腹が減っても戦わされる

 ノソリノソリと、死霊騎士レヴナントのような動きで歩を進める俺。

 その後ろ5メートル程の所を、クリーク達が身を寄せ合う様にして付いて来る。


 俺の言い方って、そんなに怖かったかな……。

 怖いと言っても、俺も一応勇者なんだけどね……。

 あからさまに怯えられると、それはそれで傷ついてしまう……。

 ナイーブな俺の心に、小さな傷をつけまくる少年少女を伴って向かった先は、雑貨屋コンビニが居を構える交差点、その中央にある小さな公園だった。

 四本の大きな道路が合流するこの十字路はラウンドアバウト、つまり右回りのロータリー交差点となっている。

 合流する荷車や馬車が左方向へ円を描く様に流れ、任意の道路で再び左折する事で円滑な合流を行っている訳だが、当然中央は手付かずの空間となる。

 今はそこに小規模な公園が出来ており、稀に早朝の散歩を楽しむ人達がそこへ立ち寄り腰を下ろしたりしている。

 だが交差点のど真ん中と言う場所柄もあり、子供は勿論、大人でさえもそうそう利用しようとは思わないだろう。

 だが、今はそれが都合良かった。

 早朝や日中でも利用者が少ない公園だ。

 夜半を回った時間に訪れる者は皆無だろう。

 それに、大通りの中にある公園と言う事もあり、多少大きな音が発生しても、それを咎める人は少ないと思った。

 どのみち何をするにしても、あの場でやり取りするのは望ましくない。

 夜中とは言え、往来の真ん中で言い合うなど、近所の方々が苦情に来れば、ただでさえ狭い肩身が更に狭くなってしまう……。


 馬車の通りもメッキリと少ない交差点を横断し、目的地の公園へと入った俺は、この公園で一脚しかないベンチに買った物をソッと置いた。

 折角温めてもらった弁当がもう冷えていると考えると涙が出そうになる。

 俺、こんな夜中に何やってんだろ……。

 何をするのか理解出来ていないクリーク達は、やはり互いに寄り添いながら、俺から数メートル離れた所で立ち竦んでいる。

 振り向いて彼等に向き合う俺の行動にも、いちいちビクリと反応するのを見ると更に悲しくなった……。

 だけど俺が落ち込んでいても仕方が無い。

 ここに来たのは、精神的自傷行為を楽しむ為では無いんだから。


「……それじゃあ……ろうか……」


 この言葉に、彼等からザワッとした雰囲気が湧き立った。

 彼等の顔には、恐怖にも似た表情が浮かんでいる。

 イルマなんかは、今にも倒れそうなほど蒼い顔をしていた。

 確かに少し言葉足らずだったか……軽くって意味だったんだけどな。


「あー……とりあえず俺の言っている意味が知りたいんだろ?」


 恐怖に苛まれ動きを取れないでいるクリーク達に、出来るだけ優しい声音で問いかけた。

 俺の (意図しない)圧力を受け、それでも逃げ出すまいと踏ん張っていたクリーク達は、柔らかくなった俺の言葉を聞いてウンウンと頷き答えた。


「それを教えてやるって言ってんだよ。いいから本気でかかってこい」


 腕を突き出して、チョイチョイと指で手招きする。

 特に挑発したつもりはなかったんだが、どうやら彼等はそう取らなかった様だ。


「ば、馬鹿にすんなっ!」


 一気に顔を赤くしたクリークが叫び、腰に下げた片手剣に手を掛けた。

 そして、その声に我を取り戻した他のメンバーも、互いに間隔をあけてそれぞれの得物を構える。

 でも残念、馬鹿にするなと言うのは無理な話だ。

 彼等には悪いけれど、どう考えてもレベル差があり過ぎる。

 だが、他にも深刻な問題点があるのも確かだ。


「分かったから。面倒だし全員で掛かって来い」


 クリークの咆哮等気にもせず言った俺の言葉が、彼等に浸透するには時間が掛かっているみたいだ。

 まさか、一人ずつ相手するとでも思ってたんだろうか。

 正直、早く帰りたいから、面倒な事はとっとと片付けたいのが本音なんだけどね。

 だが、一向に動こうとしないクリーク達。自分達の実力はともかく、多対一と言う図式は、やはり気が引けてしまうのかもしれないな。


「……ん? やらないの? それなら俺は帰るけど?」


 これは正直、本音に近い。

 満身創痍に近い状態、それに空腹を抱えている今の俺としては、一刻も早く帰りたい気持ちで一杯だ。

 ましてやこんな夜中に子供達の相手なんて、出来れば御免被りたい事だった。


「く……くっそーっ!」


 気合いの声と共に抜刀し、片手剣を両手で握って、大きく振りかぶったクリークが飛び掛かって来た。

