いや、ごめんね?
物陰から俺の眼前に飛び出して来たのは、まー言うまでも無くクリークだった。
彼の後に続く様に他の三人、イルマ、ソルシエ、ダレンもゾロゾロと現れた。
どうやら、昼間の話は未だ決着していない様だ。
「……まーたお前達か……」
昼間の用件、“勇者である俺をパーティメンバーに迎える”と言う話ならしっかりと断ったはずなんだがなー……。
まだ諦めてないってのかな。
「うっ……」
勢い良く俺の前に飛び出して来たクリークだったが、こちらをジッと見つめ、口籠るだけで話を切り出そうとしなかった。
いや、出来なかったんだろう。
腹は減ったし、さっきは嫌な事があったし、それを切っ掛けに嫌な事思い出したし、疲れは取れてないし、筋肉痛だし……。
俺の醸し出す雰囲気が少々取っ付き難い物になってたとしても、それはクリーク、君に向けた訳じゃないんだけどな。
なんて心の中で思ったとしても、それは相手に伝えなければ分からない訳で、完全に威嚇された状態の四人はとても居心地が悪そうだ。
いや、わざとじゃないんだけどなー……なんかごめんね?
「……で? 何なんだ? まだ何か用があるのか?」
一向に口を開こうとしないクリークを促すつもりで、俺から話しかけた。
ビクリとクリークの肩が跳ね上がる。
他の三人も怯えた様な顔付きに変わった。
どうやら自分達の態度、そして昼間から続く付き纏いに、俺が気分を害したと思い込んだ様だった。
俺としては怖がらせたつもりじゃないんだけど……ほんとごめんね?
「あ……あの……」
それでも俺の言葉が切っ掛けになったのか、漸くクリークは口を開きだした。
「あ……あんた……が勇者……と……見込んで……」
彼の声音や話し方は、昼間と比べて随分と大人しくなっていた。
恐らくあの後、みんなで話し合ったのだろうな。
あの血気盛んと思えたクリークが、今は一生懸命言葉を選んで話している。
そう考えると、どこか微笑ましくなる。
俺が答えずにいると、先を促されたと捉えたのか、彼は更に言葉を続けた。
「あ……改めてあんたにお願いがあるんです……」
彼から改めてお願いされると言う事は、考えるまでも無く俺をパーティに誘う件だろう。
断定は出来ないが他に思いつかないし。
「……何?」
でも、その件はすでに断ってある。
再度のお願いと言う可能性は高いが、他の事と言うケースも考えられる。
そう言った意味で聞き返したんだが……。
ただ残念ながら、今日の昼から今までの時間経過で、俺のコミュニケーション能力が飛躍的に向上する訳が無い。
更に俺のコンディションは色んな意味で最悪だ。
だから、疲れた視線が
「お……俺達とパーティを組んで……い、一緒に冒険してくれませんか?」
だが俺の想像通り、彼の用件は昼間の件を再度要望したものだった。
「……無理だって言ったよな?」
確かに昼間そう答えた筈だけどな。彼等には理解出来なかったんだろうか。
俺が断る理由なんて、それ程想像が難しい事じゃない。
それでも食い下がる理由が何かあるのだろうか。
俺の言葉を受けて、必死でその場に踏み止まっているクリークに、後ろの三人はハラハラとした表情で心配している。
彼等が無謀と知りつつ、それでも俺に食い下がる理由が、俺の好奇心を刺激した。
一体なぜそれ程までにと、その理由を知りたいと思ったんだ。
「……大体、なんでそれ程俺をパーティに誘うんだ?」
そんな好奇心と、このままでは一向に終わりそうの無い話し合いを推し進めるべく、俺はクリークにそう促した。
この辺りは年上の配慮ってやつだ。
その言葉を聞いて、クリークは今までと明らかに違う光を目に宿して、バッと勢いよく顔を上げた。
それはまるで、その言葉を待っていたかのようだった。
輝いているのは目だけでは無く、その表情も明るくなっている。
ほんの十数秒前とは大違いだ。
「お、俺達、まだ冒険者に登録したばかりだけど、経験を重ねていつかは世界中を旅して周りたいんだ!」
彼の言葉は、いや夢は、俺が促した事で堰を切った様に彼の口から溢れ出た。
クリークの夢は彼だけのものでは無く、他の三人も共有しているのかもしれない。
彼の後ろで三人とも小さく頷いている。
理由はそれぞれでも、その目的に大いなる希望や期待を持っている事は明らかだと感じられた。
「そしていつか魔界へ行って、魔族を倒すんだ! 俺は……勇者になりたい!」
俺は彼の言葉に驚いて、思わず目を剥いてしまった。
そして彼の勢いに、若干気圧されてしまった。
今、彼等の醸し出す雰囲気は、今の俺には眩し過ぎる。
そんなキラキラした瞳で夢を語る彼等を、俺は直視する事が出来そうにない。
そんな事でも俺が歳を取ったのだと、少し悲しくなってしまった。
