vs銅ルキ

【人外転生】

「……ご存知の通り、この日本は世界でも特に異世界転生エグゾドライブが盛んな国の一つでもあります。そして今日、若き世代の転生者ドライバーの皆さんの健闘をこうして見られることを、心より嬉しく思っています――」


 スタジアム中央では、二年ぶりに来日したWRA会長エル・ディレクスが、ドームを埋め尽くす観客への開会挨拶を行っている。

 しかしその当たり障りのない内容には、関東大会で公然と全国の転生者ドライバーに宣戦布告を行ったアンチクトンに対する言及は一切存在せず……WRAがこの大会における彼らの出場を黙認している事実を暗に示してもいた。


 エルが壇上より降り、続いて全国大会出場者の入場となる。

 各地区での予選トーナメントで勝ち進み、あるいはその他の大会の成績優秀者で占められた十六名。

 我らが純岡すみおかシトもまた、その一名であった。


(……)


 異世界とこの世界の真実。一方通行の干渉。そして、ドライブリンカーの実態。

 ……シトは集中力を取り戻すべく、己の呼吸を律している。

 異世界では当然のように可能なことも、この現実にあっては容易ではない。


「随分と」


 故にそれが自らに向けられた呼びかけと気付くまでには、一瞬の間を要した。


「――思い詰めているようだな。純岡すみおかシト。それは試合に向けての集中か?」

鬼束おにづか……テンマ……!」


 壇上では、出場者の一人が選手宣誓を行っている。

 だがシトのすぐ隣に立つ黒コートの巨漢こそは、関東地区予選トーナメントにて異世界を滅ぼし……外江とのえハヅキと純岡すみおかシトを完膚なきまでに打ち負かした、アンチクトンの恐るべき転生者ドライバー。因縁浅からぬ相手である。


「私は君のポテンシャルを評価している。この大会では、恐らく君と当たることがない点は残念なところだがな」

「貴様らの目的は何だ。異世界を滅ぼすことで、何を得ている」

「我々は転生者ドライバーだ。問い、答える方法などただ一つしかないだろう」

異世界転生エグゾドライブで聞けということか。……アンチクトン。俺は貴様らの」

「出場者の皆さんは選手用通路まで退出してくださーい」

「はい」

「うむ」


 シトとテンマは、並んで選手用通路へと戻った。


「――貴様らの転生ドライブスタイルを認めはしない。勝負の上でも貴様らの転生ドライブは誤りであると、証明するためにここに来た」

「そうか。君は勝負のために『捨てる』ことができるタイプだと見込んでいたが……どうやらそうではないようだ。ドクター」


 テンマの声にはたと気付き、シトは通路の奥を振り返った。

 白衣を纏った老人が佇んでいる。剣呑な片眼鏡が、照明の光を反射していた。


「貴様は……!?」

「13年2ヶ月16日と11時間29分」


 しわがれた声が告げた。


「君の記憶は正確かな、純岡すみおかシト! 私と君が再会するまで、それだけの時間がかかったことになる」

「何を……言っている……!? 貴様は、何だ」

「『貴様は何だ』? 第一声がそれか? ああ、ああ。嘆かわしい!」


 老人は大袈裟な手振りを交えて進み出た。

 その眼光と佇まいには、鬼束おにづかテンマに勝るとも劣らぬ威圧の気迫がある。

 シトの顔を真下から覗き込むようにして、彼はまくしたてた。


「たとえ記憶にないとしても、十分なヒントを与えているはずなのだがね! 君の就学以前に互いに顔を合わせたことがある。これが真実であれば、即ちこの私は君自身ではなく、君の家族の関係者であると当然分かるはずだ。さらに我々アンチクトンは明らかに異世界転生エグゾドライブ技術を有する組織でもある! そして君にドライブリンカーに関する知識が多少でもあるのならば……」

「……ッ!」


 シトは恐れ、飛び退いた。


「と、父さんの……純岡すみおかシンイチの関係者か……!」

「回答が大雑把過ぎる。65点といったところだが、まあ、及第としよう。日下部くさかべリョウマ。同志からはドクター日下部くさかべと呼ばれている」

「ドクター日下部くさかべ……」


 大葉研究所で目にした論文を思い出す。純岡すみおかシンイチ。大葉おおばコウキ。

 論文の第一著者は、日下部くさかべリョウマ。それがこの老博士だというのか。


「……ドライブリンカー開発スタッフが、世界を滅ぼす組織に堕したか!」

「世界を滅ぼす? ――く、くくくくくくくく。逆だ。逆だ。まったくもって逆だとも、純岡すみおかシト。我々アンチクトンは世界を守るためにこそ、エル・ディレクスと道を違えたのだ」

