両親は、親バカ

「僕たちはどちらでもいいと思っている。それが陽の決めたことなら」

 二人は顔を見合わせて頷く。

「しかし、それだと陽さんはどちから決めかねてしまいます」

 父親は腕を組む。すると、母親が喋りだした。

「あの子には一つだけ嘘をついていたの。それは7歳になったら家を出て行くという」

 陽さんの口から聞いたことある話が出た。この掟によって彼女は人間の世界での生活を送った。

「どうして嘘をついたのですか?」

「陽には人間と妖怪の二つの道があるからどちらで生きていくのか自分で選んでほしかったの。私は元人間だけど、今の夫と契りを交わした時に妖怪になったの。けど、私の中に残っている少しの人間の血があの子に二つの道を用意した。

 七歳までは神の子、つまりは人間でなく妖怪として私たちと生活していた。けど、七歳以降は人間としての生活を送ってもらってその上で二十歳でどちらか決めてほしいと思って嘘をついたの」

「陽さんには今友達がいます。好きな人もいます。お父さん、そんな怖い顔をしないでください…。そして、両親がいます」

 父親は組んでいた腕を解いて、机の上で両手を組んだ。

「それなら何も迷わなくていい。陽は人間になるべきだ。僕らのことは心配しなくていい。心優しい陽は僕らのことを考えて迷っているに違いない」

 二人はまた目を合わせて頷き合った。これ以上発すべき言葉はない。俺は立ち上がり、二人に頭を下げた。そして、玄関に行って外に出る。最高に格好がついた。終わり良ければすべてよし。陽さんの両親に良いイメージを残した。扉を開けて外に出る。往来には様々な妖怪が闊歩かっぽしている。おっと、ある妖怪と目が合った。

「人間がいる」

「え?本当か?」

「久々だなあ」

 声につられて何匹もの妖怪が俺の方へと歩を向ける。そんなに珍しいのか?

「人間を食べるのは久々だあ。しかも若い男とは食いごたえがありそうだあ」

 い、嫌だああああああ。食べられてしまう。まさか人間は捕食対象だなんてさっきまでは全く思わなかった。あの両親が特別なんだ。家の中に戻るのは俺の矜持が許さない。家の裏手に回って、塀を超えて逃げれば…。

 振り向いたら壁にぶつかった。顔を上げると管理人だった。首根っこを掴まれると、最初に移動したときのような浮遊感があり瞬きした瞬間には街の外に出ていた。あたりをキョロキョロ見回す。人間世界への入り口ではないようだ。

「この道沿いを進んでいけば入口の扉が見えてくるであろう。ユキに言われているとは思うが、決して振り返ってはならぬぞ。あと…」

 そう言うと、頭のてっぺんにゲンコツをもらった。え、どうして?

「我のことを壁などと形容した罰だ。行け」

 心を読むらしい。となると、今まで考えていたこと全て読まれているとしたらあまりにも恥ずかしい。人睨みしようとしたが、一礼して背を向けた。圧倒的な力の差があることは自明じめいの理だ。

 俺は後ろを振り向かないように耳を塞いだ。こういう場合、振り向かせようと様々な手を講じてくるのが常套だ。だから、この対策により振り向く可能性はほぼゼロになる。しかし、道中肩を叩かれたり、背中を撫でられたときは振り向きそうになって何度があの世の住人になりかけた。なろうとも思ったが、陽さんに伝えた後でも遅くはないだろうと考えて歩き続けた。

 扉があった。入るとすぐ目の前に陽さんとユキちゃんがいた。

「遅いわよ!」

 先ほど管理人さんから頂いたゲンコツの上にユキちゃんの拳が重ねられた。あまりの痛みに意識を手放してやった。

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