家の中にいたのは、お義父さん

「あ、どうも。陽さんの、えっと…ともだ…、いえ、彼氏です」

「うっわ」

 隣に立つ管理人さんから漏れたような言葉が聞こえた。折れそうになる心を持ち合わせていなかったことに感謝する。

「まあ、あの子の彼氏なんて。でも、一緒に来てないってことは、陽はまだ半妖のなのね。ああ、立ち話もなんですから上がってください」

 促されるままに靴を脱いで家に上がる。化生の住む世界だからどんな家が待っているのか不安に思っていたら、人間世界の日本の普通の家と全然変わらない。リビングへ通じる廊下を歩く。扉の先にはテレビとエル字型のソファ、オープンキッチンの近くに食卓が配置してある。その食卓には陽さんの父親らしき大口が背中を向けて座っている。

 俺たちは向かいの席に座った。父親のかもし出す雰囲気が怖くて、母親の方へと視線を釘づけている。座るとすぐに母親の方が口を開いた。

「それで、今日はどのような用事があっていらっしゃったのかしら?」

「ええ、それは…」

「結婚は認めないぞ」

 え?今の声は父親だ。やたら低い声だな。

「いや、結婚の話ではなくてですね…」

「貴様、まさかデキ婚の報告に…。許さんぞ!!」

 ダメだ。完全に狩る目をしている。話を聞く余地を全く残していない。しかし、このまま逃げ出しては俺の矜持が地に落ちてしまうのはわかりきっているし、陽さんを傷つけたとあれば苦痛を伴った死を与えられるかもしれない。ここは話を流そう。

「まあ、そんな話はおいといて、」

 突然肩の服を掴まれたかと思ったら、父親が大きく口を開けてさっきまで俺が座っていた場所を喰っていた。空間を削り取ったようで、椅子の足と背もたれだけが残っていた。俺を人形のように扱って助けてくれた管理人さんは何も言わずに見下ろしてくる。獣のような姿勢でこちらを睨みつけてくる父親に急いで詫びを入れる。

「すみません!お義父さんの話を流してしまって」

「誰がお義父さんだ!愛娘を預けるのに相応ふさわしいか直々に見てやる!」

 またとびかかってきた。死ぬことを自分の無意識が勝手に判断したのか、周りの時間がゆっくりと過ぎていく。そのため、思考を巡らす余裕ができた。父親が起こっている理由、それが今わかった。

「嘘です!陽さんの彼氏というのは嘘です。それどころか彼女ができたことすらありません」

 目の前で大口がピタリと止まる。危なかった…。

「何故、嘘をついたのだ?」

「いや、陽さんすごい美人ですし、彼氏と名乗ってみたくなったので」

 すると、父親は口を閉じて笑い出した。

「そうだろう。陽は覚醒遺伝子が働いたのか僕ら夫婦に似ずに美人さんだからな」

 許されたのか…?父親はまた自分の椅子に座りなおした。壊れてしまった椅子は管理人さんが手をかざして青白い光を放っている間に元通りに直った。このような状況にいちいち驚かない、毛の生えた心臓に感謝する。

「それで、本当の用事はなんなんだ?」

 さっきまでは無口で凶悪なイメージがガラッと変わって、軽快に笑う下町の父親という印象を受ける。

「陽さんは今日の0時までに人間か妖怪か選ばなくてはなりません。本人は来たがっていたのですが、今の状態でここに来ることはできません。だから、僕が来ました。お二人は陽さんに人間か妖怪、どちらになって欲しいですか?」

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