 彼の動きに、他のメンバーも漸く我を取り戻し戦闘態勢に移行している。

 クリークの“飛び掛かり大上段攻撃”を、僅かな動きで簡単に躱して見せる。

 彼の攻撃など、今の俺にとっては止まって見える程緩やかな攻撃だ。

 アッサリと攻撃を躱されたクリークだが、着地と同時に俺の方へと振り向きざま、最下段から中段へと、胴を狙った薙ぎ払いを繰り出して来た。

 今の彼にしてみれば、中々に流れる様な連続技だ。

 だが残念ながら、彼の渾身を込めた一撃も俺にはハッキリと見える。

 それこそ暗がりであっても、剣の刃にこびり付いている汚れさえシッカリと。

 俺は人差指と親指で彼の剣を摘まんで、その攻撃をピタリと止めてやった。

 彼にとっては想像外の防御方法に、クリークの顔には驚愕した表情が浮かぶ。

 不自然な体勢で強制的に動きが止められた形となった彼の体を、俺はそのまま軽く押してやった。

 大した力を加えなくても彼の体は大きく流れ、たたらを踏んで尻餅をついてしまう。


「はぁ――っ!」


 クリークの攻撃が完全に終了するのを待って、今度はダレンが飛び掛かって来た。

 手には何も装備しておらず、やはり彼は拳法家のようだった。

 しかもクリークより数段素早く、その動きも様になっている。

 拳法家特有の、素早い動きから繰り出される連続攻撃。

 拳撃、蹴撃を織り交ぜ、上下にも攻撃を散らした中々に多彩な技だ。

 だが当然ながら、これらの攻撃も俺にとっては全く脅威とはならない。

 余裕を持って全ての攻撃を躱し、最後の一撃となる顔面への廻し蹴りを、人差指一本で止めて見せた。

 流れる様に繰り出していた連続攻撃の最後をピタリと止められ、片足を上げたまま驚きの表情と共に動きを止めてしまうダレン。

 今度は彼の軸足を弱く掬ってやると、地面へ簡単に倒れ込んだ。


「二人ともっ! 退きなさいっ!」


 地面に座り込んで動き出さない二人に、少し離れた場所からソルシエの指示が飛ぶ。

 呆けていた二人だったがその声に一瞬で覚醒して、地面を転がる様に俺から距離を取った。

 ソルシエが構えている杖の先端には、先程から準備を完了していたのだろう、魔法で造られた大きな炎弾が燃え盛っている。


「我が敵を燃やし尽くせっ! 火炎魔法フラムッ!」


 満を持して彼女から放たれた炎の塊は、真っ直ぐに俺へと向かって来た。

 ソルシエは余程魔法力に恵まれているのだろう。

 彼女の服装から、恐らくは魔女だろうと踏んでいたが、放たれた炎弾の大きさ、威力からそれは確信に変わった。

 だが残念なことに、彼女が使ったのは炎の魔法でも初歩の初歩。

 冒険者登録をして間もなく、レベルもそれほど高く無い筈だから、それは仕方ないと言えばそうなんだけどな。

 俺は向かって来る炎弾を片手で鷲掴みにし、そのまま握り潰した。

 例え魔女の造り出した炎弾と言っても、所詮は低レベル魔法。

 俺にしてみれば、熱いと感じる程の熱量も無かった。


「そんなっ!」


 その行為を見て、ソルシエは悲鳴に似た声を上げた。

 一人残っているイルマは、ただただオロオロとしているだけだ。

 まー誰も怪我をさせていないし、彼女が現在覚えているだろう魔法を考えたら、今は出番も無いのでしょうがないか。

 彼等の三連攻撃を全て防ぎ切った。

 ここまでにかかった時間は、二分にも満たない。

 動く者がいなくなり、辺りには再び静寂が訪れた。


 ―――リィ――ン……リリィ――ン……。


 初夏の気候に虫達の動きも活発になって来たのか、茂みのそこかしこからは澄んだ音色が聞こえ出した。





「……分かったか? これが理由だ」


 もはや何かを言う気力すら湧かないのか、項垂れたままの彼等から返答は無い。

 当たり前と言えば当たり前の結果。

 余りにも違い過ぎる実力の差を目の当たりにした訳だ。


 パーティの編成は自由だ。

 例えばクリークのチームに俺が入った所で、それに文句を言う者はいない。

 だが、それが彼等の為に有益になるかと言うと、必ずしもそうとは言い切れない。

 アンバランスなパーティ編成は、突出したレベルを持つ者のみに負担が掛かる。

 下手をすると、常におんぶで抱っこ状態になり、その者にとって何ら益にならないどころか、他のメンバーにもプラスにならない。

