15話 決定事項

「九条さん」

「どうした? 瑞生」


 桐原と椿が風呂に入っている合間、リビングでオセロに興じている二人。  

 記憶を維持していることが判明している女子勢の中で一番の変化を経験したであろう瑞生には、やはり表に出さないながらも複雑な心境なのだろう。

 極力配慮をするよう心がけて、帝は瑞生の顔を見つめた。


「わたし、一体どうなっちゃったんでしょう。あの男の子たちもそうですし、服もスカートが短くなってたり・・・・・・これじゃまるで」

「オタサーの姫か、学園のアイドルか、最悪な言い方をすればビッチ・・・・・・どれであれ、記憶にないことなら碌でもないことには変わりないな」

「・・・・・・はい」

「この世界は、単純な過去じゃない。何かしら未知の要素ファクターが入りこんでいる。それはもう分かっていると思うが、恐らく瑞生の変化はそれによるものだ。深く考えたところで、この今がそうである以上、それを正すことは不可能に近い」


 帝の配慮は真実を有耶無耶にし、いらぬ希望を与えることにあらず、共に困難に挑む仲間意識によるものだと理解している瑞生は帝の言葉を真摯に受け止めている。


「それに、俺たちの目的は元の世界に帰ることだ。そして俺たちをここに飛ばした目の妖精、あいつらが俺たちを理由もなく過去へ送るとも思えない。何か狙いが、俺たちでないといけない何かがあるんじゃないか。それを前提とすると、お前のその変化にも何かしらのメッセージがあると見た方が建設的だ」


 つまり、現状を受け入れ、そこでどう立ち回るかが大切なのだと、遠回しに言う。それをニュアンスで察した瑞生は頷いて、もはや逆転は不可能のオセロへと目線を下ろす。


 ・・・・・・いや、違う。まだこの盤面には形勢逆転の道が残されている。


「盤が全部一色で埋め尽くされる、そんなゲームはそうそう起こりえない。何故か、それはプレイヤーが勝つ気でいるからだ」


 瑞生の打った一手で盤面に白が戻っていく。更に帝の次の手を受けてからの最善手、ゲームも終盤に形勢は一瞬で逆転した。


「前を見ずに負けを認めても、その問題を乗り越えたことにはならない。何事にも挑戦し、思考を止めないこと、それさえ出来れば希望なんていくらでも見いだせる・・・・・・あれ、この話・・・・・・。昔にした、よな」

「はい、わたしがまだ連合に入ったばかりのころですね」

「だよなあ。まあ・・・・・・いいけども」


 この世界の定義に夢中になり過ぎて、新しいことを語ってみるくらいの容量すら頭の中に残っていなかったことに、遅まきながら自分の動揺が根深いを悟る帝。

 平静を装っていても、彼もまた色々なことに悩む年頃の少年。リーダーであっても、天才であることもそこには関係ない。何ら影響を与え得ない。


「あの時・・・・・・わたしが妖精の力を上手く扱えずに悩んでいる時に九条さんは同じことを言ってくれました」

「そうか、あれもこの時期だったんだよな。冬休み明け間もなくって時期にお前と椿が妖精と契約したもんで、その教育係をする羽目になったんだったな」

「その節はお世話になりました」

「礼を言われるようなことでもないさ・・・・・・ん? それじゃあお前らの妖精はこっちじゃどういう扱いになってるんだ」

「さっき連合に問い合わせたら、ちゃんと登録されてました。わたしのも、椿ちゃんのも。でも、不思議なことにわたしたちの妖精が登録されたのって今よりもっと前なんです」

「そんなところにも変化が生じていたか・・・・・・俺と桐原先輩のは記憶通りに登録されていた。確かめることが増えたようだな」

「・・・・・・そうですね」

「まあ、残りの三人に会わないまま考察しても無意味だな。今日は大人しくゆっくりとしていよう」


 口の端を少しあげて、瑞生の勝利にて決着のついた盤を一度まっさらにし、次の勝負の支度を始める。

 考え出すと止まらない上に他の情報が入らなくなるのは、帝の強みであり悪癖でもある。だが、今は自分は仲間たちの心の支えにならないといけない、そんな義務感があるからこそ、自分の配役を見誤ってはいけないと内心で決意する。

 この一大事に、普段感じることもなかったそんな己の連帯の感情に愉快がっていると風呂から上がった椿たちがやってきた。


「なになに、何を話してるんだ?」

「・・・・・・昔の話だよ」

「なんだ。思い出話か。そんな面白そうなことを我々抜きで始めているとは」

「す、すみません」


 帝の方便であるのは分かっているだろうに、変なところで真面目な瑞生は申し訳なさそうに縮こまった。

 しかし、降って湧いたこの機会だ。こんな状況とは言え昔話に会話を咲かせるというのも悪くない。

 二人も席について、文ゲイ部の部室にある長机の距離感以上の至近距離で会話を楽しむ。中々ない子のチャンスに自然と表情も綻ぶ。


 談笑は途中休憩も挟みつつ、夜を徹して行われようとしている。都合のいいことに明日は土曜日、彼らを制止するものはなかった。

 四人の記憶は一時的に過去の世界、彼らが実際に経験してきた本当の過去へとトリップする。


 彼らが出会い、文ゲイ部が発足し、そして今へと繋がる物語へと。



 

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