そんな時代もありました
俺の明朗快活な返答で、完全にフリーズしてしまった四人組を置き去りにして、俺はようやく自室に戻って来る事が出来た。
ここにきて、俺の腹に住まうクウフク様のアピールはMAXに到達した。
もはやこの要望に即座の回答を行わなければ、この街がどうなっていたか定かでは無かった。
……等と言ったジョークもそこそこに、俺はテーブルに着き、買って来た“おすすめランチセット”を早速食す事にした。
もう一分だって待つ事は出来ない。
しかし美味い!
雑貨屋コンビニの弁当は、どれも俺好みの味付けで美味いのだが、中でもこの弁当は絶品だ!
すっかり冷めてしまったが、それでもここの自家製パンは時間が経っても美味だ。
そのパンに、しっかりとした味付けの施された肉がピッタリと合う。
濃厚なタレで味付けられた肉は、時間が経っていても固くならず、パンと一緒に程よく噛み切れる。
この二品だけでも十分に満足なのだが、実は隠れた逸品がこの味付けゆで卵!
どうやって作っているのか、シッカリと味が染み込んでいるにも関わらず、中はトロリと半熟であり、これなら何個でも食べられそうな程だ!
これだけの料理で五百Gと言うのは、店側としては赤字覚悟なんじゃないだろうか? そう思わざるを得ない程だった。
俺は一気に、そして無心でそれ等をかっ喰らい、ミネラルウオーターの瓶に口を付けて、ようやく一心地着く事が出来たのだった。
どうやらクウフク様も満足なようだ。
そこで漸く、さっきの四人組を思い出した。
クリークと言う名の熱血少年、こいつは間違いなく戦士希望だろう。
イルマと言う少女は僧侶なのだろうが、見たところ少し気の弱過ぎる部分がある様だ。
ソルシエと言う女性は、最近珍しい“魔女”だ。
魔法使いと同じ様に見られがちだが、実際はやや
魔女である彼女が、冒険者のパーティにいると言う事がとても珍しい。
そして恐らく格闘家のダレン。
超前衛職にも拘らず、引っ込み思案な所が気に掛かる。
彼等がどうやってパーティを組んだのか、俺にその経緯は分からないが、実にバランスの取れた編成だ。
ちゃんと機能すれば、それなりの冒険者になるだろう。
何を隠そう、俺のパーティも丁度同じ編成だったんだよな。
俺の時は、特に何も考えずに仲間を募った結果だったが、今思えばそれも天運だったのかもしれないな。
今更こんな懐かしい気持ちにさせられるとは思わなかったが、そんな事を考えてたら、すっかり忘れていた仲間たちの事が思い出されて来た。
今から二十年前、明日で二十一年前だな。丁度今日と同じ様に、初夏の陽射しが眩しい日だった。
ギルドへと飛び込んだ勇者の俺は、そこで運命の仲間達に出会う事になった。
戦士のライアン。
僧侶のマリア。
魔法使いのエマイラ。
武闘家のロン。
俺を含めた五人のパーティは、供に苦難を乗り越えながら、本当に世界中色んな所を旅して周った。
徒歩で、時には船で、世界中に存在する城、街、村、地下深く続く迷宮や、天空高くそびえる塔、果ては聖霊界なんかにまで行ったっけ。
勇者の俺には不可能だが、“
立ちはだかる魔獣やモンスター、魔族を倒しながら、闘いの日々ではあったものの、それでも俺達は面白可笑しく旅を続けていたんだ。
やがて地上の魔王を倒し、各地の異界洞を封印しながら、魔界に存在する「真の魔王」の存在を察知した俺達は、いよいよ魔界へ向かう事を決めた。
まだまだ苦難が続くのは分かっていたが、それでも俺達なら、どんな試練も越えられるって信じてたんだ。
そして、こんな面白可笑しい日々が、ずっと続くって疑ってなかった。
―――でもある日、現実って壁が俺達の前に立ち塞がったんだ。
