18話 部室

 入学式の前日までは満開だった桜は、今日の強風で文字通り桜吹雪となった。

 情緒もへったくれもない、目も開けられない桜の中を歩きながら桐原は顔についた花弁を払った。


「他に場所がないとは言え、もう少しまともな所であってほしかった」

「風下だからですよ、桐原先輩? もうじきましになりますよ」


 愚痴る桐原を窘めつつ、帝は振り返って三人を見る。今年入学した後輩たち、そして新たな文ゲイ部の部員達でもある三人はどこか緊張した面立ちで帝の数歩後ろをついてきていた。


「ああ、ここかぁ」


 桐原の見上げた先には、小さな小屋のような建物、これが今日からの文ゲイ部の部室。

 意外と小さい、全員が同じ感想を抱いた。

 生徒会長となった帝がその権力を堂々と行使して、綾乃の口添えもあってつい先日竣工した部室はたかだか五人の部活ではあるが、手狭なように思えた。


「まあそれはさておいて、入ってみるか」

「そうですわね」


 帝がドアを開くと、中から新築の持つ独特の香りが漂ってくる。その内部は外見以上に、質素或いは地味な見た目だった。隙間から覗き込んでいる三人も目を瞬かせている。


「ありゃりゃ?」


 灰色の床、壁、天井、それと窓。

 簡易過ぎて泣きたくなる。


「ひどいっすねこりゃ」

「あの・・・・・・備品は部室に届けられてたんじゃ」

「その筈だと思ってたんだが・・・・・・桐原先輩、昨日の内に届いてたんじゃなかったでしたっけ?」

「ふっふっふ」


 困惑したように顔を顰める四人を尻目に、桐原は不敵に笑う。

 帝の脇を通り抜けて、桐原は部室の中に滑り込む。その行く先は床にある不自然な切込み。

 桐原はその端にある取っ手に手を掛けて、思いっきり持ち上げた。それは未知の世界への誘い。


「秘密基地・・・・・・どうだ、そそるだろう?」

「何か業者の人と話していると思ったら・・・・・・こんなもん作ってたんすか」

「すっげえぜ桐原先輩!!」

「す、すごいです」


 その予算、どこから出ているか知っているのか。子供の遊び心をくすぐって羨望を浴びつつ人心を掌握した桐原の手腕を褒めるべきか怒るべきか、その決断は後回しにして、暗がりの中に足を踏み入れていく桐原に倣う。


 そうしてこの日、文ゲイ部が成立した。



 追憶はこれにて幕を閉じる。

 

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