中では、冒険者と商人に商売以外で接点を見られなかったが、マルシャンの話す理由を聞いて妙に納得した。


 ―――『商人が、禿げ頭と樽っ腹で非力だと思うのは、大間違いなんだよ』


 それが彼の持論だった。

 もっとも、三つある主張の内、二つは当て嵌まっているのだが。

 商人と言えば、潤沢な資金に物を言わせて商品を取り扱い、商売を営む者が大多数かも知れない。

 だが彼は、“全ての事を自分でこなす商人”を目指していたのだ。

 それこそ、素材やアイテムを自力で集め、それらを自分で加工、合成し、その商品を自らの店で販売する。

 これが彼の望んだ商人の形だった。

 素材やアイテムが、安全な場所で手に入る事は殆ど無い。

 危険な秘境の奥地であったり、凶悪なモンスターが住み着くダンジョンの最奥で手に入る物が殆どだ。

 そして、危険度が高ければ高い程、手に入るアイテムや素材は希少な物が多い。

 手に入り難い物であればある程、その取引価格も高額となる。

 安易に市場へと出回らない為だ。

 より良い物を、より安価で揃える為に鍛えた結果、今の彼に行き着いたと言う事だろう。





「それでー……今日は一体何の用だよ?」


 マルシャンは、目にしていた雑誌を閉じて手元に置き、片眉を上げる様にして俺の用件を確認する。

 彼が少し動く度に、隆起した筋肉がモコリモコリと動いた。


「ああ……預けてあった武器と防具を引き取りに……それから超回復薬ホーリーメディスをいくつか見繕ってくれ」


 俺は簡潔に用件を伝えた。

 それを聞いたマルシャンの片眉は更に跳ね上がった。


「なんだなんだ、勇者様。まーた魔界へ行くってのか? だが前回魔界へ行った時よりも、インターバルが短くねーか?」


 彼はこの世界で、魔界に存在する「真の魔王」を知る数少ない人物の一人だ。

 俺が勇者である事も、今も魔界で戦っていると言う事をも知って協力してくれている。

 勿論、それなりの見返りは要求されるのだが。

 彼の求める物は、専ら魔界で取れる草花や鉱石だ。

 俺が魔界へと赴くローテーションは、意識しての事ではないが、大体一ヶ月半前後。傷を癒し、疲労を回復させ、モチベーションを上げるのには、どうしたってそれ位の間隔が必要なんだ。

