28話 悪意

「けどいいのか、俺がこんな時間帯に学校に入って」

「まあまあ細かいことは気にしないで。こっちに瑞生がいると思うんだけど」


 椿たちの通う中学校の廊下を、真昼間から歩きながら帝は当然の疑念を椿へと投げかけた。

 それに対しては至ってシンプル。聞くところによるとインフルエンザの流行によって本日は午後から休校になるらしい。先日のこともあったが、どうやら結界の効果によって破壊の痕跡は残っていない。

 帝たちの咲敷学園はいかなる事態が起きようが休校にしないことで有名だったりする。地震雷火事親父、世界が終わるその時まであの学園は生徒たちを休ませないだろう。

 では何故帝がここにいるのか。それもまた至極単純な理由だ。あの後、伊草と抱き合ったまま昼休み、それどころか次の授業まで大幅にくい込んでしまったために、拭い去られぬ悪評を悪用してサボタージュの結果の今現在である。


 課題を提出しに行ったという瑞生を探しに、二人は校舎内を歩き回っていた。

 瑞生の出し忘れた課題、この世界に来る前、ここのオリジナルである瑞生が出されたものであるために、提出が遅れてしまったようだ。椿は最初から放棄していた模様。


「でも、意外だなー、帝さんが学校サボるなんて」

「不測の事態ってことにしといてくれ」


 先程から椿の案内で校舎内をぐるぐると回っているだけにも思えるが、何分未開拓の地のことであるので、依存するに選ぶ他ないので黙っておく。


「あっ椿ちゃん! 九条さん!」


 前方からあいも変わらず短いスカートの瑞生が現れ、ようやく合流が叶う。あのスカート、折り方の問題ではなくそもそもに改造が施されているようで戻すこともできないそうだ。


「よっ、瑞生! どこに行ってたんだ?」

「もうっ! 椿ちゃんったら職員室前で待ち合わせって言ったじゃない!」

「そ、そうだったっけな」

「(抜け駆けはしないって約束でしょ)」

「(い、いいじゃねーか、こんくらい)」

「何を話してるかは知らないが、それは置いといて行かないか?」

「「よくない(です)!!」」

「俺何か間違ったこと言った!?」


 三人分の叫び声が廊下に木霊した。


 ★  ☆  ★


「・・・・・・おかしいですわね、いませんわ」


 理科室を見渡しながら、綾乃はボソリとそう呟いた。教頭先生に呼ばれている筈なのだが、いくら待ってもくる様子がない。これで教頭先生が女ではなく男であれば問答無用に帰っていたところだ。


 ふと思い出されるのはつい先日の出来事。自分を訪ねてきた九条帝を名乗る男との戦闘。或いはリンチと言っても差し支えないものであったが、意想外の反撃に結果はドローとなってしまった。

 霊力による結界もそのためによって半壊し、現在は修復中のため、校舎内でもおいそれと妖精の召喚はできない。


 ドアが開く音がして、振り返った先にいたのは、教頭先生、ではなく男子生徒たち。それも今朝自分に教頭先生からの呼び出しを伝えてきた。


「何のようかしら」

「・・・・・・まだ気付かないのか」  


 顔を上げたそいつは下卑た笑みを隠そうともせず、いやらしい目で綾乃を見た。悪寒が全身を走り思わず一歩仰け反る。

 普通ではない、異常だ。完全に異常者の目だ。

 その意中が何であるのか、予測できるが故に意思に反して体が動かなくなる。


「今まで散々僕達のことを馬鹿にしてきて・・・・・・恨まれてないとでも思ってたの?」

「・・・・・・貴方達がどう思おうがわたくしには関係ありませんわ」


 紡がれたのは単なる強がり。それが震えていることにはっきりと自覚するもそれ以上の行動の一切が制限される。


 そこで、ふと男の一人が何か不思議な紋様の描かれた壺のようなものを持っているのが目に付く。

 男はその視線を悟ってそれを見せつけるようにして掲げた。


「ああ、これかい? これは・・・・・・」


 それの口を閉じていた蓋を外す。だんだんと立ち込めていく甘ったるい臭い。それを嗅いだ瞬間、綾乃は唐突な目眩に襲われた。思考にモヤがかかったような感覚が立っていることすらままならなくさせる。


「いかに身持ちの固い君とはいっても、この薬の前では無力だよ。なぁに、怖いものじゃないさ」

「な、にを・・・・・・」

「一種の媚薬らしくてね・・・・・・これをくれたあの方には感謝してるよ。もう、自分が何をされるか分かるよね」

「い、いや」

「そんな都合のいいことが許されるとでも、君が僕達にしてきたことの重さ、理解してほしいな。それに、安心してくれよ、じきに君も自ら望むようになる」


 男たちがにじり寄ってくる。じりじりと距離を詰められ、その手が綾乃へと伸ばされる。ここにきて初めて、綾乃の中に恐怖が芽生える。

 見下してきた相手による反逆、それだけのことの筈なのにいや、それだけのことであるからこそ、足が竦む。何も考えることが出来なくなる。しかし、自分が何をしてきたか、その重さ、それは理解できない。自分はただつきまとう蠅を払っただけだ。

 意識が闇に落ちていく。そして、自分の中に潜む熱が薬によって呼び起こされる。それは、駄目だ。

 それだけは、押さえつけなければ。だがしかし裏腹な体は薬に毒されゆく。


 ブラウスのボタンに腕が伸びる。強引に引きちぎられる音がまるで処刑宣告のように遠のいて行く世界に反響した。

 己にこれから訪れるであろう未来に、早く意識を手放させてくれと望む。いっそ殺して、そんな願いが頭を支配する。


「ははは、はは! ははははは!!」


 男の哄笑が響き、下着が顕になる。日に当たったことのないような白い柔肌が衆目の前にさらけ出される。

 そして手が、男の大きな手がその肌に触れる。


 ・・・・・・・・・・・・。


 ゴキリ、


 その致命的な音は、いっそ舌を噛もうとした寸前に男の腕から発せられた。


 

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