13話 再結成

「逃げるっつってもどこに!? オレの家もラベの家も電車がいる距離だぜ!?」

「俺の家がこの近くだ! こいつら撒いて行くぞ!」


瑞生たまきさーん!!」

「待ってくれー!!」


 瑞生、どうやらラベちゃんのことらしい。


 男達の縋るような、どこか酔いしれたような歓声が背中からひしひしと伝わってくる。それは惑わされたかの如く、誘蛾灯に魅せられた羽虫の如く、ひとつの対象に意識を向けつつもその動きに一貫性を見出すことは出来ない。


 彼らの内にあるのは極めて独善的な感情。目的が同じでも彼らは互いに手を取り合うことはないだろう。

 そして経験則、そんな集団というものが、一番危険だったりする。確固たる信念、共通項の存在し得ない彼らを敵に回すことにメリットはない。


「会長さん、さっきから小難しいこと考えてるみたいだけど! いいから早く走ってくれ、オレ、家知らないんだからな!!」

「実を言うともう通り過ぎた」

「だめじゃないですか!!」


 恐らくこの中で最大の被害者であろうラベちゃんの叫び声が木霊する。対して帝は平然と周囲を見渡した。

 

「このまま俺の家に入ったところで、あいつらに入るのが見られたら何の意味もないだろ」

「そうですけど・・・・・・」 


 坂を一気に駆け上り、その一番上へと。同時に道路は途切れ、壮大な雪のアートがそびえ立っていた。読み通り。近所に住む時臣さん二十八歳無職の作だ。職を探せ。

 心の中で謝罪をしつつ、帝はその芸術作品を思いっきり蹴り飛ばした。支えを失った彫像はゆっくりと傾いていき、倒れた。

 雪崩が、男達を襲った。

 雪の波に飲み込まれていく。


「さて、戻るか」


 死屍累々と横たわる男達を踏みながら、四人は来た道を引き返した。


 ★  ☆  ★


「やっぱりお前らも過去に飛ばされたのか」


 案の定、あの紅い目を見て、ラベちゃんと脳筋さんもこの過去の世界に来たようだ。


「お前らもこっちに来て何か変わったことがあったか・・・・・・てのは愚問か」

「急に追いかけられて・・・・・・わたし何が何だか」

「ラベにも俺と同じような現象が起きている、か」

「あとさ、」


 今さっきまで明らかな異常事態を目にしておいて今の質問は無駄だった。しかし、脳筋さんの感じた変化はそれだけではなかったようだ。むしろ、全員の単位で見ればラベちゃんの変化は些末なものかもしれなかった。


「権力のやつ、オレたちのこと知らないみたいなんだ。話しかけても全然反応しないしさ」

「え・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・っ!?」


 誰もが驚きに目を見開く中、帝の表情は険しいものになる。パズルのピースを埋めていくように、穴だらけの理論が少しずつ完成されてゆく。しかしその全貌は大海原のように見渡すことのできないほど無限に広がっている。

 

「ここに来る前に最後に一緒にいたのは権力たちだ。同じ場所にいなかった三人の記憶に齟齬は生じていない。そこに何か因果関係があるのか」

「会長さん、何か分かったのか?」

「指針は決まったが、話はそれからだろうな。まずは俺が権力、センセイ、伊草に会ってくる。これは憶測だがこいつらにはお前の記憶がない可能性が高い。勿論、俺についての記憶も俺であって俺でない誰かなんだろうが」

「けど、それならどうしようもないんじゃないか?」

「ああ、そうだな。そんなことは百も承知だ。だが確かめもしないまま切り捨てるような真似を、お前らも認められるか?」

「無理だ」「無理です」「無理だぜ」

「だろ。だから、先ずは俺が動く。もし予想通りのことになっていれば、そん時はそん時だ。全員が揃えば元の世界に戻れると決まったわけでもないしな」


 後ろ向きなこれから、の仮定に異論を挟もうとする人はいない。それが、彼らが過ごしていた時間の生んだ『信頼』。どんな世界であろうとも、それが揺らぐことは無い。


「そうと決まれば・・・・・・あれ、やろうぜ」

「あれって何だよ」

「ほら、あん時のだよ」

「ああ、あれですね」

「あれか」

「全く以てわかんないのは俺だけか」


 なんとなく気落ちした様子の帝にひとしきり笑って、三人は帝へと拳を向けた。

 そこでようやく思い出す。


「あれって、これのことかよ」


 表情を緩めて、帝も手を伸ばす。

 思えばあの時も、こうして決意したものだ。

 四人は拳を突き合わせ、


「それじゃ出張版文ゲイ部ぅ」


 脳筋さんが振り、


「「何時でも何処でも」」


 ラベちゃんと部長の声が重なり、


「我を貫いていこう」


 帝がそう締めくくる。


 そして、誰からとも無く吹き出して、


 それから・・・・・・。

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