 しかし今回ここを訪れたのは、前回から三週間しか経っていない。

 彼はそこに疑問を感じたらしかった。


「ああ、まだまだ俺も若いからな。体力も気力も、十分に回復したよ」


 俺は、殊更大袈裟に胸を張ってそう答えた。


「フンッ。アラフォーの分際で何言ってんだ、このおっさんが」


 そして、マルシャンからは想像通りの答えが返って来た。

 互いに顔を突きつけて、ニヤリと笑うおっさんが二人。

 傍から見れば、少しアレな構図だ。


 初めて出会ってから十五年来となる彼だけが、今となっては俺が本音で話す事の出来る、唯一の存在なのかもしれない。

 マルシャンは豪快な笑い声をあげ、ノッシノッシと巨体を揺らしながら店の奥へと姿を消していった。

 暫くして戻って来た彼の両手には、武器防具一式が抱えられている。

 普段使わない時は、いつも俺が彼に預けている物に間違いなかった。


「ほらよ、メンテナンスはもう済んでる。ま、いつも通り“聖霊の加護”が宿っている装備は、俺でも手の付けようがないけどな」


 そう言いながら、マルシャンはカウンターの上に装備品を並べている。

 星の煌きを散りばめている様な輝きを発している剣、鎧、盾。

 それは彼の言う“聖霊の加護”が付与されている、「勇者の剣」、「光の盾」、「精霊の鎧」であり、勇者の身にのみ装着が許された特別装備だ。

 光の聖霊様の加護が宿っており、数多の特殊能力が付与されている。

 人間の手が加えられる事を許しておらず、マルシャンであってもメンテナンスする事が出来ない。

 もっとも、自然修復機能が宿っているこの装備にメンテナンスなど必要はなく、一定時間が経過すれば、どんな状態になっていても復元してしまうので問題は無いのだが。

 それ以外の防具である兜、籠手、レガース等は、マルシャンが用意してくれたこの世界最高の逸品であったり、俺が魔界で見つけた物である。

 それらは彼の腕前をもってすれば、時間は掛かってもメンテナンスが可能なんだ。


「サンキュー。これで今回も、何とか生き永らえる事が出来そうだ」


 用意された装備品を身に付けながら、俺は彼に礼を言った。

 彼がいなければ“勇者の装備”は兎も角、その他の装備品を万全にする事等不可能なのだ。


「……なぁ……何度も言っているが、ソロ攻略なんてもうやめて、とっとと新しく仲間を募ったらどうなんだ? もう若くないんだし、辛いだけだろう?」


 着々と防具を装備していく俺を眺めながら、彼は溜息に諦めを乗せて呟いた。

 それは今まで何度となく、彼が口にして来た事だった。


 彼の言う事は間違っていない。

 年齢的な事は横に置いたとしても、強力な魔族相手にソロで立ち向かうには限界があるかもしれないし、何よりも効率が悪い。

 それに、確かに辛いと言うのも間違いでは無い。

 こちらは肉体的と言うよりも精神的にだが。

 敵が強くなればなる程、一回の戦闘に掛かる時間は長くなる。

 それが十二魔神将クラスともなれば尚更だ。

 しかし、これをパーティで当たれば随分と様子が変わって来る。

 戦闘時間が短縮される事は間違いないが、もしそうでなくても、一人当たりの負担が随分と軽減されるだろう。


「……今更仲間なんて必要ない。それに……俺の仲間はあいつ等だけだ」


 だが、彼の言葉に対する俺の答えはだ。

 その言葉を聞いたマルシャンは、深いため息と共に大きくかぶりを振った。

 このやり取りもいつも通りだった。

 彼は、俺がここに寄る度にこの話をする。

 だが、その言葉に他意は無い。彼は恐らく心底俺の事を心配して、その様な事を言うのだと分かっている。

 古くからの知り合い……が、俺の事を気遣ってそんな事を言うのだ。

 だからそれについて、感情的に否定したりする様な事は無い。

 いつも通り、冗談めかして聞き流すだけだ。

 だが今日はいつもと違った。

 俺の脳裏には、その後に続けても良いと思う言葉が浮かんできたのだ。


「……だけどそうだな……後数年もすれば、俺の代わりに魔界へ向かってくれる様な若い奴らが、ここを訪れる様になるかもしれないな」


 俺が零したその言葉に、マルシャンの目が驚きの為に大きく見開かれた。

 そしてそれはそのまま、喜びにも似た笑みに取って代わった。


「ほうー……勇者であるお前の目に適う、若い奴らでもいたのか?」


 身を乗り出し興味津々と言った体で、ニヤリと口の端を釣り上げたマルシャンが聞き返して来た。


「さぁね」


 短く答えた俺の口にも、小さな笑みが浮かんでいるのを感じた。

 今、俺の脳裏に浮かんでいるのは、先日俺に絡んできた四人組の姿だった。

 別に彼等から特別な才能を感じた訳じゃない。

 彼等が将来、強力な冒険者になる保証などどこにもない。

 もしかしたら、途中で全滅してしまうかもしれないのだ。


「じゃあ行ってくるよ。いつもサンキューな。また来るよ」


 俺は装備の他に、マルシャンが用意してくれた道具をリュックへしまい込み、店の出口へと足を向けた。


「おう! 代金はツケにしておいてやるよ。戻って来た時に支払わねぇと、ただじゃおかないからな!」


 この言葉は、俺と彼の間で交わされるみたいなものだ。

 俺の所持金総額は、預けている分も含めれば、新たに小さな城を立てる事が出来る程にはある。

 例えとんでもなく高価なここの道具であっても、すぐに支払えないと言う事は無い。

 その事は彼も知っている。

 知っていて、すぐには代金を受け取らないのだ。

 俺は彼に振り返る事無く右手を挙げてそれに応え、そのまま店から外へ出た。

 鬱蒼うっそうと茂った木々の間から、僅かに垣間見える青空。

 今日も良い天気だ。

 俺のモチベーションがいつもより早く回復した理由。

 それはにあるのかもしれない。

 俺が魔王城から帰る頃には、だいたい俺が彼等に言った一ヶ月になるだろう。

 どういった結果になっているのか、それは俺にも分からないが、彼等との「約束」が俺のモチベーションを上げていると感じずにはいられなかった。

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