初めてパーティを組み、プリメロの街を旅立って七年。
魔界へと旅立つ準備を着々と進めていたある日の事だった。
七年と言う月日は、決して短くは無い。
少なくとも、少年少女が大人へと成長するには十分な時間だった。
「すまんっ! もうお前と一緒に旅を続ける事は出来ないっ! お前とはここまでだ!」
口火を切ったのは、“バトルマスター”“轟炎の重戦士”と言う二つ名を持つライアンだった。
彼は開口一番、俺に謝罪の言葉を繰り返した。
前線に立てば彼以上に頼もしい存在は無く、まるで巨大な壁の様だったライアンが、その時は縮こまって俺より小さく見えたっけ。
突然彼から捲くし立てられ俺はキョトンとしていたが、そんな俺に更なる言葉が紡がれた。
「マリアのお腹には俺との子供がいるんだっ! もうこれ以上、彼女を危険な場所へ連れて行く事は出来ないっ! そして俺も彼女を一人置いていく事は出来ない……」
俺の頭は、ライアンの言葉をすぐに理解する事が出来なかった。
まるで錆びた玩具が首を振る様に、歪な動きでマリアの方を向いた。
俺の視界に入って来た“暁の聖女”は、頬を赤らめ俯いていた。
その視線は、愛おしそうに両手が擦っている自らのお腹に向けられていたっけ。
正直、ライアンとマリアがそんな関係だったなんて、俺には夢にも思えない事だった。
その時の俺は、どんな魔物や魔族と対峙した時よりも慌てていたと思う。
今思い返しても、何を考えていたのか思い出せない程なんだからな。
ただ、今となって一つ理解出来る事は、彼等がそんな関係となっても決しておかしくないと言う事だ。
旅を始めた時には17歳、18歳の少年少女だって、七年も経てば24歳、25歳の青年に成長する。
普通で考えなくても、お互いを意識する様な年齢である事は間違いないのだ。
―――それは勇者だろうと、その仲間達だろうが同じ事だ。
他の冒険者を圧倒する力を持ったパーティだろうと、皆人間なんだから。
恋だってするし、愛し合ったりする。
ついでに結婚もするし、子供だって出来たりするんだ。
例え“光の勇者パーティ”であっても、それを否定する事なんて誰にも出来ない。
「じゃあ、このパーティも解散かねー……」
ライアンの告白に目を白黒とさせるしかなく、発する言葉を探していた俺の代わりに口を開いたのは、今や“大賢者”“世界の真理”の二つ名を持つ魔女エマイラだった。
彼女の言葉に、俺は更に言葉を失った。
いつまでも続いて行くと思っていたこの旅が、たった一夜でパーティ解散の危機にまで陥っているのだ。
まるで出来の良い悪夢でも体験している様だった。
「エマイラよ、お主は今後どうすると言うのだ?」
粛々と進められるパーティ解散の話。
エマイラにそう質問したのは“神拳”ロンだった。
「あたしかい? あたしは本来の目的通り、魔導を更に突き詰める為の旅を続けるさ。“真理”ってやつに辿り着くには、まだまだ時間が掛かりそうだけどねぇ」
両手を肩口まで上げて、ヤレヤレと言ったポーズでロンに答えるエマイラ。
その瞳には、このパーティが終焉を迎えていると言う現実をすでに受け入れている、諦めにも似た光が見て取れた。
「そうか。ならばその旅に俺も同行して良いだろうか? 俺もまた“武”と言うものの真理を追い続ける者。真理を追うと言う事ならば、互いに相通ずる所があり協力出来ると思うのだが」
「あっはははっ! あんたもホントに武術バカだねぇ。でも、良いよ。あんたの真理が私の真理に影響を与えるかもしれない。旅は道連れって言うしねぇ」
目の前で着々と進んでいく解散話に、俺は何も口を挟む事が出来なかった。
それは、ただ話に付いていけなかったからだけじゃない。
