17話 少女との・・・

 生徒会長の就任式を終え、つかさは一人廊下でため息を吐いた。

 対妖精組織として秘密裏に学校に存在していた架空の部活、文ゲイ部、それを部として認め部室の提供を行うことを条件に帝は生徒会長の役職を承ることを決めた。

 

「帝ぁ!」


 生徒会室の鍵を貰いに職員室へと向かっていると、後ろからどこか怒りを滲ませた声音で名前を呼ばれた。

 それが誰か分かりきっているので油断なく振り返ると、鼻先を斬撃が通り過ぎた。淀みない銀色の線は刀によって描かれたものだ。日本刀、そんなものが学校敷地内で人に向かって振るわれた。


「何しやがんだ! 伊草! 危うく死ぬかと思ったぞ!!」

「端からその気よ!!」


 剣閃から舞う妖精残滓はその日本刀が妖精であることを告げている。伊草、と呼ばれた少女は片方に寄せて結われた髪を揺らしながら、憤怒に顔を真っ赤にして、連続して刀で切りかかってくる。

 周りに人がいないのは幸か不幸か、上段から切り結んだ斬撃を真剣白刃取りで受け止めて、超至近距離で向き合う。


「なぁ、一先ず落ち着こうか? 会話をしよう会話を、言葉のキャッチボールは大事だろ」

「うるさい! あんたと話すことなんて無い、うちに黙って勝手に生徒会長なんかになって、うちとの勝負から逃げたあんたなんかと!」

「だから人の話を・・・・・・は?」


 間抜けな声が口をついて出たその原因、掴んでいた刀の刀身が唐突にぐにゃりとこんにゃくか何かのように歪曲し、体勢を崩してしまう。

 妖精の刀は妖精師の意思如何に関わらず具体的かつ明確な形を持たない。そうであるがためにこれは予測できる筈だったが、曲がったことの大っ嫌いな伊草がそれを狙ってやったかは微妙だ。


 妖精、バリエ。謀ったな。


 驚きは伊草も同じだったようで、二人仲良く倒れ込んだ。

 

「・・・・・・退いてくれる?」


 女の子を下にするのもはばかられて、反射的に自分が下敷きになったが、これはこれで危うい感じになってしまった。

 体に密着するほのかな膨らみに、触れてしまいそうな間近さで互いの息が触れ合う。

 

 どうにも居心地悪く、早く退けと言っても伊草は動こうとする気配がない。今にも泣きそうなくらい赤らんだ双眸の端には水滴が溜まっていた。


「これじゃあ、これじゃあ、うちが負けたみたいじゃない! うちが帝に勝つ、そう決めたのに!」

「・・・・・・別にこんなことで勝負がついたなんて思ってもいないんだが」


 これ、の意味はよく分からないが、帝にとって勝ち負けを決めるのはそう単純なものでもないと思っている。

 そんな顔を見ていられなくて、伊草の体を抱き寄せる。腕の中で伊草の細い体がビクンと震えた。


「・・・・・・生徒会の権限を暴走させないために風紀委員っつー組織がある。お前にピッタリじゃないか」

「・・・・・・・・・・・・?」

「のし上がってこいよ。そん時は全力で叩き潰してやるからさ」


 この高校生活を彩る伊草との対決が欠かせないものになっていたのは何時からだろうか。朧気な勘ではあるが、こうして焚きつけるのが正解だろうと、敢えて自分が優位なように振舞ってみせる。


「・・・・・・そういうとこが、ずるい」

「なんか言ったか?」

「何でもない」


 帝の腕を払って立ち上がった伊草の顔は熟れたトマトのように真っ赤になっていた。その感情は、多分怒り。


「うちが絶対あんたに勝つ・・・・・・それまで、首を洗って待ってなさい」

「俺は短気だぞ」

  