最後の言葉はクリークのみの願望だろうが、他のメンバーも然程違いない夢を持っているのだろう。
誰が勇者になったとしても、目指す所は“勇者パーティ”と言った所か。
因みに、前衛職を身に付けている者のみが勇者になれると言う事は無い。
五世代前の勇者は魔法使いだったと、古い伝承を受け継ぐ村で聞いた事がある。
また勇者とは一線を画すものの、遥か昔には光の聖霊様に認められた“光女”と言う人物が世界に平和を
つまり勇者とは、光の聖霊様に認められた存在であり、且つ体に聖痕を持つ者ならば、どんなジョブでもなれる可能性があると言う事だ。
クリークだけでなく、目の前の彼等が目を輝かせているのは、その事を知ってか知らずかは兎も角として、そう言った側面があるのかもしれない。
だが俺の驚いた理由は、彼等が夢と希望に満ち溢れているからと言う訳では無い。
恐らくクリークは無意識で口走ったのだろうが、「魔界へ行って魔族を倒す」と言う部分に驚かされたのだ。
今現在、世界の認識として、“魔族はこの世に存在しない”となっている。
勿論、完全にではない。それは、世界各地を統べるそれぞれの王も十分理解している事であり、実際に魔族と思われる小規模な襲撃事件が極々稀に起こっている。
だが、概ねこの世界に住む住人達の認識としては、十数年前に勇者パーティによって魔王は討伐され、魔界とを繋ぐ異界洞も封印されていると言う事で一致している。
それは偏に、このドヴェリエ国王が世界に向けて発した宣言に依るものだ。
魔王討伐を報告した俺達に労いの言葉を掛けてくれた国王は、すぐにも平和宣言を行うと俺達に告げた。
本当はその時点で、魔界に存在する「真の魔王」の存在は掴んでいた。
だが俺達は、それを国王に言わない事と決めていたのだ。
魔族の脅威が無い世界を望んだのは、他でも無いこの世界に住む全ての人々だ。
王族や貴族、兵や戦士や冒険者だけでは無い。
ごく普通に生活する、戦いとは無縁の人々こそ、争いの無い世の中を望んでいたのだ。
そういった人達の不安を和らげる事は、俺達も願って止まない事だった。
むしろその為に、苦難の道程を歩んできたと言っても良い。
俺達は「真の魔王」が存在する事を伏せ、国王の発する平和宣言を支持した。後の処理は俺達が秘密裏に行えば良い。
幸い、魔族が人間界へと自由に行き来する手段は途絶えた。
再びその方法を構築する前に、決着をつけるつもりだったのだ。
結果としては、勇者パーティの解散に伴い、その目論見はドン亀の如き歩みだが、未だに真相が公となる事は無く済んでいる。
恐らく、彼等が物心ついた頃には、魔族の脅威が無いのは当然の事と受け入れられていたに違いない。
それにも拘らず、クリークの口からは「魔界へ行って魔族を倒す」と言う言葉が零れ出た。その事に驚いたのだ。
「だからその……勇者がパーティに入って、俺達に色々教えてくれたら……勇者になる近道になると思って……」
クリークの声は、尻すぼみに小さくなっている。
それと同時に、俺から視線を逸らし俯いた様になっているのは、多少なりとも照れているのだろうか。
だが彼は、大きな思い違いをしている事に気付いていない。
勇者はなりたくてなれる訳では無い。
逆に言えば、どれ程努力しようともなる事は出来ない。
勇者とは、“光の聖霊様に認められた者”のみに許された称号だ。
そしてもう一つ。
―――勇者は一時代に一人しか存在しない。
つまり俺がいる限り、生きている限り、勇者を聖霊様に返上しない限り、他の者が勇者になることは不可能なのだ。
この事を知っているのは、俺とかつての仲間達のみ。
この国の国王でさえ、その事実を知らない。
クリーク達が俺にどれだけ教えを受けようとも、レベルを上げようとも、それで勇者になれる訳じゃないんだ。
「……いや……だからそれ、無理だって」
そう言った説明抜きだが、気持ちだけは込めて答えてやった。
もっとも、そう答えられただけでは納得いかないだろうな。
「な、なんでだよ! 俺達が……子供だからか!?」
説明がないんだからまー……当然こうなる。
だけど俺は、いちいち説明するつもりは無い。
面倒ってのもあるけど、理由は他にもある。
「大人とか子供とか、そう言う問題じゃないんだけどな……それ以前にお前、レベルは幾つなんだ?」
その言葉にクリークは言葉を失い、さっきとは違った表情で俯いてしまった。
レベルとはギルドで認定される、強さを数値化した物で1から99ある。
魔物を倒せば経験が蓄積されてゆく。
ある程度魔物と闘い、ギルド公認の申請用紙を提出して身体検査を受け、問題なければ“昇格認定証”が与えられる。
神聖文字で書かれたその証書を聖霊神殿に持ち込み、祝福を受ける事でレベルが上がるシステムだ。
このレベルと言うのは単に熟練度を指し示している物じゃない。