その場を包む、何処かホッとした様な雰囲気を感じ取ってしまったからだ。
過酷さだけが増していく闘いの日々に、皆どこか辟易していたのかもしれないな。
「お前は……どうするんだ?」
この状況を生み出したライアンがオズオズと聞いて来た。
豪快が代名詞だった彼が未だに恐縮しているのは、何処かで俺に対して申し訳ないと言う感情が働いていたのかもしれないな。
「お、俺か?」
雰囲気に呑まれたままの俺は、その問いに対して良い答えなんて用意していなかった。
「お、俺はこのまま魔王討伐の旅を続けるさ。は……ははは……」
だからそう答える以外なかった。
一生懸命笑顔を向けようと頑張ったけど、どこか乾いた笑いになってしまったのはしょうがない事だった。
そもそも俺と彼等には大きく違う所がある。
俺は聖霊様に魔王討伐を任命され、俺もそれを承諾している。
その見返りが“勇者の力”なのかもしれない。
だがライアン達は聖霊様に任命された訳でも、約束した訳でも無い。
ただ俺と行動を共にして、世界の平和と魔王討伐に共感してくれていただけだ。
地上に侵攻していた魔王軍の殆どと、魔王を名乗っていたその傀儡も倒した。
異界洞もその殆どを封印した。
とりあえずの目的を果たしたと言える今ならば、パーティから離れると言う話も分からなくは無い。
「そうか……すまんな……最後まで付き合えなくて……」
本来彼がそこまで謝罪する必要は無いのだが、それは彼の性分なのだろう。
きっと彼はこの数日か、数週間か、数か月か、愛情と友情の板挟みで苦しんだ筈だ。
そんな彼に心底申し訳ないと言った表情で言われれば、自ずと答えは一つしかない。
「き、気にすんなよ! そんな事もあるさ!」
いや、きっとそんな事はあまりある事じゃないだろうな。
だけど動転していた俺は、ライアンの表情も相まって、目一杯の笑顔でそう答えたんだ。
「お、俺はまた新しいメンバーを見つけて、魔王討伐を果たす旅を続けるよ! なんたって俺は勇者だからな!」
新しいメンバーの当て等無い。
と言うより、そんなメンバーを探すつもりも、新しくパーティを組むつもりも、その時の俺には更々無かった。
俺にとってパーティとは、目の前にいるメンバーの事であり、他に代わりが効くものじゃなかったからだ。
ただこの時初めて、勇者って立場が重く圧し掛かって来たのを感じたんだ。
「じゃあ頑張りなよ。何かあれば声掛けてくれれば良いからさ」
サバサバした感じの言葉が実にエマイラらしかった。
彼女はパーティの頭脳としていつも冷静に戦況を捉え、的確な指示を送ってくれていたっけ。
「息災にな」
そして簡潔に短く別れの挨拶を済ませるロン。
彼は普段から寡黙だが、与えられた役目を違った事は一度も無い。
仲間の為なら自らの危険も顧みない漢だった。
「すまん……無茶するんじゃないぞ」
何とか笑顔を作ってそう言ったライアンだったが、結局最後まで体を小さくしたままで見る影も無かった。
「ごめんなさい……お元気で……」
物静かなマリアは、最後まで清楚だった。
だがその表情はすでに母親としてのものであり、俺が初めて見たマリアの顔だった。
全員がその場を去り、一人取り残された俺の元に残ったのは、言葉で言い表す事の出来ない喪失感だった。
何時間もその場に留まり、考えるともなく考え続けた。
衝撃から始まった感情は、日を追うごとに新たなものへと変化し、漸く事態と現状を受け入れる事が出来たのは、結局一週間後だった。
新たなメンバー等考えもしなかった俺は、それからソロ攻略を開始したんだっけ。
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