 そのまま駆け出していった伊草の背中が小さくなっていくのを眺めながら、帝は深々と、詰まっていた呼吸を取り戻すように息を吸った。


「・・・・・・死ぬかと思った」

 

 ★  ☆  ★


「こんにちは、九条さん」

「お前は・・・・・・ああ、理事長の娘の」

咲敷綾乃さしきあやのですわ。以後お見知りおきを」


 生徒会室の鍵を指先で弄びながら、帝は得心がいったように頷いた。艶やかな黒髪を腰まで伸ばした和風美人、そんな印象を受ける少女だ。

 どこかで見覚えのあると思ったら以前理事長室で会った筈だ。高校の校舎にいる中学生、その不自然を満たすにはそれで十分だった。


「・・・・・・それで、咲敷さんは俺に何の用で?」

「綾乃でいいですわ。苗字で呼ばれるのは好きじゃありませんの」

「了解した、綾乃」


 名前を呼ばれて満足したのか、嬉しそうに相貌を崩し帝を下から見上げた。ラベンダーの香りが鼻孔をくすぐる、実に女性的だ。他の知り合い二人、あれを女子と定義していたのは間違いかもしれない。


「話を戻そうか、何か用があったのか?」

「生徒会室の使い方について、生徒会長である九条さんにお教えしろと父から頼まれたもので」

「なるほど、じゃあご教示願おうかな」


 ドアの鍵穴に鍵を挿して、捻る。

 しかし、それは上手く回らず途中で止まる。力を入れてもビクともしない。


「その鍵は霊力を込めないと開きませんわ」

「霊力・・・・・・、そうかお前も妖精師か」


 こんな廊下で聞くような単語でもなかったせいで眉根を寄せるも、すぐに納得して大人しく鍵に霊力を流した。するとその鍵はいとも簡単に開く。


「初手から厳重な管理だな」

「そうですわね」


 初めて相見えた生徒会室の全貌は、普通。生徒会メンバー全員が対面できる円卓状の机が並び、その最奥に控えるのは一つだけ大きい机、そこには前時代的なやたら厚いデスクトップパソコン。

 まっさらなホワイトボードには使われた形跡はなく、それ以外にめぼしいものも見当たらない。


「ではまずそのパソコンを起動させてくださいな」

「ああ」


 電源を探してそれを押す、また反応がない。コンセントが繋がってないのかと思ったがどうやら違う。そうか。また霊力か。


 フォーンという音が内から聞こえて、どこのメーカーかも分からない画面が表示される。ドップル。ドッペルゲンガーか何かだろうか。

 パスワードなどは設定されていないようだが、これではほぼ一緒のことだろう。


「随分と警戒されてるな・・・・・・このパソコン、一体何の情報が入ってるんだ?」

「見たらわかりますわ」


 砂時計のマークが消え、マウスを操作して適当なファイルをクリックする。

 『全生徒データ一覧、二○✕✕年度版』


「こんなものを一介の生徒に・・・・・・」

「そのための、生徒会長の指名システム、ですわ」

「はぁ、半ば脅迫だな」


 霊力、妖精という通常の生活を送るためには致命的な要素ファクターを持った人間を生徒会長に据える、合理的な手法だ。


「だが、何故そんな真似をしてまでこの情報を俺に、歴代生徒会長に与える必要があった。それすらも脅迫の材料にしているなら話は別だが」

「さぁ? そればかりはわたくしも存じ上げませんわ」

「知らない方が身のためか」


 ファイルを閉じて、パソコンの電源を落とす。これ以上見続けると嫌なものにまで出会ってしまいそうだ。


「ではわたくしはこれで、また不都合などございましたら・・・・・・桐原さんを通じてお聞きください」

「やっぱあの人も一枚噛んでたか」


 呆れ返ったように渋面をつくる帝の脳裏を中性的な少女の顔がちらつく。

 生徒会室を後にした綾乃を見送って、帝は一人キーボードを撫でた。


「さてと、これからどうしたものか・・・・・・」

 

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