本当にそのまま強さを表す数字なのだ。
人間の能力と言うのは、どれ程鍛えても実際は三割程度しか使用されていないらしい。
では十割使い切れば強くなれるのか、と言うとそう言う話でも無い。
そもそも肉体がその力に耐えられないと言う事だ。
まして限界を超えた力を出すともなれば、その後に待つのは間違いの無い“死”だけだろう。
だが祝福を受けた肉体は、高まる自身の力に振り回される事は無い。
常人を遥かに超える体力、筋力、魔力を得てそれを行使しても、肉体が傷つく事も、精神が焼き切れる事も無い。
限界が限界でなくなり、聖霊に祝福されればされただけ強くなっていく。
ギルドではその目安を管理している。
聖霊神殿では、その力を解放する奇跡を執行していた。
ジョブに特性があり、個人で得手不得手があるだろうが、やはり強さの目安を知るにはレベルが重要になるのだ。
「……レベルは……2……だよ……」
まー当然と言えば当然だな。
つい先日、冒険者登録を済ませたばかりだと言ってたし、一日やそこらでレベルがポンポン上がる訳が無い。
それに、登録直後から高いレベルの認定を受ける者等そうそういる訳も無い。
「今日は一度も外に出ていないのか?」
“外”とは当然、街の外と言う事。
それは取りも直さず、モンスターと戦ったかと言う事だ。
プリムラの街が“始まりの街”と言われている理由には、ドヴェリエ王の冒険者に対する手厚い援助と、世界的にも規模の大きいギルド、聖霊神殿総本山を持つ街と言う好条件が揃っているだけでは無い。
この周辺に生息するモンスターが、駆け出し冒険者には打って付けの強さである事がやはり大きいのだ。
如何に冒険者認定を受けたと言っても、何度か聖霊神殿で祝福を受けたとしても、この周辺の魔物にさえ最初は苦戦するだろう。
しかし、そうした戦いの中で徐々に強さを身に付け、その後漸く自身の冒険へと旅立つのだ。
俺も最初はこの街を根城に鍛えたもんだ。
「行ったよ! 行ったけど……何か上手く倒せなくて……一匹倒すだけでヘトヘトになって……」
クリークは今日の事を思い出しているのか、俯き肩を震わせている。
俯いている彼の表情は分かり難いが、歯を食いしばって何かに耐えている様にも見える。
恐らくは自分の不甲斐なさになんだろうけど、そう思うのはまだ早過ぎると言う事を分かってないのかもしれないな。
若い頃って言うのは、一足飛ばしで強くなると自分を信じている反面、思う様にいかなかったらすぐに安易な方法を探してしまうもんだ。
「……なんだ……それで諦めたのか」
そもそも一度や二度、十度や二十度で結論を出すのが早過ぎる。
逸る気持ちが分からないでもないが、それでも一日やそこらでってのはどんだけ根気が無いんだ。
しっかりと腰を落ち着けて、ユックリと進んでいくもんだ……って意味で言ったんだが、目の前でクリークは、怒りと羞恥がない交ぜになった瞳をこちらに向けていた。
どうやら俺の意図は通じず、挑発している様に受け取られた様だった。
重ね重ねごめんねー……言葉足らずで。
「あ、諦めるもんか! でも……何が悪くて、どうすれば良くなるのか分からなくて……それを聞きたくて……」
なるほど、誰かに教えを乞うと言う事は、確かに悪い考えでは無い。
だがそうするにも少し早過ぎるし、まだまだ試行錯誤する余地が必ずある筈だ。
この街の周辺に生息する魔物は、駆け出し冒険者が相手をするのに丁度良い強さの個体が多い。
だがそれは、命の危機に陥る様な敵が少ないと言うだけで、簡単に倒す事が出来ると言う訳では無い。
魔物の体力にもよるが、例えパーティであたっても三十分、下手をすると一時間ほど戦い続ける破目になる事もある。
勘違いしている者も多いが、物語で活躍する主人公の様に、一刀両断で魔物を屠るなんていう技は、余程のレベル差が無いと不可能な事だ。
ましてやモンスターだって生きている。
何も冒険者のやられ役を演じる為だけに存在している訳では無い。
攻撃もすれば防御もするし、回避だってする。そんな事は当たり前だ。
だがその事が予想以上の手間となり、駆け出し冒険者の枷になっている事は間違いない。
事実、余りに困難で考えと違う結果に、早々と冒険者を諦める者も少なくは無いのだ。
だがそう言った手間暇、所謂討伐時間を短縮する術は、ある。
「……付いて来い……教えてやるよ……」
そう言って俺は自宅への帰路に背を向け、再びコンビニの方へと歩き出した。
優しく微笑んだつもりだったんだが、背中からはクリーク達の騒めく声が聞こえる。
そんなに邪悪な顔に見えたんだろうか……全く以て……ごめんね?
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