「戯言を! 貴様らの目的が異世界転生エグゾドライブに伴うエネルギーであることなど、とうに知れている話だ!」

「ほう、エネルギー! ならば君の理解を試してみよう、純岡すみおかシト! 転生者ドライバー転生ドライブのたびに異世界より絶大なエネルギーを回収することができる! その回収エネルギー総量をより高める方法とは何か!」


 シトの糾弾に、ドクター日下部くさかべはむしろ興奮と共に語気を強めた。


「それはポテンシャルをよりへと遷移させることだ! 即ち、より可能性選択肢の少ない形による世界救世! 君の言うところの世界滅亡! 我々転生者ドライバーが略奪するエネルギーとは、まさしく異世界の可能性そのものである!」

「……外道め……!」


 シトは怒りのままに戦闘の構えを取った。屈強なる鬼束おにづかテンマが無言で割って入り、二人の間を阻んだ。


 黒衣の集団。アンチクトン。異世界を滅ぼし、その可能性のエネルギーを我が物とすることが、彼らの活動目的であるのか。この老博士は、そのためにWRAが敢えて流通に乗せぬDダークメモリを自ら開発し、そして素性定かならぬ転生者ドライバーを育成し……今、満を持して行動を開始した。


 中学生であるシトは、彼らの意図するところを全て察しているわけではない。

 しかし少なくとも彼らの転生ドライブスタイルとは、純岡すみおかシトは共存できまい。


「否定は可能性を狭めるぞ、純岡すみおかシト! 君がここまで辿り着いたことには、運命的なものを感じる! この計画には、君とて無関係ではないのだからな」

「何だと……?」


 目を閉じ、無言を貫いていたテンマが口を開いたのは、その時である。


「……話の途中だ」


 ドクター日下部くさかべの背後に、黒衣の少年少女が集いつつあった。

 予選トーナメントでも見た、幽鬼めいた少年が口を開く。


「遅いので迎えに来たんですよ。テンマさァん。ドクターも、そんな転生者ドライバー如きに油を売ってる場合じゃないでしょう」


 彼らこそがアンチクトン。全ての転生者ドライバーの敵。

 ……だが。


「バ……バカな……」


 シトの動揺の理由はそれではなかった。冷酷を装う仮面は崩れて、先程整えたばかりの呼吸は乱れた。ドクター日下部くさかべの存在など、忘れ去ってしまうほどに。

 彼は、その中に見た。


「――や。シト」


 忘れようもない、一人の少女の姿を。

 閉じた唇の両端を吊り上げるような、真意を悟らせない笑み。


「いまさら気が付くなんて、ひどいな。いくら列の反対側でも、同じ開会式にだって出てたんだよ?」

黒木田くろきだ……レイ……!」


 その笑顔も佇まいも、かつての彼女と変わらないように思える。

 白い素肌を晒す黒衣に身を包み、悪しきメモリ使いの中に現れたとしても。


「……シト」


 黒木田くろきだレイは近づき、動けぬままのシトの首筋に触れる。

 長い睫毛越しに、深い瞳が彼を間近に見据えている。


「ぼくを褒めてくれないのかい?」

「……な、何故だ……こんなところで、何をしている……!」

「決まっているでしょう。きみと戦うために来たんだ。逃げずに、今度こそ」


 囁くように言う。彼女と戦いたいと望んでいた。

 レイもそのように思っていたのだ。そこにどのような経緯があったのだとしても。


「だが、それは……」

「間違っている?」


 レイの前髪が、シトの額に触れた。


「それでもきみに勝ちたいんだ。ぼくはそれだけでいい」


 膝の力が抜けて、シトは壁に手を突いて体を支えた。

 黒いドレスのスカートを翻して、レイはアンチクトンの一団へと戻っていく。

 シトは彼女のその様を見ながら、手を伸ばせずにいる。


「……黒木田くろきだ……!」

「無様ですねェ。戦う前からボロボロじゃないですか」


 ドクター日下部くさかべを先頭に黒衣の集団が立ち去っていく中……学生服の少年が、呆れたようにシトを見下ろしていた。

 あかがねルキ。死んだ魚という形容が相応しい、体温のない目だ。


「どうしてテンマさんもドクターも、あなたのような者に目をかけているのか」

「く……貴様ら……貴様らだけは、許さん……!」

「はァ」


 今や床にくずおれているシトに、ルキはしゃがんで目線を合わせた。


「ならば、いいお話をお伝えしましょう。あなたはレイさんと戦わずに済みます。そこは、どうかご安心ください。純岡すみおかシトさァん」


