27話 熱
「あ、あの、咲敷さん」
「なんでしょうか、その汚らわしい口で話しかけないでいただけませんか」
男の接近に綾乃は至極冷たい声音で返す。
「そ、そう言わないで、教頭先生が理科室に来て欲しいって」
「教頭先生が・・・・・・?」
★ ☆ ★
「今朝その刀薙切ってやつを見てきたぞ」
「どうでしたか、桐原先輩? 何か思い出すことでもありましたか?」
「残念ながら覚えがないな。やけに元気なやつだとは思ったが」
別段期待してもいなかったが、やはりその通りの答えがやって来た。
全員との接触を終え、次は全員の記憶の照らし合わせと思ったが、案の定こちら側からの認識は無いに等しいが、あちらからは何かしらのリアクションはあった。
「それで、これからどうする?」
「もちろん、権力の様子を見に。傷も癒えましたし、次はもう少しまともな結果を残させてもらいますよ」
「ふん、珍しく燃えてるな」
「妖精の力を取り戻した身としてはいつまでも不覚をとったままにしてられませんから」
「・・・・・・うちの見ていない間に、負けたの?」
「はっ!? い、伊草!?」
緩んでいた表情が一瞬にして強ばる。冷や汗がツツー、と背筋を伝った。腰に突き付けられた刀は、間違いなく霊力が込められている。
振り返らなくとも、そこにいるのは伊草。かつての世界で幾度か耳にした、本気でキレている時の声音がドス黒く帝の心臓を握った。
「誰に?」
「・・・・・・少し、場所を変えさせてくれ」
ドガッと、伊草の蹴りが帝の背後の壁を蹴った。否、蹴り砕いた。その衝撃で体が少し浮いて、前のめりになったところに顔を寄せられた。
「答えて」
「・・・・・・ここの理事長の娘だ。あと一応訂正しておくが、俺は負けたってわけじゃなくてだな」
「そんな言い訳が通じると?」
「無理だよな〜」
近い近い、顔が近い。シャンプーのいい香りが鼻をくすぐる。僅か数センチの距離に狭められた鋭い目線に思わず背が仰け反る。
「殴っていいか?」
「・・・・・・一発だけね」
ボゴッ。壁を蹴った時よりも重厚な鈍器で殴ったような鈍い音が響き、文字通り骨身に沁みた。
まだお星さまの煌めく中、胸ぐらを掴まれて引き寄せられる。
「次は、勝ってこい」
「そのつもりだ」
帝の返答に満足したのか、剣呑な雰囲気は形を潜め掴んでいた力が弱くなる。
「・・・・・・うちの認めた相手が、よくわからないのに負けたなんて許さないんだから」
「・・・・・・なんて?」
「なんでも、ない!」
囁くような伊草の呟きは主人公特有の耳の遠い帝には届かなかった。否定を兼ねた平手打ちが富んでくる。
膝立ちで放たれたために、ちょうど真下に位置していた帝の学ランの裾が踏まれる。ズルリと滑って伊草の体が前に倒れ込む。
スローモーションのように胸元に倒れてきた伊草を優しく抱きとめて、その熱を肌に感じる。何かデジャブなこの光景、しかしそれを口にすることはない。
「大丈夫か?」
「ーーーーっ!?」
耳まで真っ赤、ここ最近で何度見たかは数える程だがまたしても怒らせてしまったか。慌ててくっついた体を引き離そうとするが、それ以上の力で密着される。
どんな顔をしているのか、伺うことはできないがこの反応の意味を測りかねるままに、この場での独裁者の裁量に委ねることにする。
「・・・・・・しばらく、このままでいさせて」
「? 分かった、好きにしてくれ」
制服越しに伝わってくる鼓動は激しく高鳴り、帝は自分の拍動すら感じられない状態で胸に顔を埋める伊草のつむじを眺めていた。
そして、そのために帝は自分の心臓が昂っていることに気づかない。
全ての答えは盤上に揃いつつあるにも関わらず、その盤面が完成し得ない原因が自分にあることには帝は未だ理解が及ばない。
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