 つまり、俺がこのパーティに入ったとすれば、強敵の駆逐は全て俺が行う事になり、彼等は危機を感じる事も、危機に遭遇した際の対処法を知る事も無く成長してしまう。

 危険が無ければ、彼等にとっては良いかもしれないが、それは冒険と到底言えない。

 何よりも、俺には何ら有益になる事は無い。

 未だ、クリーク達から言葉らしい言葉が発せられる事は無い。

 十分に打ちひしがれている様だった。


「……じゃあな」


 これで俺を誘おうなんて考えは無くなるだろう。

 何よりも、まるでイジメた様な気分になってしまい、これ以上ここにいるのは居た堪れなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」


 ユッタリとこの場から去ろうとする俺の背後から、クリークの声が投げ掛けられる。

 仕方なく、ノッソリと彼の方へ振り向く。


「どうしたら……どうしたら俺達のパーティに入ってくれる? どうしたら俺達に協力してくれるんだ!?」


 絞り出す様な、縋る様な声で問いかけるクリーク。

 慕ってくれるのは有難い気もするが、安易に引き受ければとんでもない事になりそうな予感しかしないな……。

 それに、彼等は肝心な事が分かっていない。

 それは、ただ単にレベルが低いと言う事以前の問題なんだが。

 一から十まで俺が教えた通りにやっていては、この先難題が立ち塞がった時に、自分達で解決すると言う発想をスポイルしてしまう。

 レベルが低い事も、駆け出しの冒険者パーティである事も、彼等にとっては今後を左右する重要な第一歩なのだ。

 彼等にはそれすら分かっていない。


「……そこまで言うならそうだな……“トーへの塔”……知ってるよな? あそこを攻略出来たら考えてやるよ」


「トーへの塔」は、この街周辺にある魔物の巣窟ダンジョンの中で、対象レベルが最も高い五階層からなる塔だ。

 随分昔に邪教の錬金術師が、自身の神を降臨させる儀式用に建てたと言われている。

 今ではモンスターの蔓延る塔となっており、この街で力を付けた冒険者達が活動の場を広げる為に、自分達の力を探る登竜門とした意味合いを濃くしている。

 それに最上階まで行けば「到達の証」が用意されており、初めての攻略に限り、持ち帰ればギルドから賞金が貰えると言うのも魅力の一つだった。

 駆け出しの冒険者なんて、最初は貧乏に苦労するもんだ。

 “クエスト”以外で、経験値も稼げて資金も期待出来るとあっては、力を付けた冒険者は皆挑戦するってもんだ。

 ただし、当然必要なレベルもそれなりに高く、個々では最低レベル10は必要とされる。

 だけどパーティで攻略するならば、必ずしもそこまでのレベルが必要とは言えないんだけどな。


「ト、トーへの塔を攻略すれば、俺達のパーティに入ってくれるのか!?」


 僅かでも希望が見えた事に喜んでいるのか、クリークの瞳に力が戻った。


「……そうだな。ただし一ヶ月だ。今から一ヶ月以内に攻略出来れば、と言う条件付きだけどな」


 時間さえかければ、いずれレベルが上がりトーへの塔攻略を容易にするだろう。

 だが俺の提示した“一ヶ月”と言う期間は、どれ程才能に恵まれた者であってもレベル10になるには到底不可能な時間だった。


「いっ……かげつ……」


 クリークは絶句した。

 他のメンバーも一様に言葉を無くしている。

 どうやら俺が吹っ掛けた無理難題を理解した様だ。

 だがこれは本当に“難題”だが、絶対に“無理”という訳では無い。

 彼等がそれに気付くかどうかは、正しく彼等次第なのだ。


「……じゃー、まぁ……がんばって」


 ベンチに置いてあった買い物袋を回収し、声も発せないクリーク達の間をすり抜けて俺は公園を出た。

 彼等に呼び止められてから三十分も経っていない筈だが、クウフク様は先程より更に強力となり、腹が減ったを通り越して気分が悪くなっていた。


「……あー……」


 最悪だとか、付いてないとか、クリーク達への悪態が言葉になろうとして掻き消えた。

 確かに若く、無鉄砲で、礼儀も知らない彼等だが、どこか好感が持て、気付けばそれ程嫌な気分では無かったのだ。

 わずか一ヶ月でトーへの塔を攻略出来るかどうかは分からないが、どちらにせよ一ヶ月後には一度様子を見でやるのも悪くないと思った。


「……腹減った……」


 だから悪態の代わりに、その言葉を強制的に吐きだした。

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