 アンチクトン。その全員が、未だ得体の知れぬDダークメモリの使い手。

 そして異世界転生エグゾドライブのための特別な調整を受けた、恐るべき転生者ドライバーである。


「――第一回戦をお相手するのは、この私ですからね」


――――――――――――――――――――――――――――――


「……純岡すみおかは、勝てると思うか」

「えっ。ルドウ、純岡すみおかクンの心配なんかするキャラだったっけ……?」


 観客席に並んでシトの試合を見守るのは、星原ほしはらサキ。大葉おおばルドウ。そしてつるぎタツヤの三名である。ルドウは親指を噛んで、試合に臨む二人の転生者ドライバーを睨んでいた。


「ルドウは知らないかもしれねーけどよ。シトは一度負けた相手にほど強いぜ。もし予選トーナメントでハヅキちゃんが勝ち上がってたとしても、シトなら絶対に秘策を用意してたはずなんだ……! 同じDダークメモリの使い手なら、あいつは負けねえ!」

「俺だってそれくらい分かってる。だがな。奴の強さはテメーとは正反対の、思考と戦略に立脚した強さだ」


 第一回戦の相手は、アンチクトンの一名である、あかがねルキ。

 シトは彼らが用いるDダークメモリを、予選トーナメントで既に見ている。しかし。


「だからこそ、今の状況で冷静でいられるかどうかが問題なんだ。純岡すみおかは会長から異世界の転生者ドライバーの話を聞いたばかりだ。しかも、あいつが……黒木田くろきだが、よりによってアンチクトンの一人として出てきていやがる……!」

「……うん。どうしてだろう、黒木田くろきださん……」

「脳ってのは機械と同じだ。そんな状態で普段通りのパフォーマンスが出せるか? この第一回戦、奴の惨敗だってあり得る!」

「いいや……やっぱりお前はシトのことを分かっちゃいねーよ」


 今、純岡すみおかシトとあかがねルキが転生レーンへと足を踏み入れていく。

 ポケットから取り出した羊羹を食べつつ、タツヤは試合場を見据えている。


「……何があろうと。あいつは、その程度で折れるような転生者ドライバーじゃねえ」


――――――――――――――――――――――――――――――


「では、純岡すみおかシト選手! あかがねルキ選手! オープンスロットの提示をどうぞ!」


 世界脅威レギュレーションは『先史文明A+』。

 純岡すみおかシトは、敵に勝利するためのCチートメモリを選び取らなければならない。

 何ができるのか。今の彼は、どのような転生ドライブスタイルで戦うべきなのか。


「……」

「無様ですねェ」


 俯いたまま立ち尽くすだけのシトに、ルキは淡々と告げた。

 侮蔑でも嘲笑でもない、単なる事実の指摘の如き口調だった。


「あなたのような転生者ドライバーに勝っても、何の自慢にもなりません。テンマさんは……」

「――【集団勇者フラッシュモブ】」

「……なんですって?」


 ルキは言葉を止めて、隣に立つシトを見た。

 照明の影が差して、その表情を伺うことはできない。


「【集団勇者フラッシュモブ】【無敵軍団ネームドフォース】【絶対探知フラグサーチ】。俺のオープンスロットはこの三種だ」


 使用デッキの宣言であった。


 これまでの異世界転生エグゾドライブの根幹を揺るがす真実が、彼を打ちのめしている。父の失踪の謎。世界救世を否定する転生ドライブスタイル。世界の立場を逆転する、異世界からの転生者ドライバー異世界転生エグゾドライブの先に得た友であった黒木田くろきだレイすら、今や彼の敵となった。


 それでも、異世界転生エグゾドライブ純岡すみおかシトの人生そのものである。

 彼が転生ドライブから逃げたことはなかった。自転車の乗り方を決して忘れることのないように、勝利のための戦略を考えることができた。


「……ク。倒しがいが出ました」


 あかがねルキは片方の口角だけを僅かに上げて、笑いらしきものを浮かべる。

 死人めいた無表情が、その一箇所だけ蘇生したようにも見えた。


「ならば私も、あなたを打ち倒すCチートスキルを明かしましょう。……オープンスロットは、【超絶成長ハイパーグロウス】。【無敵軍団ネームドフォース】」


 二種のCチートメモリに続いて、指で摘むように最後の一つを取り出す。

 黒く禍々しき、人類を害するDダークメモリ。


「そして【人外転生クリーチャー・エボルブ】」

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